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第一章 旅立ち編
4.黒という色
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ピチチチ……と鳥の声がする。
裏庭に出て朝陽を浴びると、ふああ、と大きなあくびが飛び出した。両手を広げて大きく伸びをする。
井戸から水をくんで朝食の支度をせねばならないが、早起きしたおかげでまだまだ余裕がある。
昨夜はほとんど眠れなかった。
欲しかった情報は手に入ったが、どう考えるべきなのかわからない。
「──早いな」
背後から声が聞こえ、振り返ると旅装を整えた男が立っていた。
昨夜はなんだかんだで遅くなったので、簡単な夕食をすませた後、男には薬店に泊まってもらったのだ。
もちろんダガル薬店には客室なんて立派なものはないので、店主の部屋で一緒に休んでもらった。
どちらが寝台でどちらが床で寝たのかは知らないけれど。
「……おはよう。昨日はありがとう」
良識ある大人として一応お礼を言うと、男はまじまじと私を見つめた。
「なんだ。非常識だと思ったら、きちんと礼ぐらい言えるんだな」
誰が非常識だ。
アンタにだけは言われたくないわ。
「……何度も断っているのに、強引に送ろうとするのは非常識じゃないの?」
皮肉げに言ってやると、男はばつが悪そうに口ごもった。
「それは……悪かった。俺とぶつかったせいで街の連中に黒髪だと知られてしまったから、帰り道が危険かもしれないと思ったんだ。──それに、年端もいかない子どもだと勘違いしていたからな」
昨夜のうちに私の年齢は伝え済みである。
実年齢を知った時の男の失礼な反応は……推して知るべし。
まあ、性別に関しては間違えたのも無理はない。
平凡顔な私にとって、手をかけずともサラサラの黒髪は唯一の自慢だったが、こちらの世界に来てから短く切ってしまった。
といっても、フードで隠せる程度のショートカットだ。
さすがに刈り上げる勇気はない。これでも一応女なもので。
女性は足首まで届くスカートをはくのがこちらの常識だが、現代日本で育った私にとっては、動きにくいことこの上ない。
野山で薬草の採集だってするし、庭の薬草畑の世話だってするのだ。
だから、身体の線が隠せる大きめの上着とズボンという男物で通している。
凹凸の少ない身体なので、隠すのはさほど難しくない。
……別に悲しくなんかありませんけど?
「こちらの世界では、なぜ黒髪が嫌われるの? ダガルさんに聞いても、縁起の悪い色だから、としか教えてくれなくて」
気を取り直して尋ねると、男はため息をつく。
「黒髪黒眼が、というより、黒そのものが忌み色なのだ。黒い服や黒い調度品など見たことはないだろう?──黒花の色だからな」
──黒花……?
「黒花とは……花も茎も葉も真っ黒な、巨大な植物に似た化け物だ。葉は鞭のようにしなりながら自在に動き、獲物に巻きつき動きを封じる。捕らえられた獲物は、まるごと花弁に飲み込まれ死んでしまう」
めちゃくちゃグロいんですけど!?
恐るべし異世界。
そんな危険な生き物が存在していたとは知らなかった。
「理由はわからんが、黒花が喰らうのは人間だけだ。他の動物には目もくれない」
人間だけを食べる、黒い花のような化け物──……
想像するだけでぞっとするが、おかげで長年の疑問が氷解する。それで、私の黒髪はあんなにも忌避されていたのか。
でも、と私は言う。
「それならどうして、あなたは私を心配してくれたの? 黒花と同じ色を持つ縁起の悪い子どもなんて、放っておけばよかったのに」
「……俺は、黒花を狩ることを生業としている。駆除師といってな、危険だが割のいい仕事なんだ」
男は苦笑した。
「恐ろしい黒花を狩る駆除師は、街の人間にとっては黒花と同じく畏怖の対象だ。触ったら伝染るとでも思っているんじゃないのか? 駆除師と知られると、宿に泊めてもらうことすら難しい。──だから、黒というだけで恐れられるお前を放ってはおけなかった」
男の言葉に驚き、言葉を失う。ぎゅっと目を閉じうつむいた。
──そうしなければ、泣き出してしまいそうだったのだ。
この世界に来て、黒髪黒眼というだけで奇異の目を向けられて。
どうして私がこんな目に合わなければいけないのだと、何度も自問自答した。
他者の視線が恐ろしかった。
七年もここにいるのに、ダガルさん以外の誰にも心を開けなかった。
昨日初めて会ったばかりなのに。
この人は見知らぬ人間に、どうしてそんなに優しくしてくれるの……?
「そろそろ俺はここを発つ。黒花の駆除依頼があったからな」
うつむいていた顔を上げると、男はふわりと微笑んだ。
「また近くに来たら寄らせてもらう。稀人の情報も気にかけておく。──自己紹介が遅れたが、俺はディーン・レイシスという。それではな、タナカァ」
……だから、どうしてタナカの「カ」にアクセントを置く……?
この世界の人の特性なのか?
体の力が抜けて、笑いがこみ上げてくる。
おかげで出そうになっていた涙は引っ込んだ。うん、もう大丈夫。
長身の男を見上げて、しっかりと目線を合わせる。
「うん、またね。本当にありがとう」
◇
水をくんで家に入りながら、ふと思う。
(そういえば、朝ごはんはよかったのかな……?)
