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元祖☆シリアス・デストロイヤー

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 主にリースおばあ様から聞いた話。

 私のお母様は茶色の髪だった。
 これは別に珍しいことではない。母親が銀髪だからといってその娘が銀髪であるとは限らないのだから。茶髪はこの国で最も多い髪色。誇ることはできないけれど卑下する必要もない。

 ……と、言えてしまうのは私が銀髪を持って生まれたから。
 茶髪であったお母様はコンプレックスの塊だったらしい。

 父親は“神槍”のガルド。
 母親は“白銀の魔王”リース。

 片方は邪神殺しの英雄で、もう片方は王家の血を引く銀髪持ち。子供の頃からお母様はそんな父と母を比較対象として生きてきたらしい。周りからも何かと比較され続けたらしい。

 父親のような武の才能はなく。
 母親のような魔法の才能もない。

 見目こそ麗しかったけれど、それだけ。むしろ下手に美少女であったことがお母様に『見た目しかない人間』という劣等感を植え付けてしまったみたい。

 そんなお母様であるけれど、一世一代の恋をした。
 相手は貧乏貴族の次男坊。顔がいいけど、それだけ。力もないし、ろくに魔法も使えないような男性だ。

 無才な女と、平凡な男。二人は運命であるかのように恋に落ち、幸せな結婚をしました。

 めでたしめでたし。

 とは、ならなかった。

 生まれた子供が私だったから。
 銀髪赤目。しかも、片方の目は神話に語られる金の瞳。

 もしも私がお母様の立場だったとしたらと思うと……ゾッとする。

 愛する人との、愛の結晶。

 間違いなく自分が産んだ子供。

 でも、自分がどれだけ望んでも手に入らなかった才能の塊。

 おばあ様いわく、それでもお母様は頑張ってくれたらしい。頑張って、私を愛そうとしてくれたらしい。

 ギスギスと。ギィギィと。心を軋ませながらもお母様は“母親”としてすべきことをし続けてくれた。らしい。

 そして、私が生まれてから三年後。

 生まれたのが茶髪の息子アルフレッド。

 自分と同じ髪色を持ち、自分が愛した人そっくりな子供。

 治癒魔法がうまくかからない中。薄れ行く意識の中でお母様はきっと安心したんだと思う。やっと、私にふさわしい子供が生まれてくれたのだと。無才な私の血を引く子供に出会えたのだと。

 そうしてお母様は満足して息を引き取り。

 そうして、6年経った今もアルフを側で見守っている。

 ……見守っているなんて表現は優しすぎるか。

 私を睨み付けるあの眼力。
 ひとたびアルフの敵だと判断したら、きっと迷いなく“呪い”をかけてくるだろう。

 大切な息子を守るために。

 あぁ、いや。“銀髪赤目”の私に対しては容赦なく呪いをかけているのかな?

 幼い頃は気づかなかったけれど、私がアルフと遊んでいたとき、きっと彼女は私を呪っていた。

 アルフの側にいられる私のことを。
 銀髪である私のことを。

 私には“加護”があるから、そういう呪いって効果がないんだよね。姉御から『アレ、お前さんのこと呪ってるぞ?』と忠告されて初めて気づいたほど。

 呪われているからといって、実の母親を除霊するわけにもいかないし……と、悩んでいる間にアルフが母親の死因を知ってしまい、引きこもりに。お母様もそんなアルフに付き従って部屋から出てこなくなったと。

 それ以降の私とお母様の関わりは窓から一方的に睨み付けられるくらい。私も積極的には接触しようとはしなかった。アルフの部屋に入ると激怒するし、なにより……私だって、一応は人の心を持っているのだから。

 母親から睨み付けられて、平気な子供などそうはいない。
 母親から恨まれて、喜ぶ子供など稀だろう。

 でも、実際にお母様は私を睨んできているわけで。
 “加護”のせいで分からないけれど、きっと、今も呪いをかけてきているはずで。

 幽霊とはいえ、私は、実の母親から……。


 …………。


「……お母様。そんなに私のことが嫌いですか?」

 一歩、踏み出した。

「そんなに私のことが憎いですか?」

 一歩、近づいた。

「銀髪」

 一歩。

「赤目」

 一歩。

「神にも等しい金の瞳」

 立ち止まる。

「羨ましいですか? 妬ましいですか? 圧倒的な魔力総量。神話に語られる赤い瞳。そして、すべてを見通す金の瞳。凄いですよね。天才ですよね。きっと、バラ色の将来が待ち受けているんでしょうね」

 歯を食いしばる。
 拳を握りしめる。

 私には前々世の記憶がある。ラグナロクにおいてフェンリルとやり合った記憶がある。

 私には前世の記憶がある。今の三倍ほど生きた経験はいろいろなことを教えてくれる。

 でもね。
 私はまだ9歳なのだ。

 お母さんに甘えたかった。
 何も考えずに外で遊んでいたかった。
 普通に友達を作りたかった。

 銀髪?
 赤目?
 金の瞳?


