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第15話 遅れて来た道化師
15ー②
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怪物は、尖った右腕を、碧を目掛けて振り下ろした。
―――碧は静かに目を閉じた。
〈ギャァァァァァー!〉
次の瞬間に、悲鳴のような叫び声を上げたのは、怪物の方であった。
碧が見上げると、いつも猫背な怪物が胸を反らして、やや上を向いている。
怪物が、ゆっくりと振り返った。
碧は腰をついたままで、身を乗り出して怪物の後方をみた。
「龍信さん!」と、碧の、安堵の声が漏れた。
目の前が暗くなり、後ろに気を失い掛けて、右腕一本で何とか踏みとどまった。
「悪いな。そんなに痛いとは思わなかった」
片腕の龍信が、もう一頭の怪物の、二枚の爪が閉じている右腕を持って立っていた。
龍信は、怪物の丸太のような腕の付け根を、自分の右肩に乗せて、爪の開いている外側に手を回し、怪物の右腕を握って抱えていた。
その怪物の尖った先を、がら空きの背中に、力一杯突き立てた。爪が刺さり、緑色の血が、背中から吹き出した。
龍信は、これで終わらせるつもりであった。その爪で背中から腹へ、怪物の身体を貫くつもりであった。右腕の渾身の力で突き刺したが、怪物の強固な外皮に阻まれて、失敗に終わった。
「何だ、お前も片腕なのか」
龍信が、振り返った怪物の、肩の少し先から失っている左腕を見て云った。
「お前も彼女に、こっぴどくやられたようだな」
龍信が、怪物に哀れむような顔をした。その無様な姿が、自分のシャワールームでの出来事と重なった。
突然、怪物の右腕が飛んで来た。龍信はそれを、持っている怪物の右腕の爪で弾いた。
「これで、ハンデなしだな。……あっ、おれの方が、両目あるぶん有利か」
と、龍信が、怪物にウインクをして見せた。
「龍信さん」と、碧がフラフラと立ち上がった。
「大丈夫か」と、龍信が怪物を挟んで声を掛けた。碧は軽く頷いた。しかし、賀寿蓮組の上着を着ているその姿は、とても大丈夫そうには見えなかった。
(あれから、ずっと戦っていたのか)―――龍信は、碧に対して、驚きとも、畏敬ともつかない気持ちになっていた。
龍信が、持っている腕を突き上げた。怪物は、それを右腕で凌いだ。爪と爪がぶつかり合った。どちらも一歩も引かない。
しかし、怪物の身体は堅い。この爪を持っていても、一撃で突き破るのは不可能であった。と、その時、怪物が右腕を龍信の腹に突き立てた。間一髪、後ろに身を引いて躱した。怪物の一撃は、龍信の致命傷となる。分が悪かった。
龍信が、辺りを見渡して、「あれを」と、碧に目で合図をした。
碧は、その方向へ目をやった。そこには、先ほど目に入ったトラックがあった。
トラックには、屋根から荷台に掛けて傾斜するような形で、沢山の鉄筋が積んであった。
「おれが、こいつの右腕を上げさせるから、あれでわきの下を突き刺してくれ」と、龍信が、戦いながら小さな声で云った。
怪物が人間の言葉を理解できるのかは判らなかったが、自然と声が小さくなってしまった。―――理解しているのかも知れない。龍信はそんな感じを受けていた。
「判った。龍信さんも早めに逃げてね」
そう云って碧は、足を引きずりながらトラックの方へ向かった。
「早めに逃げて?」龍信が首を捻った
碧は満身創痍であった。トラックの前まで来ると荷台を見上げた。荷台はやけに高い位置にあった。そして、そこに沢山の鉄筋が、トラックの屋根から斜めに積んである。
碧は右腕を伸ばすと、荷台の後ろを閉じている両側のリアゲートのロックを外して、後アオリを下ろした。しかし、鉄筋は屋根に針金で束ねてあるようで、滑り落ちては来なかった。
碧は、トラックの運転席側へ回り込むと、ドアを開けた。ダラリと垂れた左腕を庇いながら、右腕でバスの様にデカいサイドミラーの鉄アームを握ると、体を引き上げて、運転席へ乗り込んだ。
