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番外編
どっちが重い?
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茫然と手紙に目を落とした。
思わず小さくうめき声まで上げてしまう。
(これは……どうしよ……?)
がっくりとテーブルに突っ伏した。
ディーンが帰って来たら相談……いやいや、あの我が道を行く男に、有益な助言など期待できないだろう。
今日はディーンだけ仕事、私はお休みである。
昼過ぎまで家事に勤しみ、昼食を済ませたところで手紙が届いた。差出人の名前を見て、うきうきと手紙を開いたところまではよかったのだけれど──
「…………」
ぐるぐる考え込んでいると、不意にドアベルが鳴った。うわの空で立ち上がり、扉を開ける前に「どちら様ですか?」と確認する。
「──エイダです。突然訪ねてしまって、ごめんなさいね?」
「……エイダさんっ!?」
勢いをつけて扉を開けると、蜂蜜色の髪をした清楚美人さんがにっこりと微笑んだ。
「お久しぶりです、ユキコさん。……まあ、髪が伸びましたわね? とってもお似合いですわ」
相変わらずのおっとりした口調に、懐かしくて涙が出そうになる。ぱっとエイダさんに抱き着いた。
「エイダさん……っ。遊びに来てくれたんですか?」
「……いえ、その……」
言いよどむ様子を不思議に思い、体を離して彼女の顔を覗き込む。エイダさんは困ったように眉を下げた。
よくよく見ると、彼女は旅装姿で大きな鞄を両手に下げている。私はぽんと手を打った。
「──わかった、家出ですね!?」
「うぅん……。そうとも言えるかも、しれませんわね?」
照れたように笑うエイダさんを、慌ててうちに招き入れるのであった。
◇
「へえぇ、実家のお父さんがねぇ」
マイカちゃんが目を丸くする。
エイダさんがうんざりしたように頷いた。
「ええ、そうなんですの。今にも死にかけているような文面でしたから、すっかり騙されてしまいまして……」
誘拐の一件後も、エイダさんはノア君の教育係として屋敷に住み込みを続けていた。
私が出た事でひとつ変わったのは、エイダさんの軟禁状態も解かれたということ。王都にいる実家の家族とも、手紙のやり取りができるようになったらしい。
先月お父さんから病に臥せっているという手紙が届き、慌てて休暇を取って王都に帰ってきたものの──
「まさか、指の骨折程度であんなに大騒ぎするとは……。しかも、わたくしに仕事を辞めろだの再婚しろだの、やかましい事この上なしですわ!」
ぷんぷんと怒っている。
昨夜実家に到着した瞬間から、今日の午前中までその議題で説教され続けたらしい。頭に来てうちに避難してきたそうだ。
「ふん、自立した女性に対して何たる失礼な。──安心しろエイダ、私は君の味方だよ」
「まあ! ありがとうございます、ミランダさん!」
気障ったらしく手を握るミランダさんに、エイダさんは感激したように顔を輝かせる。初対面で馴れ馴れしい……というか、口説いてるようにしか見えない。
折よくマイカちゃんが王都に帰って来ていたので、急ぎ軍本部に使いを出したのだ。なぜかミランダさんまで付いてきたのは予想外だったが。
二人とも午後から急遽半休を取ってくれたそうだ。王都が平和で何よりである。
陽光の差し込むリビングで、ゆったりと女四人でお茶を飲む。お茶菓子はエイダさんの差し入れだ。
エイダさんの家出話や、ノア君の近況報告が落ち着いたところで、私はごくりと息を呑んだ。
「……あの。ちょうどいいから、ちょっとみんなに相談したい事があるんだけど……」
ピーチク盛り上がっていた女子たちが、ピタリと凍りついたように動きを止める。
マイカちゃんが血相を変えて身を乗り出した。
「相談事!? まさか旦那と別れたいとか言うんじゃないでしょうね! やめてよ、恐ろしい猛獣を野に放つつもりなの!?」
「いけませんわ、ユキコさん! 一度飼うと決めたのなら、最後まで責任を果たすのが飼い主の義務ですわ!」
