12 / 14
※12 リディス・エオリアの決別
しおりを挟む
「貴方にかける情けなんてもうないのよ」
やっと言いたいことが言えた。心に溜まっていた澱が消え、私はレンヴォルトと視線を逸らした。
彼と離縁してからもし次に会うことがあったら必ず言おうと心に決めていた言葉。
彼がここまで愚か者だったとは思わなかった。私はとことん人を見る目がないらしい。親友には裏切られ、元夫には金銭を要求され、私のこれまでの人生は一体何なのだろう。
もう誰かに私の人生を振り回されるのはウンザリだ。
これ以上かけるべき言葉はないが、離婚成立時に要求したことさえ忘れて乗り込んでくるレンヴォルトの事だ。このままではいずれまた似たようなことが必ず起こる。
そう考えて私はさらなる次の手を打つ。
「貴方は王国騎士団第二部隊の所属だったわよね?」
レンヴォルトの所属する王国騎士団第二部隊はリオース王国において主要都市の警護を主な仕事とする部隊だ。
ゆえに第二部隊は様々な王都から離れた都市に配置されることが多いのだが、レンヴォルトは聖女を警護する別任務を与えられていたため本来の役目から外れた任務を行っていた。しかし今回の件を受けて、レンヴォルトは警護の任を解かれていた。
今はキールという名の寡黙な騎士が私の守護の任に着いており、今日も目立たぬよう馬車の御者として私の旅行について行く予定だった。
「そんなにお金に困っているのなら丁度いい仕事があるわ。キール、騎士団長に連絡しておいて頂戴。エオリアの聖女が北の山脈の辺境警備にレンヴォルト・ハンスを推薦する、とね」
声をかけると、馬車の御者台に座っていた護衛騎士のキールが「承りました」と一言返して、姿を消す。
「辺境警備、だと……。そんな、あれは……」
途端に青ざめるレンヴォルトに対して、にっこりと笑みを浮かべる。
「北の山脈は魔物の宝庫。騎士団長が近年魔物の出現率が増加傾向にあるからと討伐部隊を編成中だったのよ。あそこで討伐部隊として魔物を刈れば素材が手に入って結構な収入になるんじゃないかしら? その代わり死と隣り合わせになるかもしれないけれど、貴方は誇り高き騎士だもの。剣の腕に覚えがあるのなら、もし死んでしまったとしても本望よね?」
北の山脈は魔の地帯と呼ばれる魔物が巣食う場所。
リオース王国では魔物の増加の傾向が見られると遠征と称して討伐部隊を編成して、魔物の間引きを行うのだ。今年もその時期が近づいていて、討伐部隊を編成しているという情報が私の耳にも届いていた。
「北の山脈は凶暴な魔物が多いと聞くけれど、その分一攫千金のチャンスだから結構志願する騎士も多いのよ。貴方は私の警護があるから志願できなかったのでしょうけど、その仕事もなくなったのだからいい機会だわ。将来生まれるであろう貴方の子どものためにもね」
リズベットのお腹の中にはレンヴォルトの子どもがいる。
リズベットは昔から自由奔放で、厳格なフラウ侯爵も頭を悩ませていた。その娘が、結婚している男と関係を持ったとなれば黙ってはいないだろう。
リズベットは間違いなく勘当されている。そうなれば彼らに頼れるものは誰もいない。
――だからといって私を頼ろうとするのがそもそもおかしいのよ。
レンヴォルトはもう子どもではないのだ。
父親になる存在がいつまでも誰かに甘えようなどとあってはならない。その考えごと私に対する依存を切り捨ててもらう。
ここで完全に彼との関係を切る。
これで全て終わりだ。
「聖女の名を持って宣告するわ。貴方は王都から離れ、家族と共に北の地へ行きなさい。新しい地で、新しい環境で、全部一からやり直しなさい。それが私から貴方に与える最後の温情よ」
やり直すためのきっかけは与えた。あとはどうするかは彼次第。その後は私の知ったことではない。
温情とは言ったが北の地は過酷な場所だ。貴族社会に囲まれ箱入り娘として育ってきたリズベットにとっては耐え難い環境となるだろう。
――けれどそれぐらいの仕返し、許されるわよね? せいぜい足掻いてみせなさいリズベット。貴女がどう思おうと、私は貴女のしたことを一生許さないわ。
「さようなら。今度こそ、もう二度と目の前に姿を見せないで」
最後にそう言い残し、固まってしまったレンヴォルトを残してユルドの手を引き、私はその場を後にした。
やっと言いたいことが言えた。心に溜まっていた澱が消え、私はレンヴォルトと視線を逸らした。
彼と離縁してからもし次に会うことがあったら必ず言おうと心に決めていた言葉。
彼がここまで愚か者だったとは思わなかった。私はとことん人を見る目がないらしい。親友には裏切られ、元夫には金銭を要求され、私のこれまでの人生は一体何なのだろう。
もう誰かに私の人生を振り回されるのはウンザリだ。
