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5 悪役は、涙する。しかしそれは──
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「なぜ、あなたがここにいるの……ゼスト!」
驚きに声を上げた私を見て、朱金の髪を持つ麗しの従者――ゼストはいつもと変わらない低い声で応える。
「なぜも何も。私はクラリス様にお仕えする身。あなたの行く場所が、私の場所ですので」
さも当然のことのように言い切るゼストに、私は開いた口が塞がらなかった。
私は既に貴族令嬢ですらなく、大罪人として追放された身。一週間前に父であるエルダイン公爵からも見限られ、私は公爵家の家格に泥を塗った不届き者として二度と顔を見せるなとまで言われた。
追放されるまでの一週間は部屋の中に隔離され、食事すら共にすることは許されなかった。
その後父から命令されたのか、公爵家の使用人は私を存在しないものとして扱い、長年私の世話をしてくれていた侍女すらも私の存在を無視する始末。
そんな中、唯一私のそばに居てくれたのはゼストだった。
ゼストだけは私の側で、いつものように振舞ってくれた。
王子からも実の父からも見捨てられた私を、彼だけは前と変わらずに振舞ってくれた。
それがどれだけ嬉しかったか。どれだか励みになったか。
だから私は追放される二日前、彼に告げたはずだった。
「――私はもう十分良くしてもらいました。ありがとうゼスト。今まであなたがいてくれてわたしはとても心強かったわ。これから私のことは忘れて、あなたに相応しい主に仕えてください。こんな不甲斐ない私に最後まで仕えてくれて、ありがとう」
私には勿体ないくらいの優秀な従者。
彼は屋敷の使用人と違い、私が自ら雇った存在。私が居なくなれば、ゼストも公爵家から追い出されてしまうだろう。
だからそうならないように古い伝手を頼って紹介状を用意し、ゼストを雇って貰えるように頼んでおいたはずだった。
それなのになぜ――。
混乱して頭が回らない私に、ゼストは初めて笑みを見せた。
「路頭に迷っていた私を救って下さったのはあなたです。クラリスお嬢様。私はあなたに返しきれない恩がある。私はあなただからこそお仕えしようと思ったのです。ですからあなたが行く場所に、私はどこまでも着いていきます。クラリスお嬢様。私が生涯仕えるのは、あなただけなのですから」
――さぁ、お身体が冷えてしまっています。紅茶をどうぞ。
そう言っていつものように、公爵家で過ごしたいつの日かのように差し出される紅茶のカップを、私は震えながら受け取った。
香ってくるのは安らかな甘い香り。私が大好きで、彼が良く淹れてくれた、カモミールの、香り。
吸い寄せられるようにカップを口に運んで――、気づけば私は涙を流していた。
いつもと変わらない大好きな味。
午後のおやつの時間になるとゼストが必ず淹れてくれた、何度も何度も好んで飲んだ、この味。
飲む度に涙が溢れて、止まらなかった。
しまいにはしゃくりあげてしまう私の頭を、シスターリゼリアは優しく撫でてくれた。
「……辛かったのね。誰にも言えず、味方もおらず。耐えていたのね。ずっとひたすら、その身に抱え込んで」
辛かった。味方は居ないあの状況で、それでも私は悪役を演じなければならなかった。
辛かった。愛した人に向けれられる氷のような眼差しが。
痛かった。軋み続ける胸を抑えて、それでも自らの気持ちを騙し続けることが。
けれど耐えなければならなかった。
それが私に課せられた役目だったから。
私は前世の記憶を取り戻したことでゲームでの顛末を知っている。
私は諦めなければならなかった。叶うことの無いこの恋を。
悪役で居なければならなかった。王国の未来のために。
第二王子から婚約破棄され、例え父に殴られようとも。
家の面汚しと罵られようとも。食事すら与えられなくなっても。
耐えなければならなかった。
追放され、国の未来を、最愛の人の未来を守りたかったから。
涙を流し続ける私を、ゼストとシスターリゼリアは何も言わず、ただ優しく見守ってくれた。
