【原案・完結】捕われ令嬢は籠の中で泡沫の夢を見る

蓮実 アラタ

文字の大きさ
18 / 25

18 疑問

しおりを挟む
「さて、どうしましょうかねぇ……」


 震える義母に視線を合わせてしゃがみこみ、実ににこやかにどう調理してやろうかと悩んでいると。
 扉が突然なんの前触れもなく開き、部屋に黒髪の女性が荒々しく入ってきた。
 女性は血相を変え、綺麗な顔に切羽詰まった表情を浮かべている。赤い瞳で部屋のあちこちを見て、私と視線があった。あら、この方は……。


「エマッ!?   無事なの!?」
「叔母様?   随分と早いお着きなのですね── へぶっ 」


 あと一日はかかると思っていたのに……と言葉を続ける間もなく私は乱入してきた黒髪の女性に抱き締められた。あの、叔母様、苦しいです。


「無事ね?   何事もないわね!?」
「……」
「エマ?   どうしたの?   なぜ何も言わないの?   どこか悪いの!?」


 ──だから叔母様、苦しいですってば。
 女性の豊満な胸が丁度私の顔に当たり、まともに息が出来ない。胸の感触は非常に心地よいのだが、力の加減をして欲しい。抱きしめられすぎて骨が軋み始めており、さすがに痛い。
 叔母の胸に埋まってどうにかしようとバタバタ手を動かす私を見かねたシーラが助けに入ってくれた。


「セレンディナ様、エマ様が苦しがっておられます」
「え?   あら、私のせいだったの。ごめんなさい」


 叔母はようやく私を解放してくれた。ぷはっと息をつき、深呼吸をする。相変わらず羨ましいほどの巨乳と見事なプロポーション……ではなく。突然現れた闖入者に、私は歓迎の意を込めて笑顔を浮かべた。


「わざわざお越しくださり感謝しますわ、セレンディナ叔母様。騎士達はどうしたのですか?」


 こちらの問いに艶やかな黒髪を結い上げた騎士装の女性は妖艶な笑みで応えた。


「勿論控えさせてるわよ。シーラからの報せを受け取った時、丁度転移を使える能力もちがいてね?   グランツ子爵邸まで転移で送ってもらったのよ。でも肝心のエマがいないからどうしたのかってヨシュアに聞いたら『悪者を捕獲しに行った』って言うから慌てて場所を聞き出してここまで来たのよ?   丁度いたからラズーリも引っ張ってきたわ。何かあったら困るもの。それより、なぜ一人で行動したの!?   危ないじゃないの!!   何故私が来るまで待てなかったの!」


 叔母の連撃にどう返そうか考えあぐねていると、その後ろにまだ人がいることに気づいた。


「おい、俺が随分な扱いだな……。だが、セレンディナには同意だ。何故そんな危ないことをした。毒が効かない体質なのは知ってるが動物性の毒だったらどうする気だったんだ。お前ならもう少し慎重な行動をすると思っていたのに……囮になるなんて」


 叔母の後ろから現れた思わぬ人物に私は目を見開いた。


「ラズーリ叔父様……」


 アッシュブラウンの髪に、紫紺の瞳。
 瞳の色以外は母様によく似たその容貌。違いは男性で、髪が短いことくらい。

 黒髪の美麗な騎士装の女性の名はセレンディナ・ヴァイト。現ヴァイト伯爵で父オニキスの妹であり、実力で近衛騎士にまで上り詰めたエリート騎士。私の叔母にあたる人だ。
 サフィアの身柄を引き渡すために事情を話してシーラに呼んでもらった。

 母様に瓜二つの顔立ちをした男性はラズーリ・フォレスタ。貴族としての呼称はフォレスタ男爵。
『奇跡の手』を持つと呼ばれる名医で、病や傷を治すという治癒能力を持つ稀少な能力持ち。ラヴィス母様の弟で私の叔父にあたり、父の病気を診てもらうために呼んだ。父の今後の療養も任せる予定だ。

 その二人が揃いも揃って厳しい顔つきで私を見ている。その様子から伺えるのは純粋な私への心配。
 しかし、それが私には理解できなかった。なぜこの二人は私を心配しているのだろう?   


