【原案・完結】捕われ令嬢は籠の中で泡沫の夢を見る

蓮実 アラタ

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12 決断

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「……」


 父は私の言葉に沈黙を貫く。その顔には苦悶の表情が伺え、決断を迷っているようだった。
 父からすればアネットは愛娘と呼ぶに相応しい存在なのだから当然と言える。けれど、それでは困るのだ。この愚妹は勘当でもされなければ己の現実を理解することなどできやしない。いや、それでも受け入れるかどうかは怪しいが。

 これでは埒が明かないわね。もう一手付け加えるとしましょう。貴方ちちがそれを選択しなければならない理由を。これは私の仕返し。かつて貴方が私にしたこと、それと同じことを私はしてあげる。迷ったまま無言を決め込む父に、私は静かに呼びかけた。


「お父様。くれぐれも『父』としてではなく、『グランツ家前当主』としての判断をお願いしますわ。──私を、これ以上失望させないで下さいましね」
「……ッ!」


 私の言葉を聞いて、父の顔色が変わった。ただでさえ病気で顔色が良いとは言えないのに、より一層青くなる。父は探るようにこちらを注意深く見つめるが、私はただ艶然と微笑んでみせた。

 かつて父は新しい家族を受け入れなかった私に勝手に『失望』した。言葉には出さなかったが、瞳がそう語っていた。私にはそれが衝撃だった。理解できなかった。なぜ私の気持ちを理解してくれないのか。父は私の気持ちを無視して、私の言葉に耳すら貸さなかった。私が従順になるまで、父は私を無視し続けた。

 私は父を『当主』として尊敬している。代行として仕事をしている間、何度も父の偉大さを思い知った。領民に常に気を配り、慕われるその姿はまさによき領主であり、立派な『グランツ家当主』だった。私はそれが誇らしいとさえ思ったこともある。

 だが、『親』としての父には何一つ、期待も尊敬も抱いていない。拒絶した私の存在を無視し、異母妹と義母にのみ愛情を注いでいた『父親』を私は決して忘れない。従順にならなければ、父は一生私に見向きもしなかっただろう。
 私は父を許してはいない。許さない。だからこれは私からの父への仕返し。父への罰。かつて私を無視した貴方に、今度は父の気持ちを無視して溺愛していた愛娘を自ら絶縁させることで私の復讐とする。

 だから迷われては困るの。貴方は自ら選ばなければならないのだから。自ら異母妹を勘当しなければならない。父として私から見たら失格だった貴方がこれ以上、堕ちないための私の最低限の譲歩。そして罰。私が唯一尊敬していた『グランツ家当主』としての父を否定させないでくれ。これ以上、失望させないでくれ。さあ、選んでくださいな『お父様』。
 その選択肢は最初から一つしかないのだから。

 そもそも選択肢は一つしか存在しない。父は親として決して立派だとは言えなかった。けれど、当主としては文句のつけ所がないくらい完璧だった。だからそれを利用する。グランツ家当主として誇りと責任を持ち、その役目を立派に果たしていた父ならその選択を間違えない。たとえ、それが自分の意にそわぬものであったとしても。
 当主としての父ならば最良の選択をするはずだ。

 これが私から父に向ける、最後の信用。裏切るというのなら容赦はしない。
 そんな私の意図を父はきちんと理解しているのか、そのまま暫く逡巡していた。しかし、決意したのか無表情になると固い声音で告げた。


「……アネット・グランツ。お前はこれからグランツ家に出入りすることを金輪際禁止する。大人しくアーヴェント家に嫁ぐんだ」
「オニキス様!?」
「お父様!?  何故です……?  何故お父様までお姉様に味方するのですか!? 」


 サフィアが驚愕して父を見つめ、アネットが信じられないと言わんばかりに父に詰め寄る。


「どうしてですの!  お父様!!」


 涙を流して父の手を握り、なおも食い下がるアネット。往生際の悪い。父は決断したのだ。素直に従えばいいものを。まぁ、そりゃあ素直には従えないわよね。あなたにとっては死刑宣告をされたようなものだから。いい気味だわ。
 足掻く異母妹を冷めた気持ちで見下ろしていると、父が驚くべき行動に出た。


「納得できませんわ!  おとうさ──」
「──黙りなさい、アネット。自分の立場を弁えなさい。お前は今、誰に向かって口答えしようとしているんだ?   お前は私に逆らえるほど偉い訳でもないだろう」
「お父様……?」


 バシン、と。
 アネットが握っていた手を振り払い、父は今まで聞いたこともないような冷たい声でアネットに告げた。その顔は依然として無表情で、何を考えているのか分からない。


「オニキス様……?」


 サフィアも呆然とした様子で父の様子を伺う。いつもアネットを可愛がっていた父からすると有り得ない行動だ。サフィアもそれが分かっているからこそ、信じられないといった心境が顔に表れている。そんな義母に父は静かに語りかける。


「サフィアもアネットを庇うのはやめなさい。この子はもう17だ。この国では17歳からは成人と認められる。子どもではないのだ。しかもアネットはこれから母になるんだぞ。少しは現実というものを見させないといけない」


 そこで一旦言葉を切り、父はアネットに視線を向けた。


「これは当主としての決定だ。逆らうことは許さない。アネット、大人しく言うことを聞きなさい。エマが言っていることは理にかなっている。それが気に食わないなら出ていきなさい。成人しているのだから家に留める理由もない。自分の好きにするといい」
「そんな……あんまりです!  お父様なら私の言うことをわかって下さると思っておりましたのに……!!  酷いですわ!!」


 父の言葉にわっと泣き出したアネットはそのまま父の部屋を飛び出していった。


「アネット!」


 そんなアネットを追いかけて、サフィアも部屋を後にする。放っておけばいいのに相変わらず過保護なことだ。そんなだからアネットはあそこまで我儘になったのだ。異母妹が付け上がった一因は間違いなくあの義母にある。

 二人になった部屋の中で、私たちは互いに沈黙を守る。喧騒が通り過ぎ、静寂に包まれた室内で互いの内心を探るように見つめ合う。私が何も言葉を発さずにいると、ついに父が沈黙を破り静かに私に問いかけた。


「……これで満足か?   少しはお前の気は晴れたか?  エマ。これがお前の私に対する復讐だろう?」


 相変わらず無表情に告げる父に、私は久しぶりに、本当に久しぶりに演技ではない心の底からの極上の笑みを浮かべた。


「いいえ?  ──ちっとも」


 むしろこれだけで終わると思っていたのかしら。私の返答に父は力なく項垂れた。


「……そうか。お前はそこまで私を恨んでいたのだな」
「ええ、お父様。分かっていただけて嬉しいですわ」


 私の仕返しはこれだけでは終わらない。終わらせない。私が全てを閉ざして我慢した年月は決して短くはない。その期間、私を嘲笑っていた者達全てに復讐をしなければ気が済むわけがない。覚悟してくださいね。私は貴方がたに、地獄を味わって貰いたいのですから。
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