その優しさが、ただ嬉しくて。
久しぶりに感じた人の優しさに、暖かさに、私は耐えきれなくなり――これまで堪えていたものを吐き出すように、馬車が目的地に着いて止まるまで、静かに泣き続けた。
驚きに声を上げた私を見て、朱金の髪を持つ麗しの従者――ゼストはいつもと変わらない低い声で応える。
「なぜも何も。私はクラリス様にお仕えする身。あなたの行く場所が、私の場所ですので」
さも当然のことのように言い切るゼストに、私は開いた口が塞がらなかった。
私は既に貴族令嬢ですらなく、大罪人として追放された身。一週間前に父であるエルダイン公爵からも見限られ、私は公爵家の家格に泥を塗った不届き者として二度と顔を見せるなとまで言われた。
追放されるまでの一週間は部屋の中に隔離され、食事すら共にすることは許されなかった。
その後父から命令されたのか、公爵家の使用人は私を存在しないものとして扱い、長年私の世話をしてくれていた侍女すらも私の存在を無視する始末。
そんな中、唯一私のそばに居てくれたのはゼストだった。
ゼストだけは私の側で、いつものように振舞ってくれた。
王子からも実の父からも見捨てられた私を、彼だけは前と変わらずに振舞ってくれた。
それがどれだけ嬉しかったか。どれだか励みになったか。
だから私は追放される二日前、彼に告げたはずだった。
「――私はもう十分良くしてもらいました。ありがとうゼスト。今まであなたがいてくれてわたしはとても心強かったわ。これから私のことは忘れて、あなたに相応しい主に仕えてください。こんな不甲斐ない私に最後まで仕えてくれて、ありがとう」
私には勿体ないくらいの優秀な従者。
彼は屋敷の使用人と違い、私が自ら雇った存在。私が居なくなれば、ゼストも公爵家から追い出されてしまうだろう。
だからそうならないように古い伝手を頼って紹介状を用意し、ゼストを雇って貰えるように頼んでおいたはずだった。
それなのになぜ――。
混乱して頭が回らない私に、ゼストは初めて笑みを見せた。
「路頭に迷っていた私を救って下さったのはあなたです。クラリスお嬢様。私はあなたに返しきれない恩がある。私はあなただからこそお仕えしようと思ったのです。ですからあなたが行く場所に、私はどこまでも着いていきます。クラリスお嬢様。私が生涯仕えるのは、あなただけなのですから」
――さぁ、お身体が冷えてしまっています。紅茶をどうぞ。
そう言っていつものように、公爵家で過ごしたいつの日かのように差し出される紅茶のカップを、私は震えながら受け取った。
香ってくるのは安らかな甘い香り。私が大好きで、彼が良く淹れてくれた、カモミールの、香り。
吸い寄せられるようにカップを口に運んで――、気づけば私は涙を流していた。
いつもと変わらない大好きな味。
午後のおやつの時間になるとゼストが必ず淹れてくれた、何度も何度も好んで飲んだ、この味。
飲む度に涙が溢れて、止まらなかった。
しまいにはしゃくりあげてしまう私の頭を、シスターリゼリアは優しく撫でてくれた。
「……辛かったのね。誰にも言えず、味方もおらず。耐えていたのね。ずっとひたすら、その身に抱え込んで」
辛かった。味方は居ないあの状況で、それでも私は悪役を演じなければならなかった。
辛かった。愛した人に向けれられる氷のような眼差しが。
痛かった。軋み続ける胸を抑えて、それでも自らの気持ちを騙し続けることが。
けれど耐えなければならなかった。
それが私に課せられた役目だったから。
私は前世の記憶を取り戻したことでゲームでの顛末を知っている。
私は諦めなければならなかった。叶うことの無いこの恋を。
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耐えなければならなかった。
追放され、国の未来を、最愛の人の未来を守りたかったから。
涙を流し続ける私を、ゼストとシスターリゼリアは何も言わず、ただ優しく見守ってくれた。
その優しさが、ただ嬉しくて。
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