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11 実家の異変
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ヴィクターに許可を得て、実家に帰ることを許された。私は早速荷造りをして、夫が用意してくれた馬車に乗り込み、生家であるレズロー伯爵家へと向かっていた。
「それにしても何故旦那様は泣きそうになっていたのかしら」
実家に帰って夫婦の何たるかを学ぼうと決意した時、行動は早い方がいいと思い、朝一番でヴィクターに話を切り出すと、夫は大いに動揺していた。
『ど、どうしたんだい。き、急に実家に帰るだなんて。私に、な、何かまた不満でもできたのかい? それならば必ず誓って治す、全力で治すから実家に帰るなんて言わないでくれ!』
そんなことを言いながら泣きそうになるヴィクターに私は戸惑った。ただ家に帰りたいと伝えているだけなのに、何故こんなにも取り乱しているのか。
夫の反応を疑問に思いながらも、理由を説明してなかったと思い至り説明を加える。
『夫婦生活というものを私も考えて見たのですけれど、よく分からなかったのです。だから私の身近な人から学ぼうと思いまして。私の両親は昔から仲が良いので、その秘訣を学びに行きたいと思います。ですから実家に帰る許可を頂きたいのです』
そう付け加えると、ヴィクターは二、三度瞬きしてそれから大いに安堵した表情になった。
『そ、そうなのか。良かった……』
夫がほっと胸を撫で下ろす様子に、私は頭にさらに疑問符が浮かぶ。心做しか後ろにいるライナス様まで安心したような顔になっているのは気の所為なのだろうか。
夫は事情を理解するとすぐに馬車を手配してくれた。三日ほど滞在すると話し、「自分も挨拶しに行こう」などと言い出すヴィクターを宥めるのには少し苦労した。
「それにしても、旦那様にあんな一面があるだなんて」
普段は無表情がデフォルトの旦那様があんなに取り乱す様子はあまり見られたものではない。
離縁したいと申し出てから今まで見たことがない夫の姿。
氷の魔術師と恐れられる宮廷魔術師であるヴィクターがあんなに表情豊かな人だとは知らなかった。
私は今まで言われるがままに嫁いできて、右も左も分からないアレグナー侯爵家の屋敷に閉じこもってきた。
結婚式は挙げたが初夜などはなく、自分の部屋を訪ねて来ない夫にやきもきしたこともある。宮廷魔術師という仕事が忙しいのは分かっていたのに、私は夜も屋敷に帰ってこない夫にだんだん不満を募らせていった。
今思えば、私も受け身すぎたのかもしれない。妻にと所望され、アレグナー侯爵家夫人となった。しかし実態は何もしなくていいと言われ、それを真に受けて私は三年間屋敷から一歩も外に出ることはなかったのだ。
「不安があるのなら対話をすべきだったのよね。私達は夫婦なのだから」
思い返してみれば、両親は何か問題があったとき話し合いの場を設けていた。喧嘩した時などはお互いの主張をぶつけ、激しい口論を繰り広げていた。
あれも一種の対話だったのではないか。
ぶつかり合いながらも、互いを尊重しあう。相手に不満を抱くだけでなく、それを解消するために行動することも大事だったのではないか。
この三年間を振り返り、私はそう思うようになっていた。
「会う時間がないのなら、手紙でやり取りをすれば良かったのよね。今度旦那様に提案してみましょう」
そんなことを考えながら馬車に揺られること小一時間。ガタゴトと穏やかに走る馬車の窓から見える景色を十分に堪能して、私は自分の家に帰ってきた。
レズロー伯爵家は王都の西の区画にある。その昔、商業で成功したご先祖さまが当時の一等地を買い取り、屋敷を建てた。
古めかしくも由緒ある古風な邸宅で、赤レンガ敷き詰められた外壁や、洋館のような作りをしていて可愛らしい屋敷は、私のお気に入りでもあった。
「久しぶりね、この屋敷も三年ぶりだもの」
先々代が事業に失敗し、莫大な借金を抱え傾きかけたが、先祖代々受け継ぐこの屋敷だけは手放さなかった。そんな家族みんなが愛着を持つ家に帰ってきた。
それだけで嬉しくなり、私は馬車を降りると駆け足で門へと続く階段に向かう。
と、そこでとあることを思い出した。
「あっと、階段は傷んでるからゆっくり進まないと――」
借金の返済で補習が間に合わず、階段の一部が脆くなっていることを思い出したのだ。
危ない危ない、と反省しながら階段を見下ろして、ふと違和感を覚えた。
「……あれ、治ってる?」
階段には新しい板が敷かれ、明らかに補正のあとが入っていたのだ。
「……?」
疑問に思いながら階段をくぐり、門を抜ける。
すると、今度はあからさまに記憶にあるものとは違うものが増えていることに気づく。
「中庭に噴水が増えてる……。東屋も治ってる?」
庭師を雇う余裕がなく、最低限の手入れ以外ほぼボロボロだった中庭が見事に綺麗になっているのだ。
それどころか雨ざらし状態だった東屋が綺麗に修理され、記憶にない噴水まで設置されているではないか。
「屋敷も綺麗になってる……」
白い外観が見るも無惨になっていた屋敷は綺麗に塗り直され、最後に記憶にあったものより、明らかに見違えている。
「何があったの……?」
