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不思議な同居編
第19話 舌が肥えていない者達
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ニスとグンカが釣りに励んでいる頃、喫茶うみかぜは夜の営業の準備をしていた。
今夜の予約は3組、コース料理を注文済みだ。ウォーリーは厨房にて、調味液で漬け込んだ肉がオーブンでじっくりと焼かれる様子を時折確認しながら、間にデザート用の果実のカットをしている。コースの内容はお任せとのことなのでウォーリーも気合が入っている。
「これで大体準備は出来たな…」
芸術的に盛り付けられたプレートを眺めて、その完璧な仕上がりに自讃する。
「ああ~崩すのが勿体ねえ~…!」
プレートを冷蔵庫に入れて保管する。今夜の客はグルメで、ウォーリーの細かな技術や計らいにも気づく、繊細な舌を持ったお得意様だ。そんな客に全てお任せを頼まれるのは、ウォーリーの腕を見込んでの事だ。
「もう少し味付けに変化を持たせてもいいな……」
ウォーリーが厨房で思案している時、チャムはフロアのカウンターでジャガイモの皮を剥いている。
「…」
その手は止まることはないが、チャムの脳内では、とある光景が静止画の様に意識の前面に張り付いている。
その光景とはニスが釈放された日の夕方、この喫茶うみかぜでの一幕。
ニスとグンカの姿が夕日に照らされ、影が掛かる2人の顔。
グンカの掌はニスの頬に、2人の距離は近く見えた。
取調室での光景のように。
「はあ~~~っ!!一体何なの!?ロマンスなの?」
チャムはテキパキとジャガイモを処理しながら唸る。チャムの中ではギャリアーとニスのキスシーンとグンカとニスのキスシーンが交互に浮かび、疑問ともやもやが膨らんでゆく。
「…ギャリアーとお姉さんの時は仕方なくって事で、グンカさんとお姉さんの時は…あれ?なんでキス未遂?」
事実からこの3人の関係性を整理しようと試みるも、情報が少なかった。
かといって正面切って3人に聞くことも出来ない。
「それぞれ矢印が誰に向いてるの?なんて聞けないよ~」
彼女の中では、あの3人の中には恋愛感情が発生している、と決定していた。
多感な年頃のチャムには、身近な大人の恋模様は興味をそそり過ぎる。
昨夜はドキドキと色々考えてしまい寝不足だ。
ジャガイモを終えると次は玉ねぎ。こちらも上下をストンと落として、包丁を使って皮を剥いてゆく。
「一つ屋根の下の三角関係……ギャリアーの部屋ワンルームだし、どこでイチャつけば…」
「チャム」
ぶつぶつと独り言を言って妄想を飛躍させていると、厨房に居たウォーリーがチャムを呼んだ。チャムは返事をすると、玉ねぎが入ったボウルの上に包丁を置いて、手厨房に入る。ウォーリーは予約のコースの準備をしていたが、台の上に見覚えの無い箱がある。
「なにこれ?」
「ギャリアーの家に持ってってくれ。残り物で簡単に一品作った」
チャムが蓋を開けると、中には野菜と塊の肉が入ったシチューだった。美味しそうな匂いが鼻腔を通り抜ける。
「わかった!行ってくるね!」
「ついでに様子を見てきてくれ。ギャリアーと隊長さんが喧嘩になってるかもしれねえからな。予約の時間までに帰って来てくれればいいぞ」
「はーい!美味しそう…叔父さんのシチューってすっごい緻密に調味料が計算されてて絶品だから、ギャリアー達喜んでくれるね」
チャムのその言葉に、ウォーリーは苦笑いを浮かべる。
「?」
その表情の意味を知らないチャムは、首を傾げる。ウォーリーは少々言いづらそうに口を開く。
「……いやぁ…ギャリアーはあんまり、その…な?」
「ギャリアーがどうかしたの?」
「あんまり…いや、嫌いな物以外は何でも美味しく食べられる舌っていうか…」
