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カールの譚

キャラバンの護衛

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 店をギルに預け、ようやく出発だ。
 騎士団と傭兵として雇われた冒険者、その他下働き含め2万人を超える魔王討伐軍は3日前に出発した。
 それを追う商隊(キャラバン)は、商人や職人など400人ほど。その護衛として雇われた冒険者も数名参加しているが、オットー、ハンス、エリザを除くほとんどの冒険者はルーキーだ。まあ、俺も含めて。それは当然だろう。正直この3人が居れば魔王軍にも勝てるんじゃないかと思う。知らんけど。
 なので、こちらのキャラバンについてはずいぶん緊張感がない。物見遊山と言ったところだろうか。

 というわけで、王都を発って4日、俺たちは早くも暇である。
 三食昼寝付とはよく言ったもので、雑魚寝にはなるが、商用の大型馬車の中でごろ寝しながら移動できる。加えて今回の依頼には飯までついている。傭兵で参加するよりもよっぽどこちらの方が待遇良いんじゃなかろうか。いやあ、このまま魔王のところまでのんびりいけるといいのになぁと思ってしまう。
 しかし、ルーキーの冒険者たちはそうではないらしく、今回の行軍で活躍して名を上げたいと考えているものばかりのようだ。
 まあ、頑張ってくれたまえ。

「あんたがカールかい?ギルマスの知り合いらしいな」
 暇に任せて、冒険者Aが絡んできた。俺の人生で、もう二度と絡むことは無いだろうと思いたいが、

「ああ、そうだな。」
「まあ、その年でルーキーなら冒険者はあきらめた方がいいんじゃねぇか?伝手で冒険者になっても、結果を残さなきゃランクは上がんねぇぜ。」

「そうかもな」
 いやはや、めんどくさい。絡んでくるなよ。暇だからか?
 
「俺は、ウルサンから出てきたんだ。この町の冒険者たちはひ弱そうなやつばっかりだな。ウルサンには名の知れた冒険者が多かったが、俺は奴らからも一目置かれてたんだよ」

 ウルサンか。昔親父に連れられて行ったことがあったな。ガラの悪い街だったのを覚えている。
 
「そっすか。よかったっすね。それと俺、鍛冶屋なんで。冒険者仲間を探してるんなら、あそこにオットーってのがいるので、話しかけてやってください。」

 オットーから睨まれたが、知らんな。冒険者は冒険者同士で仲良くやれ。
 俺は鍛冶屋だ。
 誰が何と言おうと鍛冶屋だ。

 冒険者Aがあからさまに不機嫌になった。
「ロートルルーキーが過ぎた獲物を持ちすぎじゃねえかい。おめえじゃ使いこなせないだろ。俺が使ってやるよ。よこしな」
 冒険者Aが俺の剣に手を伸ばす。
 
「あ゛?」
 イラつくことをやってくれる。

 つい地が出た。
 
 冒険者Aが固まる。周囲を見るとみんな固まってるな。
 いかんいかん。紳士的に対応しなければ。俺はオットー以外には紳士的なのである。
 
「まあ、俺じゃあ使いこなせないってのは否定しないが、たぶんお前にも無理だ。とりあえず口を閉じといてもらえるかな?」

 冒険者AのパーティーらしいBとCが慌ててAをひっ捕まえに来た。仲間がいるんなら早めに止めとけよ。
 
「あんまりルーキーいじめるな。同じルーキー同士仲良くしろよ。」

「お前が、先輩として相手してやればいいだろうよ。Sランク冒険者様よ」
 いやはや、本気で殴りてぇ。

 
 さて、昼は馬車で移動し、夜は見通しの良い場所で野営だ。
 冒険者たちは移動の間、馬車に揺られてごろごろしているだけに見えるが、仕事もしている。
 とりあえずは、オットー達のようなサポーターが常時索敵している。