これ以上かけるべき言葉はないが、離婚成立時に要求したことさえ忘れて乗り込んでくるレンヴォルトの事だ。このままではいずれまた似たようなことが必ず起こる。
そう考えて私はさらなる次の手を打つ。
「貴方は王国騎士団第二部隊の所属だったわよね?」
レンヴォルトの所属する王国騎士団第二部隊はリオース王国において主要都市の警護を主な仕事とする部隊だ。
ゆえに第二部隊は様々な王都から離れた都市に配置されることが多いのだが、レンヴォルトは聖女を警護する別任務を与えられていたため本来の役目から外れた任務を行っていた。しかし今回の件を受けて、レンヴォルトは警護の任を解かれていた。
今はキールという名の寡黙な騎士が私の守護の任に着いており、今日も目立たぬよう馬車の御者として私の旅行について行く予定だった。
「そんなにお金に困っているのなら丁度いい仕事があるわ。キール、騎士団長に連絡しておいて頂戴。エオリアの聖女が北の山脈の辺境警備にレンヴォルト・ハンスを推薦する、とね」
声をかけると、馬車の御者台に座っていた護衛騎士のキールが「承りました」と一言返して、姿を消す。
「辺境警備、だと……。そんな、あれは……」
途端に青ざめるレンヴォルトに対して、にっこりと笑みを浮かべる。
「北の山脈は魔物の宝庫。騎士団長が近年魔物の出現率が増加傾向にあるからと討伐部隊を編成中だったのよ。あそこで討伐部隊として魔物を刈れば素材が手に入って結構な収入になるんじゃないかしら? その代わり死と隣り合わせになるかもしれないけれど、貴方は誇り高き騎士だもの。剣の腕に覚えがあるのなら、もし死んでしまったとしても本望よね?」
北の山脈は魔の地帯と呼ばれる魔物が巣食う場所。
リオース王国では魔物の増加の傾向が見られると遠征と称して討伐部隊を編成して、魔物の間引きを行うのだ。今年もその時期が近づいていて、討伐部隊を編成しているという情報が私の耳にも届いていた。
「北の山脈は凶暴な魔物が多いと聞くけれど、その分一攫千金のチャンスだから結構志願する騎士も多いのよ。貴方は私の警護があるから志願できなかったのでしょうけど、その仕事もなくなったのだからいい機会だわ。将来生まれるであろう貴方の子どものためにもね」
リズベットのお腹の中にはレンヴォルトの子どもがいる。
リズベットは昔から自由奔放で、厳格なフラウ侯爵も頭を悩ませていた。その娘が、結婚している男と関係を持ったとなれば黙ってはいないだろう。
リズベットは間違いなく勘当されている。そうなれば彼らに頼れるものは誰もいない。
――だからといって私を頼ろうとするのがそもそもおかしいのよ。
レンヴォルトはもう子どもではないのだ。
父親になる存在がいつまでも誰かに甘えようなどとあってはならない。その考えごと私に対する依存を切り捨ててもらう。
ここで完全に彼との関係を切る。
これで全て終わりだ。
「聖女の名を持って宣告するわ。貴方は王都から離れ、家族と共に北の地へ行きなさい。新しい地で、新しい環境で、全部一からやり直しなさい。それが私から貴方に与える最後の温情よ」
やり直すためのきっかけは与えた。あとはどうするかは彼次第。その後は私の知ったことではない。
温情とは言ったが北の地は過酷な場所だ。貴族社会に囲まれ箱入り娘として育ってきたリズベットにとっては耐え難い環境となるだろう。
――けれどそれぐらいの仕返し、許されるわよね? せいぜい足掻いてみせなさいリズベット。貴女がどう思おうと、私は貴女のしたことを一生許さないわ。
「さようなら。今度こそ、もう二度と目の前に姿を見せないで」
最後にそう言い残し、固まってしまったレンヴォルトを残してユルドの手を引き、私はその場を後にした。
872
あなたにおすすめの小説
【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ
水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。
ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。
なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。
アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。
※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います
☆HOTランキング20位(2021.6.21)
感謝です*.*
HOTランキング5位(2021.6.22)
【完結】旦那様の幼馴染が離婚しろと迫って来ましたが何故あなたの言いなりに離婚せねばなりませんの?