「いいことなんじゃないの?」
「まあな…でも裏を返せばって事もあるんだよ」
ウォーリーは強引にいってらっしゃいと言って、箱を持たせたチャムをホールに追い出した。そしてジャガイモと玉ねぎを回収してそそくさと厨房に戻って行った。チャムは一度カウンターに箱を置いてエプロンを外すと、再び箱を持って店を出た。シチューはまだ暖かくて作り立てだ。
「ギャリアーが美味しく食べられる舌ってどういうこと…?ただでさえ三角関係が気になって仕方ないのに、また一つ謎が増えるじゃない…!」
チャムが道を渡っていると、後ろから誰かに声を掛けられた。
「チャム」
「あっギャリアー!」
話題の家主ギャリアーだった。
「どうしたの?いつもと違ってちゃんとした格好だけど」
「ちゃんとしたトコに行くときは正装するよ、流石の俺だって」
「似合ってる!髪もその方がかっこいいよ」
「ハハ、ありがとな。チャムはどうした?うちに用か?」
チャムは持っている箱を見せて、ウォーリーからの差し入れだと話した。
「中にシチューが入ってるよ!後、差し入れついでに3人の様子見て来いって」
「おっごちそうだな。明日にでも顔出すが、ウォーリーに礼言っといてくれ」
チャムから箱を受け取ると、ウォーリーは家の裏口にチャムと共に歩いてゆく。家のドアを開けると、チャムを先に通した。
「お邪魔しまーす」
チャムがギャリアーが開けているドアを通ると、台所に2人の姿があった。
「お姉さんにグンカさん、様子見に来たよ!後差し入れも!」
「…そう、ありがとう」
「…差し入れ?」
「ほら、ウォーリーだよ。前の店の」
「事件現場の店主か」
ギャリアーはテーブルに箱を置いて、着替えに脱衣所に入った。チャムは台所に立つニスとグンカに近寄り、流しを見た。
「あっ魚!生きてる!」
「釣ってきたの…」
「へえ!結構いいサイズだね。こっちは可愛いサイズ」
チャムはグンカが釣った魚を指差す。
「…それは記念」
「記念?」
「……初めて、自分で釣った」
グンカがそっぽを向く。可愛いサイズと言われて、少々恥ずかしかった。
「えっグンカさん釣りしたこと、なかったの?」
「無い」
「あ~そっか、グンカさん中央から来たんだっけ。ユンちゃんが中央に居た時の看守仲間だって言ってた」
「看守…」
「ユンのやつめ…隠し事でもないが、ぺらぺらと…」
グンカはユンを思い出して歯痒い思いをする。
ニスは包丁を手に、魚をどう処理しようか考えている。
「待たせたな、じゃあ晩飯作るか」
ギャリアーは正装から普段の作業着に着替えた。髪は整髪料で固めた名残があり、普段よりぼさぼさとしていない。チャムは勿体無い!と文句を言うが、ギャリアーはこの方が楽だからと、さらに髪を乱した。
「何作るか決まってるの?」
チャムが3人に聞くと、それぞれ答えは出て来ない。ニスが取り敢えず魚を捌く予定だと話すと、チャムは魚を見て考える。
「うーん…野菜も入れてカルパッチョならお刺身だし、こっちはフライでもいい、何作るかによるね」
「そうか…じゃあ先に何作るか決めてから動くとするか」
ギャリアーの言葉に4人はテーブルの周囲に腰を下ろす。
「ニスは今日何を買ってきたんだ?」
「何種類かの野菜に…よくわからないお肉に、何かの干物に…」
「…恐ろしい事を言うな」
「市場から買ったんだ、どれも食べられるだろ?」
「…あまり見覚えのない物ばかりだったから」
「あたしが見てみるね!」
「…よく売れてる物を中心に買ったから多分…………大丈夫」
間を置いたニスの大丈夫に、グンカは顔色を悪くした。
チャムが冷蔵庫を漁って見て行くと、ニスが購入した食材は一部扱いが難しいものも含まれてはいたが、他は一般的な食材だった。
「うん、干物以外は普通に料理して大丈夫!」
「よし、じゃあ献立を決めようか。チャムもアドバイス宜しくな」
「任せてよ!」