 もし魔獣の群れなどを発見した場合は、キャラバンを安全な場所に移動させつつ、戦闘か回避かを選択し、他の冒険者に指示を出す。

 まあ、普段オットーはへらへらしていて殴りたくなるが、実際この手の判断は迅速かつ的確だ。今回ルーキーを連れてきているのは、オットーの仕事を見せて育てる意味も込めてだろう。ギルドの差配も大したものだ。
 で、野営中は冒険者が交代で見張りに立つ。見張り以外も敵が来れば即座に迎撃する必要があるので熟睡はしない。

 今日で7日目。辺境にやってきた。今まで大小さまざまな町に立ち寄り商人たちが買い付けやら、商談をしながら進んできたが。王国内ということもあり、森林や山岳地帯であっても道はある程度整備されていた。しかし、ここからは荒れて乾燥した砂漠が続いている。

 正直ここまでは護衛も必要ない長閑な感じだったんだが、状況の見えていないルーキーたちは、緊張しっぱなしでここまで来たらしくかなりキツそうだ。
 本番はここからなのに……
 まあ、ソロ経験の長い俺たち4人にはどうということもない。
 というより極楽だ。熟睡するわけではないが、十分に休めるし飯もうまい。言うことがない。このまま安寧の日々が続けばと思ってた矢先に、オットーが動く

「車列を止めろ!北側と西側からくるぞ。」

 ルーキーたちがようやくの出番にざわつくが、オットーはそれを一喝する。

「おい、ルーキーども、お前らは車列の警護だ。離れるな。エリザたちの打ち損じを処理しろ。カールは西を頼む。
 ヨハンはカールを援護してくれ。素材回収できるように頼むぜ。エリザは北側を頼む。ドカンとやっちまっていい」

「わかりました。」
「「わかった。」」
 
 俺とヨハンは西側の一団に向かう。バッファローの群れだ。まだこちらに気づいていないようで、悠々と移動している。
 ただ、ルーキーには荷が重そうだ。下手に刺激すると、こちらに向かって突進してくる。動きが早いので取りこぼすとキャラバンの車列に体当たりを食らう。人・馬車共に被害はでかいだろう。俺とヨハンに行かせたのは、気づかれずに近づき、食料と素材を手に入れるためだろう。

 俺は群れの背後から気配を消して近づく。ある程度まで近づいたら、後はスピード勝負だ。背後から追い抜きざまにバッファローの首を次から次へと落としてゆく。
 数匹を仕留めたところで、群れが混乱しそれぞれ暴れ始める。
 ヨハンは馬車の近くから暴れているバッファローに向かって弓を放つ。魔力を乗せた弓は的確にバッファローの急所を貫き、一撃で動きを止める。
 俺たちによって、ものの十数秒で20匹近くいたバッファローはすべて仕留められた。
 お、ちょっとはルーキーたちにいいところを見せられただろうか。
 なんだかぽかんとしているように感じるな。
 
 さあて、エリザのお手伝いにでも行こうかなっと。

 
 エリザは悠然と北側から近づいてくる砂煙を見据えている。肉眼で確認できるぎりぎりの距離にサンドワームの群れが見える。
 
 なんやかんや言ってもエリザは美人なので、暗い紫色のローブをはためかせる姿は様になっている。
 貴族のお嬢様、と言った感じかな。

 おっと、見とれてる場合じゃないな。

 サンドワームはこちらに気が付いたようで、大きく跳ね回っている。
 一匹の大きさは20mほど。先端に無数の牙を持つ丸い口があり、チューブのような体をくねらせながら水面を撥ねる魚のような動きで砂漠をこちらに向かって進んでくる。
 全体で3匹ほどだろうか。ルーキーたちは先ほどまでの勢いが嘘のように、顔をこわばらせながらそれらを見つめている。

 エリザは遠くを見つめ、掌を胸の前で合わせながら大きく息を吸い込む。
 何かをつぶやきながら息を吐くと笛のような甲高い音が周囲に響き渡る。その音に合わせてエリザの目にいくつもの魔法陣が現れ、赤や青に光始める。
 両手をゆっくり前に伸ばし、掌をサンドワームの方に向ける。
 すると、掌がまばゆく光りはじめ、その光は掌から徐々に広がってゆき、腕から肩そしてエリザ全体を包み込む。

 わぁ。   キレイ。
 
 シュバッ!
 鋭い風切り音とともに、エリザを包んでいた光が一筋の強烈な光線となってサンドワームの群れの中心に穿たれる。

 
 ドガァァァン!!

