ベノムリップス

ど三一

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投獄編

第5話 罪過

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グンカは喫茶うみかぜに到着した。
人通りの少ない住宅街にあるこの店が事件現場。店の佇まいは、古くはないが潮風で所々塗装が剥がれている様子で、白壁の一部に後程塗り直したと思わしき、明るい白が一筋だけ塗られていた。中へ続く扉のガラス戸からは光が漏れ、昼間と違い閉まっていた。

「被害者ギャリアーは、容疑者ニスを庇っていた…。しかし、喫茶うみかぜの店主であるウォーリーと従業員のチャムは気になる事を言っていた。余罪の可能性もある…ユンと合流し、証言を集めねば」

グンカは店のドアを叩いた。


「来た!」
「皆冷静に予定通りにな」
「うう~…き、緊張するぜ」
「ふふ~、いつも通りでいいのよ~」
「出るね…!」

チャムが店の鍵を開けてグンカを招き入れる。グンカは失礼する、と言って店内にいる人物を見る。

「…関係者は揃っているようで、手間が省ける」
「隊長さんがここに居ろって言ったんだろ…!」
「ああ、そうだ。しかし、その場に居合わせた全員を集めてくれて感謝する。…」

グンカの視線はユウトに向いていた。ギャリアーが倒れて混乱する現場から1人走り去ったユウトをグンカは覚えていた。それに加えて容疑者を連行する際に聞いたチャムの言葉。ユウトも気になる人物ではある。
視線を向けられたユウトは、その視線の意味は決して油断出来るものではないと、愛嬌のある笑みを一層深くしてグンカに笑顔を向ける。それに慌てるのはチャムとウォーリー、余計な事をするなと肘で小突くのがユン。

「隊長~、あたしが聴取した内容を報告します~」
「ああ…」

グンカとユンは店の隅に行ってヒソヒソと話す。電話で話した検査結果、2人の容体、当時現場にいた参考人から見た容疑者の様子、容疑者と被害者との接点等、新たに得た情報を報告してゆく。最後にユウトを入れた3人の見解をグンカに伝える。ユンは嘘は吐いていない。

「犯行を否定だと…!?」
「被害者のギャリアーさんは昨夜遅くまで工房で仕事をしていて~お疲れだったんですって~!倒れてる時も意識はあったらしいから軽い立ちくらみかも~?って」
「…ユン、君の仕事は信頼しているが、私がもう一度話を聞こう。親しいと手心を加えてしまう事もあるだろう」
「聞き取りですか~?」
「取り調べだ」

グンカはユンから報告書を受け取ると、椅子に座る5人の中のギャリアーの前に座る。手袋に包まれた指先で、テーブルをトントンと打つ。考えを纏めている時のグンカの癖だ。グンカの鋭い眼光を受けても、ギャリアーには物怖じした様子無く、真っ直ぐに疑念を真正面から伝えてくる制帽ごしの瞳を見返す。
2人は口を噤んでお互いを見据える。緊迫した雰囲気に、周囲は息を呑んで対峙するギャリアーを見守る。

「…」
「…」

疾しいことなどないと言うように、落ち着きすぎているギャリアーをグンカはやはり怪しい点があると思う。
一つは、グンカから見て被害者の立場ながら容疑者を庇う点。二つ目は、現場に居合わせた者達は皆顔見知りであり、事件が起こった喫茶うみかぜ店主ウォーリーの友人、姪、姪の恋人という非常に親しい人選で固められている点。
容疑者ニスとは誰も関わりが無く、ニスの名義の転入届も出されていない。観光客か、立ち寄った旅人の可能性が高いが、その異様な様子はどちらとも思えない。なぜ容疑者は店内で縛られた状態だったのか?

