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芽吹く
しおりを挟む「・・・・・・」
うつぶせに倒れた人間は成人男性だ。
意識はなく、死んでいるようだがひざまずき背中側から心臓付近に手を置けば幽かな体温を感じまだ生きているのがわかる。
肩を掴み仰向けにすれば、その男性は体格が良く肌も褐色であった。日に焼けたというより元々の体質なんだろう。あと特段気になる点は片足が無いことくらいか。だが、化け物と対峙した際に斬り落としたのは腕であり脚ではない。そして斬り落とした腕は何事もなかったかのように二本とも肩にくっついているのだ。奇妙なものだ。まさか化け物の腕だと思っていた部分が実は脚であったなんてこともあるまい。融合する以前からこの男の脚が無かったか、もしくは先ほどの化け物が離散する際の副作用で脚だけ失ってしまったか。考えても仕方がない。あとは詳しい者たちの意見を聞こうと未だに動揺する魔法師達数人に声をかけた。
「もう攻撃の可能性は低いだろう。誰か手を貸してくれないか。気を失っているこの男の治療を頼みたい。」
「わかりました。アイヤーシュ様その男性をこちらへ・・・」
「カディ・・・?」
魔法師に男性を引き渡していると後ろの方から声がした。
この国に居ながら地中で隠れて暮らす者達の長。ガイル・バンダークが目を見開いていたのだ。
蓮人ほどではないが、この化け物をぎりぎりまで符から作る術で抑え込んだ者。肉体や精神的な疲労もあるだろう、力なく降ろされた掌の指先からは彼の血が未だに雫となって床で弾け溜まる。そんなことさえ気にならないのだろう視線は俺、いや後ろで運ばれていく見知らぬ人間に注がれていた。
かくして不死身の化け物騒動を終えた他の者達は、まるで何事も無かったかのように隊長や上の人間の支持を受け事後処理をし通常の業務に戻っていった。
暗い夢を見た。
上も下も右も左もわからぬ闇。
足元はパシャリと音を立て、水だったことが分かる。俺が動くたびに輪が幾重にも広がっては消えていく。
それが見えたので深淵では無いのだと。一歩一歩あてどなく歩いていくと視線のずっと先で膝を抱えて頭を伏せている人間がいる。良かった。この場所にも人がいたのだ。
「君は・・・・?」
その人物に近づいて話しかけると、気付いたのかその人物はゆらりと頭を持ち上げて己の方を見た。
顔はもやがかかっていてよく見えない。すりガラスの向こうにいるようにはっきりしない顔の人物は気づけば手に赤い花が咲いた枝を一本を持っている。
真っ赤で、[[rb:花糸 > かし]]の先のやくは鮮やかな黄色。
花に詳しくないが、ハイビスカスでもない。似ているが椿でもない美しい花だった。
目の前の人物はその大事そうに抱えている枝をすっと差し出して何か問うているようだが聴こえない。
聴こえないのだが、俺は差し出された瞬間に反射的にその赤い花を受け取った。
「くれるのか?」
目の前の人物は何も言わない。
嬉しそうでも悲しそうでもない。一体何がしたいのか。
枝をくるくると回して眺めるも普通の植物だ。枝の先が斜めに切られていたのでどこからか刃物で取ってきたのか。この闇と水しかない空間のどこに花が咲く樹木があるのやら、あたりを見ましたところで闇しかなく目の前の人間に向きなおる。
「出口を知らないか?ここを出たいんだが・・・」
夢の中と理解はしても陰湿な場所にいつまでも居たくはない。せめて日の当たる場所に出たいと願うのだが扉はおろか壁すら見当たらない。境界はあいまいで距離感すらつかめないところはまさしく夢であった。
「・・・」
何か告げられた気がした。
その座り込んでいる人物は、立ち上がり己を指さしたかと思えば俺の手の中に納まっていた枝が刃を持って己の心臓目掛け突き刺さってきた。
痛みなどない。一瞬の出来事であった。あっけにとられ胸元を見れば斜めに切られた枝が己の心の臓を突き刺して背中側から顔を出していた。血は出ていたようで胸元に触れた指先も真っ赤に染まる。