「私は別に反対しないぞ? あんな無神経男は捨てられて当然と常々思っていたからな」
「…………」
どうしよう、突っ込みどころが多すぎる。
怒りのあまり顔を引きつらせつつ、とんでもない誤解を一蹴する。ディーンに知られたらと考えると恐ろしすぎる。
「そうじゃなくてっ! 相談したいのは私の友達の話なの! ラザロの街に住んでるセレナ! 前に話した事があるでしょう!?」
それぞれに、雑談としてセレナの話は伝えた事がある。みんな納得したように頷いた。
「ああ、セレナ。あんたの友達で……商会の勝気なお嬢様だったわよね」
「そう、そのセレナ! 手紙を受け取ったんだけど、どう返事すればいいのかわからなくて……」
頭を抱えると、みんな興味津々な様子で私を見つめた。私はぽつりぽつりと手紙の内容を説明する。
セレナは──思い悩んでいた。
持ち込まれる縁談が、次々に壊れると言うのだ。相手の男に愛人が居たり、博打癖があったり、実家が借金を抱えていたり……。とにかく話が進展しかけたところで、何かしらの問題が出てくるらしい。
「ふぅん。単純に考えれば、答えはひとつだな。──すなわち、セレナには男運が無いッ!」
「ちっがっうっ!!……犯人はわかってるの」
ポーズ付きで言い放つミランダさんに噛み付いて、私は重々しく彼の事を説明をする。全員がなんとも珍妙な顔になった。
「それは……どうしようもないと思いますわ。好かれてしまったのが運の尽きとあきらめて、そのハンスさんとやらと結婚するしか……」
困ったように微笑むエイダさんに、ミランダさんが嫌そうな声を上げた。
「目的のためなら手段を選ばない男なんだろ? そんな奴の思う通りになるのは癪だなぁ」
「でも、捏造はしてないわけでしょ。あたしは結婚した後で問題に気付くよりマシだと思うけど。……それで? ユッキーはどう思うのよ?」
マイカちゃんに問いかけられ、私はうーんと首をひねる。考え考え、口を開いた。
「セレナは、何だかんだでハンスさんのこと好きな気がするんだよね。ハンスさんならセレナを守ってくれるとも思うし。……ただ、ねぇ」
「ただ?」
なになに?と目を輝かせる全員に向かい、私は沈痛な表情で首を振った。
「ハンスさんって、愛が重すぎる気がして……」
『…………』
セレナが心配!としたり顔で語る私に、なぜか全員が押し黙る。
無表情に顔を見合わせ、それから半眼になって私をじっと見つめた。……え、何ですかその無言の圧?
「み、みんなどうしたの?」
「……どうって。あたしたちの考えてる事はひとつよ、ユッキー」
マイカちゃんは冷たく吐き捨てると、ミランダさんとエイダさんの顔を見比べる。いっせーの、と掛け声をかけた。
「あんたの旦那こそ、誰よりも愛が重すぎるわ!!」
「わたくしがユキコさんなら、正直ドン引きですわ!!」
「自分の旦那を棚に上げて、ハンスさんとやらに悪いと思わないのか!!」
……結構バラバラじゃね?
じゃなくて。
「えええっ!? ディーンって重いのっ!?」
「気付け! 重いわ! これだから恋愛経験の少ない子はっ!!」
少ないというか、ほぼ皆無である。
青春時代はダガル薬店に引きこもっていたからね!
「そぉか……重かったのか……」
しみじみと納得する私を、「ユキコさん?」とエイダさんが心配そうに眺める。私は笑顔で大きく頷いた。
「──みんな、ありがとうっ。……あ、エイダさん。よかったら泊まっていってくださいね?」
鼻歌交じりに言う私に驚いたのか、みんな薄気味悪そうに顔を見合わせる。難題が解決してすっきりした私には、全く気にならなかったけれど。
みんなのお陰で、セレナへの返事が書けそうなのだ。
◇
セレナへ
縁談のこと、どうかそんなに思い悩まないでね。
きっと近い将来、セレナだけを一途に愛してくれる相手が現れるから。もしかしたらもう、案外近くにいるかもしれないよ?
相手の愛が重すぎるって周囲は心配するかもしれないけど、大丈夫!
意外と自分じゃ気付かないものだからね!