「名前は?」
「ギャリアー」
「職業は?」
「装飾技師」
「年齢」
「あ~…今年で…」

取り調べが始まった。
ユンが他の3人を店の外に出すと、中が気になりそわそわと歩き回るウォーリーとチャムをユウトが宥める。ユンの事前の説明で、聞き取りレベルなら同席できる可能性は高いが、取り調べとなるとグンカと二人きりになるという。助け舟を出せる状況ではなくなるため、しっかりと打ち合わせをしてもグンカを前にして動揺してしまう事もあるだろうが、その時は時間をかけて落ち着くこと、とユンからのアドバイスもあった。扉に背を向けて座るグンカの目を盗み、ウォーリーとチャムが落ち着くようにジェスチャーで伝える。しかしギャリアーはそちらに視線はやれない。グンカがギャリアーの一挙一動を観察している。

「容疑者と面識はあるか?」
「無い。初めて見た」
「ニスという名前に聞き覚えは?」
「ないよ」
「お前が倒れる前に、容疑者に何か渡されたり接触されたか」
「いや、接触っていったら俺の方からだな」
「…接触した理由は」
「腕を後ろで縛られてるんだぞ?どこからか逃げ出した不審者と思ったんだよ」
「では警戒する意味で拘束したということか」
「そう。丁度既に縛られているから簡単だった」
「…その不審者が自分を拘束する男に唇で接触する意味は?」
「あ~……好みだったから、ちょっと色目は使った。そうしたらキスしてくれて、まあいい返事ってことかもな」

ギャリアーの口から咄嗟に出た言葉は、あくまでギャリアーが体験した事実と推察。ニスがギャリアーとの会話の内容をグンカに話していても、ギャリアー側の言葉だけで成り立つ証言だ。その後ものらりくらりと質問をこなしていくギャリアーにグンカの苛々は募り、ついに本題を口にする。

「…私は容疑者にお前が毒を盛られたと思っている」

グンカは共犯の疑いのある者を見る目で見た。

「すぐに回復したからと言って、罪が消えるわけではない」
「…被害者とされる奴が許してやれって言ってもか?」
「罪は罪、情状酌量の余地があるかないかだ。お前は容疑者ニスとは初対面だと言っていた。お前がよほどの悪党でない限り、量刑が軽くなることはない」
「軽くする必要はねえよ…そもそも事件なんて起こってないんだから」

2人はテーブル越しに睨みあう。
殺人未遂として逮捕すべきと主張するグンカ、事件の存在を否定するギャリアー。立場はここではっきりした。

「私は容疑者が、【あなたに毒を】とお前に向かって話すのを聞いた。…自供も同然!」
「その毒だって存在は証明できない。この検査結果は見ただろ」

ギャリアーが書類を机に出す。

「検査結果は全て該当なし!調べたのは警備隊が選んだ…俺たちの誰とも面識の無かった医者だ。勿論あんたに捕まってるあの人とも面識はないだろう。結果を偽る意味はない。この検査結果は俺の体内に毒が入っていない証明だ」

グンカは歯を食いしばる。容疑者からも被害者からも、持ち物からも毒物は検出されなかった。客観的証拠がない場合、逮捕する根拠がない。まして被害者が犯行を否定するとなると、誰の目にも明らかな証拠が必要だ。グンカの旗色が悪いのを感じたギャリアーは、体勢を変えるふりをしてガラス窓を見る。大丈夫だと合図を送るため口端を少し上に向けると、外にいるウォーリーとチャムは握り拳を作って頑張れ!と合図を送る。