それはまるで、己の血を吸って咲いた花のようで。
滴る血は足元の水さえ赤く濁らし汚していく。
「警告か?これは・・・わかっているよ」
ふと零れた声は自分の声であること気付く。勝手に口が言の葉を紡いでいた。
「っ・・・・・!」
刺さった枝に触れようとした際に起きた突風。数歩後づさりしてしまうほどのその風は一瞬にして景色をガラリと変えた。闇の世界は目を瞑った一瞬で白となり、光の洪水の中に俺は一人立っていた。
目の前にいた人はもういない。ただ、足元に広がる血だまりだけが鮮やかに目に飛び込んできただけ。
「・・・・だが、もう戻れないんだ俺は」
枝を掴んだまま血の池をただ見ていた。
曖昧な意識の淵から目を覚ました時、自分は麻で出来た寝台の上で寝かせられていた。
世話をしていたであろう侍女が驚き急いで医家を呼びに行く。
頭が働くと同時に感じる身体の気だるさ。痛み。口の中の不快感。
頭が重くて寝台と離れたくないようだ。首の後ろ付近が少々痛む。これは起き上がるのさえ辛く、右手だけゆっくりと持ち上げて顔の前に持ってくれば腕の傷は綺麗に消えていた。魔法師達のお陰で身体中の傷はきっと綺麗さっぱり消えている。だが、失われた血液だけはどうにもならない・・・貧血だ。起き上がろうものならば気持ち悪さと吐き気でまた寝台に倒れ込むしかない。
(しばらくは、大人しくするしかないか・・・)
そうしている間に部屋の扉が開き、誰かが入ってくる音がした。
そちらに顔を向ければ足を踏み入れたのは侍女でも医家でもない。体格が無駄に大きく無口で不愛想な魔剣士であった。後ろの扉に隠れてこちらの様子を伺う侍女を見るに、きっと扉の前あたりでずっと待機でもしていたのだろうか。侍女が慌てて部屋を出てきたものだから入ってきたのだろう。
「目が覚めたか・・・・・」
「あぁ・・・・あれからどうなった?」
「・・・順を追って説明する。まずは水を飲め」
手渡された水を一口含む。妙な粘り気と舌に絡みつく鉄の味が不快感でしかない。眉間にしわを寄せ口の中の血を洗い流すようにごくごくと水を飲みほした。
「温かいお茶が飲みたいな」
「あとで持ってきてやる。飯も。腹も減っているだろう?」
「確かに」
「三日寝ていたからな。当然だろう」
「三日!?」
ほっとするには身体を温めたくてお茶をと呟いたら、自分自身が三日も眠っていたことを知らされ驚愕した。腹を擦れば何も食べていない肉体が思い出したかのように空腹感を訴える。
混乱しながらもセペドは外にいる侍女に食事の指示を出し入ってきた医家の診察も受けた。
肉体の傷は魔法で完治しているので、あとは栄養のある食事をとって安静にしていれば問題ないそうだ。しばらく魔力を使うことも激しい運動や飲酒等も気を付けるようにとくぎを刺された。
診察が終わり、侍女が食事を持ってきてくれたため寝台に簡易的な机を置いてもらい、食事をしながらセペドの話を聞くことにした。ちょうど昼時だったようでセペド自身も自分用の食事を持ってきた。
俺の目の前に置かれたのは、まずサンドイッチが二種類。
一つは、羊肉とレバーを野菜と共に柔らかくなるまで煮込んだものを、刻んだトマトやパセリと共に挟んだサンドイッチ。
もう一つは、そら豆コロッケのサンドイッチだ。個人的にこのサンドイッチはこの国に来て好きな食べ物の一つである。一口サイズの揚げたてのそら豆のコロッケを三、四個軽く潰しレタスやピクルス、胡麻のペーストとともに丸く平たいパンに挟むのだ。庶民的でわりとどこの家でも作られる。どちらも土地の恵みを受けたもので栄養価が高い。二つも食べればお腹がいっぱいになるのだ。今日はそのサンドイッチに加えモロヘイヤのスープとチーズがついている。
ちらりと目の前の男を見ればセペドは俺のサンドイッチのような羊肉を煮込んだもので無く、串に刺して回しながら焼いて切り落とした肉をたくさん挟んであるぶ厚いやつだ。他には油であげた芋に塩を振りかけたものを皿に山と盛っていっぱい食べている。一応胃に負担をかけない中身にしてくれたのだろう。日本人の俺にとって目覚めて一発目でこの肉料理や油ものは少々こたえるが文句言わず一口ずつ小さく胃に落とし込んでいく。日本のお粥がちょっぴり恋しくなった。
