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1章 追放までのあれこれ。
15 セラーイズルと「世良イズル」
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「今まですまなかった! なんとお詫びしたらいいだろうか。僕は君になんて酷いことを……」
ただひたすら謝罪の言葉を口にして床にゴリゴリと効果音がしそうなほど頭を擦り付け土下座を続ける王子に、私は固まったまま動くことが出来なかった。
思考が完全に停止している。目の前の光景に頭がついていけない。
人間、想定外の未知の事態に遭遇すると固まってしまうらしい。
何故なら。あの王子が。自意識過剰、ナルシスト、自信家、完璧主義者、あの俺様野郎なあのセラーイズル第一王子殿下が。
謝罪している。しかも土下座。しかも私に向かって。
「え? どうした? 何か悪いもの食べた? え? 何、ドッキリ?」
思わず「アリサ」としての素の反応がポロリと出てしまう。
アリーシャらしからぬ思わぬ失態にぱっと口を覆う。しかし、おかげで何とか硬直状態から立ち直ることができた。
とりあえず咄嗟の判断で王子の土下座を周囲に見られないように控えの間の扉を急いで閉める。
確かにこの王子には失礼この上ないことをされたが、(公での突然の婚約破棄とか)あくまでセラーイズル王子は王族。国の頂点に位置する存在なのだ。
名門とはいえ一介の臣下にすぎない公爵令嬢に土下座をしている場面を見られたらどんな噂になるか。
ヒヤヒヤしながら周囲の状況を探るも、傍に控えていたのはミーナただ一人。
優秀なあの侍女ならば口外することもあるまい。
ふぅと一息ついてまだ土下座を続けている王子を見下ろしつつ、私はこの状況を理解していそうな人物に説明を求めた。
「セジュナ……コレは一体どういう事?」
「ふふふ、えっとねぇ……」
セジュナは何故か満面の笑みで私を見て、驚くべき事実を暴露した。
「セラーイズル王子はなんと『イズル君』だったのよ、アリーシャ! イズル君が前世の記憶を取り戻したの!」
「……は?」
「だから、セラーイズル王子はイズル君だったの。私がセナ、アリーシャがアリサだったように。イズル君もこの世界に転生してたのよ!」
二回の説明を経て、私はようやくセジュナの言葉の意味を理解した。
……つまり、何か。セラーイズル王子はあの時の衝突事故で亡くなったセナの彼氏の『イズル君』で。
そのセラーイズル王子がイズル君としての記憶を取り戻した、と。そういうことか?
だとしたらあの王子の変わりようにも納得はできる……けれども。
何故また急に記憶を取り戻したの? どうして? Why?
疑問を解消したと思ったらまた新たな疑問が浮かんでくる。埒が明かない。
私は困惑して眉間に皺を寄せたままセジュナに引き続き説明を求めた。
「……なぜにいきなり記憶が戻ったの?」
「ほら昨日アリーシャが王子にラリアットかましたじゃない?」
「あ、うん。そんな事したね」
はい。思いっきりカマしちゃいましたね。髪飾り壊されたことにブチ切れてやっちゃいましたね。
我を忘れてね。記憶にはございます。
気まずさに思わず目を泳がす私に構わずセジュナは話を続ける。
「その後セラーイズル王子は気絶しちゃって私室に運ばれたの。お医者様に診てもらったら異常は無かったんだけど。でも目覚めた時イズル君、前世の記憶を取り戻していたのよ。多分、ラリアットの衝撃で記憶を取り戻したんじゃないかなって」
「えーと、つまり私がラリアットかましちゃったから王子は記憶を取り戻したって……こと?」
「うん、まとめるとそういうことね」
Oh My God…….
なんて不思議なのかしら。ラリアットかましたら王子が前世の記憶を取り戻して、その王子の正体がイズル君の生まれ変わりだったなんて!
