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終章

帰還

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クレータ街 フリードリヒ邸宅

『ねぇ!ねぇってばぁ!!なんも見えねぇんだけど。誰かいる!?』

「……これ……ルークスさん……ですよね?」
「だな」
「ルークスさんって、安全な場所に体を保存してるんでしたっけ?」

 サトシのその言葉を聞いて、フリードリヒは急に慌てだす。

『まずい、あいつの体、異次元に置きっパだ。格納したまま忘れてた』
 酸素があるのかないのかよくわからない空間にあいつの体を保管したままだったことに今気づいた。
 というより、ルークスがここまで緊張感無く帰ってくることなど、彼は想像もしていなかった。

「展開」
 フリードリヒがそう呟くと、3人の頭上に次元の割れ目が現れ、そこから光の粒が吐き出される。
 流れ出てきた光の粒が次元の割れ目直下にある魔法陣を通過すると、深紅のローブを纏ったスキンヘッドの魔導士へと変わって行く。

 光の粒がすべて消えるとともに魔法陣も消え去り、魔導士がゆっくりと動き出す。

「お。身体からだがある」
 ルークスは自分の掌や足元を確認しながら素っ頓狂な声を上げる。

「ルークスさん。生きてたんですね」
 事情が呑み込めずにいるフリードリヒを横目にサトシがルークスの正面へと歩み寄る。
 サトシはルークスの目をじっと見つめながら落ち着いた声で続ける。
 
「……ルークスさん。管理者なんですか?」
「か?は?」
 ルークスの視線はサトシとフリードリヒを往復する。フリードリヒも驚いた表情でサトシとルークスの顔を交互に見ながら言葉の意味を理解しようと必死で思考を回していた。
 一歩下がったところでその様子を見て居たエリザベートはすでに思考を放棄し、微笑みながら傍観している。

 しばらくの沈黙が流れ、ルークスが堪らず口を開く。

「あの。サトシ?どういうこと?」
 サトシは一瞬目を伏せ、どのように説明したものかと思案を巡らせる。一言二言、一人ごちると視線をルークスに戻し話始めた。

「ルークスさんが消えて少ししてから、ハルマンに憑依したカルロスがウルサンの街で暴れ始めたんです。
 で、それをフリードリヒさん達と一緒に鎮圧に向かったんですよ。
 フリードリヒさんの作戦は成功してカルロスを捕らえることに成功したんですけど……」
 その話にフリードリヒが堪らず口を挟む。

「いや。これから向かうところだろ?」
 先ほど時間遡行タイムリープの話を聞いたとはいえ、フリードリヒにはサトシの言葉が信用に足るのか確証が持てなかった。

「俺が経験した未来では一旦は上手くいったんです。で、カルロスを捕らえたまでは良かったんですが、その後時間遡行タイムリープを使ってカルロスを捕らえる前、つまり現在まで強制的に戻されたんですよ」
 ルークスは静かにその話を聞いていた。
 サトシからの第一声『管理者なんですか?』に随分動揺したものの、その後話を聞いているうちに思考が追い付いてきた。

時間遡行タイムリープか……』

 ルークスは考える。
 現象自体は比較的簡単だ。
 それこそ管理者権限を使えばいくらでも可能である。タイムスタンプを変更し任意の時間から再計算すればいい。言ってみれば、そこまでの演算シミュレーション結果を削除して、無かった事にすればいい。NPCやメタAIに関してはその間の学習内容も含めて削除する必要がある。しかし、それも不可能ではないだろう。

『でもなぁ……』
 ルークスには、先ほどのサトシとフリードリヒの反応に解せない部分があった。

 ルークス……いや。生方は「サトシ」がデータであることを知っている。

 つまりデータであるサトシはNPCと同様の扱いだと生方は考えていた。
『なのに、なぜ記憶がある?』
 NPCと同等の扱いであるなら記憶は簡単に消せるはずだ。
 
 そして、フリードリヒの反応も逆に解せない。
 
『フリードリヒはなぜ記憶がない?ユーザーだろ?記憶をなぜ消せる』

「ユーザー」というカテゴリーが生身の人間であるならば、記憶の操作はそう簡単な事ではない。実験室レベルであれば、万全ではないにせよ記憶の読み出しはできる。が、書き込みはまだ研究途上だ。
 精神医療などでは心的外傷後ストレス障害……俗に言うトラウマを打ち消す研究が続けられているが、多くの被験者で効果が得られないばかりか精神疾患を併発した例が報告されている。とてもじゃないが、さっきの反応のように生体脳から綺麗に記憶を消し去ることは不可能だと考えていた。

 考えがまとまらないためか、生方ルークスの目は忙しなく左右に動き続ける。

 フリードリヒから見た生方(ルークス)の様子はNPCと同様だった。思考を表す光の粒子が天空へと吸い上げられてゆく。NPCであればこの世界を管理するメタAIと交信し次の行動を選択しているところだろうが、ルークスの場合はそれがシステム外に居る生方との通信だと分かった。しかし、その思考を読むことまでは出来なかった。

 ルークスとフリードリは沈黙するが、サトシはそれを許さないとばかりに続ける。

時間遡行タイムリープに入る前、カルロスはこんなことを言ってたんです。
『俺がうたんは別の管理者やな。と言うか正当な管理者と言うた方がええかもしれん。それにうたんも随分前や』
 って」

『なんだこの似非関西弁は?』 
『サトシの奴腕を上げたな』
『なんだか変な特技持ってますね』
 三者三様。サトシの物まねに思うところがあったようだが、そんなことお構いなしにサトシは続ける。

「で、その前にこんな事言ってたんです。管理者がどうこう言うもんで、俺が「ルークスさんの事か?」って聞いたら
『なんや。気づいてたんやな。でも、あいつの事やない。あいつはあいつで別もんや。』
 って、カルロスが言う管理者とは別の管理者だって言ってたんですよ」

 またもサトシは一段とクオリティの高い物まねを披露するが、ルークスはそれどころではなくなっていた。
「俺が、管理者……」
 誰に言う訳でもなくつぶやきながら、視線はフリードリヒの方に向かう。

 フリードリヒは素知らぬ顔だが、心中穏やかではない。
 確かにルークスとそのあたりの話をしているし、管理者権限を持っていることもログを確認しているので知っている。が、その話をサトシにはしていない。ルークスの様子を見れば、ルークスがサトシに話したわけでもないことは一目瞭然だった。
『サトシが今までのルークスの様子から気づいていた?いや、それだけじゃない。カルロスから聞いた話ってのもある意味筋が通ってる』

 その様子からサトシの言う時間遡行タイムリープが事実であると信じるしかなさそうだった。正直彼は間違いであってほしいと願っていたが、今のやり取りを見る限り認めざるを得なかった。

 サトシはフリードリヒの気持ちを知ってか知らずか、ルークスの方に向き直り再度確認する。

「正直に話してください。今の俺たちはかなり追い詰められた状況なんです」
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