【原案・完結】捕われ令嬢は籠の中で泡沫の夢を見る

蓮実 アラタ

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22 呵責

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「……これで宜しかったのですか?   オニキス様」


 これまで無言で佇んで事の成行きを見守っていた老齢の執事からの問いかけに、私は伏せていた顔を上げた。そのまま問いには答えず、後ろを振り返る。
 そこには木製の扉がそびえ立っていたが、その固く閉ざされた扉はまるで隔たれた今の自分と娘の関係性を物語っているようで、またも胸の内は後悔の念で埋め尽くされてしまう。

 胸に重く積もるその思いを振り払うように目尻にいつの間にか浮かんでいた涙をそっと拭うと、今度こそヨシュアの問いに答えた。


「これでよかったんだ。……こうすることしか今の私にはできないからな」
「……そうですか。今宵は少しばかり冷えます。屋敷に戻りましょう、オニキス様」
「そうだな」


 ヨシュアはもうそれ以上は何も言わず、黙って私の腕を支える。見た目は白髪の好々爺然としているのに意外に力持ちの側仕えはあっという間に私を馬車に乗せると御者に指示を出す。
 馬車は静かに動き始め、窓からは長閑な田園風景か広がり始めた。
 私は最後にもう一度エマがまだ中にいるであろう平屋の家屋に目を向けるも、扉はまだ閉ざされたままだった。



「──もう、話は終わったのですか」


 対面に座っていた亡き妻、ラヴィスによく似た容貌の義弟フォレスタ男爵の言葉に私は「ああ、終わったよ」と笑みを返す。
 自分としてはにこやかに微笑んだつもりだったが、顔は強ばり笑顔と言うよりは苦笑になってしまった。そんな私の笑みを見て、フォレスタ男爵はもう一度確認するように声を発する。


「本当に、よろしいのですか。このまま我が領地に向かって」
「ああ。エマにもう領主の指輪は渡した。正式な手続きはまだだが、屋敷に置いてきた私直筆の指名書とあの指輪があればグランツ家当主の証になる。あとはあの子が立派にやってくれるだろう」


 エマに渡したあの黒い宝石の指輪は、システーナ王国が貴族に領地を授ける際に与える『領主の指輪』と呼ばれるもの。代々の王家の巫女がその特別な力を持って宝石を作り上げ、国一番の職人が細工を施し、仕上げられた指輪。
 宝石の元になっているのは能力持ちを発掘する選定の儀にも使われる水晶石。
 その水晶石を元に作られたこの指輪はシスティリャの眷属の子孫であるシステーナ国民を守り、永き繁栄をもたらすお守りとして重宝されている。

 巫女によって宝石に変換されたこの指輪は、代々の貴族の当主にのみ受け継がれ、持ち主と認めた者、つまり当主の指からは絶対に抜けない。抜けるのはただ一度、現当主が次の後継を指名してその指輪を受け渡す時のみ。

 グランツ家の『領主の指輪』はすでにエマに手渡し、エマが指に嵌めるのを確認している。
 しっかり馴染んでいたようだし、指輪もエマを後継と認めていた。
 まだ正規の手続きはしていなくとも、あの指輪さえあればエマは正式な当主として仕事をすることができるはずだ。

 そして何より、当主の座を受け渡したからには私はもうあの屋敷にはいられない。
 サフィアが捕まり、アネットもそう遠くないうちにアーヴェント家へと追いやられるはずである。
 グランツ家当主でなくなった私にはもうどうすることも出来ないのだ。

 エマが用意してくれた新たな住まいはフォレスタ男爵領の別邸だった。澄んだ湖の湖畔にあり、自然溢れる静養にぴったりの土地だと聞いた。そこでのんびりと養生しながら余生を過ごすのは案外悪くないかもしれない。

 私はこのまま屋敷に戻るつもりはなかった。
 荷物をまとめ準備が整い次第、フォレスタ男爵についてその別邸に移るつもりでいた。
 エマに話を持ちかけられ、私の治療を了承してくれたフォレスタ男爵はすでに別邸に私を受け入れる準備を整えてくれていて、必要最低限の荷物だけ持っていけばいいという。