そしてセペドから手渡された薬湯が、とても苦く顔をしかめたが何とか飲み込んだ。
本来ガイルの要望で採取した薬草ではあるのだが、三日も眠り続け体力が落ちている自分の滋養強壮のために貴重な薬草を少し分けて貰い白湯に加えているそうだ。道理で苦い。効果のある薬草は大体総じて苦いものなのである。蜂蜜入れようかな・・・。
「それで、例の化け物だが・・・」
「ああ」
「脅威自体は無くなったが、新たな問題が発生していてな。こちらはまだ解析に時間がかかる。あと別件もあってな・・・ごたついている。」
「? というと」
食事を一度止め、セペドが状況を説明しだした。
俺たちが連れてきた化け物自体は、無事に蓮人の血を介して分裂破裂し姿を消したが中から出てきた人間には呪詛がかけられておりまだ目覚めないのだという。身体中にじわじわと現れた文様はかなり複雑で城の魔法師達も手を焼いているとのこと。そして驚くべきことにこの化け物の中から出てきた人間の男はガイルの知己であったということだ。
「待ってくれ。つまりあの化け物、いやその男性はどのぐらい長くあの中にいたことになる・・・・?ガイルの知己ということは」
「どうだろうな・・・俺にもわからん。だが、少なくとも国の大半が砂漠化し、あの森が国の指定区域として守られる遥か前に森に入った可能性は高いだろうな。あの場所は広い。人知れず潜んでいたというならば十分な広さだしな」
「そんな・・・・しかも呪詛、とは」
魔法というものは、専門的なものならば魔法師などという職も存在するが、簡易的なものつまりおまじない程度のものならば魔力が無い庶民も使いこなすことが出来る。それほどに魔法は医療と同じくらい身近なものなのだ。そのため民間で独自に発展した魔法もどきのようなものもたくさんある。けれど、呪いというとまた少し変わる。呪いはリスクが高いのだ。
下手に手を出せば己の身さえ危険となる。それをわざわざ行うとは。
「ガイルはどうしてる?」
「そいつの傍に付き添っているな、一度地下の人間に手紙を送っていたようだが、奴が目覚めるまでは戻らない感じではあった。」
「そう・・・」
彼とガイルがどのくらいの仲であったのかは詳しくは知らない。送ったという手紙も恐らくしばらく城に滞在する旨の内容なのであろう。
城の方が、医家も魔法師達もついているので急な体調悪化も対応が効く。城とあまり良好な関係ではない状態とは言えども、そこは宰相が間に入り対応しているのだろう。
「それで?もう一つのごたついている件とは?」
「・・・・・今回のことで少々貴族の反発が強まっている」
「・・・・・」
食事を終え、少し薄めに入れてもらった紅茶を飲みながら赤い色のその水面を眺めた。立ち上る湯気。落ち着く香り。ゆっくり口に含んではカップを机に静かにおいて眉間に指先を当てた。
「ごめん・・・・・どのぐらい大事になってる?」
「あの状況ならば仕方がない。緘口令を破った誰かも問題だが・・・・・新兵もいた。人数もいたし広まるのは時間の問題だっただろう。この状況になったことも宰相は予想済みだったようだから然程気にするな・・・だが、全く何もお咎めなしということにもできないだろうから後々その件も言われることだろう。だが今はその身体では動き回ることもできん。体調を万全にすることを優先しろ」
「ああ・・・・・」