なんという運命のイタズラ。
ということは、私は前世のセナの彼氏にラリアットを全力でかましてしまったということか……。
ナルシスト王子のままであればなんとも思わなかったが、前世のイズル君は極めて善良で誠実な性格の好青年だった。
そんな人にラリアットをかましただなんて……。
良心が痛み、いたたまれなくなって土下座をしたまままの王子の前に正座する。
そして私は古き良き日本の伝統の謝罪方法を繰り出した。
秘技、土下座返し。
「私こそ、ラリアットかましてすみませんでした! まさか王子がイズル君だったなんて……」
「いや、僕だって」
「じゃあ、これでおあいこにしましょう!」
「いいのかい? でもこれだけでは僕の気が済まないんだけど……」
なおも謝ろうとする王子。前世の記憶を取り戻したせいか性格が完全にイズル君に戻っていて調子が狂ってしまう。
どうしたものかと暫く考えて、とあることを思いついた。
「じゃあ、私はこれから国王と対面することになるのだけれど、それについて全面的に私の味方になって弁護して貰えませんか? 具体的には私の追放と、正式な婚約破棄について」
「何か案があるのかい?」
「ええ、こんな感じで──」
私の提案に、セラーイズル王子は頷いた。
「分かった。全面的にアリーシャ嬢に協力するよ」
よし、協力者ゲット。これでより有利にことを進められそうだ。
私は追放、王子は愛する人と結ばれるために。互いの利害は完全に一致した。
これで過去のことは水に流そうではないか。
私と王子は互いに見つめ合うと、固い握手を交わした。
*
「──ねぇ、思ったんだけど」
「ん?」
王子と打ち合わせを進めていると、セジュナが不意にポツリと呟いた。
「私とアリサ、イズル君とあの衝突事故で死んだ3人が転生してるのなら、『黒臣くん』ももしかしてこの世界に転生してるんじゃない?」
「!!」
思わぬ名前に私の心臓が一際大きく鼓動を刻んだ。
目を見開いて固まった私に気づかずに王子──イズル君も賛同するように頷く。
「そうだね。あの時の4人のうち3人が揃ってるんだから、黒臣くんが転生しててもおかしくないかもしれないね」
「だよねぇ、そう思うよね!」
セジュナがウンウンと頷きながら、私に意味ありげにウィンクしてきた。
──ドクン。
再び心臓の鼓動が大きく跳ね上がる。
考えもしなかった。言われてみればあの時の事故で死んだ3人が揃っているのに、黒臣くんがいないことの方が不自然に思える。
ならば、黒臣くんはこの世界のどこかで転生して生きているのではないか。
イズル君のように前世の記憶を失っているかもしれない。けれど彼の魂は私やセナやイズル君のように生まれ変わってこの世界に存在しているかもしれないのだ。
この世界でまた『黒臣くん』に会えるかもしれない。そんな考えが浮かんできて、考えずには居られなくなった。
──もしそうなら、会いたい。もう一度、『彼』に会いたい。
これから国王と対峙して、正式に婚約を破棄して、追放されたなら。
探しに行こう。彼の生まれ変わりを。
記憶を失っているかもしれない。もしかしたらこの世界で新たな伴侶を得て、家族を作っているかもしれない。
けれど、彼の魂がこの世界に存在しているのなら。
前世で言えなかった、伝えられなかった想いを、言葉を、今世で伝えたい──。
胸に灯った仄かな希望に、私はより一層決意を固めた。
ただひたすら謝罪の言葉を口にして床にゴリゴリと効果音がしそうなほど頭を擦り付け土下座を続ける王子に、私は固まったまま動くことが出来なかった。
思考が完全に停止している。目の前の光景に頭がついていけない。
人間、想定外の未知の事態に遭遇すると固まってしまうらしい。
何故なら。あの王子が。自意識過剰、ナルシスト、自信家、完璧主義者、あの俺様野郎なあのセラーイズル第一王子殿下が。
謝罪している。しかも土下座。しかも私に向かって。
「え? どうした? 何か悪いもの食べた? え? 何、ドッキリ?」
思わず「アリサ」としての素の反応がポロリと出てしまう。
アリーシャらしからぬ思わぬ失態にぱっと口を覆う。しかし、おかげで何とか硬直状態から立ち直ることができた。
とりあえず咄嗟の判断で王子の土下座を周囲に見られないように控えの間の扉を急いで閉める。
確かにこの王子には失礼この上ないことをされたが、(公での突然の婚約破棄とか)あくまでセラーイズル王子は王族。国の頂点に位置する存在なのだ。
名門とはいえ一介の臣下にすぎない公爵令嬢に土下座をしている場面を見られたらどんな噂になるか。
ヒヤヒヤしながら周囲の状況を探るも、傍に控えていたのはミーナただ一人。
優秀なあの侍女ならば口外することもあるまい。
ふぅと一息ついてまだ土下座を続けている王子を見下ろしつつ、私はこの状況を理解していそうな人物に説明を求めた。
「セジュナ……コレは一体どういう事?」
「ふふふ、えっとねぇ……」
セジュナは何故か満面の笑みで私を見て、驚くべき事実を暴露した。
「セラーイズル王子はなんと『イズル君』だったのよ、アリーシャ! イズル君が前世の記憶を取り戻したの!」
「……は?」
「だから、セラーイズル王子はイズル君だったの。私がセナ、アリーシャがアリサだったように。イズル君もこの世界に転生してたのよ!」
二回の説明を経て、私はようやくセジュナの言葉の意味を理解した。
……つまり、何か。セラーイズル王子はあの時の衝突事故で亡くなったセナの彼氏の『イズル君』で。
そのセラーイズル王子がイズル君としての記憶を取り戻した、と。そういうことか?