 へ?
 

 激しい光と熱気があたりを包む。光線が到達したあたりを中心にドーム状の火柱が上がる。
 
 なに?あれ。
 
 数秒遅れて爆風が襲ってくる。キャラバンの馬車を押し下げ、ルーキーたちを吹き飛ばす。
 いやいや、まじか。

 なめてましたよ。Sランクってやつを。

 すいません。手伝うなんてチョーシこいてました。ホンマすんません。
 
 
 ……
 
 
「はい。お疲れさん。さすがだねぇ」

 相変わらずオットーは軽い。

 が、指示は的確だった。

 これもSランクと言ったところか。
 ヨハンの援護も見事だった。
 
 やっぱり、僕ルーキーですわ。すんません。
 

 
「よぅし、ルーキーども、とりあえずバッファローを捌け、素材は無駄にするなよ。俺たちの飯も兼ねてんだ。これも冒険者の仕事だ!」

 オットーはルーキーへの指示を終えると向き直り、いつもの殴りたい顔でにやける。
 
 「じゃあ、サンドワームの方は俺たちで行くとするか。」
 
 反省した俺はバッファローの方に向かう。

「おい、お前はこっちだろ」

「いや、俺ルーキーなんで」

「良いから!そんなのは」
 オットーパイセンに怒られた。
 
 
 さて、4人でサンドワームの亡骸の方へ向かう。

 いまだにすさまじい熱気だ。砂の一部がガラス化している。エリザは怒らせない方がよさそうだな。

 あれだけの熱量にもかかわらず、数匹のサンドワームはまだうごめいている。表面は硬い鱗のようなものでおおわれているが、剣でそれを貫いてとどめを刺す。

「素材として使えそうなのは、この鱗と牙か。原型をとどめてそうな奴だけ持って帰ろうと思うんだ。手伝ってくんない?」
 オットーはこともなげに言う。
 この熱気の中で、いまだうごめいているサンドワームからちまちま素材を取るのは面倒だ。
 俺は、比較的奇麗な鱗と、原形をとどめている口周りを大雑把に切断すると、その塊をキャラバンの方に放り投げる。
 いい角度で飛んで行ったな。おそらく到着地点はキャラバンの手前5mってところか。
 まあ、ぶつかったらごめんね。ってことで。
 
「よく言えば効率的、悪く言えば大雑把だな。」

「人手があった方がいいだろ?こんなに暑いとルーキー達じゃあ仕事にならんぞ。」
 ただでさえ手際が悪いルーキーだ。熱気の中でうごめいているサンドワームから素材を回収できるはずがない。

