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番外編(第一部の終了後)
かき氷 後編
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智輝は、身軽に木の枝によじ登って森を見渡す。
暑い中動き回る少年の額には汗が滴っていたが、智輝はそれを苦に思っていないらしい。
「おっ! なんか木の実発見!」
智輝は見つけた木の実を、地面を歩いて移動している結菜とソフィーに投げ渡す。
「智輝さんっ、これ毒の実ですよ」
「あれ? おっかしーな。めっちゃうまそうなんだけど」
森の植生に詳しいエルフのソフィーは、智輝が投げて寄越す実が食べられない実ばかりなので閉口した。智輝は目についたものを片っ端に上から落とす。拾い集める結菜とソフィー。
「これもあれも、食べられません!」
「えー、そっかあ」
段々、降ってくるものに、木の実以外のキノコなども混じり始める。
結菜とソフィーは智輝が落としたものを拾うだけで精一杯で、他のことをする余裕がなくなってしまった。
一方の樹、英司、アルスは森の中を移動して、小川を見つけていた。
川のせせらぎが耳に心地よい。
苔むした岩の上に腰を下ろした英司とアルスはすっかり寛ぎ仕様になっている。
「あー、動きたくない」
「動け。それで氷を作れよ」
樹は、まったりする英司の後ろに立って圧力をかける。
「結菜やソフィーもかき氷を食べたいと言っていたぞ?」
「仕方ないなあ」
氷が欲しいというのは、提案者の樹だけではなく、樹たち一行の共通の要望だ。
それを理解している英司はやれやれと立ち上がった。
「来てくれ、藍水霊巫女、リリス!」
水の精霊を召喚する英司を眺めながら、後ろでアルスがぽつりと言った。
「……というか、イツキ殿は精霊の王のようなものなのだから、自分で水霊を呼んで命令して氷を作らせることも可能なのでは」
「何か言ったか」
「何でもないです」
樹が低い声でアルスの呟きを遮った。
基本的に樹に弱い吸血鬼の青年は、素知らぬ顔で自分の言葉を撤回する。
川の近くということもあって水霊のリリスは機嫌良く姿を現したようだ。
英司は、頭をかきながらリリスに頼む。
「リリス、ちょっと川の水を凍らせて氷を作りたいんだけど」
『まあ、お安い御用ですわ!』
リリスは精霊の力を発揮して、川の水をボール状に固め、それにふっと息を吹き付ける。
ボウリングの投球のような大きさと形をした氷ができあがった。
「で?」
「ああ」
「どうやってかき氷にするんだ」
「そういえば削る方法を考えてなかったな……」
岩の上に転がる氷の球を前に、樹たちは無言になった。
このままでは到底、食べることはできない。
思わぬところで行き詰った樹たちのもとに、騒がしい声と共に果物を探しに出ていた智輝と結菜、ソフィーたちが戻ってくる。
「ただいまー! 大漁だぜ!」
見た目はおいしそうな果実を、笑顔で岩の上に広げる智輝。
後ろの結菜とソフィーは、なぜか微妙な顔をしている。
樹はなんとなく美味そうな果実をひとつ手に取って、注意深くかじってみる。
「苦い……」
結菜とソフィーは明後日の方向を向いた。
どうやら、食べることのできない木の実を大量に持って帰ってきたらしい。
「かき氷、作れそうにないな……」
状況を把握した英司が虚ろな瞳で言った。
なんだかんだで、彼も楽しみにしていたらしい。
樹は舌打ちした。
「ちっ……こうなったら仕方ないな」
眼鏡を外して、鮮やかな碧の瞳を露わにする。
樹は新しい世界樹の精霊となった時に、瞳の色が碧に近くなってしまっていた。眼鏡を掛けているのは自分の精霊の力を意図的に抑えて碧の瞳を隠すためだ。眼鏡を外すと抑えていた精霊の力が流れ出す。
小川から数歩離れて、適当な場所に手をかざして集中する。
一瞬、樹を中心に虹色の唐草模様が光の輪となって現れて、すぐに消える。
「おおっ?!」