こうして3人プラスチャムの晩御飯会議が始まった。
「さて何にするか…昨日の夜はうみかぜで色々食べたが……」
ギャリアーは昨夜に振舞われた料理を思い出す。サラダにパンに、と一つ一つ思い出してゆく。
「…魚釣ったから魚料理?」
「3人分はあるぞ」
2人は自分達が釣った魚を食べて欲しい様子だ。チャムが例に出した料理は、魅力的な気がした。
「なら魚にするか。焼くのか?」
「焼いてもいいけど、新鮮だからお刺身もいいよ」
「……お刺身?」
ニスが聞いたことのない言葉に、眉を顰める。他3人は驚いてニスを見る。
「刺身を知らないのか…?」
「珍しい…」
「生魚を捌いて薄く切り分けて食べるんだ。それが刺身」
今度はニスが僅かに驚く。
「生で…?魚を…?」
「美味しいんだよ!」
「火を……火を通さないの…?」
「通さない」
「……!」
ニスは腹痛の心配をしたが、3人は新鮮ならば大丈夫だとニスに言い聞かせる。
「不思議ね……」
「貴様はどうやって調理していたのだ」
「…塩を振って火炙り」
「シンプルだな……」
「それじゃあ少しだけお刺身にして、残りは塩焼きにしたら?」
チャムの提案に3人が頷く。
「ギャリアーは家で魚焼く?」
「いやぁ……俺はあまり料理しないから…。野菜かたまごか…味付けされてる肉炒める位だ」
「ふん…基本位は出来ていないとな」
ギャリアーが普段作る料理は、買ってきたパンに買ってきた素材を挟めたり、素材そのものを炒めて、市販のソースをかけるくらいで、料理はからっきしだった。
そしてそれはもう1人。
「グンカさんは?料理する?」
「…しない事もない」
先程ギャリアーに基本を語っていたグンカを期待して見る。
「何作るの?」
「…ハムエッグ」
代表料理にギャリアーと同じ気配を感じたが、本人の好みなのかもしれない。チャムは違う例を求めた。
「他には?」
「……基本的な焼く、茹でるだ」
チャムは目を合わせないグンカの態度を責めることはしなかった。それよりもこの家の食事情を心配していた。
「茹で時間って難しいんだよなぁ。焼くのは、焦げるまで焼けばいいし」
焼く以外苦手だと表明するギャリアーの言葉は、大した援護にならなかった。
「うん…煮るは無いんだね……グンカさん、ちゃんと食べてる?」
心配するチャムに、グンカは少し前のめりになって答えた。
「警備隊には食堂があるからな、家に帰宅し買い物して食事の準備をすると、時間が勿体無い。それに食堂であればバランスの取れた食事が提供される。近くは市場なので、そちらで調達も出来る」
「……良かったよ」
早口で捲し立てている間に向けられていた、チャムの生暖かい視線にグンカは気付かない。
「……火を中まで通して、塩をかければ良いと思うの」
「お姉さん…」
チャムに頷くニスは、調理法に自信を持っている様子だった。一旦3人から視線を逸らし、台所にある調味料を見た。
「でも…料理しない割に、色んなスパイスあるよね?ほら、アレとか相当凝る人じゃ無いと使い熟せないよ?」
スパイスのボトルが並ぶ、ギャリアー宅の台所。そのボトルには開けられた形跡はない。
「使えたら良いよなって買ったんだが、よく考えたら塩とケチャップとマヨネーズ位しか使わなかった。いつか使う機会もあると思って種類は揃えてる」
「…醤油は?刺身には醤油だろう」
「買った時に付いてるだろ?なけりゃケチャップかマヨネーズのどちらか残りが多い方をかければいい」
「焼いて塩をかければ……?」
「フン…焼いたら刺身で無くなるだろう。大体の料理は醤油をかけたらそれで完成だ」
「…魚醤じゃなくて?」
「…魚醤?」
「………」
チャムはこれからこの3人が住む家に、度々訪れるようになる。訪れる度に料理指南をして、新たな美味しいレシピを授ける彼女は、3人から尊敬の目で見られるようになる。
「…今日は一先ずウォーリーが作ったシチューを食べてよ!まだあったかくて美味しいよ、きっと」