 暑っつい!。よし。戻ろう。そうしよう。
 俺は目ぼしい部位を切って放り投げ終えると、キャラバンの方へ向かった。

 当面の食料と毛皮や角、サンドワームの鱗と牙。ルーキーたちにとっては大収穫だった。

 
 ……
 

 その夜は野営地で酒盛りが行われた。

 食事も一息つくと、焚火の前で、オットーが一人で飲んでいる。
 
 何の気なしに、俺はオットーの横に座って尋ねた。
 
「今日の獲物だけどよ。あれ、何でスルーしなかったんだ。」

 バッファローはもとより、サンドワームもいざとなれば戦闘を回避できたはずだ。少なくとも普段のオットーなら回避していただろう。

「まあ、頃合いかと思ってな。」
 オットーは、焚火を見つめながら答える。

「士気か?」

「そういうこった。変に緊張しっぱなしだったからな、奴ら。一度リセットしとこうと思ってな。それにお前たちの実力を見せておけば余裕もできるだろ?」

 まあ、そうだろうな。奴らだけでは到底キャラバンを護れない。それもわからせないといけないし。何より

「冒険者Aが鬱陶しかったんだな」
 この間の絡んできたのがオットー的にも鬱陶しかったらしい。
 
「Aってなんだよ。名前で呼んでやれよ。ルーキー同士。」
「お前も知らねぇじゃねぇか」

「なんだか楽しそうですね」
 食事を済ませたエリザがやってきた。
 
「「どこが?」」

「そういうところですよ。仲が良くてうらやましいです。」
 エリザもちょっとおかしいんだな。説明するのも面倒だし、まあいいか。

「ところで、エリザ。お前さんの魔力えげつねえな。一人でも魔王軍撃退できるんじゃねーの?」

 エリザはからからと笑いながら
「魔王ですか… さすがに私には無理ですよ。」

「魔王を知ってるのか?」

「知ってるわけではないですけど、代々魔王はとんでもない魔力量だと聞いています。」

「代々?」

「ええ、今の魔王は3代目とか。」

「3人もいるのか……。で、お前さんがとんでもないって言う魔力量ってどんなだよ。」

「先代と先々代の魔王は亡くなって、今は一人しかいないみたいですけどね。私もどのくらいの魔力量なのかは知りませんが、私の魔力量なんかとは比較にならないみたいですよ。初代王に匹敵するとかなんとか……」

「初代王ってあれか、今の王都を魔法で作り上げたとかってやつか?」

「それです。」

「いやいや、お伽噺だろそりゃ。」

「そうでもないみたいですよ。実際今の王宮は建国当時の建物だそうです。かれこれ1000年ほど経ってるようですが。」

「盛りすぎだろ、1000年もたちゃ朽ちてくるだろうし、定期的に立て替えてるんじゃねーの?」

「建て替えるどころか、壊せないみたいですよ。無属性魔法で作られたようで、王都の古い建物も同様のものがあるんですが、それら総てから同じ魔力の残渣が感じ取れますからね。たぶん同一人物が作った建物です。」

「まじか。」 

 世の中には化け物ってのが居るらしい。

「そんなのには近づかないに限るな……

 ……
 
 あれ?俺たち魔王のところに向かってるんだっけ?」

「そうですよ。なんです今更」

「いや、勝てるのか?騎士団で。」

「厳しいだろうな。」

「厳しいくらいなの?いい勝負しそう?」

「いや、無理でしょう。おそらく騎士団は全滅すると思いますよ。」

 へ?この人、何落ち着いて言っちゃってんの?

「え、どうすんの?騎士団負けたら俺たちやばいじゃん。」

「大丈夫ですよ。我々は。」

「我々は?」

「私たち4人なら、たぶん生き残れますし、キャラバンも守れると思います。
 任務がキャラバンの護衛だから受けたんですよ。傭兵としてなら絶対に受けないです。」

 まじか。
 
「でも、お前たちが騎士団と一緒に戦えばいい勝負になるんじゃないか?」

「私たちが加わったところでどうなるものでもないと思いますよ。」

「というと?」

「まず、魔王との戦力差についてですが…… 正直我々が戦闘に加わったところで大して変わらないと思いますよ。」

「そこまで圧倒的なのか?」

「たぶん。」

「そうだとしたら、キャラバンの方に居たっておんなじじゃねぇか?俺たちで守れんだろ」

「守る必要もないかと。……そもそも、魔王と戦う意味がないんですよ。」

「?」

「今回の行軍についてはあまり良い噂を聞きません。オットーならご存じなんでしょう?」

 オットーは、いつもの薄ら笑いを消した。

「まあ、な。」

「どういうこった?」

 道具の手入れを終えたヨハンもこちらにやってきた。
 オットーは黙ったまま、焚火に薪をくべている。

「オットーの情報よりは劣るかもしれませんが、私の方でもいろいろ調べてはみました。まず、魔王が王都に攻め込むこと自体があり得ないんですよ。」

 今回の行軍は、『魔王が王都に攻めてくる』という話から始まっていた。ギルドで騎士団から受けた説明もそうだった。
 魔王は王都に攻め入り、王都の民を奴隷としてさらい、略奪の限りを尽くすだろうと。