ユキコより
思わず小さくうめき声まで上げてしまう。
(これは……どうしよ……?)
がっくりとテーブルに突っ伏した。
ディーンが帰って来たら相談……いやいや、あの我が道を行く男に、有益な助言など期待できないだろう。
今日はディーンだけ仕事、私はお休みである。
昼過ぎまで家事に勤しみ、昼食を済ませたところで手紙が届いた。差出人の名前を見て、うきうきと手紙を開いたところまではよかったのだけれど──
「…………」
ぐるぐる考え込んでいると、不意にドアベルが鳴った。うわの空で立ち上がり、扉を開ける前に「どちら様ですか?」と確認する。
「──エイダです。突然訪ねてしまって、ごめんなさいね?」
「……エイダさんっ!?」
勢いをつけて扉を開けると、蜂蜜色の髪をした清楚美人さんがにっこりと微笑んだ。
「お久しぶりです、ユキコさん。……まあ、髪が伸びましたわね? とってもお似合いですわ」
相変わらずのおっとりした口調に、懐かしくて涙が出そうになる。ぱっとエイダさんに抱き着いた。
「エイダさん……っ。遊びに来てくれたんですか?」
「……いえ、その……」
言いよどむ様子を不思議に思い、体を離して彼女の顔を覗き込む。エイダさんは困ったように眉を下げた。
よくよく見ると、彼女は旅装姿で大きな鞄を両手に下げている。私はぽんと手を打った。
「──わかった、家出ですね!?」
「うぅん……。そうとも言えるかも、しれませんわね?」
照れたように笑うエイダさんを、慌ててうちに招き入れるのであった。
◇
「へえぇ、実家のお父さんがねぇ」
マイカちゃんが目を丸くする。
エイダさんがうんざりしたように頷いた。
「ええ、そうなんですの。今にも死にかけているような文面でしたから、すっかり騙されてしまいまして……」
誘拐の一件後も、エイダさんはノア君の教育係として屋敷に住み込みを続けていた。
私が出た事でひとつ変わったのは、エイダさんの軟禁状態も解かれたということ。王都にいる実家の家族とも、手紙のやり取りができるようになったらしい。
先月お父さんから病に臥せっているという手紙が届き、慌てて休暇を取って王都に帰ってきたものの──
「まさか、指の骨折程度であんなに大騒ぎするとは……。しかも、わたくしに仕事を辞めろだの再婚しろだの、やかましい事この上なしですわ!」
ぷんぷんと怒っている。
昨夜実家に到着した瞬間から、今日の午前中までその議題で説教され続けたらしい。頭に来てうちに避難してきたそうだ。
「ふん、自立した女性に対して何たる失礼な。──安心しろエイダ、私は君の味方だよ」
「まあ! ありがとうございます、ミランダさん!」
気障ったらしく手を握るミランダさんに、エイダさんは感激したように顔を輝かせる。初対面で馴れ馴れしい……というか、口説いてるようにしか見えない。
折よくマイカちゃんが王都に帰って来ていたので、急ぎ軍本部に使いを出したのだ。なぜかミランダさんまで付いてきたのは予想外だったが。
二人とも午後から急遽半休を取ってくれたそうだ。王都が平和で何よりである。
陽光の差し込むリビングで、ゆったりと女四人でお茶を飲む。お茶菓子はエイダさんの差し入れだ。
エイダさんの家出話や、ノア君の近況報告が落ち着いたところで、私はごくりと息を呑んだ。
「……あの。ちょうどいいから、ちょっとみんなに相談したい事があるんだけど……」
ピーチク盛り上がっていた女子たちが、ピタリと凍りついたように動きを止める。
マイカちゃんが血相を変えて身を乗り出した。
「相談事!? まさか旦那と別れたいとか言うんじゃないでしょうね! やめてよ、恐ろしい猛獣を野に放つつもりなの!?」
「いけませんわ、ユキコさん! 一度飼うと決めたのなら、最後まで責任を果たすのが飼い主の義務ですわ!」
「私は別に反対しないぞ? あんな無神経男は捨てられて当然と常々思っていたからな」
「…………」
どうしよう、突っ込みどころが多すぎる。