アレグナー家からの支援もあって家は持ち直したと聞いていたが、屋敷全体を修理できるくらいまで回復していたのか。頭の中の疑問符をさらに増やし、訝しみながらも私は三年ぶりに家の中に足を踏み入れた。
「それにしても何故旦那様は泣きそうになっていたのかしら」
実家に帰って夫婦の何たるかを学ぼうと決意した時、行動は早い方がいいと思い、朝一番でヴィクターに話を切り出すと、夫は大いに動揺していた。
『ど、どうしたんだい。き、急に実家に帰るだなんて。私に、な、何かまた不満でもできたのかい? それならば必ず誓って治す、全力で治すから実家に帰るなんて言わないでくれ!』
そんなことを言いながら泣きそうになるヴィクターに私は戸惑った。ただ家に帰りたいと伝えているだけなのに、何故こんなにも取り乱しているのか。
夫の反応を疑問に思いながらも、理由を説明してなかったと思い至り説明を加える。
『夫婦生活というものを私も考えて見たのですけれど、よく分からなかったのです。だから私の身近な人から学ぼうと思いまして。私の両親は昔から仲が良いので、その秘訣を学びに行きたいと思います。ですから実家に帰る許可を頂きたいのです』
そう付け加えると、ヴィクターは二、三度瞬きしてそれから大いに安堵した表情になった。
『そ、そうなのか。良かった……』
夫がほっと胸を撫で下ろす様子に、私は頭にさらに疑問符が浮かぶ。心做しか後ろにいるライナス様まで安心したような顔になっているのは気の所為なのだろうか。
夫は事情を理解するとすぐに馬車を手配してくれた。三日ほど滞在すると話し、「自分も挨拶しに行こう」などと言い出すヴィクターを宥めるのには少し苦労した。
「それにしても、旦那様にあんな一面があるだなんて」
普段は無表情がデフォルトの旦那様があんなに取り乱す様子はあまり見られたものではない。
離縁したいと申し出てから今まで見たことがない夫の姿。
氷の魔術師と恐れられる宮廷魔術師であるヴィクターがあんなに表情豊かな人だとは知らなかった。
私は今まで言われるがままに嫁いできて、右も左も分からないアレグナー侯爵家の屋敷に閉じこもってきた。
結婚式は挙げたが初夜などはなく、自分の部屋を訪ねて来ない夫にやきもきしたこともある。宮廷魔術師という仕事が忙しいのは分かっていたのに、私は夜も屋敷に帰ってこない夫にだんだん不満を募らせていった。
今思えば、私も受け身すぎたのかもしれない。妻にと所望され、アレグナー侯爵家夫人となった。しかし実態は何もしなくていいと言われ、それを真に受けて私は三年間屋敷から一歩も外に出ることはなかったのだ。
「不安があるのなら対話をすべきだったのよね。私達は夫婦なのだから」
思い返してみれば、両親は何か問題があったとき話し合いの場を設けていた。喧嘩した時などはお互いの主張をぶつけ、激しい口論を繰り広げていた。
あれも一種の対話だったのではないか。
ぶつかり合いながらも、互いを尊重しあう。相手に不満を抱くだけでなく、それを解消するために行動することも大事だったのではないか。
この三年間を振り返り、私はそう思うようになっていた。
「会う時間がないのなら、手紙でやり取りをすれば良かったのよね。今度旦那様に提案してみましょう」
そんなことを考えながら馬車に揺られること小一時間。ガタゴトと穏やかに走る馬車の窓から見える景色を十分に堪能して、私は自分の家に帰ってきた。
レズロー伯爵家は王都の西の区画にある。その昔、商業で成功したご先祖さまが当時の一等地を買い取り、屋敷を建てた。
古めかしくも由緒ある古風な邸宅で、赤レンガ敷き詰められた外壁や、洋館のような作りをしていて可愛らしい屋敷は、私のお気に入りでもあった。
「久しぶりね、この屋敷も三年ぶりだもの」
先々代が事業に失敗し、莫大な借金を抱え傾きかけたが、先祖代々受け継ぐこの屋敷だけは手放さなかった。そんな家族みんなが愛着を持つ家に帰ってきた。
それだけで嬉しくなり、私は馬車を降りると駆け足で門へと続く階段に向かう。
と、そこでとあることを思い出した。
「あっと、階段は傷んでるからゆっくり進まないと――」
借金の返済で補習が間に合わず、階段の一部が脆くなっていることを思い出したのだ。
危ない危ない、と反省しながら階段を見下ろして、ふと違和感を覚えた。
「……あれ、治ってる?」
階段には新しい板が敷かれ、明らかに補正のあとが入っていたのだ。
「……?」
疑問に思いながら階段をくぐり、門を抜ける。
すると、今度はあからさまに記憶にあるものとは違うものが増えていることに気づく。
「中庭に噴水が増えてる……。東屋も治ってる?」
庭師を雇う余裕がなく、最低限の手入れ以外ほぼボロボロだった中庭が見事に綺麗になっているのだ。
それどころか雨ざらし状態だった東屋が綺麗に修理され、記憶にない噴水まで設置されているではないか。
「屋敷も綺麗になってる……」
白い外観が見るも無惨になっていた屋敷は綺麗に塗り直され、最後に記憶にあったものより、明らかに見違えている。
「何があったの……?」
アレグナー家からの支援もあって家は持ち直したと聞いていたが、屋敷全体を修理できるくらいまで回復していたのか。頭の中の疑問符をさらに増やし、訝しみながらも私は三年ぶりに家の中に足を踏み入れた。
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