「――誰が頼んだ?」


 お母様の胸ぐらを右手で掴む。

「誰が産んでくれと頼んだ? 誰が銀髪を寄越せと言った? いつ赤目を望んだ? 何で左目が金色なんだ? 勝手に産んで、勝手に色々背負わせておいたくせに、なんで恨まれなきゃいけないんだ!?」

 私の右手は震えていた。
 それは怒りからか。
 それとも、悲しみからか。

「母親から恨まれるくらいなら、私なんて、いっそのこと生まれてこなければ――」

 殴りかからずに我慢できたのは奇跡だろう。

 いいや、私は殴りつける気でいた。

 それをしなかったのは――抱きしめられたから。

 後ろから。
 力強くも優しく。
 とても温かい手で。

「――リリア。そんなことを言わないでくれ」

 その声を聞き間違えるまずがない。

「おとう、さま……?」

「銀髪だっていい。どんな瞳の色でもいい。リリアは私の娘で、アリアの産んだ娘なんだ。生きているだけで嬉しい。生きてくれているだけで幸せだ。だから、そんなことを口にしないでくれ」

 お父様は少し不器用に私の頭を撫でてから、私を後ろに下がらせた。

 ……恥ずかしい。
 あんなことを口走ってしまった。
 あんな場面をお父様に見られてしまった。

 恥ずかしさを誤魔化すために私は少しだけ話題を変えた。

「あの、お父様。なぜここに? お仕事中だったのでは?」

「愛理ちゃんに呼ばれてね」

 いないと思ったらお父様のところに行っていたのか。
 愛理のことだから『私ってばナイスタイミング!』と胸を張りそうなのに、彼女の姿はどこにもなかった。

 私が部屋の中を見渡している間に、お父様がお母様に優しい声をかける。

「久しぶりだね、アリア」

『――、――――』

 声にもならない声。
 表情から読み取れる感情は驚きだろうか?
 あるいは、絶望?

『――あ、ぁ、』

 お母様が両手で髪を髪むしり、

『ああぁああああぁあぁああああっ!』

 絶叫しながらお父様に手を伸ばした。明らかに錯乱しているのだが、お父様は穏やかな表情を浮かべている。

 いやいや、マズいでしょう。何でそんなに落ち着いているのかなお父様は!?

「――貪り喰らうものグレイプニル!」

 光の帯が地面から伸びてお母様を拘束した。そのまま背骨を逆方向にへし折る――のは、いくら私でもためらわれるので動きを止めるだけだ。

 光の帯から逃れようと身をよじるお母様。
 そんな彼女に近づいたお父様は、そっと右手でお母様の頬を撫でた。

「ごめん。キミはずっとアルフレッドを見守っていてくれたのに、ボクはアルフを放置していた」

 お父様は何かに耐えるかのように目を閉じ、深く息を吸い込んだあと、再び開いた。
 その瞳には確かな覚悟が込められている。

「約束する。これからはボクがアルフレッドを守る。言い訳もせず、見て見ぬふりもしないで、辛いときも悲しいときも彼の側にいる。だから、――もう、いいんだ。ボクたちのことを気にせず、アリアは次の人生を歩んでくれ」

