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御殿編
御手付き様
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湯殿での交わりにより、過分な悦楽を浴びて気を失ったナジュ。
次に目を覚ましたのは、あの立派な天井画のある部屋ではない、知らぬ部屋だった。身体の気怠さを苦々しく感じながら上体を起こし辺りを見渡すと、そこは畳が敷き詰められた綺麗な部屋で、ナジュが人生に置いて一度も目にした事もない素晴らしい美術品、調度品の数々が飾られていた。
「ここ、何処だ……」
雲を集めてそこに乗っているようかと思う布団、手触りの良い着物、装飾が施された高枕。藁をささくれ立った床板に敷いて寝ていたナジュには、困惑してしまう程の待遇だった。枕元には白布が掛けられた盆が置かれ、それを捲ってみると、水差しと茶碗、箱に並べられた絢爛な練りきりがあった。練りきりというものもわからなかったが、恐らく菓子だろうと思った。死ぬ前は食糧不足であれほど減っていた腹も、何故かここに来てからは減っていない。手を付けてよいものかナジュは考えて白布を捲ったまま静止していた。そんな折、襖の向こうから声がした。
「何だ…?」
「ナジュ様」
襖の先から誰かがナジュを呼んでいる。しかも敬称までつけて。気持ち悪さを覚えながらも襖を開けると、そこには3人の人物が頭を下げてナジュの返事を待っていた。先頭にいる一人が口上を述べる。
「この度は誠におめでとうございまする。主様よりご寵愛を賜りましたナジュ様は、本日より御手付き様と成られました。ナジュ様の身の回りのお世話をするよう、側人の御蔭様を介して主様より命を受けております。我々になんなりとお申し付け下さりませ。私は下男の股右衛門と申しまする」
股右衛門と名乗った男の後ろに控える2人も、それぞれ一木、唐耒と名乗る。
ご用命ございますでしょうか、と床に手をついて聞く股右衛門を見下ろしながらナジュは疑問をぶつける。
「御手付き様…?それに何だその不気味な口調は…」
「……宜しければ、私めがお部屋でご説明致しましょうか?」
ナジュはその言葉に肯定の返事を返すと、股右衛門は後ろの2人を下がらせて部屋に入った。襖を閉めると再び頭を下げて、許可を願う。
「頭を上げてよろしいでしょうか」
「……普通にしててくれ、気味が悪くてかなわない。その口調も」
「へへ……そりゃどうも」
股右衛門はへらへらとしながら顔を上げた。ナジュが畳の上に胡坐をかいて座ると、股右衛門も足を崩してナジュと同じ格好になった。
「俺の普通にしてるってのは、こんなもんだが良いのか?」
「殿上人のように扱われるよりその方が落ち着くよ…それで何なんだ御手付き様って」
「御蔭様から聞いてねえのか?ま、あのご様子じゃ……くく」
股右衛門は何かを思い出して含み笑いをすると、ナジュに御手付き様について説明する。
「御手付き様ってのは、偉い神様方に寵愛を受けたやつの事で…あ、ただ抱くってんじゃないぞ?愛妾として神様が認めた方だ」
「愛妾ってのは…?」
「神様のいいかたって事だよ。主様に抱かれただろう?」
ナジュは湯殿での出来事を思い出す。
「……」
「まあ、御手付き様は本来女が多いんだが、男を召し上がる神様も居てな。以前は御手付き様って言ったら女だったが今は男も御手付き様って呼んで大事にされてんだ。見ろよこの部屋」
ナジュは股右衛門につられて部屋を見る。
「俺は色んな方の下男をやってきたが、抱いたその日にこんなに贈り物がある部屋はまずねえ。抱かれる度に一つずつ増えていくもんだ。余程良かったんだろうな!!」
一切の悪気が無い顔で股右衛門は明るく言い放った。
「……最後の言葉は余計だぞ」
「へへ……中々気を張らずに話せる方っていねえからな、つい」
「じゃあ……これから俺は、あの神様が求めてきたら身体を差し出さなきゃいけないってことか」
「う~ん……まあ、この部屋を維持していたければな。御手付き様って伴侶じゃねえんだよ。側室よりも下の愛妾だ。神様の寵愛が途切れたら、贈り物を持って出て行かなきゃならない方も居た。そうなったら都落ちってな、まあ…悲惨だ」
股右衛門の目はかつて仕えた御手付き様たちを思い出して悲しげに揺れる。
「…中には我々下々の者に心を傾けて下さる尊いお方も居たが、結局神様の寵愛が途切れて……他の神様に遣られた方も居た。寵愛が欲しくて、まだその神様の御手付き様の時に他の神様に媚を売る方も居る。一度手にした栄華は捨てられないって事だな…」
ナジュは神妙に股右衛門の話を聞いている。
この豪華な部屋に寒々しさを感じながら。
