ベノムリップス

ど三一

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罪人探し編

第46話 サブリナ公演最後の日

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早朝グンカが警備隊詰所に出勤すると、其処には詰所勤務の隊員達とそれ以外の勤務地の隊員、本日休日となっている隊員達が居た。それぞれ腕を組んで気迫の籠った表情をして他の隊員を牽制している。呆気に取られていると、ランが入り口の前で立ち尽くすグンカに寄って来た。眉尻は上がり、普段よりも熱が籠った眼差しで上司を見上げて朝の挨拶をする。

「隊長、おはようございます…!」
「あ、ああ…おはよう。…どうした事だ?非番の者や、見慣れぬ者まで待機所に集まっているが…」
「それはそうですとも…!隊長、持ってますよね…!」

持っている?何をと聞こうとした所で、懐にある演劇のチケットに手を当てた。その仕草に、隊長の様子を密かに伺っていた隊員達はざわめき出す。かくいうランもその1人である。口に手を当てて、小さな声でやっぱり…!と言った。

「隊長、公平にじゃんけんで!」
「いやあみだくじで!」
「念の為休みとっておいたんです!」

詰所の中に居た隊員達がグンカに群がる。皆一様にグンカの待つカメリア一座サブリナ公演の最終日のチケットを狙っていた。

「何故チケットがあると知っている者がこんなに!?昨日その場にいた隊員以上に集まっているではないか!」
「昨日公演に行った隊員から、隊長がチケットを2枚買っていたと証言が上がっています…!チケットの販売所でもみくちゃにされていましたね…?」

ランは失礼しますと言って、群がる隊員達を避けながらグンカを席まで護衛する。いつもの席の横にはユンが立っていて、争奪戦に参加する隊員のじゃんけんの予行練習に付き合っていた。グンカはため息を吐いて鞄からパンフレットを出してユンに渡す。ユンは、礼を言ってパンフレットを読み出しだ。近くに居た、スケジュール的に公演には行けない隊員達がその周りを囲む。ついでに冷蔵庫から持ってきたカメリア一座の飴を共有お菓子バスケットに置いて席に着く。

「隊長、そのチケットは我々の中の2人に譲る…という事でよろしいですか?」
「ああ…」
「ありがとうございます」

グンカの意思を確認するとランが咳払いをして隊員達の注意を引いた。一気に静かになる詰所内、ユンの周りだけがきゃあきゃあと黄色い声を上げている。

「…チケット争奪、じゃんけん大会を開催する!参加者は隊長の席の近くへ!」

緊張した面持ちで集まってくる隊員達。手にはチケットの料金分の紙幣を握りしめている。
急に人が集まり囲まれてしまったグンカは、肩身狭そうに身を縮ませる。

「チケットは2枚、明日の最終公演のものだ。隊長、席の番号を確認して頂いてよろ
しいでしょうか?連番か否かで結構です」
「連番だ…」
「ありがとうございます。ではルールについて説明する」
「そんなに厳格にすることか…?」
「まず我々は二人一組になり、じゃんけんを行う。そして勝った者は再びじゃんけんを…という風に、最終的に1人勝ち進んだ者がチケットを一枚手にする。これを2回行う」
「…最後に残った2人でいいのではないか?」
「いえ、それでは納得できません。皆にチャンスがある状態を少しでも多く…です!」

ランの力説にうんうんと頷く隊員達。グンカが来る前にある程度話は纏まっていたようである。今から腕まくりをして戦いに備えている武者も居た。よく見ると、チケットの値段より多い金額を握りしめている隊員がいる事に気付いた。

「あの隊員達は…?」
「自分が負けても、法定の譲渡倍率以内で買い取るという意思のある者達です。今から負ける時の事を考えて行動する…策士ですね」

それぞれ手の甲に、1.1~1.3と書かれている。中には等倍+?と何かぎりぎりの条件で勝負しようとする隊員も居た。頼むから法に触れることはしてくれるなとだけ皆の前で言った。

「それではペアになりましたね…じゃーんけーん…」

この警備隊チケット争奪じゃんけん大会は大盛り上がりで、その後チケットを見事勝ち取った1人が競りに掛けた事でさらに白熱した。

「お前は参加しなくて良いのか…?」

詰所の熱狂を遠くに眺め、土産の飴を転がしているユンはヒラヒラと手を振って笑う。

「あたしは好きな人と一緒に行きたい方だから~」
「まあ手に入れられて1枚だからな…」
「グンカ君は~?」
「ん?」
「好きな人とデートに行くなら、どこに行きたい~?」

ユンの揶揄うような笑みに目を細める。きっとまた自分をおちょくって遊ぶ予定に違いない、と身構える。

「それを教えるつもりはない」
「うーん…最近釣りにハマってるから~休日釣りデート?それとも…いや、グンカ君の事だから~現実的には…食事して解散のタイミングで家に誘うべきかとか、相手の意思は~とか考えて口に出せなくて悶々とするでしょ~?」
「~ッユン!」
「ほら~看守時代に親しくなったあの人との、初デートで~」