「えっ、なんで?」それを見て、再び龍信が首を捻った。
―――碧は静かに目を閉じた。
〈ギャァァァァァー!〉
次の瞬間に、悲鳴のような叫び声を上げたのは、怪物の方であった。
碧が見上げると、いつも猫背な怪物が胸を反らして、やや上を向いている。
怪物が、ゆっくりと振り返った。
碧は腰をついたままで、身を乗り出して怪物の後方をみた。
「龍信さん!」と、碧の、安堵の声が漏れた。
目の前が暗くなり、後ろに気を失い掛けて、右腕一本で何とか踏みとどまった。
「悪いな。そんなに痛いとは思わなかった」
片腕の龍信が、もう一頭の怪物の、二枚の爪が閉じている右腕を持って立っていた。
龍信は、怪物の丸太のような腕の付け根を、自分の右肩に乗せて、爪の開いている外側に手を回し、怪物の右腕を握って抱えていた。
その怪物の尖った先を、がら空きの背中に、力一杯突き立てた。爪が刺さり、緑色の血が、背中から吹き出した。
龍信は、これで終わらせるつもりであった。その爪で背中から腹へ、怪物の身体を貫くつもりであった。右腕の渾身の力で突き刺したが、怪物の強固な外皮に阻まれて、失敗に終わった。
「何だ、お前も片腕なのか」
龍信が、振り返った怪物の、肩の少し先から失っている左腕を見て云った。
「お前も彼女に、こっぴどくやられたようだな」
龍信が、怪物に哀れむような顔をした。その無様な姿が、自分のシャワールームでの出来事と重なった。
突然、怪物の右腕が飛んで来た。龍信はそれを、持っている怪物の右腕の爪で弾いた。
「これで、ハンデなしだな。……あっ、おれの方が、両目あるぶん有利か」
と、龍信が、怪物にウインクをして見せた。
「龍信さん」と、碧がフラフラと立ち上がった。
「大丈夫か」と、龍信が怪物を挟んで声を掛けた。碧は軽く頷いた。しかし、賀寿蓮組の上着を着ているその姿は、とても大丈夫そうには見えなかった。
(あれから、ずっと戦っていたのか)―――龍信は、碧に対して、驚きとも、畏敬ともつかない気持ちになっていた。
龍信が、持っている腕を突き上げた。怪物は、それを右腕で凌いだ。爪と爪がぶつかり合った。どちらも一歩も引かない。
しかし、怪物の身体は堅い。この爪を持っていても、一撃で突き破るのは不可能であった。と、その時、怪物が右腕を龍信の腹に突き立てた。間一髪、後ろに身を引いて躱した。怪物の一撃は、龍信の致命傷となる。分が悪かった。
龍信が、辺りを見渡して、「あれを」と、碧に目で合図をした。
碧は、その方向へ目をやった。そこには、先ほど目に入ったトラックがあった。
トラックには、屋根から荷台に掛けて傾斜するような形で、沢山の鉄筋が積んであった。
「おれが、こいつの右腕を上げさせるから、あれでわきの下を突き刺してくれ」と、龍信が、戦いながら小さな声で云った。
怪物が人間の言葉を理解できるのかは判らなかったが、自然と声が小さくなってしまった。―――理解しているのかも知れない。龍信はそんな感じを受けていた。
「判った。龍信さんも早めに逃げてね」
そう云って碧は、足を引きずりながらトラックの方へ向かった。
「早めに逃げて?」龍信が首を捻った
碧は満身創痍であった。トラックの前まで来ると荷台を見上げた。荷台はやけに高い位置にあった。そして、そこに沢山の鉄筋が、トラックの屋根から斜めに積んである。
碧は右腕を伸ばすと、荷台の後ろを閉じている両側のリアゲートのロックを外して、後アオリを下ろした。しかし、鉄筋は屋根に針金で束ねてあるようで、滑り落ちては来なかった。
碧は、トラックの運転席側へ回り込むと、ドアを開けた。ダラリと垂れた左腕を庇いながら、右腕でバスの様にデカいサイドミラーの鉄アームを握ると、体を引き上げて、運転席へ乗り込んだ。
「えっ、なんで?」それを見て、再び龍信が首を捻った。
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