【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう

蓮実 アラタ

文字の大きさ
16 / 36
1章 追放までのあれこれ。

15 セラーイズルと「世良イズル」

しおりを挟む
「今まですまなかった!   なんとお詫びしたらいいだろうか。僕は君になんて酷いことを……」


ただひたすら謝罪の言葉を口にして床にゴリゴリと効果音がしそうなほど頭を擦り付け土下座を続ける王子に、私は固まったまま動くことが出来なかった。

思考が完全に停止している。目の前の光景に頭がついていけない。
人間、想定外の未知の事態に遭遇すると固まってしまうらしい。

何故なら。あの王子が。自意識過剰、ナルシスト、自信家、完璧主義者、あの俺様野郎なセラーイズル第一王子殿下が。
謝罪している。しかも土下座。しかも私に向かって。


「え?   どうした?   何か悪いもの食べた?   え?   何、ドッキリ?」


思わず「アリサ」としての素の反応がポロリと出てしまう。
アリーシャらしからぬ思わぬ失態にぱっと口を覆う。しかし、おかげで何とか硬直状態から立ち直ることができた。

とりあえず咄嗟の判断で王子の土下座を周囲に見られないように控えの間の扉を急いで閉める。
確かにこの王子には失礼この上ないことをされたが、(公での突然の婚約破棄とか)あくまでセラーイズル王子は王族。国の頂点に位置する存在なのだ。

名門とはいえ一介の臣下にすぎない公爵令嬢に土下座をしている場面を見られたらどんな噂になるか。
ヒヤヒヤしながら周囲の状況を探るも、傍に控えていたのはミーナただ一人。
優秀なあの侍女ならば口外することもあるまい。

ふぅと一息ついてまだ土下座を続けている王子を見下ろしつつ、私はこの状況を理解していそうな人物に説明を求めた。


「セジュナ……コレは一体どういう事?」
「ふふふ、えっとねぇ……」


セジュナは何故か満面の笑みで私を見て、驚くべき事実を暴露した。


「セラーイズル王子はなんと『イズル君』だったのよ、アリーシャ!    イズル君が前世の記憶を取り戻したの!」
「……は?」
「だから、セラーイズル王子はイズル君だったの。私がセナ、アリーシャがアリサだったように。イズル君もこの世界に転生してたのよ!」


二回の説明を経て、私はようやくセジュナの言葉の意味を理解した。

……つまり、何か。セラーイズル王子はあの時の衝突事故で亡くなったセナの彼氏の『イズル君』で。
そのセラーイズル王子がイズル君としての記憶を取り戻した、と。そういうことか?
だとしたらあの王子の変わりようにも納得はできる……けれども。

何故また急に記憶を取り戻したの?   どうして?  Why?

疑問を解消したと思ったらまた新たな疑問が浮かんでくる。埒が明かない。
私は困惑して眉間に皺を寄せたままセジュナに引き続き説明を求めた。


「……なぜにいきなり記憶が戻ったの?」
「ほら昨日アリーシャが王子にラリアットかましたじゃない?」
「あ、うん。そんな事したね」


はい。思いっきりカマしちゃいましたね。髪飾り壊されたことにブチ切れてやっちゃいましたね。
我を忘れてね。記憶にはございます。

気まずさに思わず目を泳がす私に構わずセジュナは話を続ける。


「その後セラーイズル王子は気絶しちゃって私室に運ばれたの。お医者様に診てもらったら異常は無かったんだけど。でも目覚めた時イズル君、前世の記憶を取り戻していたのよ。多分、ラリアットの衝撃で記憶を取り戻したんじゃないかなって」
「えーと、つまり私がラリアットかましちゃったから王子は記憶を取り戻したって……こと?」
「うん、まとめるとそういうことね」


Oh My God…….
なんて不思議なのかしら。ラリアットかましたら王子が前世の記憶を取り戻して、その王子の正体がイズル君の生まれ変わりだったなんて!
なんという運命のイタズラ。

ということは、私は前世のセナの彼氏にラリアットを全力でかましてしまったということか……。
ナルシスト王子のままであればなんとも思わなかったが、前世のイズル君は極めて善良で誠実な性格の好青年だった。

そんな人にラリアットをかましただなんて……。
良心が痛み、いたたまれなくなって土下座をしたまままの王子の前に正座する。

そして私は古き良き日本の伝統の謝罪方法を繰り出した。
秘技、土下座返し。


「私こそ、ラリアットかましてすみませんでした!       まさか王子がイズル君だったなんて……」
「いや、僕だって」
「じゃあ、これでおあいこにしましょう!」
「いいのかい?    でもこれだけでは僕の気が済まないんだけど……」