 まあ、もともと魔王っていうくらいだから、悪い奴なんだろうなぁくらいにしか思ってない。当然そんなことくらいはされるだろうと思ったので、別に疑いもしなかったが。

「あり得ないってのは?」
「魔王……と呼ぶこと自体に作為的なものを感じますが、彼は今まで一度も王都に攻め入ったことがありませんし、攻めるつもりもないみたいですよ。」
「なんだよ。知り合いみたいな言いっぷりだな。」

「私は存じ上げませんが、知り合いの知り合いってところでしょうか。」

「急に信ぴょう性がなくなるな。確かな情報筋なのか?」

「それはもちろん。」

「じゃあ、なんでそんな噂が立つんだよ。」

「都合がいいからでしょうね。いま、王族は跡目争いの真っ最中らしいですから。」

「それと何の関係がある?それこそ外に喧嘩売ってる場合か?」

「実績を作りたいんでしょうね。今の騎士団長は、王弟陛下の第4子ですからね。」

「次の王になるのは、王様の長男じゃないのか?」

「いろいろありまして、今は王宮三賢者によって次期王が決定されることになっていますからね。今回の結果次第です。」

「じゃあ、認められるために嘘までついて喧嘩売ったってこと?」
「いえ、逆でしょうね。嘘の情報に乗せられて、抹殺されようとしているってところでしょうか。」
「おいおい、もっと物騒じゃねぇか。ならなおさら俺たちとばっちりじゃない?」

「まあ、傭兵として行けばとばっちりですが、キャラバンの護衛ですからね」

「魔王がこっちまで攻撃してこないって保証はあるのか?」
「もともとそんなに好戦的な人ではないらしいですからね。自分に刃を向けない人間に対しては寛大だという話です。」

「本当にその情報信じられるのか?結構危ない橋わたってない?」

「情報は確かだと思いますよ。ねぇオットー。」
「……」

 オットーは珍しくだんまりだ。
「今日の見張りもルーキーに任せて、我々は休むとしましょう。」
 本当かなぁ。信じていいんだろうか。
 と、悩んでいた割にはすんなりと眠ることができた。


 翌朝、日が昇ると同時に出発する。昨日とはうって変わってニヤついたオットーを見ていると、やっぱり殴りたい。
 イラつく心を落ち着けて、いつものように馬車に揺られながらごろごろしているとオットーの顔色が変わる。
「すまん。見つけるのが遅れた。」
 小声でオットーがつぶやき、馬車の外に飛び出す。
「すぐにとまれ! カール!真正面だ。頼む。それと、エリザとヨハンは援護だ!」
 オットーを追い、車列の前に出る。
 目の前には、砂煙を上げながらこちらに近づいてくる大群がいる。
 サンドウルフだ。
「エリザに燃やし尽くしてもらうのはだめなのか?」
「いや、近すぎる。こっちまで被害を受ける。とりあえず動きを止められるか?カール」

 500程度は居そうだが、まあ、やってみよう。

「やってみるさ」

 奴らとの距離は500mと言ったとこだ。剣に魔力を込めつつ、奴らの正面に陣取る。
 ゆっくりと臍の下あたりに力を籠める。魔力が動いてゆくのがわかる。
 溜まった魔力を腹から胸、胸から肩、そして腕。腕から掌。掌から剣先へと流してゆく。剣先がぼんやりと光始める。光る剣を右手で水平に持ち、正面から向かってくるサンドウルフを見据える。頃合いだな。
 腰を落とし、一気に踏み出す。目の前の景色が一気に後ろに流れ、サンドウルフの群れが目の前に来た。ここで、左肩辺りに構えた剣を右へ薙ぎ払う。

 ブゥオォォォォォン!!!
 
