【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう

蓮実 アラタ

文字の大きさ
20 / 36
1章 追放までのあれこれ。

19 神籍の真実

しおりを挟む
「やはり、ご存知ないのですね……」


これで予想が確信になった。
私が立てていた一つの仮説が確証に変わった。
だからアリーシャは──……。

嘆息し、小さく呟いたその言葉に国王が困惑した表情で問いかけてくる。


「私は国王という性質上、一般的に使われる全ての語学や歴史を熟知しているつもりだ。だが、そのジサツという言葉は聞いたことがない。それはどういう意味の言葉なのだ?」
「自分で自分を殺すという意味を持つ単語です」
「それはまた……不穏な意味を持つ言葉だな」
「ええ。ですがこれに似た単語は他国でも存在し、使われています。しかし私はアルメニア王国で使われるアルメニア公用語の中にこのような意味を持つ言葉を聞いたことがありません。古い文献も使って調べてみたりもしたのですが……このような意味を持つ言葉は存在しませんでした」
「私もそのような単語は心当たりはないが……それにしても自分で自分を殺すなど……そんな悪夢のような行為をする者がいるのか……?」
「陛下からすればにわかに信じ難い事とは思われるでしょう。しかし他国ではある一定数で存在するのです」


この世界でその行為に至る者は、大概が貧しさや飢えに耐えきれなかった者や、アリーシャのように人生に絶望した末にそうなる道を選んだ者、或いは意図的な悪意によって追い詰められた者などだ。

科学が発展し、人々の生活水準がこの世界よりか遥かに高かった現代の日本でさえ毎年一定の確率で死の要因として挙げられていた程である。
いつの時代でも人間である限り起こりうる悲劇の要因でもあると言えるだろう。

むしろそのような前世で育った私からすればそれがないアルメニア王国の方が異質に見える。
ただ単に『自殺も事件もない程治安が良い平和な国』であるのならそれでよかった。
しかしそれではアリーシャが自殺できなかったあの現象の説明にならない。

この不自然な違和感の正体。
アルメニア王国と他国で一体何が違うのか。
アルメニア王国にあって他国に存在しないもの。
──アルメニア王国特有の習慣、慣習。

そうして思考していくと、ある一つの答えに辿り着く。
そう、一つだけあるのだ。

アルメニア王国にあって他国にはないもの。
アルメニア王国独自の慣習。
前世で乙女ゲームをやっていた私には馴染みの深いものだった。
まさに灯台もと暗しとはよく言ったものだとおもう。


「アルメニア王国固有の制度……『神籍』の儀式。あれが全ての原因です」


──聖乙女伝説。

乙女ゲーム『聖乙女の涙』のメインタイトルにもなっているあの伝説。

人間を滅亡せしめんとした魔王フェリクスを初めて封印した初代聖乙女メサイアはアルメニア王国初代女王でもある。

そのためこの世界は基本女神エミュローズを信仰しているが、アルメニア王国ではこの初代女王メサイアを主神として祀っている。
メサイアを信仰するメシーア教と呼ばれる宗教も存在する程だ。

そのメサイアに名を献上し、健やかな成長を祈る神籍という『儀式』。

古来より『神』という存在は信仰や儀式によってより鮮明に形作られてきた。
ましてやメサイアは『聖乙女』という特別な存在であり、また実在する人間でもあった。

そして神に『名』を献上する行為──名を預ける行為は、こう言い替えることもできる。


──神に名を捧げ、『契約』する儀式、と。

前世日本でも書類などに自分の名前を書いて契約を成立させるというのは日常でもよく見る光景だった。

これと同じことが『神籍』にも起こっている。
神籍そのものが神との契約行為となり、それがアリーシャの自殺を拒んだ理由──というのが私の立てていた仮説の正体だ。


名を捧げた人間はその『契約』により健やかな成長と精神を保ち続ける。
アルメニア王国で祀られている主神メサイアは『聖』乙女だった。
その真骨頂は常に清廉潔白な心を持ち、圧倒的な浄化力と破魔の力を持って魔王フェリクスを封印すること。