グンカがユンの口を塞ごうと躍起になっていると、2人の勝者が決まり、その1人であるランの天真爛漫な喜ぶ声が聞こえて来た。ユンは声につられてそちらを見たグンカの横顔とランの喜ぶ顔を見比べて、小声で話す。

「……あの子、演劇好きだから偶には誘ってあげてね、グンカ君」
「初耳だが…」
「ふふ…最近好きになったのよ」

ニコニコとするその顔は、ご馳走様と言ってハート型の棒付き飴を見せた。


一方、喫茶うみかぜでは、パンフレットを貰った店主ウォーリーが、ギャリアーに演劇の感想を聞いていた。あれが凄かった、舞台装置が、天幕の中がと、興味を唆る今回の公演での体験を聞くたびに羨ましいとパンフレットの表紙を抱いた。

「俺も店の予約が入らなきゃ行けるんだけどなぁ~。チャムも学校終わりに間に合うから、予定が合えば行きたいって話しててな…」
「そう言えば、昨日行き帰りライアとベンガル姉妹とその父親と一緒に居たんだよ」
「ベンガルって子は、チャムと同い年の子だろ?あの有名な。ライアってのは?」
「ベンガルの姉だ。リリナグリリィの…」

ウォーリーは記憶からチャムに付き合わされてリリナグリリィに行ったことを思い出す。ウォーリーはチャムの買い物が終わる迄、外で待っていた。時折中をのぞいたりして、女の店員とチャムが並んでいる所を遠目で見た。その時、店員と身長差があって、まだまだ子どもだな…としみじみ思ったのを覚えている。その店員はベンガルではなかった。

「もしかして…もう1人の店員か?近くで見たことはねぇが」
「多分…絶対知ってる。見た事はある」
「う~ん……」
「ベンガルのお姉さん、美人なんだよ!あと迫力があって、優しくて」
「ほお…一度お目にかかってみたいもんだ」

美人で優しいと聞いて、ウォーリーが興味を持った。

「今度、リリナグリリィで叔父さんの服選んであげる!かわいいの!」
「いや…俺はもっと……クールなのを…」
「彼女…ライアはスタアの大ファンなんだよ。部屋にグッズとか沢山あるってベンガルが話してた」
「スタアか…俺も好きだな。最近は見に行けてねえが、最初に見た洋蘭草子は感動したなぁ…」

ウォーリーがカメリア一座でスタア主役の演劇を鑑賞した時の感想を語る。それはまだ店を開く前の事。とある店で料理人の修業をしていた時代で、毎日目まぐるしく厨房を駆けまわり2週に一度あるかないかの貴重な休日に、ふらっと入った劇場でスタアを見た。若いながら主役を張り、粗削りで体当たりの熱の伝わる演技。まだまだ粗はあるが、スタアは舞台上でその才能の片鱗を、主役を張れる華を観客に示していた。

「下積み時代、立ち直れなくなる程失敗の連続で…もう辞めることさえ考えて、熱意が切れちまいそうな時…よく見に行ったなぁ……」
「叔父さんにもそんな時代あったんだ?」
「誰にもあるさ……ギャリアーもだろ?」
「俺は……まあ、色々だな…」
「器用そうだもんね」

ギャリアーは苦く笑った。

「今となっちゃ、熱い気持ちだけの演技なんて見れねえだろうが、あれからさぞ化けたんだろうな。どうだった?ギャリアー」
「観客総立ちさ」
「ああ~繁忙期が終わったら、久しぶりにチケット取るか…!!こういうのは勢いだ!!」
「あたしも連れて行ってよね!」
「見るんなら中央の劇場がいいか…?地方公演も距離が近くて…」

叔父と姪は観劇の計画を立てる。ギャリアーは冷めてしまった紅茶を飲み干してお代を置くと、静かに店を後にした。


ニスは買い物鞄にサイン入りパンフレットを入れて、乾物屋珍奇世界商店に来ていた。ニスが店の前に姿を現すと、白装束で顔を隠した店員がぺこりと礼をして挨拶する。そして御用達の乾物を数種類奥から持って来てニスに見せた。

「今日は……これと、これ…」

2種類を頼むと、店員は頷いて乾物を紙に包む。そして袋に入れてニスに渡そうとすると、ニスが片手に持っている物が目についた。

「チケットのお礼…パンフレット。良かったら」
「!」

頭巾で顔を隠し、唯一見える目元がその驚きを現していた。店員は一旦干物入りの袋をテーブルに置いて、そのパンフレットを受け取る。その表紙には月影遊女という演目をタイトルに、カメリア一座と記され、3人分のサインが書かれている。