なおも謝ろうとする王子。前世の記憶を取り戻したせいか性格が完全にイズル君に戻っていて調子が狂ってしまう。

どうしたものかと暫く考えて、とあることを思いついた。


「じゃあ、私はこれから国王と対面することになるのだけれど、それについて全面的に私の味方になって弁護して貰えませんか?    具体的には私の追放と、正式な婚約破棄について」
「何か案があるのかい?」
「ええ、こんな感じで──」


私の提案に、セラーイズル王子は頷いた。


「分かった。全面的にアリーシャ嬢に協力するよ」


よし、協力者ゲット。これでより有利にことを進められそうだ。
私は追放、王子は愛する人と結ばれるために。互いの利害は完全に一致した。
これで過去のことは水に流そうではないか。
私と王子は互いに見つめ合うと、固い握手を交わした。












「──ねぇ、思ったんだけど」
「ん?」


王子と打ち合わせを進めていると、セジュナが不意にポツリと呟いた。


「私とアリサ、イズル君とあの衝突事故で死んだ3人が転生してるのなら、『黒臣くん』ももしかしてこの世界に転生してるんじゃない?」
「!!」


思わぬ名前に私の心臓が一際大きく鼓動を刻んだ。
目を見開いて固まった私に気づかずに王子──イズル君も賛同するように頷く。


「そうだね。あの時の4人のうち3人が揃ってるんだから、黒臣くんが転生しててもおかしくないかもしれないね」
「だよねぇ、そう思うよね!」


セジュナがウンウンと頷きながら、私に意味ありげにウィンクしてきた。

──ドクン。
再び心臓の鼓動が大きく跳ね上がる。

考えもしなかった。言われてみればあの時の事故で死んだ3人が揃っているのに、黒臣くんがいないことの方が不自然に思える。

ならば、黒臣くんはこの世界のどこかで転生して生きているのではないか。
イズル君のように前世の記憶を失っているかもしれない。けれど彼の魂は私やセナやイズル君のように生まれ変わってこの世界に存在しているかもしれないのだ。

この世界でまた『黒臣くん』に会えるかもしれない。そんな考えが浮かんできて、考えずには居られなくなった。


──もしそうなら、会いたい。もう一度、『彼』に会いたい。


これから国王と対峙して、正式に婚約を破棄して、追放されたなら。

探しに行こう。彼の生まれ変わりを。
記憶を失っているかもしれない。もしかしたらこの世界で新たな伴侶を得て、家族を作っているかもしれない。

けれど、彼の魂がこの世界に存在しているのなら。
前世で言えなかった、伝えられなかった想いを、言葉を、今世で伝えたい──。


胸に灯った仄かな希望に、私はより一層決意を固めた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜

As-me.com
恋愛
 事業の失敗により借金で没落寸前のルーゼルク侯爵家。その侯爵家の一人娘であるエトランゼは侯爵家を救うお金の為に格下のセノーデン伯爵家に嫁入りすることになってしまった。  金で買われた花嫁。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。 「きっと、辛い生活が待っているわ」  これまでルーゼルク侯爵家は周りの下位貴族にかなりの尊大な態度をとってきた。もちろん、自分たちより下であるセノーデン伯爵にもだ。そんな伯爵家がわざわざ借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだが────。 義母「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!」 義妹「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてぇっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!」 義父「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)」  なぜか私を大歓喜で迎え入れてくれる伯爵家の面々。混乱する私に優しく微笑んだのは夫となる人物だった。 「うちの家族は、みんな君の大ファンなんです。悪役令嬢エトランゼのね────」  実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ですって?!  ────えーと、まず、悪役令嬢ってなんなんですか……?

悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea
恋愛
 ブラック企業勤めの日本人女性ミキ、享年二十五歳は、   死んだ  と、思ったら目が覚めて、  悪役令嬢に転生してざまぁされる方向まっしぐらだった。   ぽっちゃり(控えめな表現です)   うっかり (婉曲的な表現です)   マイペース(モノはいいようです)    略してPUMな侯爵令嬢ファランに転生してしまったミキは、  「デブでバカでワガママって救いようねぇわ」  と、落ち込んでばかりもいられない。  今後の人生がかかっている。  果たして彼女は身に覚えはないが散々やらかしちゃった今までの人生を精算し、生き抜く事はできるのか。  ※恋愛のスタートまでがだいぶ長いです。 ’20.3.17 追記  更新ミスがありました。  3.16公開の77の本文が78の内容になっていました。  本日78を公開するにあたって気付きましたので、77を正規の内容に変え、78を公開しました。  大変失礼いたしました。77から再度お読みいただくと話がちゃんとつながります。  ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

処理中です...