【原案・完結】捕われ令嬢は籠の中で泡沫の夢を見る

蓮実 アラタ

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14 異変

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 父は私の絶縁宣言に暫く言葉を発さず、黙ったままだった。
 ただ目を伏せ、何かを考えるその姿は私の言葉の意味を理解し、受け入れようとしているかのようだった。父は長い沈黙の後──小さく、しかし確かに頷いた。


「分かった。言う通りにしよう。……もうお前にとっては意味の無いこととは分かってはいるがもう一度謝罪させてくれ。本当にすまなかった」
「……お父様のそのお気持ちだけ心に刻んでおきますわ」


 父の重ねての謝罪は私にとってはなんの意味もなさない。けれど父が心から悔いているということだけは覚えておこう。それが父ができる私への唯一の贖罪なのだから。

 さて、話はここまで。私はこれから正式に当主となる手続きをしなくてはならないし、黒幕を燻り出すための作戦も整えなくてはならない。することは山積みだ。
 胸をよぎる様々な感情はいつでも折り合いをつけられるし、これからは当主として自分の思う通りに行動し、生きることができる。もう私を縛るものはないのだから。

 気持ちに整理をつけると、父のこれからの処遇について話す。


「お父様が引退するにあたってこれからは治療に専念してもらいます。ここではなくほかの屋敷に移ってもらうことになりますけれど、環境は整ってますわ。周りは自然豊かですし、綺麗な湖もございますから散歩にもうってつけです。世の喧騒も届きません。それにお父様の治療をしてくださる医者も手配しております。名医と評判もよく、有名な方ですのできっとお父様のお力になって下さいますわ」


 縁を切るとは言ったがアネットのようにそのまま放り出すつもりは無い。あの子は自業自得のようなものだからそれなりの持参金を与えてアーヴェント家に押し付けるつもりだ。後はあちらがいいようにするだろう。

 だが父は病に伏せっているし、養生する環境は必要になる。それに曲がりなりにも育ててもらった恩がある。だからこれは私なりの恩返しだ。治療するための環境は整えた。医者もツテを使って手配した。静かに余生を過ごすことは出来るはずだ。

 父はそれを聞いて心底ホッとしたような笑顔を浮かべる。まさか私が身一つで仮にも血の繋がった父を放り出すような薄情者にでも見えていたのだろうか。人様の婚約者を寝取って妊娠までした愚か者の異母妹とは一緒にしないでほしい。


「本当に何から何まですまない。お前の手配した場所だ、医者も信用できるだろう。……ありがとう」
「いえ……」


 父から素直な感謝をもらうことなど初めてで少し戸惑う。
 なんとも言えない気分になり父から目を逸らして次の話に移ろうとした、その時。


「……ッ!!」
「お父様!?」


 父が激しく咳き込んだ。苦しいのか表情を歪ませて、身を二つに折る。
 苦しそうに胸の辺りに手を当て、咳を続ける父はそのまま嘔吐してしまった。吐瀉物がベッドを汚す。


「ヨシュア、早く来て!!  お父様が! 」
「お嬢様、お呼びでしょうか」


 私は慌てて父の専属執事を呼ぶ。間をおかずして現れた白髪まじりの老齢の執事に指示を出す。


「お父様が嘔吐なされてしまったわ。すぐに代えのシーツとタオルを。あと白湯を持ってきて」
「かしこまりました」


 ヨシュアは指示を聞くと素早く身を翻し、部屋を出ていった。さすがは長年務めているだけあり、ヨシュアは冷静に行動している。
 まだ咳き込んでいる父の背中をさすりながら様子を伺っていた時、ある一点に視線が止まった。

 ベッドはシミになりかけ、父の吐瀉物で汚れている。しかし、私が気になったのはそこでは無い。ベッドのシミは赤い点がいくつかある。つまりそれは父が吐血したということ。そして、吐瀉物が緑や黄色がかった色をしていること。

 これに関連して思い当たる点と言えば父の主な症状。確か報告によれば腹痛や下痢、ひどい時は意識を失う、など。
 ふと、横にある食器が目に入った。父は先程食事をとったと聞いたが、完全には食べ切れなかったのか並べられた食器にはまだ料理が残っている。

 これは、ひょっとして……。
 ある予感がよぎり、私は自らの侍女、シーラを呼んだ。


「シーラ」
「──はい、お呼びでしょうか」
「!」


 私の最も信頼できる侍女は相変わらず無表情で私の呼び掛けにすぐ答えた。近くにいるだろうことは知っていたがすぐに返答が来たことにびっくりして思わずシーラをマジマジと見てしまう。
 彼女はとある人物からの紹介で「とても有能だから側仕えで使ってあげて!」と雇ったのだが紹介通りの優秀さに飽き足らず身体能力も高いのか毎回身のこなしが完璧すぎて気配も音もしないのだ。


「なんでもいいから銀食器を持ってきて欲しいの」
「それならここに」


 シーラは懐から銀製のフォークを取り出し私に差し出した。
 ……なんでそんなところにフォークを収納してるのかしら。というか、なんでフォークを常備しているのかしら。
 そんな疑問が浮かんだが、口には出さずに飲み込む。世の中には知らなくて良いこともあるし、今はそんなことを話している場合ではない。


「ありがとう。貴女は父を見ていてくれるかしら」
「かしこまりました」


 シーラに差し出された銀のフォークを受け取り、父の様子見を頼むと、私は食べかけの料理が並ぶ皿の方へ振り返った。
 今日の献立は温野菜のサラダにかぼちゃのポタージュ、そして柔らかいパン。
 どれも病床にある父のためにグランツ家の料理長が丹精込めて腕を奮った料理たちだ。

 その中のひとつ、温野菜に目をつけ持っていたフォークをさした。
 そのまま暫く待っていると、フォークはみるみるうちに黒ずんでいく。


「やっぱり……」


 私の予感は的中した。今回の件を仕掛けた黒幕はどうやら私だけでなく、父も狙っていたらしい。グランツ家を乗っ取ろうとするだけでなく前当主すら亡き者にしようとするなんて……。


「許せない……」


 怒りが湧いてきて、思わず拳を作り握りしめた。

 父の料理皿、スプーンやフォーク、コップに至るまで一切銀食器は使われていない。これは料理の中にあるものが仕込まれていることを隠すためだ。
 そしてこれらの料理は全て病に伏せている父のためにバランスのいいものを、とのことでとある人物が献立を立てている。配膳まで自分でして甲斐甲斐しく世話をする様子を周囲は微笑ましいエピソードとして見ていたのだが。
 それは全てこれを隠すためのカモフラージュだったのか。


 これで黒幕が確定した。動機はおおよそ見当がつく。このために私を陥れ、父まで殺そうとしていたのか。そうすれば全て納得がいく。なんと愚かなことか。人をどこまで馬鹿にすれば気が済むのだろうか。これまでにないほどの怒りが湧き上がり、キツく歯を噛み締めた。


「──絶対に許さない」


 自分の都合で私を貶め、あまつさえ父まで狙ったを決して私は許さない。
 こうなったらとことん叩き落としてやる。引きずり出して地獄を見せてやる。そうせねば、気が済まない。


「シーラ」
「はい」
「頼みがあるの」
「なんでしょうか」


 父の様子を見つつ、いつも通りの無表情な侍女に私はある一つの用件を伝える。


「……お願いね」
「かしこまりました」


 用件を伝え終えるとシーラは涼しい表情のままこちらを見てしっかりと頷いた。
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