ベノムリップス

ど三一

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投獄編

第4話 うみかぜ計画

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ギャリアー、チャム、ユンの3人は、喫茶うみかぜに戻った。チャムが店の扉を覗くと、明かりは消灯しウォーリーの姿も見当たらなかった。店の前で待つのもなんだからと、向かいのギャリアーの店兼住宅でウォーリーが帰って来るのを待つことにした。裏口から家に入った3人は、薄い青とも紫とも言えないような色の壁紙が特徴の部屋に通された。入り口横付近、一枚壁で仕切られている所には、ギャリアーが普段寝て起きて、少々乱れているベッドが置いてある。男の一人暮らしの部屋をチャムは興味深々で歩き回り、ユンは台所に置いてあるコップや歯ブラシを見る。2人の視線を感じたギャリアーは、気まずそうに小さなソファを指差した。

「悠々とはいかないが座っててくれ……チャム、見て回ってもいいが下に物が落ちてる時もあるから気を付けろよ」
「うん!…いやあ~なるほど、なるほど…、これは…」

チャムは町の外から来たギャリアーは、きっとシンプルでお洒落な部屋に住んでいると思っていた。装飾のデザインも生業にしていることから、きっと珍しい調度品が飾られていたり、世界の鉱物を並べていたり、工具をセンス良く展示している等とぼんやりしたイメージを持っていた。叔父ウォーリーの部屋は好きな物が飾られ統一感はまるでないが、一つ一つ思い入れのある品が多く、チャムがこれは何かと聞くとその品の思い出話も一緒に語られる。店の開店記念に友人たちと撮ったものや、チャムの母親と一緒に写る子供時代の写真。店を貸切にしてチャムの誕生日を祝った日の写真もあった。友人達の顔が並ぶ中、ギャリアーやユウトも端に写っている懐かしいもの。

そういった思い出を感じる写真や、記念の品等ギャリアーの部屋には一切なかった。

時間的に日当たりが悪く薄暗い部屋でチャムが見つけたのは、実用的な最低限の日用品や中身が改められた封筒。唯一ギャリアーのイメージに近かったのは、ベッドの側にある引き出しの付いた木彫のサイドテーブル。取っ手の場所には鍵穴があり、取っ手には埃が付いていた。全体的にきちんと掃除をされているがそこだけは触れていないようで、鍵を失くしたのだろうかとチャムは思った。小奇麗ではあるが、表の美しい宝飾が並ぶ店と比べると何とも寂しい部屋である。

「…ギャリアー」
「なんだ?」
「あたしの部屋にある、うみかぜくん人形あげようか?」

うみかぜくん人形とは、ウォーリーが一時期観光客向けに販売していたぬいぐるみである。どうせ売れ残るだろうと30体しか作らなかったが、じわじわと売れて今はチャムの部屋にある1体しか残っていない。

「い、いいよ…店の方に飾ってあるのだけで…」
「本当?あれ枕にもしようと思えばできるから…」
「私はたまに肘置きにしてるわ~」

変な気を回したチャムの申し出を断り、ギャリアーは2人に飲み物を出す。チャムには砂糖が入った甘い紅茶を、ユンにはミルクを先に入れてから紅茶を注いだミルクインファーストの紅茶を。ギャリアーは工房で少し作業をしてくると言って隣の工房に移動した。工房の窓からは喫茶うみかぜが見える為、ウォーリーが来たら呼ぶと言い残して。2人きりになったチャムとユンは、世間話をしながら声が掛かるのを待つ。美味しい紅茶を何度かおかわりしたチャムは催してソファを立つ。

「トイレ…トイレ…」
「あっちよ~」

ベッドの横を通った先にあるドアを指差すユン。チャムは工房へ続く扉越しにトイレを借りたい旨を伝えて、了承の返事を得てすぐにトイレに駆け込む。チャムが去り静かになったギャリアーの部屋で、ユンは1人紅茶を楽しむ。紅茶から立ち上る香りが寂しい部屋に広がり、ユンの鼻先を撫でて消える。残り香はユンの中でより深く香る。ウォーリーがユウトを連れ立って帰ってきたのは夕方頃だった。



「では、うみかぜ計画について説明する!」

皆の前に1人立つリーダーのチャムを囲うように店の椅子に座る関係者達。被害者のギャリアー、原因のユウト、救助者チャム、警備隊のユン、被害者?のウォーリーの5人。ユンとウォーリーの拍手を受けて手を上げると、コホンと一つ咳払いをして場が収まるのを待つ。喫茶うみかぜから引っ張り出してきた黒板に、事前にそれぞれの名前とイラスト、関係性を記入したものを背後に立て掛けた。一部情報の抜け、曖昧な情報を含んでいる。チャムは自分とユウトの間に恋人と書こうとして少し考えた後、「元」という言葉を強調して書き入れた。ギャリアーとウォーリーの間に友人、ユンからウォーリーへの矢印にキュートの文字、この場の5人の次にグンカを描いて、ユンがランと自分のイラストの間に双子と記入した。そして最後に残った容疑者ニスのイラストと名前をギャリアーが書き入れて完成した。