「シチュー……?」
「ふむ…この温暖な町では長期保存にも向かんしな、頂こう」
「じゃあどれか野菜でも切って炒めて、マヨネーズかけるか」
「シチュー……」
3人は少し温くなっていたシチューを温めて、主食のパンを軽く焼いた。そしてグンカがニスに渡した焼き物も、一口サイズに細かく切って、野菜と一緒に炒めた。
ニスは綺麗に魚を捌いて、刺身の切り方の説明を受けると、手慣れた包丁さばきで刺身を切り分けた。
3人はテーブルによそったシチューとパン、焼き魚に刺身、炒め物を置いて少し早い晩御飯とした。チャムは3人が心配なので、ソファに座って食べる様子を見ることにした。3人は最初にシチューに手をつけた。
「!…美味しいな」
「うん……美味しい」
「ウォーリーの料理は絶品だからな」
3人が口々に美味しいと評する。チャムは自分が褒められた気分になって嬉しくなった。
「それで、これって何の肉なんだ?」
「ああ、それは」
チャムが答えようとした所に、グンカが割り込む。
「…繊維を感じる……鳥ではないか?」
「そうなのか?俺は食べた事ない肉かと思ったが……牛豚鳥羊以外の」
「………河童?」
「牛肉だよ…」
チャムが喫茶うみかぜに帰ると、既に予約客の1組が来店しており、ウォーリーの出した前菜に対して、何のソースを使っているだとか、調理法の妙、料理の構成等の難しい話をしていた。美味しいと口にするが、料理の考察が殆どである。
「叔父さん、3人とも元気そうだったよ」
「そうか、シチューはどうだった?」
「大好評だった。3人とも…」
当然だな、と素っ気ない言葉を使っていても、嬉しそうに次の料理の準備をしている。チャムは、肉の件はウォーリーに黙っていた。
チャムはシチューを食べている3人を思い出す。最後まで牛肉という言葉に首を傾げていたが、何度も美味しい美味しいと言ってくれた。
「何でも美味しく食べられるのが1番だもんねっ」
チャムは今度3人に食べさせたい料理を考えながら、アルバイトに励むのだった。
今夜の予約は3組、コース料理を注文済みだ。ウォーリーは厨房にて、調味液で漬け込んだ肉がオーブンでじっくりと焼かれる様子を時折確認しながら、間にデザート用の果実のカットをしている。コースの内容はお任せとのことなのでウォーリーも気合が入っている。
「これで大体準備は出来たな…」
芸術的に盛り付けられたプレートを眺めて、その完璧な仕上がりに自讃する。
「ああ~崩すのが勿体ねえ~…!」
プレートを冷蔵庫に入れて保管する。今夜の客はグルメで、ウォーリーの細かな技術や計らいにも気づく、繊細な舌を持ったお得意様だ。そんな客に全てお任せを頼まれるのは、ウォーリーの腕を見込んでの事だ。
「もう少し味付けに変化を持たせてもいいな……」
ウォーリーが厨房で思案している時、チャムはフロアのカウンターでジャガイモの皮を剥いている。
「…」
その手は止まることはないが、チャムの脳内では、とある光景が静止画の様に意識の前面に張り付いている。
その光景とはニスが釈放された日の夕方、この喫茶うみかぜでの一幕。
ニスとグンカの姿が夕日に照らされ、影が掛かる2人の顔。
グンカの掌はニスの頬に、2人の距離は近く見えた。
取調室での光景のように。
「はあ~~~っ!!一体何なの!?ロマンスなの?」
チャムはテキパキとジャガイモを処理しながら唸る。チャムの中ではギャリアーとニスのキスシーンとグンカとニスのキスシーンが交互に浮かび、疑問ともやもやが膨らんでゆく。
「…ギャリアーとお姉さんの時は仕方なくって事で、グンカさんとお姉さんの時は…あれ?なんでキス未遂?」
事実からこの3人の関係性を整理しようと試みるも、情報が少なかった。
かといって正面切って3人に聞くことも出来ない。
「それぞれ矢印が誰に向いてるの?なんて聞けないよ~」