樹が手をかざした場所からみるみるうちに芽が出て若木が立ち上がる。
時間を早送りするように背丈以上に伸びた木に花が咲き、木の実が実った。桃のような果物の実がいくつか実って熟す。あたりに甘い香りが漂いはじめた。
「さすがイツキ殿……なんでもありだな」
後ろで見ていたアルスが感心したように言う。
果物のなる木を生じさせた樹は、元の通り眼鏡を掛けなおした。
茫然としている英司に向かって手を振る。
「英司。あの実を凍らせてくれ」
「あ、ああ」
自分の役割を思い出した英司は、リリスに頼んで桃のような果実をもいで次々凍らせる。
「智輝、お前の馬鹿力でこの凍った実をつぶせ。ただしこの皿の上で」
荷物から皿を取り出して設置し、その上で凍った実をつぶすように智輝にうながす。
「おお!」
智輝は精霊の力も借りてアップした筋力で、凍った実をつぶした。単純な水の塊を凍らせたときより、複雑な組織構造を持つ果物を凍らせた場合は、凍っていてもつぶれやすい。凍った果実は簡単に破砕できた。
甘い香りと共に、皿の上に即席シャーベットが積みあがる。
歓声をあげるソフィー。
「わあ! おいしそうですぅ~」
「コップに取り分けて皆に配るね!」
結菜が気を利かせて、荷物からコップを取り出して取り分け皿の代わりにシャーベットを盛る。スプーンが配られ、樹たちはしばらく無言でシャーベットを味わった。
「かき氷もいいけど、果汁100%のシャーベットもうまいな!」
「智輝あんた、甘いものでなくてもいいって言ってなかったっけ?」
「果物はふつうに好きだぜ!」
「また調子の良いことを」
智輝と結菜の会話を聞いた樹は、口の端に笑みを浮かべる。
これは樹たちの旅の途中の、とある午後の穏やかな光景。
彼等が目指す夏風の都アストラルには強大な敵と苦難が待ち受けているのだが、それはまだ彼等の預かり知らぬところである。川のせせらぎを渡る涼やかな風に吹かれて、樹たちは今はただ、一時の安らぎの時の中にあった。
暑い中動き回る少年の額には汗が滴っていたが、智輝はそれを苦に思っていないらしい。
「おっ! なんか木の実発見!」
智輝は見つけた木の実を、地面を歩いて移動している結菜とソフィーに投げ渡す。
「智輝さんっ、これ毒の実ですよ」
「あれ? おっかしーな。めっちゃうまそうなんだけど」
森の植生に詳しいエルフのソフィーは、智輝が投げて寄越す実が食べられない実ばかりなので閉口した。智輝は目についたものを片っ端に上から落とす。拾い集める結菜とソフィー。
「これもあれも、食べられません!」
「えー、そっかあ」
段々、降ってくるものに、木の実以外のキノコなども混じり始める。
結菜とソフィーは智輝が落としたものを拾うだけで精一杯で、他のことをする余裕がなくなってしまった。
一方の樹、英司、アルスは森の中を移動して、小川を見つけていた。
川のせせらぎが耳に心地よい。
苔むした岩の上に腰を下ろした英司とアルスはすっかり寛ぎ仕様になっている。
「あー、動きたくない」
「動け。それで氷を作れよ」
樹は、まったりする英司の後ろに立って圧力をかける。
「結菜やソフィーもかき氷を食べたいと言っていたぞ?」
「仕方ないなあ」
氷が欲しいというのは、提案者の樹だけではなく、樹たち一行の共通の要望だ。
それを理解している英司はやれやれと立ち上がった。
「来てくれ、藍水霊巫女、リリス!」
水の精霊を召喚する英司を眺めながら、後ろでアルスがぽつりと言った。
「……というか、イツキ殿は精霊の王のようなものなのだから、自分で水霊を呼んで命令して氷を作らせることも可能なのでは」
「何か言ったか」
「何でもないです」
樹が低い声でアルスの呟きを遮った。
基本的に樹に弱い吸血鬼の青年は、素知らぬ顔で自分の言葉を撤回する。
川の近くということもあって水霊のリリスは機嫌良く姿を現したようだ。
英司は、頭をかきながらリリスに頼む。
「リリス、ちょっと川の水を凍らせて氷を作りたいんだけど」
『まあ、お安い御用ですわ!』