 こんな不甲斐ない私にここまでしてくれたエマとフォレスタ男爵には感謝が尽きない。ありがたいことだと思いながら私は改めて男爵に礼を言った。


「本当に何から何まですまない。私を受けいれてくれたこと感謝する。フォレスタ男爵」


 フォレスタ男爵から見れば、私は慕っていた姉を奪っておきながら、その死後すぐに他の女に乗り換えた甲斐性なしだ。最低だと罵られてもおかしくない。
 しかし、フォレスタ男爵はその首を横に振った。


「いえ、エマに頼まれたことですから。それに私はエマの置かれた環境に気づいてやることができなかった。自分の仕事に手一杯で姪の状況に気を遣うこともできなかった。私も同罪です」
「いや……全ては私が招いたことであり、責められるべきは私だ。あれだけラヴィスを慕い、『絶対に幸せにしてあげてください』と君と交わしたいつかの約束をも忘れ、挙句の果てにこの有様だ。返す言葉もない。本当にすまない」
「……姉さんは貴方と暮らせて幸せだったと思いますよ。ただ、間違えてしまったのはそれからです。貴方はそれをきちんと悔いている。エマもそれは分かっていると思いますよ」
「そうだといいが……」


 思わず、また後ろの方へと視線を向ける。だいぶ通り過ぎてしまったがまだエマはあそこにいるはずだ。
 これで会うのは最後だというのに、また娘を怒らせてしまった。怒りと憎しみを内から溢れさせ怒りを顕にしたあのエメラルドの瞳を思い出して、ズキリと胸が痛んだ。

 必要な事だったとは言え、やはり娘から向けられた敵意は悲しかった。自らが招いたことの結果ゆえ、完全に自業自得であったのだが。
 いくらサフィアに『魅了』で操られていた経緯があるとしても自分がエマにしてきたこれまでのことは決して消えない。そしてそんな私をエマは許してはくれないだろう。実際に許さないと言われた。

 胸の内をしめるのは決して叶うことの無い願望と、尽きることの無い後悔である。しかしこれはこれまでの行いに対する自分への正当な罰だ。私はこれからずっと後悔し続けることだろう。そしてその罪と一生向き合わなければならない。それが、今私のできる亡き妻とエマに対する贖罪だ。

 亡き妻に生き写しの娘、エマ──エメルダ。
 愛しい我が娘は、私の真意に気づいてくれたであろうか。
 エマは完全に振り切ったつもりでいただろうが、心の底ではまだ『私』の存在に苦しめられていた。
 存在を無視され、必死に自分で自分の価値を見出すことで己を保っていたエマは自分でも気づかないほど深く傷ついていた。

 私が失望したと向けたあの視線は、エマにとっては無意識下にトラウマとなり、心の奥底に根付いてしまった。
 それ故に我慢しないことを決意し、私に仕返しをしたことで解き放たれ自由になったはずなのに、サフィアの悪事を暴くために自らを囮にするような真似をした。

 トラウマから解放されなければエマは真に自由になったとは言えない。それでは駄目だ。エマはこれまで十分私のせいで苦しんできた。これから前を向いて生きる我が娘に、過去のしがらみに捕らわれて苦しんで欲しくはない。だから憎しみを加速させることを承知で、わざとエマを怒らせた。

 心の底から怒らせて、私への憎悪を吐露してもらうことで『オニキス』という存在に捕われることなくこれからの人生を歩んで欲しい。これが親として私からできる娘への最後の償いだ。

 けれど、その想いを、この真意をエマに告げることはできない。
 己を偽ることを辞めた今のあの子なら笑顔でこう宣うことだろう。


「余計なお世話ですわ、お父様」

 と。


 改めて絶縁を告げられた今、もう二度とあのアッシュブロンドとエメラルドの瞳を見ることができないと思うと、胸の内は暗く沈んでしまう。
 だがしかし、私はこの業を背負っていかなければならない。我が子に与えた仕打ちを後悔しながら、もう二度と家族として、親子としての再会は叶わないことを認識しなければならない。

 これからも私は後悔し続けることだろう。自責の念に駆られ、苦しんでいくことだろう。
 だがそれこそ苦しませてきた娘の望んだことであり、与えられた罰だ。

 エマ。
 お前は望まないかもしれないが、それでも願わずにはいられない。これからはどうか自由に生きてくれ。私に苦しめられた分、幸せになって欲しい。
 私が言えた義理ではないが、それでもこれだけは言わせてくれ。


 ──どうか、幸せに。

 私は遠く離れた地で、それだけを祈って生きるとしよう。
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