山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*三年前* その背中を追いかけて

54 二人のマスター

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 休明けの塔は、落ち着かない雰囲気だった。
 リュンクスは卒業旅行に同行した件で、期末試験の免除を受けている。試験に向けて忙しい生徒達の中に、一人取り残されているようだ。
 
「リュンクス、少しいいですか?」
 
 シラユキだ。
 雪のように白い髪に、ルビーのような紅い瞳のシラユキは、リュンクスと同じくカノンのサーヴァントである。
 久しぶりに会話した友人は、険しい表情をしていた。
 
「庭で話しましょう」
 
 二人は、中庭の隅に移動した。
 
「オルフェのサーヴァントになるそうですね」
「え? えーと」
「カノンを裏切るなんて、どういうつもりですか?!」
 
 敵を欺くには、まずは味方から。
 覚悟していたリュンクスだが、実際に友人に詰め寄られて動揺した。
 シラユキから視線を逸らすと、少し離れた場所から自分たちの様子を見守る生徒達がいるのに気付く。カノンの取り巻きだ。
 カノンの友人や取り巻きから冷たい目で見られ、リュンクスは歯を食いしばった。
 
「……シラユキには関係ないだろ。俺が誰をマスターを選ぶかなんて」
「リュンクス!」
 
 これ以上、話しても無駄だ。
 そう伝えるために「話はそれだけ?」と言って、背中を向ける。
 
「あなたは、カノンは一番大事な友達だと言っていたではありませんか! あの言葉は嘘だったのですか?!」
 
 シラユキの叫びが、背中を打つようだった。
 一番大事な友達……今もそうだ。シラユキだって、友達だと思っている。だから、たとえ軽蔑されようとも、リュンクスは自身が信じた義を貫くつもりだった。




 昼間はオナーと一緒に行動し、放課後はオルフェの手伝い、夜はカノンと魔術の勉強……一週間があっという間に過ぎた。
 今日はノクトから連絡が来る日だ。
 
「先輩、前回ひどい目に合わせてくれましたね」
 
 淡く光った巻貝を手に取り、リュンクスは最初に文句を言った。
 
『私が何かしたかい?』
 
 ノクトは平然としている。
 挨拶から始めない後輩に怒らないあたり、心が広いのか、変わっているのか。卒業旅行を通して、軽口を叩けるほど、リュンクスは彼と親しくなっていた。
 
『もしかして、カノン・ブリストに抱いてもらえなかったかい? ではもう一度……』
「もういいです! 十分です!」
 
 リュンクスは慌てて遮った。
 ノクトはくすくす笑っている。
 
「リュンクス、俺もいると伝えてくれ」
 
 カノンが口を挟む。
 今回は、カノンもノクトと話したいということで、同席していた。
 
『聞こえているよ。そろそろ何か言ってくる頃合いだと考えていた。カノン・ブリスト。私に何を聞きたい?』

 二人のマスターの間には微妙な緊張感が漂っている。もっとも緊張しているのは、もっぱらカノンの方で、ノクトの方は鷹揚に構えているようだった。
 
「ひとつ先に断らせて下さい。俺は塔を卒業後、リュンクスを自分の国に連れていくつもりです。あなたには渡さない」
 
 カノンは、いきなり喧嘩を売るような事を言った。
 
『それは、無事に二人で塔を卒業できたらの話だろう。まだ二年も半ばだ。五年生になったら、もう一度同じ言葉を言うがいい。その時は、リュンクスも合意の上でね』
 
 やはりノクトの方が、一枚も二枚も上手だった。
 カノンは悔しそうにしたが、すぐに気持ちを切り替えたのか、冷静な口調で続ける。
 
「と言うことは、あなたは当分、リュンクスと俺の関係に干渉するつもりは無いですね。あなたは自分の息の掛かった後輩の魔術師に、リュンクスを譲らなかった。俺以外とリュンクスを共有する気は無い、という認識で一致していますか?」
『そうだね』
「あなたもリュンクスが好きなのか?」
 
 当事者のリュンクスは、ドキリとした。
 カノンの言う「好き」がどういう種類の好きかは分からないが、彼は今大胆な交渉をしている。正直な気持ちを口に出す事で、相手の反応から誠実さを測っているのだ。
 もしノクトが適当な返事で誤魔化せば、リュンクスはがっかりするだろう。カノンも信用できない相手だという評価を下す。
 リュンクスは固唾を呑んで、返事を待った。
 
『……そうだね』
 
 今度は、ノクトが白旗を上げたようだ。
 彼がやれやれと溜め息を付いたのが、巻貝越しに分かった。
 
『私は君を評価しているよ、カノン・ブリスト。その愚直なまでの正義感と熱意。自ら決めた目標を曲げずに突き進むところをね。君の守護が、リュンクスには必要だ』
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