目を瞑り、自責の念を深めた。あまりに浅はかであった。状況が状況だったとはいえ、そこまで大事になることまで頭回らぬとはなんと己は愚かであったのか。セペドの言う通りあの森の中に閉じ込めたまま一度城に戻って状況を伝える方が良かったのだ。いや、もう一度あの化け物を捕らえることが出来たであろうか。否。数百年も人知れず姿を隠した俊敏な不死身な化け物を捕らえられたのも偶然の産物だったのだ。だからこそ焦り判断を誤り、城の人間や王達すら危険に晒したのだ。己の血を介して何とか倒すことが出来たけれどそれはあくまで結果論であり、失敗した際のことまで意識がいっていなかった。なんと愚かな。それを知ったうえで皆が協力してくれ、かつ、この事態まで予測できた宰相は既に手を打っているという。無能な自分のしでかしを周りの人間に尻ぬぐいさせている。全てあとの祭りであり不甲斐なさと悔しさで拳を握りしめるしか出来なかった。
テピイ・ナジーブは自室で数人の貴族の相手をしていた。
保守派の色濃いこの者達は普段のやり取りこそ相手しやすいものの、今回はこぞって異議を唱えていた。
というのも蓮人たちが連れて帰ってきた化け物騒動のことで今回危うく城や城下町に不死身の化け物が放たれる恐れがあったことで抗議をしているのだ。最もあの化け物がいる部屋に呼ばれた時点でこのような事態が起きうることなど予想出来ていたので然程問題は無い。だが、この者達はその終わったことへの抗議だけでなく魔剣士や異界から来た蓮人の行動が目に余ると言ってきた。
「いくら、王族の次に権限が与えられた方とはいえ招き人の行動はいかがなものか」
「この国の常識のない人間ならばなおのこと、監視し道外れぬよう諫めるのも護衛騎士の役目ではないのか!?」
「そもそも最近のアイヤーシュ殿の行動は奔放すぎる!!国一番と言えど他の兵に示しがつかないのでは?」
眉間に指を置いて聴いていた。
誰かが矢継ぎ早に次から次へと問うてくる。同じことを繰り返し言う術しかないのか。テピイは一度ぐるりと首をまわし茶を飲んだ。ハーブティーを一口飲むとミントの爽やかな香りとすっきりとした味わいが疲れた脳を癒してくれる。
そうしてカップをソーサーに置いてにっこりとしたいつもの笑顔で彼らに口を開いた。
「して、貴方方は何を求めると?」
「は?」
「言い分は伝わりました。それで要望は何かと問うているのです。」
「な?!」
わざわざ城の騒動を聞きつけ文句だけを言いに来たわけではあるまい。これだけ非難の言い方を察するにもともと召喚して異世界から人間を招くこと自体への反対に近いものたちだったのだろう。普段は我関せずと大人しい者達だが、自らに害が及ぶ可能性ならばと一気に動いたか。今回の抗議はあくまでも体のいい口実で、これを機に魔剣士の立場を失脚させたいのか、目的は蓮人か、それとも目障りな私の失脚か。
「確かに今回独断で判断し、蓮人殿が城に危険な化け物を連れてきたことは事実です。話を聞いているならばすでに対処し終えていることもご存じのはず。蓮人殿は連れてきた責任を自覚し、自らの犠牲をもって彼自らの協力で化け物は消滅しました。蓮人殿は今重症の傷を負ったたため治療に当たっております。勿論目覚めたのち私からもきちんと今回の件の行動の責は問うつもりです。それでは気持ちが収まりませぬか?」
「それはあくまでも結果論ではないか!対処できなかった場合はどうなっていたか!!!町には女子供、年寄りだっているのですぞ!!兵達の家族もいることをご存じのはず!!その行動の浅はかさを重く受け止めてもらわねば困ります故!宰相殿から行動を諫めるだけでは民に示しがつかずむしろ貴方が魔剣士や招き人の肩を持ちすぎていると捉えられてもおかしくないのですぞ!分かっておられるか!」
「貴方方に言われずとも理解しておりますよ。
そもそもその場である程度魔物の対処や、処理について行動してよい権限は事前に彼らに委任しております。これは国中の緑化をする時点から行っていること。いちいち城の判断を仰ぐほどでもない。戦場での判断ならばアイヤーシュ殿の方が長けていますからね。確かに対処しきれない場合は町に化け物が放たれる恐れはありました。だが、いくら不死身の肉体だったとはいえ捕獲を行った状態で連れてきた。それだけですでに私の中で勝算はあったのです。それに城中の兵と魔法師達が集まって退治までは出来ずとも全員が捕獲すら出来ぬほど能力が劣っていると思っているのですか?それは彼らに対する侮辱にも繋がります。」
