【原案・完結】捕われ令嬢は籠の中で泡沫の夢を見る

蓮実 アラタ

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9 地雷

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「正式な手続きはまだですけれど、取り敢えずお父様の許可はいただけましたし、私が新しい後継に認められましたわね。お父様、私の我儘を聞いて下さりありがとうございます」
「お前は病に倒れた私に代わりよく働いてくれた。周りのものからもお前の聡明ぶりは聞いていた。……いずれはその才能を活かしてオーファル殿と共に二人でグランツ領を発展させてくれればと、思っていたのだがな……」
「……」

 父は名残惜しそうに私を見つめる。私はそれに対して無言を貫いた。
 父にしてみれば、私がこのままオーファル様と共に何事もなく結婚し、夫となったオーファル様の傍らで寄り添い子どもを産み、よき理解者となって支えることを望んでいたのだろう。
 事実何事もなければ間違いなくそうなったはずだし、恋愛感情はなくともオーファル様のことを好ましく思っていた私ならそうすることが出来た筈だ。

 しかし、現実は違う。オーファル様はアネットを選び、子どもまで作ってしまった。
 その時点で父の目論見は外れたし、私の夢見ていた『円満な家庭』というものは幻想とともに永遠に消え去った。まぁ、その事については感謝しているけれど。だから、そのお礼をしなくてはいけないわ。さて、どう出ようかしらね。

 私が内心で悪巧みを考えていると、オーファル様が私の傍に歩み寄ってきた。
 その顔は何らかの決意を宿らせたかのような真剣な表情で、思わずぱちくりと瞬きしてしまう。
 え、何?  急になんなの?
 困惑して眉を寄せる私にオーファル様はいきなり頭を下げて謝罪した。


「すまない、エマ!  私は君を最低な形で裏切ってしまった。君との婚約はグランツ家とアーヴェント家の正式な決定だったのに……私はアネットに惹かれてしまった。頭ではダメだと分かってはいたが、どうしようもなかった。それだけに飽き足らず、まだ未婚のアネットに子どもまで……。だが、君は笑って私とアネットの婚約を歓迎してくれた。なんと感謝していいのか分からない。本当に申し訳ない。……そして、ありがとう」
「え、ええ……」


 唐突な謝罪と感謝にますます困惑して戸惑いながら返事をすると、オーファル様は父に向き直る。


「グランツ卿、重ねて貴方にも謝罪を。家同士の決定でありながら、私はそれを反故にしました。アネットを愛するが故にエマを傷つけてしまった。申し訳ございません。その上で、アネットとの仲を認めてくださって、本当にありがとうございます」
「ああ……。婚約解消については、エマ自身も気にしていないようだし、もう気にしなくてもいい」
「……はい。ありがとうございます」


 父の言葉にオーファル様はまたさらに深く頭を下げる。いや、私は別に傷ついてはいないのだけれど……。それにしてもいきなりのこの謝罪。今更感が否めないが急にどうしたのだろうか。良心の呵責でもあったのか。半ば呆れているとオーファル様は驚くべき言葉を言い放った。
 そして──その言葉は私の地雷を踏み抜いた。
 オーファル様は先程とは打って代わり晴れやかな表情で告げた。


「これからはアネットの夫としてグランツ家に婿入りして、後継となるエマの補佐としてより精進していきたいと思います」


  ……はぁ?  今なんと言ったかしら?  婿入り?  私の補佐?  ……はぁ?  何、馬鹿なのこの男。

 そんな心の声を正直に漏らさなかった私は褒められてもいいと思う。どこまでおめでたい思考を持っているのだろうか。私との婚約を破棄した今、この男が告げた通りグランツ家とアーヴェント家の間で交わされていた約束は反故になる。つまり、この男がグランツ家に婿入りする必要はない。
 そしてそれは同時に、アーヴェント家がグランツ家からの支援を無くすことを意味する。

 それをこの男は分かっているのだろうか。いや、分かっていないからこのようなセリフが吐けるのだ。
 そして普通、一般的な『結婚』というのは妻が夫の家に籍を入れることを示す。私は最初からアネットをアーヴェント家に嫁にやるつもりで発言していたのに何を勘違いしているのか。
 この男はまだ自分がグランツ家の一員として扱われることを当然と思っているのか。なんという愚かさ。

 馬鹿すぎて言葉も出ない。お前はいつまで将来のグランツ家の一員のつもりなのか。私との婚約を反故にしておいて、その妹と婚約したのだから当然関係は継続されるとでも思っていたのか。
 馬鹿にも程がある。私はこんな馬鹿を好ましいと感じていたのか。過去の私を本当に殴りたいくらい。見る目が無さすぎるわ。


「……あら、面白いことを仰るのね。オーファル様」


 内心で過去の自分に悪態をつきつつ、私はオーファル様に不自然なくらいの笑みを向ける。
 それはもう笑っていた。おかしくておかしくて仕方がなかった。だって笑えるでしょう。この男はまだ自分が対等な立場にいると思っているのだから。
 面白すぎて笑えてしまうわ。

 ああこうなったら──徹底的に潰してやる。完膚無きまで。尽く。

 満面の笑みを浮かべながら決して目だけは笑わず、私は言葉を続けた。


「補佐だなんて……でも私は貴方なんて要らないわ」
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