もっと分かりやすく言い換えるなら、『悪意を力』である。

つまり。


「『神籍』自体が主神メサイアとの一種の契約行為であり、国民は名前を献上することでメサイアから悪意を弾くという『加護』を得ていたのです」


アルメニア王国以外の他国では一定数の自殺は悲しいことに行われている。
だが決してそれが歓迎されている訳では無い。
かつてアリサだった私が住んでいた地球でも、世界的に見ても自殺は禁忌タブー、罪とする認識や宗教は少なからずあった。

それはここアルメニア王国においても例外ではない。
『自殺は罪』。
そのためあの時アリーシャの剣は不可視の壁に阻まれているかのように、「死にたい」と願ったアリーシャの望みは叶えられなかったのだ。

アリーシャもまた例に漏れず生まれたその時から神籍に名を入れていた。
メサイアとの契約による『加護』により、彼女は死ぬ事ができなかった。

であれば、神籍に「アリーシャ・ウルズ・オーウェン」という名が存在する限り、アリーシャを殺そうとする行為は『悪意』として弾かれてしまう。


この仮説に辿り着くまでかなりの時間を要してしまった。その間アリーシャは心の奥底で眠り続け、ただひたすら死ぬことを望んでいた。その彼女の苦しみをこれ以上伸ばすことは、私にはできなかった。

──だからどうか。今度こそ彼女を完全に救済させて下さい。

私はその場で片膝を立て忠臣の礼をとり、国王の目の前で頭を伏せた。


「『加護』がある限り彼女の、アリーシャの望みは叶えることができません。陛下、今一度お願い申し上げます。国の未来の為にも、アリーシャの最後の望みのためにも私は神籍剥奪処分を所望します」
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜

As-me.com
恋愛
 事業の失敗により借金で没落寸前のルーゼルク侯爵家。その侯爵家の一人娘であるエトランゼは侯爵家を救うお金の為に格下のセノーデン伯爵家に嫁入りすることになってしまった。  金で買われた花嫁。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。 「きっと、辛い生活が待っているわ」  これまでルーゼルク侯爵家は周りの下位貴族にかなりの尊大な態度をとってきた。もちろん、自分たちより下であるセノーデン伯爵にもだ。そんな伯爵家がわざわざ借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだが────。 義母「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!」 義妹「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてぇっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!」 義父「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)」  なぜか私を大歓喜で迎え入れてくれる伯爵家の面々。混乱する私に優しく微笑んだのは夫となる人物だった。 「うちの家族は、みんな君の大ファンなんです。悪役令嬢エトランゼのね────」  実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ですって?!  ────えーと、まず、悪役令嬢ってなんなんですか……?

悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea
恋愛
 ブラック企業勤めの日本人女性ミキ、享年二十五歳は、   死んだ  と、思ったら目が覚めて、  悪役令嬢に転生してざまぁされる方向まっしぐらだった。   ぽっちゃり(控えめな表現です)   うっかり (婉曲的な表現です)   マイペース(モノはいいようです)    略してPUMな侯爵令嬢ファランに転生してしまったミキは、  「デブでバカでワガママって救いようねぇわ」  と、落ち込んでばかりもいられない。  今後の人生がかかっている。  果たして彼女は身に覚えはないが散々やらかしちゃった今までの人生を精算し、生き抜く事はできるのか。  ※恋愛のスタートまでがだいぶ長いです。 ’20.3.17 追記  更新ミスがありました。  3.16公開の77の本文が78の内容になっていました。  本日78を公開するにあたって気付きましたので、77を正規の内容に変え、78を公開しました。  大変失礼いたしました。77から再度お読みいただくと話がちゃんとつながります。  ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

処理中です...