たった一人の人間に国の問題を抱えさせ自分たちは今まで知らぬ存ぜぬの顔をしていたくせによく言うと思う。
万が一対処に失敗したとて城から城下町に降りる前に魔の者が簡単に破れぬよう魔法が施された城門やいくつもの開閉扉がある。
まぁ、しかし全く処罰しないというのも外聞が悪い。ならばどうするか・・・・・。
テピイは、揺れる茶の水面を見つめていた。
「責任をもって呪詛を解きなさい。この方法が分かるまで城に戻ることは許さぬ。」
文官から伝えられた伝言にセペドと蓮人は顔を見合わせた。
宰相から直接呼出し伝えられることもなく、文官から伝言で命を受けることは珍しい。よほど忙しいのかはたまたこれも貴族たちへの”誠意”の表れなのか。
「とにかく俺たちは言われた通りのことをしよう。その人間が寝ている部屋へ案内してくれるか?」
「・・・・・」
貧血で少々ふらつく身体をセペドに腕を取られ助けてもらいながら歩く。
話を聞くだけならば食事も胃に入れたことだしなんとか動ける。呪詛の状態も見たい。そういえば、セペドも大分出血したはずで自分ほどではないものの貧血で体調は良好ではないはずだ。横を歩く男の顔はいつもと変わりなく涼しげだ。血の気が多い方だとしてもやはり生命値が尋常でないほど伸びると多少身体の一部を失っていても平気ということだろうか?蓮人は部屋に案内されるまでの間話しかけてくる者もいなかったのでただ物思いに耽ったのだった。
その部屋は城の中でも奥深く、俺たちがいる部屋のあたりですら天井は高く廊下の幅も大きい、それに比べるとほとんど来客などめったに入る可能性がない裏側の通路を通り、薄暗さすらある冷たく狭い通路は同じ城の中とは思えぬほど天井も道幅も圧迫感を感じた。床に敷いてある赤い絨毯がここがまだ城の中であると思い出させてくれる。
そうしてたどり着いた部屋に声をかけ二人は足を踏み入れた。とても簡素な部屋であったと思う。蓮人が改めて自分は異界からの招き人として良い待遇を受けていたことを実感する。貴族でもない平民である彼らの扱いなどこれが通常で妥当だと言わんばかりの小さな部屋。使用人が暮らすサイズの部屋の隅に置かれた古いベッドに寝かされている男とその男の傍に椅子を置いて未だ心配そうに共にいるガイルの背中が見える。地上で暮らせぬ人々を長いことまとめ上げた彼は見た目は少年で止まっていても口調からは幾百年の重みがあったものだが、今はなりを潜め小さな背中に見えるのだ。
「やぁ、ガイル」
「蓮人か、もう歩いて大丈夫なのか。ほら、空いているこの椅子に座れ」
「まだ十分でないんだけど、様子見したいのと上から指示されたこともあってね。」
支えられて入ってきた俺たちにガイルはあまり変わらないが少しだけ目を細めて開いている椅子を進めてきた。
俺はありがたくその椅子へと座り、セペドは部屋の隅で相変わらず壁に背を預けるスタイルのようだ。
「して?ここへ来るということは何か関係があるということだが・・・・・」
「そう、その男性の呪いのことで聞きに来たんだ。彼は君の知己なんだろう?それは依然話してくれたその人・・・ですか?」
「ああ、会うのは久しい。もう随分と長い時が経った。何せこの身体になって最後に話してある日を境に会えていなかったからな・・・」
以前誘拐されたときにガイル自身から聞いたガイルが生まれ育った自分の故郷とも言うべき住民たち。ガイル達は遊牧しながら旅をする。そんなある日訪れたその身体が変化する原因ともなった戦争の知らせ、その後の顛末。彼の傍にいた親友が今目の前にいる。だがそれはつまり・・・
「彼も貴方やセペドと同じような存在になっていたということでしょうか?」
「さてな、それは本人に聞いてみないと分からぬ。まずはこの呪いを解かねばカディは目覚めんのだ。城の魔法師達も手を尽くしてはくれたが、この国の呪詛とも少々違うのだということで困り果てている。」
だからか・・・。俺とセペドは顔を見合わせた。