彼女の中では、あの3人の中には恋愛感情が発生している、と決定していた。
多感な年頃のチャムには、身近な大人の恋模様は興味をそそり過ぎる。
昨夜はドキドキと色々考えてしまい寝不足だ。
ジャガイモを終えると次は玉ねぎ。こちらも上下をストンと落として、包丁を使って皮を剥いてゆく。
「一つ屋根の下の三角関係……ギャリアーの部屋ワンルームだし、どこでイチャつけば…」
「チャム」
ぶつぶつと独り言を言って妄想を飛躍させていると、厨房に居たウォーリーがチャムを呼んだ。チャムは返事をすると、玉ねぎが入ったボウルの上に包丁を置いて、手厨房に入る。ウォーリーは予約のコースの準備をしていたが、台の上に見覚えの無い箱がある。
「なにこれ?」
「ギャリアーの家に持ってってくれ。残り物で簡単に一品作った」
チャムが蓋を開けると、中には野菜と塊の肉が入ったシチューだった。美味しそうな匂いが鼻腔を通り抜ける。
「わかった!行ってくるね!」
「ついでに様子を見てきてくれ。ギャリアーと隊長さんが喧嘩になってるかもしれねえからな。予約の時間までに帰って来てくれればいいぞ」
「はーい!美味しそう…叔父さんのシチューってすっごい緻密に調味料が計算されてて絶品だから、ギャリアー達喜んでくれるね」
チャムのその言葉に、ウォーリーは苦笑いを浮かべる。
「?」
その表情の意味を知らないチャムは、首を傾げる。ウォーリーは少々言いづらそうに口を開く。
「……いやぁ…ギャリアーはあんまり、その…な?」
「ギャリアーがどうかしたの?」
「あんまり…いや、嫌いな物以外は何でも美味しく食べられる舌っていうか…」
「いいことなんじゃないの?」
「まあな…でも裏を返せばって事もあるんだよ」
ウォーリーは強引にいってらっしゃいと言って、箱を持たせたチャムをホールに追い出した。そしてジャガイモと玉ねぎを回収してそそくさと厨房に戻って行った。チャムは一度カウンターに箱を置いてエプロンを外すと、再び箱を持って店を出た。シチューはまだ暖かくて作り立てだ。
「ギャリアーが美味しく食べられる舌ってどういうこと…?ただでさえ三角関係が気になって仕方ないのに、また一つ謎が増えるじゃない…!」
チャムが道を渡っていると、後ろから誰かに声を掛けられた。
「チャム」
「あっギャリアー!」
話題の家主ギャリアーだった。
「どうしたの?いつもと違ってちゃんとした格好だけど」
「ちゃんとしたトコに行くときは正装するよ、流石の俺だって」
「似合ってる!髪もその方がかっこいいよ」
「ハハ、ありがとな。チャムはどうした?うちに用か?」
チャムは持っている箱を見せて、ウォーリーからの差し入れだと話した。
「中にシチューが入ってるよ!後、差し入れついでに3人の様子見て来いって」
「おっごちそうだな。明日にでも顔出すが、ウォーリーに礼言っといてくれ」
チャムから箱を受け取ると、ウォーリーは家の裏口にチャムと共に歩いてゆく。家のドアを開けると、チャムを先に通した。
「お邪魔しまーす」
チャムがギャリアーが開けているドアを通ると、台所に2人の姿があった。
「お姉さんにグンカさん、様子見に来たよ!後差し入れも!」
「…そう、ありがとう」
「…差し入れ?」
「ほら、ウォーリーだよ。前の店の」
「事件現場の店主か」
ギャリアーはテーブルに箱を置いて、着替えに脱衣所に入った。チャムは台所に立つニスとグンカに近寄り、流しを見た。
「あっ魚!生きてる!」
「釣ってきたの…」
「へえ!結構いいサイズだね。こっちは可愛いサイズ」
チャムはグンカが釣った魚を指差す。
「…それは記念」
「記念?」
「……初めて、自分で釣った」
グンカがそっぽを向く。可愛いサイズと言われて、少々恥ずかしかった。
「えっグンカさん釣りしたこと、なかったの?」
「無い」