「毒については叔父様からあらゆる毒への中和剤を頂いておりましたし、シーラもいましたから。結果的に義母の悪事を暴けましたし、大丈夫でしたわよ?   安心なさってくださいな!」


 何も心配はいらない。シーラの協力もあり、義母は無事に捕らえることが出来た。
 何も問題はなかった、そう言わんばかりの私の言葉に返ってきたのは二人の怒号だった。


「「問題しかない!!」」


 意図して揃えた訳では無いだろうにピッタリ重なった二人の怒声にきょとんとする。
 美貌の人は怒っても綺麗だな。そんな場違いな思考をしている私に二人が詰め寄る。


「もし他に仲間がいたらどうする気だったの!  危ないじゃない!!   少しは考えて、どうして周りを頼らなかったの?」
「偶然上手くいったからよかったものの、下手をすれば死んでいたんだぞ!?   大怪我をしていたかもしれない!   心配するじゃないか!」


 叔父と叔母の言葉に、違和感を覚えて私はふと真顔になる。
 ──心配する?   誰かを頼る?  誰が?   この家において、誰が私の心配をするというのだろうか。
 父が関心を持っていたのは義母と異母妹だけ。私は終始お人形と化して望み通りに振舞っていただけ。
 周りの大人は皆信用できなかった。私は当主代行で皆を導き、引っ張る存在。誰かを頼るなんてそんな甘えは許されない。一人で頑張らなければならなかった。誰を頼れというのか。そして、そんな私を誰が心配するだろうか。
 そんな純粋な疑問から、ぽつりと漏らしてしまった。


「誰が心配するんですかね?   ──あの家において、私を心配する人なんていませんでしたよ?   それに頼る人なんてどこにもいませんでしたし」


 使用人や領地の皆は私を慕ってくれてはいるけれど、彼らの助けは借りられない。彼らには別の仕事がある。私なんぞのために手を煩わせてはならない。

 父に失望され、自分を押し殺して生きてきた私にはそれが当然だと思っていた。誰も助けてはくれないのだから自分で行動するしかない。捨てられないよう望み通りに振る舞う。そうすれば、少なくとも無視されることはなくなる。

 この返答に二人は先程の猛烈な勢いはどこへやら、押し黙ってしまった。
 何かおかしいことを言ってしまっただろうか。
 首を傾げて考えていると、セレンディナ叔母様の表情が変わった。
 眉が跳ね上がり、麗しい赤の双眸は明らかに怒りに燃えていた。肩を震わせ、本気で怒っている。



「……そう、それがあなたの『普通』だったのね。そうするしかなかったのね。……気づいてあげられなくてごめんなさい。……任務で姪の様子を見ていられなかったなんて言い訳はできない。私の不覚だわ。ここまでオニキス兄様が馬鹿だとは思わなかった」


 そして怒った表情のまま、後ろを振り返る。


「──兄様、今のエマの発言聞いておりましたわよね?   貴方は今まで何をしていたのですか?   実の娘にこんな事を言わせて。それほどまでそこの女に現を抜かしていたのですか?」


 叔母の言葉に釣られるようにして振り向くと、そこには叔母と同じ黒髪の男性がいた。昼間に見た白い寝間着に、ヨシュアに支えられながら杖をついて、その人物は私を見ていた。


「お父様……?」


 父、オニキス・グランツが無言のまま私の目の前に立っていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

毒姫ライラは今日も生きている

木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。 だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。 ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。 そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。 それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。 「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」 暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。 「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」 暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。 「お前を妃に迎える気はない」 そして私を認めない暴君。 三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。 「頑張って死んでまいります!」 ――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。

政略結婚の指南書

編端みどり
恋愛
【完結しました。ありがとうございました】 貴族なのだから、政略結婚は当たり前。両親のように愛がなくても仕方ないと諦めて結婚式に臨んだマリア。母が持たせてくれたのは、政略結婚の指南書。夫に愛されなかった母は、指南書を頼りに自分の役目を果たし、マリア達を立派に育ててくれた。 母の背中を見て育ったマリアは、愛されなくても自分の役目を果たそうと覚悟を決めて嫁いだ。お相手は、女嫌いで有名な辺境伯。 愛されなくても良いと思っていたのに、マリアは結婚式で初めて会った夫に一目惚れしてしまう。 屈強な見た目で女性に怖がられる辺境伯も、小動物のようなマリアに一目惚れ。 惹かれ合うふたりを引き裂くように、結婚式直後に辺境伯は出陣する事になってしまう。 戻ってきた辺境伯は、上手く妻と距離を縮められない。みかねた使用人達の手配で、ふたりは視察という名のデートに赴く事に。そこで、事件に巻き込まれてしまい…… ※R15は保険です ※別サイトにも掲載しています

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

私、竜人の国で寵妃にされました!?

星宮歌
恋愛
『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』の番外編として作っていた、シェイラちゃんのお話を移しています。 この作品だけでも読めるように工夫はしていきますので、よかったら読んでみてください。 あらすじ お姉様が婚約破棄されたことで端を発した私の婚約話。それも、お姉様を裏切った第一王子との婚約の打診に、私は何としてでも逃げることを決意する。そして、それは色々とあって叶ったものの……なぜか、私はお姉様の提案でドラグニル竜国という竜人の国へ行くことに。 そして、これまたなぜか、私の立場はドラグニル竜国国王陛下の寵妃という立場に。 私、この先やっていけるのでしょうか? 今回は溺愛ではなく、すれ違いがメインになりそうなお話です。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

処理中です...