体のいい厄介払いではないことは理解していた。表立って動くことのできないために調べてこいというわけだ。勿論簡単にはいかないだろう。して反発のある貴族たちにもいくらでも言いようがあるわけだ。その辺は宰相に任せておけばよい。蓮人は口を開きガイルにこう告げた。
「俺たちは・・・・・宰相にその呪詛を解けと命を受けた。だから状況を確認の後、城を発つ」
「それは・・・・・いや、そうか。出来ることなら私の友人のことでもある。ついて行きたいと言いたいところだが、今の自分にはそれが出来ん。今なお呪いに苦しめられるカディをこの場に一人残して行くのも、地下にいる者達もほおってはおけぬ。何されるかわからん。それが怖いのだ・・・。カディを人質に取られ地下の入り口を拓けともし言われたなら俺は友を切り捨てることも、同胞を切り捨てることもしたくない。もう誰も失いたくないのだ・・・蓮人よ。すまない、この動けずただ友を案じることしか出来ない哀れな男のためにどうか・・・カディの呪いを解く方法を探してきてくれ」
「はい。元よりそのつもりです。貴方が今の城の人間を敵視していないことも理解しています。だから動けぬ者のために自分たちが動くのですから。だからガイルは今は少し休み、地下の住民と友の傍にいてあげてください。」
「俺の隊の人間を定期的に様子見に来させよう。一応監視下で安全ではあるが、魔法師達にまたおかしな行動されては面倒だからな。要望や不満があればその兵に言うといい。普段から鍛えている兵達だ。お前からの愚痴程度涼しい顔で聞いてくれるだろうさ」
セペドの発言に蓮人は振り向き、ガイルは目を見開いた。
彼はずっとガイルに対していい顔をしなかった。それは至極当然で、最初の出会いが悪かったからだ。
だが、この件に関しては以前俺が貴族や魔法師達にされたことを繰り返さないための対策であるのだと眉間にしわを寄せそれはそれは嫌そうな顔で嘯いている。だが、セペドの意見には賛成だ。セペドの部隊であれば信頼がおける。貴族たちや魔法師達の中には不死身の化け物に大変興味を持った人間も少なからずいて、そこから幾年前の人間が生きた状態で出てきてそれにはこの国で知られる方法の呪詛で無い。こんなに気になる存在は無いだろう。宰相殿が魔法師達に強く呪詛を解く方法だけ関わることを伝えたとしてそれもどれだけ効果があるか分からない。以前俺が実験動物のような扱いをされてセペドが怒りで暴れた一件は魔法師達の中で今でも思い出したくない記憶ではあるが、人間の探求心というのは恐ろしいものだ。備えることが出来るなら方法はいくつでもあったほうがいい。それを理解してうなずき返せばガイルは静かにその場で頭を下げた。
「・・・恩に着る」
要件も終わり、呪詛の文様も確認できたのでまた自分も部屋に戻り再び休まなければならないと重い腰を上げると一度思い立ちセペドを部屋の外で待つように促した。
部屋には眠る男のほかに、ガイルと自分自身の二人だけだ。俺は薬草を少し分けて貰ったことを伝えお礼を伝えた。
「貴方達の民のためにと採取した薬草を分けて貰ったと聞いた。感謝申し上げます。」
「礼を言われる筋合いはないさ。元よりこちらから願い出て貰いに行った中から分けたもの。気にすることは無い。」
「ですが、やはり少しでも多く持ち帰った方が民にも薬を多く作ることが出来ます。・・・薬草の入った鞄はどこですか?」
「? 入り口の隣にある棚の上から二段目に置かせてもらっている。ああそれだ。」
彼が指さした方角を振り返れば、共に採取した時に持ってきていた鞄が棚に置いてあった。一声かけその鞄を開けるとやはり採取した薬草が入っている。俺は確信をもって鞄に入っている薬草を見下ろしながら自分の掌を一度握ったり閉じたりしてそれは起きた。
「っ!蓮人・・・・・どういうことだ?」
「・・・・・やはり。これはしばらく貴方との秘密です。」
目を見開いて驚いているガイルと暫し見つめあうと蓮人は静かに部屋を出た。
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