水月 潮
恋愛
フルール・ベルレアン侯爵令嬢は三ヶ月前にジュリアン・ブロワ公爵令息と結婚した。
ある日、フルールはジュリアンと共にブロワ公爵邸の薔薇園を散策していたら、二人の元へ使用人が慌ててやって来て、ジュリアンの幼馴染のキャシー・ボナリー子爵令嬢が訪問していると報告を受ける。
二人は応接室に向かうとそこでキャシーはとんでもない発言をする。
ジュリアンとキャシーは婚約者で、キャシーは両親の都合で数年間隣の国にいたが、やっとこの国に戻って来れたので、結婚しようとのこと。
ジュリアンはすかさずキャシーと婚約関係にあった事実はなく、もう既にフルールと結婚していると返答する。
「じゃあ、そのフルールとやらと離婚して私と再婚しなさい!」
……あの?
何故あなたの言いなりに離婚しなくてはならないのかしら?
私達の結婚は政略的な要素も含んでいるのに、たかが子爵令嬢でしかないあなたにそれに口を挟む権利があるとでもいうのかしら?
※設定は緩いです
物語としてお楽しみ頂けたらと思います
*HOTランキング1位(2021.7.13)
感謝です*.*
恋愛ランキング2位(2021.7.13)
いつまでも甘くないから
朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。
結婚を前提として紹介であることは明白だった。
しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。
この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。
目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・
二人は正反対の反応をした。
【完結】私ではなく義妹を選んだ婚約者様
水月 潮
恋愛
セリーヌ・ヴォクレール伯爵令嬢はイアン・クレマン子爵令息と婚約している。
セリーヌは留学から帰国した翌日、イアンからセリーヌと婚約解消して、セリーヌの義妹のミリィと新たに婚約すると告げられる。
セリーヌが外国に短期留学で留守にしている間、彼らは接触し、二人の間には子までいるそうだ。
セリーヌの父もミリィの母もミリィとイアンが婚約することに大賛成で、二人でヴォクレール伯爵家を盛り立てて欲しいとのこと。
お父様、あなたお忘れなの? ヴォクレール伯爵家は亡くなった私のお母様の実家であり、お父様、ひいてはミリィには伯爵家に関する権利なんて何一つないことを。
※設定は緩いので、物語としてお楽しみ頂けたらと思います
※最終話まで執筆済み
完結保証です
*HOTランキング10位↑到達(2021.6.30)
感謝です*.*
HOTランキング2位(2021.7.1)
〖完結〗その愛、お断りします。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った……
彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。
邪魔なのは、私だ。
そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。
「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。
冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない!
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
【完結】私と婚約破棄して恋人と結婚する? ならば即刻我が家から出ていって頂きます
水月 潮
恋愛
ソフィア・リシャール侯爵令嬢にはビクター・ダリオ子爵令息という婚約者がいる。
ビクターは両親が亡くなっており、ダリオ子爵家は早々にビクターの叔父に乗っ取られていた。
ソフィアの母とビクターの母は友人で、彼女が生前書いた”ビクターのことを託す”手紙が届き、亡き友人の願いによりソフィアの母はビクターを引き取り、ソフィアの婚約者にすることにした。
しかし、ソフィアとビクターの結婚式の三ヶ月前、ビクターはブリジット・サルー男爵令嬢をリシャール侯爵邸に連れてきて、彼女と結婚するからソフィアと婚約破棄すると告げる。
※設定は緩いです。物語としてお楽しみ頂けたらと思います。
*HOTランキング1位到達(2021.8.17)
ありがとうございます(*≧∀≦*)
〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。
藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」
憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。
彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。
すごく幸せでした……あの日までは。
結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。
それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。
そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった……
もう耐える事は出来ません。
旦那様、私はあなたのせいで死にます。
だから、後悔しながら生きてください。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全15話で完結になります。
この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。
感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。
たくさんの感想ありがとうございます。
次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。
このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。
良かったら読んでください。
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる