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※12 リディス・エオリアの決別

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「貴方にかける情けなんてもうないのよ」

 やっと言いたいことが言えた。心に溜まっていた澱が消え、私はレンヴォルトと視線を逸らした。
 彼と離縁してからもし次に会うことがあったら必ず言おうと心に決めていた言葉。

 彼がここまで愚か者だったとは思わなかった。私はとことん人を見る目がないらしい。親友には裏切られ、元夫には金銭を要求され、私のこれまでの人生は一体何なのだろう。
 もう誰かに私の人生を振り回されるのはウンザリだ。

 これ以上かけるべき言葉はないが、離婚成立時に要求したことさえ忘れて乗り込んでくるレンヴォルトの事だ。このままではいずれまた似たようなことが必ず起こる。
 そう考えて私はさらなる次の手を打つ。

「貴方は王国騎士団第二部隊の所属だったわよね?」

 レンヴォルトの所属する王国騎士団第二部隊はリオース王国において主要都市の警護を主な仕事とする部隊だ。

 ゆえに第二部隊は様々な王都から離れた都市に配置されることが多いのだが、レンヴォルトは聖女わたしを警護する別任務を与えられていたため本来の役目から外れた任務を行っていた。しかし今回の件を受けて、レンヴォルトは警護の任を解かれていた。

 今はキールという名の寡黙な騎士が私の守護の任に着いており、今日も目立たぬよう馬車の御者として私の旅行について行く予定だった。

「そんなにお金に困っているのなら丁度いい仕事があるわ。キール、騎士団長に連絡しておいて頂戴。エオリアの聖女が北の山脈の辺境警備にレンヴォルト・ハンスを推薦する、とね」

 声をかけると、馬車の御者台に座っていた護衛騎士のキールが「承りました」と一言返して、姿を消す。

「辺境警備、だと……。そんな、あれは……」

 途端に青ざめるレンヴォルトに対して、にっこりと笑みを浮かべる。

「北の山脈は魔物の宝庫。騎士団長が近年魔物の出現率が増加傾向にあるからと討伐部隊を編成中だったのよ。あそこで討伐部隊として魔物を刈れば素材が手に入って結構な収入になるんじゃないかしら? その代わり死と隣り合わせになるかもしれないけれど、貴方はだもの。剣の腕に覚えがあるのなら、もし死んでしまったとしても本望よね?」

 北の山脈は魔の地帯と呼ばれる魔物が巣食う場所。
 リオース王国では魔物の増加の傾向が見られると遠征と称して討伐部隊を編成して、魔物の間引きを行うのだ。今年もその時期が近づいていて、討伐部隊を編成しているという情報が私の耳にも届いていた。

「北の山脈は凶暴な魔物が多いと聞くけれど、その分一攫千金のチャンスだから結構志願する騎士も多いのよ。貴方は私の警護があるから志願できなかったのでしょうけど、その仕事もなくなったのだからいい機会だわ。将来生まれるであろう貴方の子どものためにもね」

 リズベットのお腹の中にはレンヴォルトの子どもがいる。
 リズベットは昔から自由奔放で、厳格なフラウ侯爵も頭を悩ませていた。その娘が、結婚している男と関係を持ったとなれば黙ってはいないだろう。
 リズベットは間違いなく勘当されている。そうなれば彼らに頼れるものは誰もいない。

 ――だからといって私を頼ろうとするのがそもそもおかしいのよ。

 レンヴォルトはもう子どもではないのだ。
 父親になる存在がいつまでも誰かに甘えようなどとあってはならない。その考えごと私に対する依存を切り捨ててもらう。

 ここで完全に彼との関係を切る。
 これで全て終わりだ。

「聖女の名を持って宣告するわ。貴方は王都から離れ、家族と共に北の地へ行きなさい。新しい地で、新しい環境で、全部一からやり直しなさい。それが私から貴方に与える最後の温情よ」

 やり直すためのきっかけは与えた。あとはどうするかは彼次第。その後は私の知ったことではない。
 温情とは言ったが北の地は過酷な場所だ。貴族社会に囲まれ箱入り娘として育ってきたリズベットにとっては耐え難い環境となるだろう。

 ――けれどそれぐらいの仕返し、許されるわよね? せいぜい足掻いてみせなさいリズベット。貴女がどう思おうと、私は貴女のしたことを一生許さないわ。

「さようなら。今度こそ、もう二度と目の前に姿を見せないで」

 最後にそう言い残し、固まってしまったレンヴォルトを残してユルドの手を引き、私はその場を後にした。



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