 剣先の魔力は扇型に伸びて目の前のサンドウルフ20匹程を上下真っ二つに両断する。

 振り切った右手はそのままに、左手を後続のサンドウルフに向ける。
 目の前で大勢の仲間が真っ二つになったことでサンドウルフの群れが止まる。

 奴らの方へ向けた手に、魔力を籠める。腹から腕。腕から掌。掌から指先と魔力を動かす。
 「ファイアボール!」
 指先にたまった魔力は強い光を放つ。伸ばした5本の指先をサンドウルフに向けると、指先の光が5つの玉になって、指された方向へ飛んで行く。
 
 ヒュン!
 ドガァァァァン!!!!
 光の玉が5匹のサンドウルフに命中し、それを中心として直径10m程度の火柱が5本立ち上がる。

 こちらに向かってきていた200匹ほどは跡形もなく消し飛んだ。
 群れの残りが後ずさりを始める。奴らの勢いを止めたところで、今度はこちらから攻めてゆく番だ。
 踏み込んでは首を落とし、振り下ろした剣を跳ね上げて隣の首を切る。後はこれの繰り返しだ。ステップを踏みながら混乱する奴らの間をすり抜けて切り倒してゆく。
 あと2匹……ラスト!!!

 と、最後に剣を振り下ろしたところで違和感を覚えた。
 
 あれ、援護は?

 と後ろを見ると、
 
 オットー、エリザ、ハンスをはじめ、ルーキーたちが呆然とこちらを眺めている。

 いや、働けよ。

「援護はどうしたぁ?」

「援護って……要りますか?」
 エリザが呆れたように口にする。
 まあ、要らんちゃぁ要らんな。でも、なんか仕事はしてくれよ。という気はする。説明しづらいが。
 というわけで、
「あとは頼む。」
 とだけ告げて、馬車の中でごろごろする事にした。
 まあ、でもなんだ。久々に魔力動かしたら、気持ちよかったなぁ。などと考えていると、外から
「ルーキーども、カールさんが仕留めてくださった獲物だ。しっかり解体しろよ!!」

 という指示が聞こえた。「さん」付けとは珍しい。オットーも心を入れ替えてくれたかな。それとも嫌みか?
 などと考えていると、エリザたち3人が帰ってきた。

「いやはや、バケモンだとは思ってたが、ここまでだとはな。」
 いつものにやけ顔だ。
「英雄の孫は本当にとんでもないですね。」

 嫌みなことを言うやつらだ。

「そんな嫌み言われなくても自分の力不足は十分理解してるよ。」

 三人ともぽかんとしてる。
「いやいや、嫌みではないですよ。とんでもない魔力じゃないですか。」
「昨日のあの破壊力を見せつけておいてそれはなかろう。さすがに実力差は弁えてるよ。」
「ええと、どこから突っ込んでいいのかわかりませんが、私よりよほどカールさんの方が魔力量豊富ですよ。」

「そんなわけないだろ、威力が段ちじゃないか。」
 エリザが何だかかわいそうな子供を見るような目でこっちを見ている。
 あれ?何かおかしいこと言った?
「カールは誰から魔法を習いましたか?」
「攻撃に関しちゃ伯父貴だけど。じじいはあまり魔法が得意じゃなかったらしいからな。鍛冶関係の魔法は親父からだな。」
「さっきの魔法は何だと習いましたか?」
「ファイアボール」
「はぁ?ファイアボールがあんな威力なわけねぇだろ?」
 
 相変わらずオットーはムカつくな。俺だってもっと魔力があればと思うさ。でもできねぇものは仕方ないだろうに。

「そりゃ、もっと威力が出ればいいとは思うけどよ。」

「「「?」」」

 三人が顔を見合わせながら、なんとも微妙な顔つきでこちらを見る。

「どういうことですか?」

「どういうも何も、ファイアボールももっと威力が出たほうがいいとは思うよ。でも出ないものは仕方なかろう。俺の精一杯だ。さっきのが。」
 
 まあ、あれが精一杯と言えば嘘になるかもしれんが、気楽に戦おうと思えばあのくらいにとどめておくのが正解だと思う。
 
 思い返せば子供の頃、剣技は爺が、魔法は伯父貴が教えてくれていた。国の英雄として活躍していた二人は、俺がその任に就けるようにと。
 でも、ある日から突然教えてくれなくなった。
『お前は英雄に向いていない。これからは普通の生活をしなさい』と諭すように告げられた。親父も同意見で、その後は爺と伯父貴は何も教えてくれなくなった。
 その代わり、鍛冶に関係する魔法は親父が、護身的な剣術はラファエルが教えてくれた。英雄に必要とされる剣技も魔力も俺にはないのだと嫌というほど思い知らされた。
 