まあ、急いでいるみたいだったし。
野菜スープを作った後で、昨日買ったパンの残りを切ろうとすると、紙袋がからっぽになっていた。
ダガルさんはまだ寝ている。
つまり、容疑者はひとり。真実はいつもひとつ。
ぶちっ。
「あの男ぉっ! 返せ私たちの朝ごはんーーーっ!」
どこまでも残念なイケメンである。
裏庭に出て朝陽を浴びると、ふああ、と大きなあくびが飛び出した。両手を広げて大きく伸びをする。
井戸から水をくんで朝食の支度をせねばならないが、早起きしたおかげでまだまだ余裕がある。
昨夜はほとんど眠れなかった。
欲しかった情報は手に入ったが、どう考えるべきなのかわからない。
「──早いな」
背後から声が聞こえ、振り返ると旅装を整えた男が立っていた。
昨夜はなんだかんだで遅くなったので、簡単な夕食をすませた後、男には薬店に泊まってもらったのだ。
もちろんダガル薬店には客室なんて立派なものはないので、店主の部屋で一緒に休んでもらった。
どちらが寝台でどちらが床で寝たのかは知らないけれど。
「……おはよう。昨日はありがとう」
良識ある大人として一応お礼を言うと、男はまじまじと私を見つめた。
「なんだ。非常識だと思ったら、きちんと礼ぐらい言えるんだな」
誰が非常識だ。
アンタにだけは言われたくないわ。
「……何度も断っているのに、強引に送ろうとするのは非常識じゃないの?」
皮肉げに言ってやると、男はばつが悪そうに口ごもった。
「それは……悪かった。俺とぶつかったせいで街の連中に黒髪だと知られてしまったから、帰り道が危険かもしれないと思ったんだ。──それに、年端もいかない子どもだと勘違いしていたからな」
昨夜のうちに私の年齢は伝え済みである。
実年齢を知った時の男の失礼な反応は……推して知るべし。
まあ、性別に関しては間違えたのも無理はない。
平凡顔な私にとって、手をかけずともサラサラの黒髪は唯一の自慢だったが、こちらの世界に来てから短く切ってしまった。
といっても、フードで隠せる程度のショートカットだ。
さすがに刈り上げる勇気はない。これでも一応女なもので。
女性は足首まで届くスカートをはくのがこちらの常識だが、現代日本で育った私にとっては、動きにくいことこの上ない。
野山で薬草の採集だってするし、庭の薬草畑の世話だってするのだ。
だから、身体の線が隠せる大きめの上着とズボンという男物で通している。
凹凸の少ない身体なので、隠すのはさほど難しくない。
……別に悲しくなんかありませんけど?
「こちらの世界では、なぜ黒髪が嫌われるの? ダガルさんに聞いても、縁起の悪い色だから、としか教えてくれなくて」
気を取り直して尋ねると、男はため息をつく。
「黒髪黒眼が、というより、黒そのものが忌み色なのだ。黒い服や黒い調度品など見たことはないだろう?──黒花の色だからな」
──黒花……?
「黒花とは……花も茎も葉も真っ黒な、巨大な植物に似た化け物だ。葉は鞭のようにしなりながら自在に動き、獲物に巻きつき動きを封じる。捕らえられた獲物は、まるごと花弁に飲み込まれ死んでしまう」
めちゃくちゃグロいんですけど!?
恐るべし異世界。
そんな危険な生き物が存在していたとは知らなかった。
「理由はわからんが、黒花が喰らうのは人間だけだ。他の動物には目もくれない」
人間だけを食べる、黒い花のような化け物──……
想像するだけでぞっとするが、おかげで長年の疑問が氷解する。それで、私の黒髪はあんなにも忌避されていたのか。
でも、と私は言う。
「それならどうして、あなたは私を心配してくれたの? 黒花と同じ色を持つ縁起の悪い子どもなんて、放っておけばよかったのに」
「……俺は、黒花を狩ることを生業としている。駆除師といってな、危険だが割のいい仕事なんだ」
男は苦笑した。
「恐ろしい黒花を狩る駆除師は、街の人間にとっては黒花と同じく畏怖の対象だ。触ったら伝染るとでも思っているんじゃないのか? 駆除師と知られると、宿に泊めてもらうことすら難しい。──だから、黒というだけで恐れられるお前を放ってはおけなかった」
男の言葉に驚き、言葉を失う。ぎゅっと目を閉じうつむいた。
──そうしなければ、泣き出してしまいそうだったのだ。
この世界に来て、黒髪黒眼というだけで奇異の目を向けられて。
どうして私がこんな目に合わなければいけないのだと、何度も自問自答した。
他者の視線が恐ろしかった。
七年もここにいるのに、ダガルさん以外の誰にも心を開けなかった。
昨日初めて会ったばかりなのに。
この人は見知らぬ人間に、どうしてそんなに優しくしてくれるの……?
「そろそろ俺はここを発つ。黒花の駆除依頼があったからな」
うつむいていた顔を上げると、男はふわりと微笑んだ。
「また近くに来たら寄らせてもらう。稀人の情報も気にかけておく。──自己紹介が遅れたが、俺はディーン・レイシスという。それではな、タナカァ」
……だから、どうしてタナカの「カ」にアクセントを置く……?
この世界の人の特性なのか?
体の力が抜けて、笑いがこみ上げてくる。
おかげで出そうになっていた涙は引っ込んだ。うん、もう大丈夫。
長身の男を見上げて、しっかりと目線を合わせる。
「うん、またね。本当にありがとう」
◇
水をくんで家に入りながら、ふと思う。
(そういえば、朝ごはんはよかったのかな……?)
まあ、急いでいるみたいだったし。
野菜スープを作った後で、昨日買ったパンの残りを切ろうとすると、紙袋がからっぽになっていた。
ダガルさんはまだ寝ている。
つまり、容疑者はひとり。真実はいつもひとつ。
ぶちっ。
「あの男ぉっ! 返せ私たちの朝ごはんーーーっ!」
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