「あ~そっか、グンカさん中央から来たんだっけ。ユンちゃんが中央に居た時の看守仲間だって言ってた」
「看守…」
「ユンのやつめ…隠し事でもないが、ぺらぺらと…」
グンカはユンを思い出して歯痒い思いをする。
ニスは包丁を手に、魚をどう処理しようか考えている。
「待たせたな、じゃあ晩飯作るか」
ギャリアーは正装から普段の作業着に着替えた。髪は整髪料で固めた名残があり、普段よりぼさぼさとしていない。チャムは勿体無い!と文句を言うが、ギャリアーはこの方が楽だからと、さらに髪を乱した。
「何作るか決まってるの?」
チャムが3人に聞くと、それぞれ答えは出て来ない。ニスが取り敢えず魚を捌く予定だと話すと、チャムは魚を見て考える。
「うーん…野菜も入れてカルパッチョならお刺身だし、こっちはフライでもいい、何作るかによるね」
「そうか…じゃあ先に何作るか決めてから動くとするか」
ギャリアーの言葉に4人はテーブルの周囲に腰を下ろす。
「ニスは今日何を買ってきたんだ?」
「何種類かの野菜に…よくわからないお肉に、何かの干物に…」
「…恐ろしい事を言うな」
「市場から買ったんだ、どれも食べられるだろ?」
「…あまり見覚えのない物ばかりだったから」
「あたしが見てみるね!」
「…よく売れてる物を中心に買ったから多分…………大丈夫」
間を置いたニスの大丈夫に、グンカは顔色を悪くした。
チャムが冷蔵庫を漁って見て行くと、ニスが購入した食材は一部扱いが難しいものも含まれてはいたが、他は一般的な食材だった。
「うん、干物以外は普通に料理して大丈夫!」
「よし、じゃあ献立を決めようか。チャムもアドバイス宜しくな」
「任せてよ!」
こうして3人プラスチャムの晩御飯会議が始まった。
「さて何にするか…昨日の夜はうみかぜで色々食べたが……」
ギャリアーは昨夜に振舞われた料理を思い出す。サラダにパンに、と一つ一つ思い出してゆく。
「…魚釣ったから魚料理?」
「3人分はあるぞ」
2人は自分達が釣った魚を食べて欲しい様子だ。チャムが例に出した料理は、魅力的な気がした。
「なら魚にするか。焼くのか?」
「焼いてもいいけど、新鮮だからお刺身もいいよ」
「……お刺身?」
ニスが聞いたことのない言葉に、眉を顰める。他3人は驚いてニスを見る。
「刺身を知らないのか…?」
「珍しい…」
「生魚を捌いて薄く切り分けて食べるんだ。それが刺身」
今度はニスが僅かに驚く。
「生で…?魚を…?」
「美味しいんだよ!」
「火を……火を通さないの…?」
「通さない」
「……!」
ニスは腹痛の心配をしたが、3人は新鮮ならば大丈夫だとニスに言い聞かせる。
「不思議ね……」
「貴様はどうやって調理していたのだ」
「…塩を振って火炙り」
「シンプルだな……」
「それじゃあ少しだけお刺身にして、残りは塩焼きにしたら?」
チャムの提案に3人が頷く。
「ギャリアーは家で魚焼く?」
「いやぁ……俺はあまり料理しないから…。野菜かたまごか…味付けされてる肉炒める位だ」
「ふん…基本位は出来ていないとな」
ギャリアーが普段作る料理は、買ってきたパンに買ってきた素材を挟めたり、素材そのものを炒めて、市販のソースをかけるくらいで、料理はからっきしだった。
そしてそれはもう1人。
「グンカさんは?料理する?」
「…しない事もない」
先程ギャリアーに基本を語っていたグンカを期待して見る。
「何作るの?」
「…ハムエッグ」
代表料理にギャリアーと同じ気配を感じたが、本人の好みなのかもしれない。チャムは違う例を求めた。
「他には?」
「……基本的な焼く、茹でるだ」
チャムは目を合わせないグンカの態度を責めることはしなかった。それよりもこの家の食事情を心配していた。
「茹で時間って難しいんだよなぁ。焼くのは、焦げるまで焼けばいいし」
焼く以外苦手だと表明するギャリアーの言葉は、大した援護にならなかった。
