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1章 追放までのあれこれ。
16,そして本番
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セラーイズル王子との打ち合わせも終え、私はいよいよ国王と合間見えようとしていた。
これからが本番。
緊張のあまりゴクリと唾を飲み下した私は、落ち着こうと大きく深呼吸する。
それを何回か繰り返し、扉の向こうからくぐもった声で「入りなさい」と言われた頃には、いつもの「アリーシャ」としての姿を取り戻していた。
「失礼致します」
扉の向こうにも聞こえるように返事をかえし、今度こそ私は謁見の間へと足を踏み入れる。
控えの間と似たような銀細工の華奢な取っ手を掴みキィ、と軽い音を立てて扉を開くと、そこには玉座がふたつ置かれただけの空間があった。
玉座には二人の人物がそれぞれ寄り添うようにして座っている。
私は目を伏せるようにして玉座の目の前まで歩くと、その場に膝を着いた。
「突然呼び出して済まなかったな。アリーシャ嬢。楽にしてくれ」
「はい」
国王の許しの声に応え、私は立ち上がり、伏せていた目を上げた。
その時、視界の隅──国王の右側に護衛として控えている人物を決して見ないように注意を払った。
「して、今日そなたを呼び出した理由だが……まずは謝罪だな。我が愚息が本当にすまなかった。あそこまで愚かだとはさすがに思わなかったのだ。許してくれとはいはない。ただ謝罪させて欲しい。本当に申し訳ない」
「ごめんなさいねぇ、今回はさすがに私も呆れてしまったわ……アリーシャちゃんに恥をかかせたのだから……」
玉座に座る二人の人物──国王夫妻は申し訳なさそうに眉を下げると二人して謝罪を始める。
突然の謝罪に慌てたのは私の方だ。
「陛下、王妃殿下。勿体ないお言葉です。先程セラーイズル殿下とは和解致しました。ですから私などに頭を下げないでくださいませ!」
なんでここの王族は臣下に過ぎない、しかもただの貴族の令嬢でしかない私に頭を下げようとするのだ。
確かに王子の一方的な都合による婚約破棄はあってはならない事だが、だからといって一国王が簡単に頭を下げるものでは無い。
血筋か、血筋のなせる技なのか?
頭痛がし始めた頭を抑えながら、必死に私は説得し、何とか頭をあげてもらえた。
何やら国王の右側で肩を震わせて笑う人物の人影が見えた気がしたけれど、全力で無視する。
「そうか、和解してくれたのか! 本当にアリーシャ嬢の心の広さと器の大きさには感謝しかない。では婚約破棄の件は……」
「そのことなのですか、陛下」
私はにこやかに言葉を続けようとした国王の言葉を無理やり遮った。
無礼であることは百も承知だ。
だが、その先の言葉を続けさせるわけにはいかない。
最初に下手に出て謝罪をし、相手を油断させたところで自分の望み通りに懐柔してしまう。
一瞬でも隙を見せれば痛い目を見るのがこの国王の油断ならないところだ。
私が現アルメニア国王を「タヌキ」と揶揄する所以はここにある。
今私がここで言葉を遮らなければ、婚約破棄の件は白紙に戻され、全てが終わるところだっただろう。
国王──ゼウス・ユピテル・アルメニア。
セラーイズル王子の実の父にしてここアルメニア王国13第国王。
美麗なセラーイズル王子とは違い、白髪混じりの柔らかな金髪に柔和な顔立ちのこの人物は見た目は実に優しげな雰囲気である。
しかしそれはただの見せかけだ。
この一見好々爺のような国王は『無能』と呼ばれた先代国王により崩壊しかけた国をまとめあげた高いカリスマ性に、その政治、統治において全ての采配を完璧に仕上げる『賢王』としての一面を持つ。
ゼウス王の治世で荒れかけていた治安は穏やかになり、一般騎士の導入、各領への税の均一化など革新的な方法で政治や国営事業を次々に建て直していった。
一方で軍備の増強に対しても積極的で、魔具の開発や、ミューズ許容量が低い者でもそれを補える戦力となる汎用型の『魔銃』と呼ばれる武器を開発するなど多方面で才能を発揮しているのだ。
ゼウス王によってアルメニア王国はかつての強国としての力を取り戻し、周辺諸国に一目置かれる存在となっている。
それに何より私が元々王子の婚約者として選ばれたのは国内で随一のミューズ許容量を誇っていたからである。
