【原案・完結】捕われ令嬢は籠の中で泡沫の夢を見る

蓮実 アラタ

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「私は貴方を決して許すつもりはありませんわ。お父様」


 艶然と微笑み父に眼差しを向けると、父がそこでようやく無表情を貫いていた顔に表情を浮かべた。
 その様子は苦悶、とでも表現するのが一番近いだろうか。痩せこけた頬に、長年まともに動かない生活を送ったせいか薄くなってしまった体。昔の威厳に満ちて厳しい視線を向けていたグランツ家当主としての姿はもう微塵も感じられないほどに弱々しい。
 その姿は、過ぎていった年月を顕著に表していた。


「そうか……。許して欲しいとは言わない。ただ、謝らせてくれ。すまなかった、エマ。私はお前の気持ちを無視し続けた。お前から見れば突然新しい家族を紹介されて戸惑いしかなかっただろうに、私は当時のお前の気持ちを慮ることが出来なかったばかりか、サフィアとアネットを拒絶したお前に勝手に失望して目を向けることさえしなくなった。母を……ラヴィスを心から愛し、慕っていたお前の気持ちを踏みにじった。ラヴィスを愛していたのは私も同じだったのにな。……本当にすまなかった」


 父はベッドの上で正座をすると、私にその頭を下げた。あの父が私に頭を下げるなんて……。
 内心で少し驚きながらも、私は決してそれを顔に出さなかった。内心の動揺を悟られないように無表情になると頭を下げたままの父を見下ろす。
 確かに少し驚きはしたが、それだけだ。私の積年の恨みがこんな謝罪一つで晴れる訳が無い。
 自覚するのが遅すぎた。父の後悔は今更すぎるのだ。今頃謝罪か、としか思えない。私は父の謝罪を鼻で笑った。


「もう今更遅いのですよ。謝罪されても私の心は晴れることはありません。もうその時期は過ぎたのですわ。私は貴方に親として何も期待しておりませんもの。抱くだけ無駄ですわ。その親に育てられたアネットという実例もいますし。実の娘にここまで呆れられてどんなお気持ちですか、お父様?」


 馬鹿にしている気持ちを微塵も隠さずに問えば父は伏せていた頭を僅かに上げ、ぽつりとただ呟いた。ようやく納得したというように。


「……そうか。私はそこまでお前に見限られていたのだな。……確かに私は父として失格だ。どんな罰も受け入れよう。それで少しでもお前の気持ちに整理がつくのなら、私はそれを受け入れる」


 親としてはもう二度と見て貰えないのだろうな、と父は続けて言葉を零した。それはその通りだ。
 もう決して私と父の関係が修復することはない。私が新しい家族を拒絶した瞬間、父は私を見捨てた。その時から今まで、何一つ本音で会話がなされることはなかった。私は父の理想通りに振る舞うことで自分を押し殺してきた。父はそれに気づかず、私を気遣うこともしなかった。

 病に倒れてからは私に全ての仕事を任せ、自分の部屋に閉じこもり、自らが溺愛している義母と異母妹を傍に置いた。私と交わす会話といえば仕事のことばかり。私も仕事に必死で父と会話する余裕もなかったのだけれど。

 そんな関係が果たして『親子』と言えるのだろうか。一般的に見れば、上司と部下と言われた方が納得できる。父は何一つ、父親らしいことを私にしてはくれなかった。それが私に長年の恨みを積もらせ、憎悪を抱かせたのだ。
 私は湧き上がる激情を必死に抑え込み、なるべく平坦な声音を維持する。


「ええ、そう言って頂けると私も少しは報われますわね。私はもうお父様を本当の意味で『お父様』と呼べませんもの。呼びたくもないですから」


 心の底からの軽蔑。父にあげられるとすればそれだけだ。私の本音に父は力なく瞼を伏せた。


「そうか。……そうだな。本当に、駄目な父親だ。私は」


 そう言って力なく笑う父は、本当に今までで一番弱々しく見えた。実際、病に侵された父の体は、細くて痛々しい。かつての父に比べれば変わり果てたとさえ言える。

 もしかしたら先程から片鱗を見せていたあの私を慮るような父の態度は、病気で弱ったためにその心さえも変えてしまったのかもしれない。
 自らの過ちに気づき、謝罪した。そういう事なら、あの態度も納得出来る。
 それでも、そうだったとしてもようやく私の気持ちに気づくあたり愚かとしか言えないが。

 全ては遅すぎた。もう私は父になんの感慨も抱いていない。そしてこれで父も理解したはずだ。父が如何に改心しようとも、関係を戻したいと願っても、私の意思がもう変わらないということを。

 ──だから、終わらせましょう。この歪な関係を。表面上だけの『家族ごっこ』を。私はもう我慢しない。私が押し殺すことで成立していた均衡は崩れたのだ。これ以上続ける意味は無い。
 だから、終わらせる。私が、父に現実を突きつける。
 決心して、私はその言葉を紡いだ。


「お父様。グランツ家当主としてお願いします。私の幸せを願うというのなら金輪際、私に近づかないで下さいませ」


 そこで一旦息を吐いて、また一息。


「これ以降、貴方と親子としての縁を切りますわ」


 これがわたしから父に向ける、最初で最後の本音だった──。
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