「うん…煮るは無いんだね……グンカさん、ちゃんと食べてる?」
心配するチャムに、グンカは少し前のめりになって答えた。
「警備隊には食堂があるからな、家に帰宅し買い物して食事の準備をすると、時間が勿体無い。それに食堂であればバランスの取れた食事が提供される。近くは市場なので、そちらで調達も出来る」
「……良かったよ」
早口で捲し立てている間に向けられていた、チャムの生暖かい視線にグンカは気付かない。
「……火を中まで通して、塩をかければ良いと思うの」
「お姉さん…」
チャムに頷くニスは、調理法に自信を持っている様子だった。一旦3人から視線を逸らし、台所にある調味料を見た。
「でも…料理しない割に、色んなスパイスあるよね?ほら、アレとか相当凝る人じゃ無いと使い熟せないよ?」
スパイスのボトルが並ぶ、ギャリアー宅の台所。そのボトルには開けられた形跡はない。
「使えたら良いよなって買ったんだが、よく考えたら塩とケチャップとマヨネーズ位しか使わなかった。いつか使う機会もあると思って種類は揃えてる」
「…醤油は?刺身には醤油だろう」
「買った時に付いてるだろ?なけりゃケチャップかマヨネーズのどちらか残りが多い方をかければいい」
「焼いて塩をかければ……?」
「フン…焼いたら刺身で無くなるだろう。大体の料理は醤油をかけたらそれで完成だ」
「…魚醤じゃなくて?」
「…魚醤?」
「………」
チャムはこれからこの3人が住む家に、度々訪れるようになる。訪れる度に料理指南をして、新たな美味しいレシピを授ける彼女は、3人から尊敬の目で見られるようになる。
「…今日は一先ずウォーリーが作ったシチューを食べてよ!まだあったかくて美味しいよ、きっと」
「シチュー……?」
「ふむ…この温暖な町では長期保存にも向かんしな、頂こう」
「じゃあどれか野菜でも切って炒めて、マヨネーズかけるか」
「シチュー……」
3人は少し温くなっていたシチューを温めて、主食のパンを軽く焼いた。そしてグンカがニスに渡した焼き物も、一口サイズに細かく切って、野菜と一緒に炒めた。
ニスは綺麗に魚を捌いて、刺身の切り方の説明を受けると、手慣れた包丁さばきで刺身を切り分けた。
3人はテーブルによそったシチューとパン、焼き魚に刺身、炒め物を置いて少し早い晩御飯とした。チャムは3人が心配なので、ソファに座って食べる様子を見ることにした。3人は最初にシチューに手をつけた。
「!…美味しいな」
「うん……美味しい」
「ウォーリーの料理は絶品だからな」
3人が口々に美味しいと評する。チャムは自分が褒められた気分になって嬉しくなった。
「それで、これって何の肉なんだ?」
「ああ、それは」
チャムが答えようとした所に、グンカが割り込む。
「…繊維を感じる……鳥ではないか?」
「そうなのか?俺は食べた事ない肉かと思ったが……牛豚鳥羊以外の」
「………河童?」
「牛肉だよ…」
チャムが喫茶うみかぜに帰ると、既に予約客の1組が来店しており、ウォーリーの出した前菜に対して、何のソースを使っているだとか、調理法の妙、料理の構成等の難しい話をしていた。美味しいと口にするが、料理の考察が殆どである。
「叔父さん、3人とも元気そうだったよ」
「そうか、シチューはどうだった?」
「大好評だった。3人とも…」
当然だな、と素っ気ない言葉を使っていても、嬉しそうに次の料理の準備をしている。チャムは、肉の件はウォーリーに黙っていた。
チャムはシチューを食べている3人を思い出す。最後まで牛肉という言葉に首を傾げていたが、何度も美味しい美味しいと言ってくれた。
「何でも美味しく食べられるのが1番だもんねっ」
チャムは今度3人に食べさせたい料理を考えながら、アルバイトに励むのだった。
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