だとしたらあの王子の変わりようにも納得はできる……けれども。
何故また急に記憶を取り戻したの? どうして? Why?
疑問を解消したと思ったらまた新たな疑問が浮かんでくる。埒が明かない。
私は困惑して眉間に皺を寄せたままセジュナに引き続き説明を求めた。
「……なぜにいきなり記憶が戻ったの?」
「ほら昨日アリーシャが王子にラリアットかましたじゃない?」
「あ、うん。そんな事したね」
はい。思いっきりカマしちゃいましたね。髪飾り壊されたことにブチ切れてやっちゃいましたね。
我を忘れてね。記憶にはございます。
気まずさに思わず目を泳がす私に構わずセジュナは話を続ける。
「その後セラーイズル王子は気絶しちゃって私室に運ばれたの。お医者様に診てもらったら異常は無かったんだけど。でも目覚めた時イズル君、前世の記憶を取り戻していたのよ。多分、ラリアットの衝撃で記憶を取り戻したんじゃないかなって」
「えーと、つまり私がラリアットかましちゃったから王子は記憶を取り戻したって……こと?」
「うん、まとめるとそういうことね」
Oh My God…….
なんて不思議なのかしら。ラリアットかましたら王子が前世の記憶を取り戻して、その王子の正体がイズル君の生まれ変わりだったなんて!
なんという運命のイタズラ。
ということは、私は前世のセナの彼氏にラリアットを全力でかましてしまったということか……。
ナルシスト王子のままであればなんとも思わなかったが、前世のイズル君は極めて善良で誠実な性格の好青年だった。
そんな人にラリアットをかましただなんて……。
良心が痛み、いたたまれなくなって土下座をしたまままの王子の前に正座する。
そして私は古き良き日本の伝統の謝罪方法を繰り出した。
秘技、土下座返し。
「私こそ、ラリアットかましてすみませんでした! まさか王子がイズル君だったなんて……」
「いや、僕だって」
「じゃあ、これでおあいこにしましょう!」
「いいのかい? でもこれだけでは僕の気が済まないんだけど……」
なおも謝ろうとする王子。前世の記憶を取り戻したせいか性格が完全にイズル君に戻っていて調子が狂ってしまう。
どうしたものかと暫く考えて、とあることを思いついた。
「じゃあ、私はこれから国王と対面することになるのだけれど、それについて全面的に私の味方になって弁護して貰えませんか? 具体的には私の追放と、正式な婚約破棄について」
「何か案があるのかい?」
「ええ、こんな感じで──」
私の提案に、セラーイズル王子は頷いた。
「分かった。全面的にアリーシャ嬢に協力するよ」
よし、協力者ゲット。これでより有利にことを進められそうだ。
私は追放、王子は愛する人と結ばれるために。互いの利害は完全に一致した。
これで過去のことは水に流そうではないか。
私と王子は互いに見つめ合うと、固い握手を交わした。
*
「──ねぇ、思ったんだけど」
「ん?」
王子と打ち合わせを進めていると、セジュナが不意にポツリと呟いた。
「私とアリサ、イズル君とあの衝突事故で死んだ3人が転生してるのなら、『黒臣くん』ももしかしてこの世界に転生してるんじゃない?」
「!!」
思わぬ名前に私の心臓が一際大きく鼓動を刻んだ。
目を見開いて固まった私に気づかずに王子──イズル君も賛同するように頷く。
「そうだね。あの時の4人のうち3人が揃ってるんだから、黒臣くんが転生しててもおかしくないかもしれないね」
「だよねぇ、そう思うよね!」
セジュナがウンウンと頷きながら、私に意味ありげにウィンクしてきた。
──ドクン。
再び心臓の鼓動が大きく跳ね上がる。
考えもしなかった。言われてみればあの時の事故で死んだ3人が揃っているのに、黒臣くんがいないことの方が不自然に思える。
ならば、黒臣くんはこの世界のどこかで転生して生きているのではないか。
イズル君のように前世の記憶を失っているかもしれない。けれど彼の魂は私やセナやイズル君のように生まれ変わってこの世界に存在しているかもしれないのだ。
この世界でまた『黒臣くん』に会えるかもしれない。そんな考えが浮かんできて、考えずには居られなくなった。
──もしそうなら、会いたい。もう一度、『彼』に会いたい。
これから国王と対峙して、正式に婚約を破棄して、追放されたなら。
探しに行こう。彼の生まれ変わりを。
記憶を失っているかもしれない。もしかしたらこの世界で新たな伴侶を得て、家族を作っているかもしれない。
けれど、彼の魂がこの世界に存在しているのなら。
前世で言えなかった、伝えられなかった想いを、言葉を、今世で伝えたい──。
胸に灯った仄かな希望に、私はより一層決意を固めた。
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