怒りのあまり顔を引きつらせつつ、とんでもない誤解を一蹴する。ディーンに知られたらと考えると恐ろしすぎる。
「そうじゃなくてっ! 相談したいのは私の友達の話なの! ラザロの街に住んでるセレナ! 前に話した事があるでしょう!?」
それぞれに、雑談としてセレナの話は伝えた事がある。みんな納得したように頷いた。
「ああ、セレナ。あんたの友達で……商会の勝気なお嬢様だったわよね」
「そう、そのセレナ! 手紙を受け取ったんだけど、どう返事すればいいのかわからなくて……」
頭を抱えると、みんな興味津々な様子で私を見つめた。私はぽつりぽつりと手紙の内容を説明する。
セレナは──思い悩んでいた。
持ち込まれる縁談が、次々に壊れると言うのだ。相手の男に愛人が居たり、博打癖があったり、実家が借金を抱えていたり……。とにかく話が進展しかけたところで、何かしらの問題が出てくるらしい。
「ふぅん。単純に考えれば、答えはひとつだな。──すなわち、セレナには男運が無いッ!」
「ちっがっうっ!!……犯人はわかってるの」
ポーズ付きで言い放つミランダさんに噛み付いて、私は重々しく彼の事を説明をする。全員がなんとも珍妙な顔になった。
「それは……どうしようもないと思いますわ。好かれてしまったのが運の尽きとあきらめて、そのハンスさんとやらと結婚するしか……」
困ったように微笑むエイダさんに、ミランダさんが嫌そうな声を上げた。
「目的のためなら手段を選ばない男なんだろ? そんな奴の思う通りになるのは癪だなぁ」
「でも、捏造はしてないわけでしょ。あたしは結婚した後で問題に気付くよりマシだと思うけど。……それで? ユッキーはどう思うのよ?」
マイカちゃんに問いかけられ、私はうーんと首をひねる。考え考え、口を開いた。
「セレナは、何だかんだでハンスさんのこと好きな気がするんだよね。ハンスさんならセレナを守ってくれるとも思うし。……ただ、ねぇ」
「ただ?」
なになに?と目を輝かせる全員に向かい、私は沈痛な表情で首を振った。
「ハンスさんって、愛が重すぎる気がして……」
『…………』
セレナが心配!としたり顔で語る私に、なぜか全員が押し黙る。
無表情に顔を見合わせ、それから半眼になって私をじっと見つめた。……え、何ですかその無言の圧?
「み、みんなどうしたの?」
「……どうって。あたしたちの考えてる事はひとつよ、ユッキー」
マイカちゃんは冷たく吐き捨てると、ミランダさんとエイダさんの顔を見比べる。いっせーの、と掛け声をかけた。
「あんたの旦那こそ、誰よりも愛が重すぎるわ!!」
「わたくしがユキコさんなら、正直ドン引きですわ!!」
「自分の旦那を棚に上げて、ハンスさんとやらに悪いと思わないのか!!」
……結構バラバラじゃね?
じゃなくて。
「えええっ!? ディーンって重いのっ!?」
「気付け! 重いわ! これだから恋愛経験の少ない子はっ!!」
少ないというか、ほぼ皆無である。
青春時代はダガル薬店に引きこもっていたからね!
「そぉか……重かったのか……」
しみじみと納得する私を、「ユキコさん?」とエイダさんが心配そうに眺める。私は笑顔で大きく頷いた。
「──みんな、ありがとうっ。……あ、エイダさん。よかったら泊まっていってくださいね?」
鼻歌交じりに言う私に驚いたのか、みんな薄気味悪そうに顔を見合わせる。難題が解決してすっきりした私には、全く気にならなかったけれど。
みんなのお陰で、セレナへの返事が書けそうなのだ。
◇
セレナへ
縁談のこと、どうかそんなに思い悩まないでね。
きっと近い将来、セレナだけを一途に愛してくれる相手が現れるから。もしかしたらもう、案外近くにいるかもしれないよ?
相手の愛が重すぎるって周囲は心配するかもしれないけど、大丈夫!
意外と自分じゃ気付かないものだからね!
ユキコより
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