強大なミューズ許容量を持つものはそれだけ大規模な魔術を行使できるということ。
このゼウス王は私をいざと言う時の戦力として手元に使える駒として置いておきたいのだ。
「私」という存在はそれだけで戦争の抑止力になる。
王命で定められた婚約には流石に抗うことはできないので、私はただ受け入れ、従うしか術がなかった。
だから私は断罪イベントを利用したのだ。
何とか婚約破棄に漕ぎつけるために断罪イベントで「王子から婚約破棄」を持ち出すことが重要だった。
だから無事に断罪イベントを終えた時は一安心したものだ。
これで国王と対峙しても有利にことを進められる、と。
やっとここまで来たのに白紙に戻される訳にはいかない。
「どうしたのかね?」
こちらの横槍を咎めることも無くニコリと笑って続きを促す国王、もとい国王に優雅な微笑みを返しながら、私はまず先手を打つ。
「先程セラーイズル殿下と話し合いまして、婚約破棄の件は正式に決定させて頂きたいのです。和解は致しましたが、私は私を貶めた方と結婚するのは御免ですわ」
「ふむ、そう言われては仕方ないね……。全面的に悪いのは我が愚息だしねぇ。一度失われた信頼は回復するのも難しいものだ。婚約は正式に破棄しよう」
「ご配慮感謝致します」
国王直々に許可が出た。これで私とセラーイズル王子との婚約は正式に白紙に戻った。
頭を伏せて感謝の意を示したところで右手で小さくグッと拳を握り、内心で安堵する。
これで第一段階は突破した。
次は私の今後の身の振り方についてだ。
そう思ったところで、国王は笑みを崩さないままひとつ提案をしてきた。
「ところで君には今回の件で随分と迷惑をかけてしまったね。オーウェン公爵家にも。お詫びと言ってはなんだが、なにか望みはないかい? 私に叶えられる範囲なら、なんでも叶えよう」
どこか含んだ声音で問いかけてくる国王に、私は内心でほくそ笑んだ。
──その言葉を待っていた。
「望み……ですか。なんでも、いいのですか?」
「ああ、君には迷惑をかけたからね。当然だよ」
「それでは……あの、実は国王陛下にお願いしたいことがございます」
「なんだね?」
相変わらず柔和な好々爺のような面持ちを崩さない国王。
表面上は優雅な笑みを崩さないまま、私は笑顔で兼ねてより用意していた解答を口にした。
「私をこのまま罪人として神籍剥奪の上で、国外追放処分にして頂きたいのです」
これからが本番。
緊張のあまりゴクリと唾を飲み下した私は、落ち着こうと大きく深呼吸する。
それを何回か繰り返し、扉の向こうからくぐもった声で「入りなさい」と言われた頃には、いつもの「アリーシャ」としての姿を取り戻していた。
「失礼致します」
扉の向こうにも聞こえるように返事をかえし、今度こそ私は謁見の間へと足を踏み入れる。
控えの間と似たような銀細工の華奢な取っ手を掴みキィ、と軽い音を立てて扉を開くと、そこには玉座がふたつ置かれただけの空間があった。
玉座には二人の人物がそれぞれ寄り添うようにして座っている。
私は目を伏せるようにして玉座の目の前まで歩くと、その場に膝を着いた。
「突然呼び出して済まなかったな。アリーシャ嬢。楽にしてくれ」
「はい」
国王の許しの声に応え、私は立ち上がり、伏せていた目を上げた。
その時、視界の隅──国王の右側に護衛として控えている人物を決して見ないように注意を払った。
「して、今日そなたを呼び出した理由だが……まずは謝罪だな。我が愚息が本当にすまなかった。あそこまで愚かだとはさすがに思わなかったのだ。許してくれとはいはない。ただ謝罪させて欲しい。本当に申し訳ない」
「ごめんなさいねぇ、今回はさすがに私も呆れてしまったわ……アリーシャちゃんに恥をかかせたのだから……」
玉座に座る二人の人物──国王夫妻は申し訳なさそうに眉を下げると二人して謝罪を始める。
突然の謝罪に慌てたのは私の方だ。
「陛下、王妃殿下。勿体ないお言葉です。先程セラーイズル殿下とは和解致しました。ですから私などに頭を下げないでくださいませ!」
なんでここの王族は臣下に過ぎない、しかもただの貴族の令嬢でしかない私に頭を下げようとするのだ。
確かに王子の一方的な都合による婚約破棄はあってはならない事だが、だからといって一国王が簡単に頭を下げるものでは無い。
血筋か、血筋のなせる技なのか?