リリスは精霊の力を発揮して、川の水をボール状に固め、それにふっと息を吹き付ける。
ボウリングの投球のような大きさと形をした氷ができあがった。
「で?」
「ああ」
「どうやってかき氷にするんだ」
「そういえば削る方法を考えてなかったな……」
岩の上に転がる氷の球を前に、樹たちは無言になった。
このままでは到底、食べることはできない。
思わぬところで行き詰った樹たちのもとに、騒がしい声と共に果物を探しに出ていた智輝と結菜、ソフィーたちが戻ってくる。
「ただいまー! 大漁だぜ!」
見た目はおいしそうな果実を、笑顔で岩の上に広げる智輝。
後ろの結菜とソフィーは、なぜか微妙な顔をしている。
樹はなんとなく美味そうな果実をひとつ手に取って、注意深くかじってみる。
「苦い……」
結菜とソフィーは明後日の方向を向いた。
どうやら、食べることのできない木の実を大量に持って帰ってきたらしい。
「かき氷、作れそうにないな……」
状況を把握した英司が虚ろな瞳で言った。
なんだかんだで、彼も楽しみにしていたらしい。
樹は舌打ちした。
「ちっ……こうなったら仕方ないな」
眼鏡を外して、鮮やかな碧の瞳を露わにする。
樹は新しい世界樹の精霊となった時に、瞳の色が碧に近くなってしまっていた。眼鏡を掛けているのは自分の精霊の力を意図的に抑えて碧の瞳を隠すためだ。眼鏡を外すと抑えていた精霊の力が流れ出す。
小川から数歩離れて、適当な場所に手をかざして集中する。
一瞬、樹を中心に虹色の唐草模様が光の輪となって現れて、すぐに消える。
「おおっ?!」
樹が手をかざした場所からみるみるうちに芽が出て若木が立ち上がる。
時間を早送りするように背丈以上に伸びた木に花が咲き、木の実が実った。桃のような果物の実がいくつか実って熟す。あたりに甘い香りが漂いはじめた。
「さすがイツキ殿……なんでもありだな」
後ろで見ていたアルスが感心したように言う。
果物のなる木を生じさせた樹は、元の通り眼鏡を掛けなおした。
茫然としている英司に向かって手を振る。
「英司。あの実を凍らせてくれ」
「あ、ああ」
自分の役割を思い出した英司は、リリスに頼んで桃のような果実をもいで次々凍らせる。
「智輝、お前の馬鹿力でこの凍った実をつぶせ。ただしこの皿の上で」
荷物から皿を取り出して設置し、その上で凍った実をつぶすように智輝にうながす。
「おお!」
智輝は精霊の力も借りてアップした筋力で、凍った実をつぶした。単純な水の塊を凍らせたときより、複雑な組織構造を持つ果物を凍らせた場合は、凍っていてもつぶれやすい。凍った果実は簡単に破砕できた。
甘い香りと共に、皿の上に即席シャーベットが積みあがる。
歓声をあげるソフィー。
「わあ! おいしそうですぅ~」
「コップに取り分けて皆に配るね!」
結菜が気を利かせて、荷物からコップを取り出して取り分け皿の代わりにシャーベットを盛る。スプーンが配られ、樹たちはしばらく無言でシャーベットを味わった。
「かき氷もいいけど、果汁100%のシャーベットもうまいな!」
「智輝あんた、甘いものでなくてもいいって言ってなかったっけ?」
「果物はふつうに好きだぜ!」
「また調子の良いことを」
智輝と結菜の会話を聞いた樹は、口の端に笑みを浮かべる。
これは樹たちの旅の途中の、とある午後の穏やかな光景。
彼等が目指す夏風の都アストラルには強大な敵と苦難が待ち受けているのだが、それはまだ彼等の預かり知らぬところである。川のせせらぎを渡る涼やかな風に吹かれて、樹たちは今はただ、一時の安らぎの時の中にあった。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
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本当に、ありがとうございます。
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