 この世界の基本は輪廻転生。この世に止まるのは恨みを抱いていたり未練を捨てきれないといった“悪しき魂”であり、次の転生に悪い影響があると信じられている。

 だからこそお父様は別れを告げる。泣きそうな顔をしながら、それでもお母様を大切に思うからこそ。

「――愛しているよ、アリア」

 お父様から愛の告白を受けてお母様が目を見開く。私が少し貪り喰らうものグレイプニルによる拘束を緩めると、わなわなと震えながら自らの両手を見下ろした。

 死した後も美貌を称えられたお母様だ。きっと生前は白魚のような指をしていたのだろう。

 でも、幽霊となった今では。
 悪霊として周囲を呪い続けていた結果として。
 美しかったはずの手は折れそうなほど痩せ細り、醜く黒ずんでしまっていた。

『あ、ぁああ……』

 自分でも醜さに気づいたのだろう。
 自分のやってきたことの愚かしさを知ったのだろう。


 なのに。
 夫は自分を愛していると言ってくれた。
 一番愛する人が、愛していると頬に触れてくれた。


 ならば、もう、いいのだろう。


『……わたしも、あいしているわ。ダクス……』

 最後に。おそらくは往年の美しい笑みを浮かべて。
 お母様の身体が光に包まれた。

 浄化の光。
 幽霊としての存在を終わらせ、魂を浄化し、次の人生へと転生する。

「…………」

 お母様に対しては少しばかり思うところはあるけれど。
 それでも、あの笑顔を見た後では素直に『良い転生(じんせい)を』と口にするしかないよね。ここで文句を付けるほど私は無粋な人間ではない。


 そう。

 私は。


 ……ただ、世の中には超無粋な人間シリアス・デストロイヤーもいるものであり。



「――待てぇい!」



 まるで仮面の変身ヒーローのようなポーズを決めながら。登場したのは愛理――じゃ、なくて、たぶん愛理の身体を借りた璃々愛。

 来ちゃった。
 来てしまった。

 私の心は違う意味での絶望に支配されてしまった。

「娘のことを散々呪っておきながら! 自分だけ満足して成仏しようとはふてぇ野郎だ!」

 野郎じゃないよ女性だよ。

 もちろん私のツッコミが届くことはない。

「間違いは拳で正すのが我が信条! ――必殺! 璃々愛ちゃんパンチ!」

 とんでもない信条を叫びながら璃々愛が思いっきりぶん殴った。

 お父様を。

 ……いや、いやいやいや! 何でお父様を殴るのかな!? 百歩譲って殴るにしてもそこはお母様じゃないの!?

 結構な威力で殴られたお父様はポタポタと鼻血をたらしてしまっている。金髪イケメンに顔面ストレート喰らわすとか、極刑を喰らっても文句は言えないのではなかろうか?

 いや璃々愛はもう死んでるけど。

 下手人である璃々愛は悪びれることもなく左手でお父様の襟を掴み、右手ではお母様の襟を掴んで、互いを思い切り引き寄せて――

 ――キス。

 と、呼ぶには音が痛かった。たぶん勢いが良すぎて前歯と前歯がぶつかったのだろう。

 音は聞かなかったことにして。イケメンと美女のキスシーンなのだからとても絵になる。なる、はずなのだけど。いかんせんお父様が鼻血をたらしているので魅力が激減してしまっていた。

 ……そう。鼻血だ。
 鼻血をたらしている状態でキスをすれば、必然的に相手にも血が付いてしまうわけであり。必然的に私と愛理の時と似通った状況となってしまうのだ。

「はい! ここに“血の契約”は結ばれました! 真実の愛に祝福を! 再びの門出に喝采を!」

 璃々愛の言動について行けていないお父様とお母様が呆然とする中、璃々愛は『自分、やりきった!』とばかりに何度も頷き、妖精さんはミニマムなラッパを吹き鳴らしていた。

 これはひどい。
 さっきまでの雰囲気がどこかに吹き飛んでしまった。
 さすがはシリアス・デストロイヤーだ。
 決して褒めてない。
 決して褒めてはいない。

 私が呆れかえっていると璃々愛はビッシィッ! とお母様を指差した。

「成仏しかけたのだから妄執もずいぶん薄まったでしょう? 自分がしてきたことを反省し、まずはリリアちゃんに謝ること。そしてじっくりと話し合いなさい。親子なんだから、赤の他人よりはお互いを理解しやすいはずよ」

 まるで年上のような助言をした璃々愛は、何事もなかったかのように部屋を出て行ってしまった。

 ……あの、この微妙な空気を残したまま立ち去るとか無責任すぎません?

 私がちらりとお母様に視線を向けると、お母様は身体を震わせたあとお父様の背中に隠れてしまった。たぶん今まで自分がしてきたことを客観的に見ることができたのだろう、『ごめんなさい、ごめんなさい……』と何度も謝罪を口にしている。

 実の母親が、9歳児に本気で怯えてるー。

 ……どうしてこうなった。

 私は部屋の窓から空を見上げ、小さくため息をついた。

 とりあえず、お父様の鼻に回復魔法をかけてあげよう。



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