頭痛がし始めた頭を抑えながら、必死に私は説得し、何とか頭をあげてもらえた。
何やら国王の右側で肩を震わせて笑う人物の人影が見えた気がしたけれど、全力で無視する。
「そうか、和解してくれたのか! 本当にアリーシャ嬢の心の広さと器の大きさには感謝しかない。では婚約破棄の件は……」
「そのことなのですか、陛下」
私はにこやかに言葉を続けようとした国王の言葉を無理やり遮った。
無礼であることは百も承知だ。
だが、その先の言葉を続けさせるわけにはいかない。
最初に下手に出て謝罪をし、相手を油断させたところで自分の望み通りに懐柔してしまう。
一瞬でも隙を見せれば痛い目を見るのがこの国王の油断ならないところだ。
私が現アルメニア国王を「タヌキ」と揶揄する所以はここにある。
今私がここで言葉を遮らなければ、婚約破棄の件は白紙に戻され、全てが終わるところだっただろう。
国王──ゼウス・ユピテル・アルメニア。
セラーイズル王子の実の父にしてここアルメニア王国13第国王。
美麗なセラーイズル王子とは違い、白髪混じりの柔らかな金髪に柔和な顔立ちのこの人物は見た目は実に優しげな雰囲気である。
しかしそれはただの見せかけだ。
この一見好々爺のような国王は『無能』と呼ばれた先代国王により崩壊しかけた国をまとめあげた高いカリスマ性に、その政治、統治において全ての采配を完璧に仕上げる『賢王』としての一面を持つ。
ゼウス王の治世で荒れかけていた治安は穏やかになり、一般騎士の導入、各領への税の均一化など革新的な方法で政治や国営事業を次々に建て直していった。
一方で軍備の増強に対しても積極的で、魔具の開発や、ミューズ許容量が低い者でもそれを補える戦力となる汎用型の『魔銃』と呼ばれる武器を開発するなど多方面で才能を発揮しているのだ。
ゼウス王によってアルメニア王国はかつての強国としての力を取り戻し、周辺諸国に一目置かれる存在となっている。
それに何より私が元々王子の婚約者として選ばれたのは国内で随一のミューズ許容量を誇っていたからである。
強大なミューズ許容量を持つものはそれだけ大規模な魔術を行使できるということ。
このゼウス王は私をいざと言う時の戦力として手元に使える駒として置いておきたいのだ。
「私」という存在はそれだけで戦争の抑止力になる。
王命で定められた婚約には流石に抗うことはできないので、私はただ受け入れ、従うしか術がなかった。
だから私は断罪イベントを利用したのだ。
何とか婚約破棄に漕ぎつけるために断罪イベントで「王子から婚約破棄」を持ち出すことが重要だった。
だから無事に断罪イベントを終えた時は一安心したものだ。
これで国王と対峙しても有利にことを進められる、と。
やっとここまで来たのに白紙に戻される訳にはいかない。
「どうしたのかね?」
こちらの横槍を咎めることも無くニコリと笑って続きを促す国王、もとい国王に優雅な微笑みを返しながら、私はまず先手を打つ。
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「ふむ、そう言われては仕方ないね……。全面的に悪いのは我が愚息だしねぇ。一度失われた信頼は回復するのも難しいものだ。婚約は正式に破棄しよう」
「ご配慮感謝致します」
国王直々に許可が出た。これで私とセラーイズル王子との婚約は正式に白紙に戻った。
頭を伏せて感謝の意を示したところで右手で小さくグッと拳を握り、内心で安堵する。
これで第一段階は突破した。
次は私の今後の身の振り方についてだ。
そう思ったところで、国王は笑みを崩さないままひとつ提案をしてきた。
「ところで君には今回の件で随分と迷惑をかけてしまったね。オーウェン公爵家にも。お詫びと言ってはなんだが、なにか望みはないかい? 私に叶えられる範囲なら、なんでも叶えよう」
どこか含んだ声音で問いかけてくる国王に、私は内心でほくそ笑んだ。
──その言葉を待っていた。
「望み……ですか。なんでも、いいのですか?」
「ああ、君には迷惑をかけたからね。当然だよ」
「それでは……あの、実は国王陛下にお願いしたいことがございます」
「なんだね?」
相変わらず柔和な好々爺のような面持ちを崩さない国王。
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