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最高のはじまり
第十七話
しおりを挟む目的もなく歩いていた歓楽街で、ふと質屋が視界に止まった。
これから仕事を探すにしても、当面の金は必要だ。
そこでポケットに忍ばせた存在に気づく。大きな意味はないもの、それまで手放さなかった懐中時計を、サマンサは質に入れて資金とした。
それはイギリス製の上等な物だったそうで、結構な金額となったらしい。質屋を後にしたサマンサは、つぎに住み込みで雇ってもらえる働き口を探す。
そこでまた不運がサマンサを襲う。彼をトラブルに巻き込んだ客と鉢合わせをしたのだ。トラブルが元で会社を首になった客が、逆恨みをしてサマンサを襲ったのだ。
いつもであれば喧嘩など負けない彼だけど、不意をつかれ路地に引き込まれてしまい、角材のようなもので容赦なく暴行を受けた。
挙句に質屋で換金した資金も奪われ、その場に倒れたサマンサに生きる力は消え失せる。
どれくらいそうしていたのか、偶然にも通りかかったひとりの紳士により、サマンサは助けの手を指し延ばされ、病院での治療と住み込みでの仕事を与えられた。
その紳士というのが、伊織さんの父親だった――というわけ。
「――ふたたび、この時計を手にする日がくるとは。伊織様、ほんとうにありがとうございます。あなたと、あなたのお父上には、返すことのできないほどの恩がございます」
「そんなの気にすることないよ。それにあんな父親、それこそ気になどしなくていい。田中にとっての主人は、過去も今も未来も僕だけでしょう」
「そうでございますね。わたくしの忠義は、伊織様それに秋良様だけに」
手にする懐中時計を両手でぎゅっと包み込むと、もう一度「ありがとうざいます」と礼を言う。その様子と表情は幸せそうだ。
彼は父などいないと言えども、ぼくはそうじゃないって思う。だってあんなにも愛おしそうに時計を見つめている。大切だからこそ窮地に立つまで手放さなかったのだから。
「よかったね、サマンサ♪」
そう彼に言うと、「はい。それから、わたくしの名は田中です」と返す。それからは涙などどこかへやり、楽しい誕生日会を過ごした。
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