【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう

蓮実 アラタ

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1章 追放までのあれこれ。

28 メルシーア神殿

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 予期せぬ展開から一週間後。
 結局国王とヴェガ様に押し切られる形でヴェガ様の同行が確定することになった。

 おかしい。
 私は自分の未来を変えるために行動して追放されるはずなのに、何故ヴェガ様も護衛として連行することになっているのだろう。
 あの後何度抗議しても断固としてヴェガ様は同行を取りやめなかった。

 私があまりにも抵抗するからか仕舞いには翠の双眸に真摯な光を宿して「俺の同行を許してくれないか? 俺の我儘なのは百も承知だ。だが俺はどうしてもお前と共に行きたいんだ」と言われ流されるままに了承してしまった。

「アレは卑怯でしょ……」

 その時のヴェガ様の様子を思い出して私は思わず頬が赤くなるのを止められなかった。
 だって『あのヴェガ様』だよ?
 前世で一番の推しキャラで、憧れだったヴェガ様にあんな真摯に言い寄られては……断れるはずもない。

 それに何より。なかなか頷こうとしなかった私に思いもよらぬ行動に出た。ヴェガ様はあろうことか私の手の甲にキスして来たのだ。
 あの整った唇が私の手の甲に――。

「~~~!!」

 その時の感触を思い出して火が出るほど真っ赤になった私はブンブンと首を振って頭の中の煩悩を追い払う。
 ダメダメ、これ以上考えちゃダメ!!
 でも……形は整っているけどちょっと薄い唇だから硬いのかな、と思ってたんだけど手の甲に当たった感触は意外に柔らかくて弾力があってびっくりしたなぁ……って、何考えてるの私!?

 再びブンブン首を振って邪念を追い払った私は我に返るとだいぶ先を歩いていた女官に追いつくために小走りに廊下を進んだ。

 リーキュハイア宮殿での国王との対談から一週間が過ぎ、ようやく許可が降りたため私はメルシーア神殿へと足を運んでいた。
 メサイアを主神とするメシーア教の総本山にして王国で最も歴史の古い神殿。

神籍しんせき』から私の名前を抹消するためには神殿に赴かなければならなかった。
 神籍は非公式ではあるが一種の契約の儀式。アルメニア王国の国民は名前を捧げるために一度神殿へと赴くのが通例。
 ならばその逆、神から名を返してもらう際も訪れなければならないのだ。

 しかし公爵家令嬢と言えども簡単に神聖な神殿へ行ける訳ではない。
 勿論神殿でも礼拝等は自由にできるし、そのために一般開放されている礼拝堂も存在する。
 しかし私が行うのは神籍抹消。
 この国においては一番重い罪となる重大な儀式。本人のたっての願いとはいえそれなりに過程を踏まなければならない。

 そのため儀式を執り行うのは神殿でも最高位の位を持つ大司教様。
 かの御仁は敬遠な信徒であちこちを飛び回る方らしくなかなかに忙しいため、予定を確保するのに一週間かかってしまった。

 前を歩く女官に着いていきながら私はようやくここまでこれだと感慨にふけっていた。
 ――ようやく、『アリーシャ』の願いを叶えられる。
 長がった。本当に長がった。
 前世の記憶を取り戻して、魂がふたつに分かたれて『アリーシャ』となってから七年。

 心の奥底で今も尚死を望む『彼女』の願いを叶えるために、私は行動してきた。
 ようやく、その本懐が果たされる時が来たのだ――。

 女官の足がピタリととまり、こちらを振り返ったところで私の思考も途切れる。
 女官は柔和な笑みを浮かべて、廊下の一角にある部屋の扉を開けた。

「こちらへどうぞ」
「はい」

 軽く会釈をして私は部屋の中へと足を踏み入れる。
 そこは、部屋ではなかった。
 部屋というより、温室と言った方がいいだろうか。

 色とりどりの植物が元気に生い茂り、小鳥の囀る声が響いてくる。
 涼やかに流れる水の音。流れる風に乗せて微かに鼻腔をくすぐる花の香り。
 とてもここが先程まで歩いていた神殿の中とは思えない。


 神殿の中枢にこんな場所があるなんて知らなかった。
 呆然と辺りを見渡す私は女官は静かに一礼して扉を閉めて去っていったことにも気づかなかった。
 呆気に取られて口をぽかんとあける私に、不意に声がかけられる。

「綺麗だろう? ここは。私もお気に入りの場所なんだ」
「!」

 唐突にかけられた声に驚き、私は背後を振り返る。
 驚くことになんの気配も感じなかった。正規の騎士をも恐れさせる元近衛騎士の母に鍛えられた私は気配察知は得意な方である。この私の背後を取るなんて。
 警戒心を露わにする私に茶目っ気をたっぷり含んだ声音で声の主は謝罪した。

「いやぁすまない。警戒させる気はなかったんだ」

 朗らかに笑うその姿に、私は目の前の人物が誰であるかを悟った。
 ゼウス王の盟友であり、元々は王国最強と謳われた歴戦の騎士でもあるかの御仁。
 騎士を勇退した後はメシーア教の大司教となり、日々勢力的に活動を行い世にその名を轟かせ、未だある意味現役と言われるその老獪な姿。

「これは失礼致しました。いらっしゃったのですね」

 慌てて頭を下げる私に大司教は構わないというように手を振った。

「久しぶりだねアリーシャ嬢。しばらく見ない間に綺麗になった。大人の色香を兼ね備えてね。これはには勿体ないわい。ワシがあと数十年若ければなぁ……」

 嫁に欲しいくらいだ、と神職についている者とは思えない世俗的な発言をするメルシーア宮殿の大司教に私は思わず苦笑いを返した。
 相変わらずこの方は……。
 取り敢えず私は礼儀としてドレスの裾を持ち上げて一礼する。

「ご無沙汰しておりますシリウス様」

 この気さくな人物こそ大司教シリウス・ルイデミール様。
 神殿で最も力を持った御仁である。

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