「……実は私が気になることはもう一つあってな。ここで待っていろ」

グンカは出入り口の扉に向かって歩く。ガラスに額を付けていた叔父と姪は慌てて飛びのいた。

「救助者チャムと、店に居た…ユウト。2人とも来い」
「は、はい!」
「お、俺は!?」
「お前はいい、外に居ろ」

チャムとユウトを伴ってグンカは店に入りなおす。

「畜生!俺の店なのに俺を追い出しやがって!」
「まあまあ、隊長的に怪しくないってことだと思うわ~」
「えっ……!」

ウォーリーはその強面な外見から、その人となりを知らない者からは怖がられることが多い。意外にもナイーブな側面を持っている彼は、警備隊長の慧眼に感服した。

「……見る目あるじゃねえか」
「3人の無事を祈りましょう~」

ユンに言われてまた窓を覗くウォーリー。ユンは心の中で、知人でなかったら即職務質問だなとその光景を見て思った。


ユウトとチャムは隣同士でギャリアーの横に座った。チャムは見るからに緊張を、ユウトも無理して余裕ある笑みを作っているのに、ギャリアーは勘付いていた。

「聞きたいことがある」
「なんでしょうっ」
「…リラックスしてくれ。君を責める質問じゃあない」
「は、はい…」

チャムはほっと胸を撫で下ろす。ギャリアーは来たか、と眉間の皺を深くする。

「どちらかというと、ユウトの方だ」
「!」
「僕?」

ユウトは愛嬌のあるくりくりした目でグンカを見る。罪を知らないような澄んだ目は、ユウトが叱責されるようなことをしでかした時、許される為の常套手段である。彼をよく知らない人間に対して、その無垢な瞳は有効だ。グンカには効かなかったが。きらきらした視線を無視してグンカは言葉を発する。

「お前はギャリアーが倒れた後、彼女を離して店から出て行ったな?」
「そうだね」
「その時私は店の開け放たれた出入り口に立っていた。お前が横を通って行ったのを覚えている」

グンカはユウトに疑いの目を向けている。チャムとギャリアーは心配そうにユウトの言葉を聞いている。

「恥ずかしいとこ見られたな~」
「何故逃げるように出て行った?そこに知人であるギャリアーが倒れているというのに」
「びっくりしちゃったんだよ。チャムを守るつもりで抱きしめてたけど、いきなりギャリアーさんが倒れるもんだから、不審者に何かされたんだと思って!怖くなって逃げちゃった。情けなかったよ、我ながら」

あまりにも自然に話すユウト。先程のギャリアーの取り調べでの屈辱が蘇る。

「器用で頭と舌が回る者の聴取は骨が折れる……!」

グンカは横に居るギャリアーの事も言っていた。しかしその口調は、決して白旗を上げた雰囲気ではなく、むしろ聴取が厳しくなると言う予告の様にも聞こえる。グンカはチャムに視線を向けた。

「君の発言についても覚えていることがある」
「なっ、なんでしょう」
「そこにいるユウトが、容疑者の女の持ち物を奪った趣旨の言葉だ」

ギャリアーはチャムのフォローをしようと口を開く。

「それは、俺が…」
「お前は黙っていろ…!私は彼女に聞いている!」

強い牽制に口を閉じるしかない。
折角同席を許されているのに、グンカの機嫌を損ね退場させられてしまっては、一番心配していたチャムが1人でグンカの相手をすることになる。ギャリアーは心の中でチャムを応援する。

「その、お姉さんのものを取ったって言ったのは、み、店の食事の、話です…。その、あの人の様子が、おかしかったから、落ち着いて貰おうと…カウンターにあったドリンクを…あげようと…。でもそれはユウトが注文したもので…と、トラブルに…」
「私はその説明を疑問に感じる。君の言葉では、【そもそもユウトが】とあった。そもそも、そもそもというのは店内での話ではなく、容疑者が店に来る前の話ではないのか?」
「いえ、店に来てからの…話で…」
「隣の男からの通報も聞いた。店の中に不審者がいる、直ぐに来てくれというものだった。様子がおかしい不審者に、君が心配して提供しようとした飲料を巡って、不審者とこのユウトがトラブルになった?なりようがないと思うのだが?容疑者は腕を縄で拘束されていたのだから。危害を加えられる可能性は低い」