「すげえな…!一体何を考え付いたんだ、ギャリアー」
「いや…こんな黒板で情報を整理するほど、複雑な作戦でも無いんだけどな…」
「あら~いいじゃない~。みんなで頑張った記念になるわよ~?ギャリアーさんの部屋にも飾れるサイズだし~」
「おっそりゃいいな。ちょっと持て余してたんだよこの黒板」
「勘弁してくれ…」

口ではそう言っているギャリアーだが、容疑者のイラストを描くときは職人の血が騒ぐのか、かなり丁寧に細部まで拘って描いていた。それを隣で見ていたユンが肩に手をやり、「キスされて情でも沸いたの~」とギャリアーを詰める。ギャリアーは居心地が悪い思いをしながら、赤い髪をした白いワンピースのニスを描いた。完成したイラストを見下ろす目は真剣だった。

「まずユンちゃん!」
「は~い」
「警備隊に喫茶うみかぜから電話をします!そしてあたしとギャリアーの無事をグンカさんに伝える。そしてここが大事、毒物は確認されなかったと話して貰います!」
「えっ!?でも、さっきギャリアーが倒れたのは口紅の毒のせいだって言ってたよな?」

5人が合流してからチャムはウォーリーとユウトに、検査した結果を伝えた。チャムは確かに口紅には毒性があったと言った。

「そう。間違いなく人体にとって毒になる成分は含まれている。それは複数人に試して立証すればわかる」
「じゃあグンカに検査されたらばれちまうじゃねえか!」
「その検査を逆手に取るんだ」

ギャリアーは医者ボビンから貰った検査結果の書かれた書類をウォーリーに渡した。紙には様々な成分の名前がずらずらと並んで、それを読むウォーリーの目に疲労を与える。

「俺はこういうの、見てもわからん!」
「おじさん、かして。…」

ユウトが投げ出すように放られた紙を器用にキャッチする。真面目にその紙を読むユウトの姿を、チャムは複雑そうに見ている。ユウトはさらっと読んで作戦を理解した。

「そっか…ここには書いてないのか」
「そうだ」
「結構マイナーなの?」
「いや、ボビンさんは未知の成分じゃないかって」
「おい!俺にもわかるように説明してくれ」

置いて行かれているウォーリーに、姪のチャムが得意げに説明する。

「まだ誰も知らないなら、毒じゃない!」
「ちょっと違うが…」
「この口紅の成分をボビンさんに調べて貰ったら~、現在判明している毒の成分のどれとも合致しなかったのよ~」

ユンは書類の項目を指差す。

「ほら、ここの有名な植物の毒から~最後まで皆該当なしでしょ~?」
「そ、それくらいはわかったぜ!俺だって…」
「この該当なしの結果こそ、彼女の殺人未遂を否定する証拠になるのよ~」

「つまり…あの口紅には毒性がある、けれどその毒となる成分は判明しているどれとも違う。だから既存の検査では毒に該当する成分として検出できない。毒であっても結果に出てこないって事だ」

ギャリアーは黒板に検査結果の書類を貼り、隣に証拠と書く。さらにユンが補足した情報によると、事件に関わる成分の検査をする時は、警備隊内で行う時と近くの医師や科学者に依頼するケースがあり、この田舎の港町の警備隊内には、中央と同レベルの精密検査ができる器具が無い。よく事件で使用される毒の成分は調べることが出来るのだが、その他の珍しい毒の成分については中央に依頼するか、町の医者に協力をお願いしている。そしてボビンは医師でもあるが科学者でもあり、人体に悪影響のある成分について、この町の誰より詳しい。つまりボビンの出した結果は信頼度が高い。客観的な証拠を提示した後、ギャリアー達が出すのは一般的な常識による援護だ。

「ましてその口紅をたっぷり口に塗ったチャムに何の症状も出ていないのは、毒性を否定する材料になる。男に死の危険を齎して女に効かない、なんてほぼオカルトの域だ」
「確かに…」