次回「御蔭の後始末 ☆性描写あり」
湯殿にてナジュが気絶した後、ナジュの身体を清める役目を申し出た御蔭は…。
次に目を覚ましたのは、あの立派な天井画のある部屋ではない、知らぬ部屋だった。身体の気怠さを苦々しく感じながら上体を起こし辺りを見渡すと、そこは畳が敷き詰められた綺麗な部屋で、ナジュが人生に置いて一度も目にした事もない素晴らしい美術品、調度品の数々が飾られていた。
「ここ、何処だ……」
雲を集めてそこに乗っているようかと思う布団、手触りの良い着物、装飾が施された高枕。藁をささくれ立った床板に敷いて寝ていたナジュには、困惑してしまう程の待遇だった。枕元には白布が掛けられた盆が置かれ、それを捲ってみると、水差しと茶碗、箱に並べられた絢爛な練りきりがあった。練りきりというものもわからなかったが、恐らく菓子だろうと思った。死ぬ前は食糧不足であれほど減っていた腹も、何故かここに来てからは減っていない。手を付けてよいものかナジュは考えて白布を捲ったまま静止していた。そんな折、襖の向こうから声がした。
「何だ…?」
「ナジュ様」
襖の先から誰かがナジュを呼んでいる。しかも敬称までつけて。気持ち悪さを覚えながらも襖を開けると、そこには3人の人物が頭を下げてナジュの返事を待っていた。先頭にいる一人が口上を述べる。
「この度は誠におめでとうございまする。主様よりご寵愛を賜りましたナジュ様は、本日より御手付き様と成られました。ナジュ様の身の回りのお世話をするよう、側人の御蔭様を介して主様より命を受けております。我々になんなりとお申し付け下さりませ。私は下男の股右衛門と申しまする」
股右衛門と名乗った男の後ろに控える2人も、それぞれ一木、唐耒と名乗る。
ご用命ございますでしょうか、と床に手をついて聞く股右衛門を見下ろしながらナジュは疑問をぶつける。
「御手付き様…?それに何だその不気味な口調は…」
「……宜しければ、私めがお部屋でご説明致しましょうか?」
ナジュはその言葉に肯定の返事を返すと、股右衛門は後ろの2人を下がらせて部屋に入った。襖を閉めると再び頭を下げて、許可を願う。
「頭を上げてよろしいでしょうか」
「……普通にしててくれ、気味が悪くてかなわない。その口調も」
「へへ……そりゃどうも」
股右衛門はへらへらとしながら顔を上げた。ナジュが畳の上に胡坐をかいて座ると、股右衛門も足を崩してナジュと同じ格好になった。
「俺の普通にしてるってのは、こんなもんだが良いのか?」
「殿上人のように扱われるよりその方が落ち着くよ…それで何なんだ御手付き様って」
「御蔭様から聞いてねえのか?ま、あのご様子じゃ……くく」
股右衛門は何かを思い出して含み笑いをすると、ナジュに御手付き様について説明する。
「御手付き様ってのは、偉い神様方に寵愛を受けたやつの事で…あ、ただ抱くってんじゃないぞ?愛妾として神様が認めた方だ」
「愛妾ってのは…?」
「神様のいいかたって事だよ。主様に抱かれただろう?」
ナジュは湯殿での出来事を思い出す。
「……」
「まあ、御手付き様は本来女が多いんだが、男を召し上がる神様も居てな。以前は御手付き様って言ったら女だったが今は男も御手付き様って呼んで大事にされてんだ。見ろよこの部屋」
ナジュは股右衛門につられて部屋を見る。
「俺は色んな方の下男をやってきたが、抱いたその日にこんなに贈り物がある部屋はまずねえ。抱かれる度に一つずつ増えていくもんだ。余程良かったんだろうな!!」
一切の悪気が無い顔で股右衛門は明るく言い放った。
「……最後の言葉は余計だぞ」
「へへ……中々気を張らずに話せる方っていねえからな、つい」
「じゃあ……これから俺は、あの神様が求めてきたら身体を差し出さなきゃいけないってことか」
「う~ん……まあ、この部屋を維持していたければな。御手付き様って伴侶じゃねえんだよ。側室よりも下の愛妾だ。神様の寵愛が途切れたら、贈り物を持って出て行かなきゃならない方も居た。そうなったら都落ちってな、まあ…悲惨だ」
股右衛門の目はかつて仕えた御手付き様たちを思い出して悲しげに揺れる。
「…中には我々下々の者に心を傾けて下さる尊いお方も居たが、結局神様の寵愛が途切れて……他の神様に遣られた方も居た。寵愛が欲しくて、まだその神様の御手付き様の時に他の神様に媚を売る方も居る。一度手にした栄華は捨てられないって事だな…」
ナジュは神妙に股右衛門の話を聞いている。
この豪華な部屋に寒々しさを感じながら。
次回「御蔭の後始末 ☆性描写あり」
湯殿にてナジュが気絶した後、ナジュの身体を清める役目を申し出た御蔭は…。
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