ユウトは、グンカの厳しい視線に晒され怯えていても、一所懸命に言葉を選びユウトを助けようとするチャムの横顔を見つめて顔を歪ませる。自分の処遇の為に苦境に晒される恋人の姿は、ユウトの楽観的な心情を変えてゆく。

「もしその飲料をユウトが譲らないと言っても、別のものを用意すればいいだけ。態々それでなくてはならないと言うこともないだろう。容疑者の嗜好等知る筈もないからな。そして店内にはギャリアーが使っていた客用の食器の他にもう一つ客用のカップが…」
「それはっ…!」
「自白していい?」
「ユウト!?」

チャムよりもユウトが堪えきれなかったか、とギャリアーは悔しそうな顔をする。

「僕、最初海岸であの女の人見た時死体だと思ったんだよね。それでなんかいいものないかな~って胸元ごそごそしてたら、あの貝殻見つけたの。それ盗った」
「窃盗か」
「ユウト…」
「うん。見たら結構良さそうなもので。そしたらあの人、この貝殻返してって起き上がってきたから逃げた。見るからに怪しいし、警備隊に駆け込まれても大丈夫かな~って簡単に考えちゃってさ」

ユウトは後ろで、チャムの背中を安心させるように優しく撫でる。

「あの貝殻大事なものだったんだろうね。店から出た後、僕みたいな人探してる女の人がいたって他の場所で聞いて、これは捕まっちゃうなあって落ち込んだり…」
「窃盗の罪はわかった。それではもう一つ、毒をギャリアーに含ませたか?」
「それはしてない。あの人、容疑者の人ね。あの人の言う【あなたに毒を】ってアレルギーの事じゃないかな。僕結構敏感肌だから、かぶれたりするんだ。何も毒物が出てこないなら、接触した口紅の成分がギャリアーさんにとってアレルギー物質だったんじゃないの?大人のチュウの弊害だね~…好き同士でも合わないことがあるんだ」

ユウトはチャムの手を一度だけ握り、テーブルの上に出した。

「アレルギー…」
「…それなら、毒物の検査では分かる筈もないな」

ギャリアーのフォローにグンカは肯定は示さなかったが、一応可能性のある話として受け止めた。

「これで僕の自白はおしまい。何回も話聞きたいなら警備隊に連れてって正式に聴取して」
「…お前を窃盗の罪で逮捕する」
「はいどうぞ」

手首を差し出したユウトに手錠をかける。ユウトはグンカに連れられて店を出た。ウォーリーは驚いた様子で、ユウトに何かを言おうと前に立つ。しかしグンカに邪魔だと言われ、泣く泣く後ろに下がる。ユウトは一度店の方を振り返った後、ウォーリーを見て短い言葉を発し、グンカと共に警備隊詰所に歩いて行った。残されたウォーリーは店の中に戻り、肩を落とすチャムの隣に座る。

「ダメだった。ユウトが自白した」
「…それならそれで良かったのよ、事実だもの。毒の件は?…」
「ユウトが機転効かせてアレルギーじゃないかって。その場は納得したみたいだったけどな」
「そう…なんとかなったと良いけどね」
「ああ…。それじゃあ後頼むよ。なるべくユウトのフォローしてやってくれ」
「わかったわ~。…」

店の中に戻ろうとするギャリアーの後ろ姿に、ユンは問いかける。

「ねえ…貴方、何で見ず知らずの女の人の為に、こんなに頑張ったの…?」

足を止めたギャリアーは、少し間を置いた後答えた。

「…好みだったんだよ。それだけだ」
「キスで情が出来ちゃったんでしょ……大人ので」
「久しぶりだったんでな……じゃあ」

ギャリアーはそう言って話を終え、店に入り扉を閉めた。ユンは少し思うところがあったが、頭を仕事に切り替えて道の先にいる2人の後を追いかけた。

「おじさん、けじめつけたよ」

ユウトの言葉はチャムに伝えられた。
店の明かりは営業時間が終わっても煌々としている。
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