「精一杯とか…、無茶苦茶です。」

「そこまで言わなくても、自分でももう少し威力あった方がいいとは思うけどさ」

「だから……なにを言っているんですか?」

「いや、お前さんほどではないにせよ。一撃であのくらいの魔獣なら屠りたいと思うけどさ」

「いやいやいや……そこまでずれてますか。正直自信なくしましたよ。」

「いやあ、非常識だとは思ってたけど、そこまでかぁ」

「……いつもは加減してたんだな」

 三人してなんだよ。けちょんけちょんだな。
「なんだよ。みんなして。」

「どんな魔力してるんですか……。正直引きましたよ。」

「お前さんほどではなかろ?」

「いやいや、謙遜もそこまで行くと嫌味ですよ。」

「謙遜はしてないが、だって俺、精いっぱい魔力込めてあれだよ?」

「それが異常だっていうんですよ。」

「?」

「ほんとに理解してないのかぁ?」

「みたいですね。」

「どういうこと?」

 やれやれといった表情で、エリザは説明を始める。

「私の魔術は、私の魔力だけで発動してませんからね。」

「?」

 エリザが何を言ってるのかよくわからない。

「ほんとにわかってないな。」
 
「どういうこと?」

「カールは伯父さんから魔術を習ったといいましたね?」

「ああ」

「伯父さんは、どんなふうに説明してましたか?」

「いや、とりあえず、念じろと、すると掌の熱が弾になって飛んでいくからって」

「魔術錬成については聞いてないですか?」

「なにそれ?」

「ん~。頭の中で、魔術をイメージするんです。ちょうどパズルみたいに。

 カールの念じるって、具体的にどんなイメージしてますか?」

「とりあえず、相手が消し飛ぶイメージをするな。」

「それであれですか……

 いまカールがやった魔術は、確かにファイアボールなんでしょうね。

 威力が違いすぎて、正直確信は持てませんが、たぶんそうでしょう。」

「俺はてっきりプロミネンスかと思ったぜ。」
 
「規格外親族だな。」

「一応、説明しておきますと、自分の魔力だけで打つのが初級、または下級魔術です。

 ファイアーボールは自分の魔力だけで作れる初級魔術の代表ですね。

 それに対して、自然、つまり大気や大地から魔力を借り受けて行うのが、中級・上級魔術となります。

 さっきオットーが言ってた、プロミネンスは上級魔術です。私がサンドワームに使ったのがプロミネンスです。」

「おお、自分の魔力以外も使えるのか」

「まあ、そうですね。で、超自然的存在から魔力を借り受けて行う魔術が、戦術級や召喚となります。」

「へぇまだ上があるんだな。すげーな。」

「いや、ていうかですね。さっきのあなたのファイアボールの威力は、普通に上級レベルなんですよ。」

「自然の力を使ってたってこと?」

「指しか光ってなかったですから、おそらくカールの魔力だけです。」

「なんだ、やっぱり弱いんじゃん」

「そういうことではなく、カールの力、それも指だけなんですよ!まだあなたの魔力のわずかしか使っていないのに、上級魔術並みっていうのが規格外なんですよ。」

「またまた、持ち上げても何も出ないよ。」

「持ち上げてるわけではなく、ある意味バカにしてるんですけど……」

「ひでーな。なんで?」

「ところで、他の魔術は使えないんですか?」

「ああ、完全防壁(バリア)は使えるな。これは親父に教えてもらった。もしもの時に身を護れってさ。」

「もしもがあるとは思えませんが…ちゃんと魔術を学んでいればとんでもない魔術師になったでしょうね。とりあえず、それはこの際置いておきます。戦力として十分すぎることはわかりました」

「なんか、釈然としないが、まあいいか」

「よくねーけどな。おまえ異常だとは思ってたけど、そこまでだとはな。」

「……まあ、味方でよかった」

 三人は納得したようだが、どうも釈然とせんな。
 
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