【原案・完結】捕われ令嬢は籠の中で泡沫の夢を見る

蓮実 アラタ

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「……何を言ってるんだい、エマ……?」
「あら聞こえていませんでしたの?  ならもう一度言って差し上げますわ。貴方なんて要らないと申したのです」


 分かりやすく拒絶してあげたのにまだ理解できないのこの馬鹿男。もう様付けで呼ぶ気も起きないわ。いい加減素を出してもいいかしら。もういいわよね。くだらない茶番はここまでにしましょうか。
 この分からず屋たちに身の程というものを弁えてもらいましょう。私は未だに状況を理解していない愚かなこの男に逐一丁寧に説明してやることにした。



「大体、なんでグランツ家に婿入りするのが当然みたいな態度でいらっしゃるの?  貴方は私との婚約を破棄して異母妹に乗り換えた尻軽最低男でしょう?  第一、婚約解消した時点で貴方が婿入りするという約束は無くなっておりますのよ。お分かりですか?  貴方が私を拒絶した時点で、このお話は無くなっておりますの。それでなくともそんな男にグランツ家の敷居を跨いで欲しくないのにいつまでいらっしゃるおつもりなのかしら。馬鹿ではなくて?」


 ノンブレスで言い切った。ちょっとした達成感が芽生えた。やっぱり不満は溜め込むものでは無い。吐き出さなければ。多分私は今活き活きとした表情をしていることだろう。ずっと溜まっていた心の澱が少し晴れた。本当にほんの少しだけれども。
 これでこの馬鹿も少しは現状を理解して──


「なっ……僕を馬鹿にしているのか!?  いくら君といえども僕を侮辱することは許さないぞ!!」
「は??」


 オーファルは目に見えて顔を赤くし、憮然としたように声を荒らげた。
 ──そんなことは無かった。この男、全く理解していないどころか反応するところはそこなのか。
 誠実さの欠片も無い。成程、この男にあるのは無駄な貴族としての矜恃だけなのか。本当に愚かだ。雑魚すぎる。器の小ささがよく分かる。よくこんな男を愛したものだな。アネットに憐れみすら覚え、思わずアネットに可哀想なものを見る視線を向ける。


「な、なんですの!?」
「いえ何も?」


 アネットは私の豹変ぶりに呆気に取られていたが視線を受けるとハッとしたように我に返った。
 そのままキッと挑むような目を向けてくる。うん、この子も状況を理解できていないようだ。本当にお似合いのカップル(笑)だわ。本当にぴったりの男を見つけたわね、アネット。私の『お下がり』をなんでも欲しがった異母妹あなたには、本当にぴったり。
 まぁ、アネットのことは今は置いておきましょう。
 今成敗すべきはこの目の前の馬鹿オーファルのみ。


「おい、なんとか言ったらどうなんだエマ!!  先程の言葉を取り消せ!!」


 オーファルに視線を戻すと、馬鹿はまだ騒いでいた。伯爵家がどうの、子爵など所詮は下位貴族だからどうのこうの。どうでも良すぎて聞き流していたがまだ喚いていたのか。
 馬鹿はよく喋るなぁ。喚いたところで存在の矮小さが露呈するだけというのがまだ分からないのか。
 お父様まで最初こそ吃驚していたけれど今は呆れたような視線を向けている。


「エマ!!」
「なんですの?」


 ようやく反応を返すとオーファルが怒りに顔を染めて私の方へ詰め寄る。


「訂正してもらおう。僕のどこが馬鹿だと言うんだ!!」
「存在そのものがですわ」


 ぴしゃりと言い切ると、オーファルが押し黙った。その顔色はみるみる青くなり、そして白くなった。赤くなったり青くなったり白くなったり、忙しい方だな。まぁいい。黙ったのは好都合だ。正直に述べさせてもらおう。


「宜しいですか?  オーファルサマ。貴方が私との婚約を破棄した時点で貴方がグランツ家に来て頂く理由はないのです。同時に婚約の時に取り決めしたアーヴェント家への支援も全て打ち切らせて頂きますわ。私たちの婚約はそういう取り決めだったのですから。その婚約がなくなった今、グランツ家がアーヴェント家を支援する理由は何もありませんもの」
「なっ……!?」


 今度こそ状況を理解できたのか、オーファルは顔を余計に白くさせる。まだ顔色を変える余裕があるのか、こうなるとどこまで白くなるか耐久レースしてみたい気もする。

 まぁオーファルの反応も当然ではある。アーヴェント家は今、事業の失敗で多額の借金を抱えている。生活に余裕はなく、グランツ家からの支援でなんとか持ちこたえているような状況なのだ。それを失うということは、もうアーヴェント家の没落もそう遠くはないかもしれない、ということだ。


「そ、そんな横暴が許されるとでも思っているのか!?  まだ婚約は完全に解消した訳では無いだろう!?  ……そうだ、それにアネットとの新たな婚約で継続することも出来るだろう!」
「それで我が家になんのメリットがありますの?」
「は……?」


 焦った顔から一転思いついた考えに、名案だ!  という顔をして言い返したオーファルだが私の問いにふと言葉を詰まらせた。


「私が既に家督を継いだ時点でオーファルサマが婿入りする件は消えました。それで仮にアネットに婚約を引き継いだとして我がグランツ家になんのメリットがありますの?  なんの対価もなしに支援だけしろ、というのならお門違いですわよ」


 そんなに世の中は甘くない。なんでも互いに利益がなければ回っていかない。


「女が当主というのは何かと不便だろう?  だから僕が補佐として支えていこうと言ってるんじゃないか!!  さらにアーヴェント伯爵家の箔もつくんだぞ?  これ以上何を望むというのか、子爵家風情が!!」
「お話になりませんわ。我が家を見下すのは勝手ですが、私は父が倒れた頃よりすでに当主代行として仕事をしておりました。それも15歳からです。仕事のイロハは分かっておりますし、グランツシルクの一件ですでに実績もあります。私一人で事足りるのですよ。貴方の助けなどいりません。それに家格はそちらの方が確かに上ですが、没落しかけの伯爵家の後ろ盾なんて、はっきり申しまして要りませんわね」
「なっ、僕だけでなく我がアーヴェント伯爵家まで馬鹿にするのか!?  どこまで思い上がってるんだ!!  不愉快だ!  これは正式に抗議させて貰うぞ!! 兄上にも伝えるからな!!」


 憤怒の表情を浮かべたオーファルとは逆に私は至極涼しい表情で返した。


「ええ、どうぞご勝手に。事業に失敗して信用を失い落ちぶれかけの伯爵家と、王家御用達の認定を受けた信頼あるグランツ家。世間がどちらを支持するかなんて、見るまでもないですから」


 ニッコリと微笑んでやると、オーファルは父に「失礼する!」とだけ声をかけ、部屋を出ていった。

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