「?、?」

店員はサインを指差して首を傾けている。ニスは「誰の」か「何故」と思っているのだろうと、経緯を説明した。

「行き違いがあって、…親切な劇団員の人に、役者のサイン入りのパンフレットを貰ったの。表紙のサインは、主役のスタアと…」
「!!」

人物紹介のページを開いて、この人とこの人、と指差す。店員は解り辛いがかなり驚いている。

「あんなに大きい規模の演劇、初めて見たわ……ありがとう」
「……」

店員はパンフレットを両手で持ってぺこと頭を下げた。ニスは乾物入りの袋を貰って、またと言って乾物屋を後にした。

「……」

ニスが居なくなると、客が途切れて暇な時間が出来た店員は、パンフレットを読んで客待ちをしていた。役者紹介のページをぱらぱらと捲っていると、主人公のスタアのサインを見て、次に助演を、と見ていくと、どの役者の紹介欄にもサインがあった。

「!!」

店員は次々とサインの所在を確認して、役者全員のサインが書かれたパンフレットを貰ったのだと気付いた。店頭に立つ店員は、急いで奥に居る店員にパンフレットを見せた。

「?」
「!」

直接説明できないのをもどかしく思いながら、身ぶり手ぶりで兎に角中を見る様に伝える。店員は訝しげな目元を見せると、表紙に目を落とした。すると、その店員は目を丸くして表紙のサインを見た。指先でスタア?という文字を空中に書いて見せると、ニスからパンフレットを受け取った店員はこくっと頷いた。

「!……!……ッ!」

奥に居た店員は夢中でページを捲る。一ページ一ページをしっかりと読み込んで、時にはじわりと目頭を熱くしながら、役者の紹介ページを読む。そこに並ぶ貴重なサイン達を目にして喜びが溢れだす。店頭の店員はうんうんと頷いてまた店番に戻った。次に仕入れで会った時に、もう一度お礼を伝えようと決めて。



「よお~…元気にしてるか、バッツ」
「ハナミさんじゃない、珍しいね~牢に来るの」
「たまに会いに行ってやらないと、俺の事忘れるかもしれねぇからな…」
「奥さんみたいに?」
「それは言うなよ…まだショックなんだから」

痛いところを突かれたと態とらしく反応してやるとバッツは喜んだ。ハナミは取り調べに当たっていた部下の刑事に交代と告げると、近くの空いた椅子に座った。

「おいおい、取り調べするんならさっきの彼女にしてくれよ~!目を伏せた時の顔がすっごい綺麗なんだ。釈放したら口説きに行かないと」
「ああ~…悪ぃな。あいつは暴力男は嫌いだと」
「たまたま転んじゃっただけなんだけどなぁ~」

バッツは悪びれずにそう呟いた。ハナミは内心嘘つけ、と詰る。

「そうだ…移送の日が決まったぞ」
「へえ~いつ?」
「来月」
「リリナグだよな?」
「ああ、きっとあの牢獄の中相当暑くなってるぞ~」

脅かす様に言うと、バッツはその発言を軽快に笑い飛ばした。

「ハナミさんあそこ入った事ないだろ?冬は寒いが、夏は涼しくて最高に居心地いいんだぜ?しかも刑期が終わるのって、真夏だろ?釈放されたら町の女の子達と海に泳ぎに行ける!最高!」

楽天的に考えるバッツの顔は殴り飛ばしたくなるものだったが、ハナミは愛想笑いを浮かべてバッツがボロを出すのを待つ。

「釈放されて、お前何処に宿取るんだよ?牢獄が涼しいったって勘弁してくれよ」
「ハハッ俺にも伝手があるんで♡」
「へぇ…何処だ?」
「……眩く美しい花達が集まる宿さ」
「リリナグにそういう店はねぇよ」
「ハハ、最悪その辺の女の子の部屋に転がり込めばいい。色男って得だよな~」
「そりゃ羨ましい事で…」
「釈放されたら、ハナミさんにナンパ指南でもしてやるよ」

先程席を外した刑事が戻って来る。ハナミは交代と告げたが、その部下はバッツに舐めた態度を取られ続け頭にきてるらしい。頃合いを見て戻ってきたようだ。

「あ~!お帰り♡また可愛い子と2人きりになれるなんて、最高の牢獄だよ♡」

盛大に舌打ちする部下を諌めつつ、バッツの言葉をよく考える。伝手とはなんだ?女誑しのバッツの各地にいる女か?釈放される頃、リリナグは観光客でごった返し、ろくに尾行も出来たものではない。少し屈めば人並みに隠れて姿を消してしまうだろう。そんな事情もあって、サブリナ警備隊は焦っていた。

「…ま、リリナグで進展待ちってとこか」

怒り暴れる部下をベルトを掴んで抑えつつ、ふうと息を吐いた。
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