【原案・完結】捕われ令嬢は籠の中で泡沫の夢を見る

蓮実 アラタ

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「どういうことですの!?  お姉様!!」


 オーファルが立ち去るのを呆然として見送っていた
 アネットが私の方を振り返り、声を荒らげた。その声音には僅かな焦燥が感じられた。
 何をそんなに慌てているのだろうか。疑問に思いながらも問い返した。


「何がかしら」
「お話が違いますわよ!  私とオーファル様の婚約を認めてくださったのではなかったのですか!?」
「だから認めたじゃない」
「オーファル様が婿入りするんじゃなかったんですの!?」


 ああ、成程。だから「話が違う」ということか。アネットはオーファルがグランツ家に婿入りするのが前提だと思っていたらしい。私との婚約もそういう取り決めになっていたし、無理はないのかもしれない。

 ……というか先程オーファルにも説明したはずだけれど。アネットも聞いていたはずなのになぜ理解していないのか。この子の頭の中がどうなっているのか真面目に知りたい。何が詰まったらこんな風になるのだろうか。私は密かに溜め息をつき、返答する。


「だからそれはさっきも説明したでしょう。聞いていなかったの?」


 呆れた、と言わんばかりの私の言葉にアネットはぐっと言葉を詰まらせるも、反論してきた。


「だったら、もう一度取り決めをすればいいじゃないですか!」


 はぁ。この子は本当にさっきの話を聞いていたのかしら。なぜ理解できないかが私は理解できないわ。


「それもさっき説明したわ。同じこと何度も言わせないでくれる?  どう転んでも貴女はアーヴェント伯爵家に嫁ぐことになるから。いい加減理解して頂戴」


 うんざりして無理やり話を終わらせると、私と話しをしても埒が明かないと思ったのかアネットは両親に標的を変えた。


「お父様、お母様。あんまりですわ! 私はこのままグランツ家で暮らしていくと思っておりましたのに、何故アーヴェント家に嫁ぐことになるのですか!?  おかしいと思いませんの!?」


 丸いクリっとした瞳に涙を浮かべ、両親に縋るアネット。外見は美少女なので非常に庇護欲をそそる。
 義母は泣き出した愛娘にオロオロしている。父はそんな異母妹の様子をただ静かに傍観していた。
 そこで、ふと父の様子がいつもと違うことに違和感を覚えた。いつもなら泣き出したアネットに加担する父があえて何も言葉を発していない。これはどうしたことか。目を丸くして驚いていると、義母が私に声をかけてきた。
 泣き出したアネットを抱きしめ、義母は私を責めるように見つめる。


「エマちゃん、アネットは妊娠して色々不安定なのよ?  もう少し言い方というものがあるでしょう?  それに、婚約の件についてももっといい手があるのではないの?」
「ないですわ。これ以上どう譲歩しろと言うんですの?  これから私は婚約者を奪われ、妹に寝盗られたという醜聞を背負わなくてはならないのですよ?  ただでさえ未婚の娘が孕んだと言うだけでもグランツ家にとっては醜聞ですのに」


 勿論、貴族の世界でもそういうケースが全くない訳では無い。だがアネットは婚約者がおらず、ただでさえ男遊びが激しい令嬢として社交界では常に有名だった。その異母妹が姉の婚約者を寝取って身篭ったのだ。立派なスキャンダルになり得る。異母妹のせいでグランツ家にいらぬ醜聞が持ち込まれている時点で庇う義理はない。むしろ異母妹を孕ませた責任を取ってもらう形でアーヴェント家に嫁にやるのが一番最良の手段と言える。
 これ以上何を望むというのか。私が冷たく義母と異母妹を見下ろせば、アネットは涙を浮かべた目でこちらを睨んできた。


「私に、落ちぶれかけの伯爵家で暮らせと言うんですの!?  冗談じゃないですわ! まともなドレスも着れなくなるじゃない!!」


 ──成程。本音はそれか。愛しのオーファルと結ばれるというのにやけに粘るなと思っていたらそういう事か。本当に下らない。私は頭がすぅっと冷えていくのを感じた。
 結局、アネットの頭にあることは自分を着飾ることだけなのだ。綺麗なドレス、煌びやかなアクセサリー。自分を磨き立てるために世話をしてくれるメイド。

 この娘の頭に詰まっているのは、自分を飾り立てることだけ。グランツ家は資産家だ。有名なデザイナーに流行りのドレスを仕立ててもらい高級なアクセサリーをいくらでも買うことが出来る。
 一方、今やアーヴェント家は没落寸前の名だけの貴族。勿論ドレスや宝石を買う余裕はない。それはアネットにとって、絶望も同然だろう。

 だからか。本当に……愚かだ。私は、こんなやつのために全てを我慢していたのか。こんなやつに全てを奪われて、そして諦めていたのか。そう思うと怒りが湧いてきた。アネットにも、それを庇う義母にも。そして──自分にも。

 もう、終わりにしましょう。私は我慢しないと決めた。もう自分を偽らないと決めた。今更何を遠慮する必要があるのだ。母は……ラヴィス母様はこういう時のために素晴らしい言葉を残してくれていたのだから。脳裏にアッシュブロンドが眩しい母の美貌が浮かぶ。


『やられたらやり返せ、倍返しよ!』


 母の笑顔を思い出し、改めて決心する。
 全て奪われたのなら、奪い返せばいい。異母妹の大事なものも、プライドも、全て丸ごとへし折ってしまえばいい。そのための手段は手に入れた。ならばあとは実行するのみ。容赦はしない。先に仕掛けたのはそっちなのだ。文句は言わせない。
 私は頬に手を当てて眉を寄せると酷く大袈裟にため息をついた。


「あら……それは困ったわね。お父様が許可した時点でこれは決定事項となったのに、貴女はそれを拒否するのね……当主の決定に否を唱えられるほどいつ貴女は偉くなったのかしら?」
「そ、それは関係ありませんわ!」
「いいえ、関係あるわ。家長の決定には従うこと。これは貴族として生きるものなら従うべきルールよ?  世の中には親に許嫁を決められて恋愛すら許されない令嬢だっておりますのに、その中で貴女は好きになった人と結婚できるのよ?  それ以上何を求めるというの? 」
「だからって、これはないじゃないの!  苦労するのが目に見えてる家に嫁げだなんて……!」
「それを選んだのは貴女よ。他人の所為にしないで頂戴」
「だって……!」


 まだ言い返そうとするアネットに私は冷えた視線を浴びせる。アネットは肩をビクリとさせて口を噤んだ。


「アネット、貴女は自分の立場を理解してないようね。当主は婚約を許可したわ。貴女はアーヴェント伯爵家に嫁ぐの。いいわね?  それが嫌だと言うのなら貴女をグランツ家から勘当するわ」


 私の言葉にアネットは青ざめた。


「お、お姉様にそんな権限ないでしょう!?」
「今の時点ではないわね。でも、お父様」


 私は父に目を向けた。父は私の呼び掛けに伏せていた目を上げる。


「アネットは望んだ婚約だと言うのにアーヴェント伯爵家に嫁ぐことは拒否しておりますわ。お父様の決定に従わない分からず屋なアネットに然るべき罰を要求しますわ」
「……」


 ──愛娘いもうとを勘当しろ。
 私は父にそう告げた。
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