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1章 追放までのあれこれ。
30 水鏡
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「わたしの名前を返して――メサイア・クレスト・アルメニア!」
かつて初代聖乙女がこの地に注いだという『神泉』の力を帯びた泉は私の願いに呼応するように震え、応えた。
泉から派生した波紋がまるで雫が落ちるよう様子を巻き戻ししているように空中に浮かび上がり――それは輪の形を描きながら形を成していく。
当初はただの輪であったそれはやがて綺麗な円盤へと形を変え、私が突然の事態に呆気に取られている間にこちらの目の前にまでやってきた。
私の目の高さに合わせるようにして浮かび上がる円盤状のそれは泉の水で形成されているのに、異様に透明度が高く周りの景色をそっくりそのまま反射していた。
これはまるで……。
「これは……鏡?」
『――そう。これは神水で形成された鏡。創世の女神エミュローズは水と薔薇を司るの。だからこの泉も鏡を象った』
「!? 誰!」
頭の中に語りかけてくるような不思議な声。
声帯から発せられていると言うよりは風を操って発生させているような少し無機質な声に驚き、私は思わず当たりを見渡す。
すると、泉に浮かぶ鏡を両手で包み込むように掲げ持つ人影があることに気づいた。
周りの景色に溶け込むように透過した胴体に白のドレスを纏い、風にたなびく髪は輝くばかりのプラチナブロンド。そして泉の水のように透き通ったアクアブルーの瞳を持つ少女の姿。
全く面識はないはずなのに、不思議と目の前の少女が誰なのか分かってしまった。
そうか、彼女が――。
私のそんな思考が伝わったのかこちらへアクアブルーの瞳を向けた少女は、儚げな笑みを浮かべると、再び風を震わせるような不思議な声音で告げる。
『――私はメサイア・クレスト・アルメニア。あなたの望みを叶えるために姿を見せた。女神エミュローズに見初められし子アリーシャ。あなたの決意は受け取った。あなたを私の加護から解放しよう。それもまた、天の定めた運命なのだから――』
「天の定めた運命……?」
『――そう。あなたは非常に複雑で数奇な運命を背負っている。それは女神エミュローズでも、この私でも取り除けないほど強固なもの。だからこそ私はあなたに、あなた達に世界の命運を授けたい。元々ひとつの魂だったあなた達に。そのためにあなたに名を返そう』
「えっと、あの……言ってることがよく分からないんだけど……」
『――今はわからずとも、自ずと時が来れば分かる。そうなるようになっている。けれどひとまずはあなたの望みを解決する方が先……鏡を見て』
「……?」
首をかしげつつ、促されるままに少女が持った鏡を覗き込む。
すると、鏡に映っていたのはここの景色ではなかった。
「あ……」
知らず声が漏れ、震える。
鏡の向こう側に映っていたもの。それは。
光の差し込まない暗い地の底で泣き続ける一人の少女だった。
白金の髪を無造作に流し、光の入らない紅玉の瞳を伏せた十を少し過ぎた年頃の少女。
魂を引き裂くほどの絶望と悲しみに心を支配されてしまった彼女は、あの時の姿のままで泣き続けていた。
かつて見続けた悪夢に絶望し、世界に絶望し、その中で願ったただ一つの望みすら叶えることができず、今も尚悲しみに打ちひしがれたいつかの少女。
ふたつの魂の、片割れ。
もう一人の、私。
「アリーシャ……」
『――あなたの願いは彼女を救うこと。この鏡は隔てた世界をも繋げることができる。だから』
逢いに行くといい。
そう初代聖乙女は告げた。
かつて初代聖乙女がこの地に注いだという『神泉』の力を帯びた泉は私の願いに呼応するように震え、応えた。
泉から派生した波紋がまるで雫が落ちるよう様子を巻き戻ししているように空中に浮かび上がり――それは輪の形を描きながら形を成していく。
当初はただの輪であったそれはやがて綺麗な円盤へと形を変え、私が突然の事態に呆気に取られている間にこちらの目の前にまでやってきた。
私の目の高さに合わせるようにして浮かび上がる円盤状のそれは泉の水で形成されているのに、異様に透明度が高く周りの景色をそっくりそのまま反射していた。
これはまるで……。
「これは……鏡?」
『――そう。これは神水で形成された鏡。創世の女神エミュローズは水と薔薇を司るの。だからこの泉も鏡を象った』
「!? 誰!」
頭の中に語りかけてくるような不思議な声。
声帯から発せられていると言うよりは風を操って発生させているような少し無機質な声に驚き、私は思わず当たりを見渡す。
すると、泉に浮かぶ鏡を両手で包み込むように掲げ持つ人影があることに気づいた。
周りの景色に溶け込むように透過した胴体に白のドレスを纏い、風にたなびく髪は輝くばかりのプラチナブロンド。そして泉の水のように透き通ったアクアブルーの瞳を持つ少女の姿。
全く面識はないはずなのに、不思議と目の前の少女が誰なのか分かってしまった。
そうか、彼女が――。
私のそんな思考が伝わったのかこちらへアクアブルーの瞳を向けた少女は、儚げな笑みを浮かべると、再び風を震わせるような不思議な声音で告げる。
『――私はメサイア・クレスト・アルメニア。あなたの望みを叶えるために姿を見せた。女神エミュローズに見初められし子アリーシャ。あなたの決意は受け取った。あなたを私の加護から解放しよう。それもまた、天の定めた運命なのだから――』
「天の定めた運命……?」
『――そう。あなたは非常に複雑で数奇な運命を背負っている。それは女神エミュローズでも、この私でも取り除けないほど強固なもの。だからこそ私はあなたに、あなた達に世界の命運を授けたい。元々ひとつの魂だったあなた達に。そのためにあなたに名を返そう』
「えっと、あの……言ってることがよく分からないんだけど……」
『――今はわからずとも、自ずと時が来れば分かる。そうなるようになっている。けれどひとまずはあなたの望みを解決する方が先……鏡を見て』
「……?」
首をかしげつつ、促されるままに少女が持った鏡を覗き込む。
すると、鏡に映っていたのはここの景色ではなかった。
「あ……」
知らず声が漏れ、震える。
鏡の向こう側に映っていたもの。それは。
光の差し込まない暗い地の底で泣き続ける一人の少女だった。
白金の髪を無造作に流し、光の入らない紅玉の瞳を伏せた十を少し過ぎた年頃の少女。
魂を引き裂くほどの絶望と悲しみに心を支配されてしまった彼女は、あの時の姿のままで泣き続けていた。
かつて見続けた悪夢に絶望し、世界に絶望し、その中で願ったただ一つの望みすら叶えることができず、今も尚悲しみに打ちひしがれたいつかの少女。
ふたつの魂の、片割れ。
もう一人の、私。
「アリーシャ……」
『――あなたの願いは彼女を救うこと。この鏡は隔てた世界をも繋げることができる。だから』
逢いに行くといい。
そう初代聖乙女は告げた。
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