ウォーリーが神妙に頷く。彼自身はそう言ったオカルトを信じる性質の人間だが、ギャリアーの話しは腑に落ちた。

「ユンにはこの検査結果をもとに、毒物は無かったとグンカに報告してもらう」

ユンは任せてと返事をすると、隣のユウトに笑顔を向けた。ウォーリーからユンの説教が待っている旨を聞いて、内心気が気でなかったユウトはその笑顔に肝が冷える。

「ユウトには後で説教だからね~」
「ううっ…ごめんなさい、ユンちゃん…」
「まだ安心しちゃダメよ~。逮捕されちゃう可能性の方が高いんだからね~!」

ユンのこの言葉に嘘はない。ユンは最初に皆に説明した。喫茶うみかぜに集合し、これまでの経過を共有した後のこと。

「なるべく皆助けてあげたいんだけど、聴取での際彼女がユウトに口紅を盗まれてって話をしたら、私はユウトを逮捕しなきゃいけないからね~」
「それは…そう、だよ」
「ごめんなさいねチャムちゃん。その時はこれから話す計画内の、ユウトの処遇については諦める方向で行くしかない。みんなの話を聞いても、窃盗事件とその後のユウトの行動さえ無ければ、殺人未遂と判断される事も無かったからね~」

警備隊としてのユンは甘いばかりではない。ユウトはユンの話に顔を歪めたが、それでもいいと頷いた。

「まさか、僕ごと助けようとしてくれるなんて思わなかったからさ…びっくり」
「チャムが悲しむからってだけだ…」

可愛い姪の恋人に素直になれない叔父にチャムは抱き付く。そして覚悟を決めてリーダーとして名乗りをあげた。

証拠の話が落ち着き、次にグンカの取るであろう行動について話す。

「私が毒物はないですよ~って報告したら、多分自分の目でも確かめようとすると思うのね?お真面目さんだから。順番的に…ボビンさんとイトちゃんの所に行って、それからうみかぜかしら~」
「ボビンさんは同じ検査結果を渡して、同じ話をするだろう。俺達が聞いたのと同じ説明だ」
「私とギャリアーが元気だったって言ってくれるよ!」
「そうなれば、今度はうみかぜで俺達の話を聞きに来るって事か」
「ああ…出来れば俺の証言が欲しいだろうが、俺は悪い物でも食べたって言う。それか徹夜続きで寝不足もあったって話して、彼女に落ち度はないように説明する」
「塩水飲ませて助けたのはどうする?毒の対処法知ってたんじゃ厳しくないか?」
「それは気付け薬とか応急という事で、強引に突破します!それにこの連日の快晴だもん、熱い工房に籠ってれば倒れちゃうよ!」

チャムはギャリアーの側に、逆上せた?、食あたり?と可能性を書く。

「近くにいた人の証言は大事よね~、ギャリアーさんの様子を詳しく話せるのは、本人以外にウォーリーさんとチャムちゃんと彼女だけ。複数人が他の原因だと話せば信憑性は出てくるわ~」

チャムが黒板の上にデカデカと書かれた、この謀の名前を声高々に叫ぶ。

「名付けて【うみかぜ計画】!私達喫茶うみかぜのメインメンバーと、常連さんのユンちゃんと、未来の常連さんのボビンさんとイトちゃんによる、そもそも事件なんかありませんよendを目指す!」

わあわあと盛り上がるうみかぜ計画のメンバー達。ギャリアーは知らずにメインメンバーに入れられていた事は横に置いて、リーダーであるチャムに進言する。

「決行時間と話の擦り合わせを入念にしておこう」
「そうね~口裏合わせをしたと思われないように多少話し方が違った方がいいけど、要点は抑えておかなきゃ~」
「それじゃあそれについては、ギャリアーに任せる!」

計画実行に向けて、着々と準備を進めた【うみかぜ計画】のメンバー達。ユンのグンカへの報告を近くで固唾を飲んで聞き、ユンが予想以上に目論見通りの反応をしていると言うと、手を叩いて喜んだ。



警備隊詰所を出たグンカは、予想通り検査を担当した医師ボビンの家を訪れていた。

「…夜分に済まない。協力に感謝する」
「ええ~…お気を付けて~…」
「バイバイ、グンカさん」
「ああ、お休み…」

2人に敬礼して親子の住むアパートを出る。得られたのはユンから報告を受けたのと同じ情報、検査結果の紙をよれる程握り、今度は喫茶うみかぜに足を進める。

「唇で触れ合った後に倒れたのは事実。助言をしたのも事実。毒を含ませたと言う言葉も確かに聞いた。なのに毒の痕跡がないとは…」

グンカは苛々として目端を吊り上げる。早歩きで通り過ぎる警備隊長の姿を、町民達は難癖をつけられたら堪らないと遠巻きに見ているのであった。
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