鵺の啼く夜は

橘 咲帆

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鵺の啼く夜は

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 その夜、とある国の後宮では篝火が焚かれ、護摩壇ごまだんにはごうごうと炎がたち、ひっきりなしに弓の弦の音を鳴らす、鳴弦めいげんが行われていた。陰陽寮おんみょうりょうの衛士達は一心不乱に経を唱える。

 ここに、一羽の鳥が居た。鳥は炎から身を守るように後宮の奥まった御殿の廊下に降り立つと、童殿上わらわてんじょうの少年の姿になった。

「あーあ。今日も仲間に会えなかったな」
「あいつら、ほんと邪魔。オレがちょっと鳴いただけで大騒ぎしやがる」

 少年はただ、仲間を探して夜に本来の姿に戻り、ひと声、ふた声鳴くだけなのだが、後宮は大騒ぎになる。

ぬえが出たぞ──!」

 少年はトラツグミ。体長30センチほどのスズメにも似た地味でかわいい鳥だ。しかし、鳴き声に問題がある。ヒューー。ヒョーー。と鳴くそれは、不気味で物悲しく、伝説の妖怪「ぬえ」の鳴き声として恐れられていた。

「誰が『鵺』だっつーの。『鵺』って、猿の顔、狸の胴体、虎の手足で、尾っぽは蛇だって言うじゃねーか。オレはちっちゃい鳥ちゃんだって。───おっと」

 少年はふいにつまずきそうになった。何が起こったかと足元を見ると、人間の脚が後宮の部屋からぬっと出ていた。

「おいおい、誰だよ。危ねえじゃねーか」
「何じゃ、童、ぞんざいな物言いじゃな」
「知らねーよ。オレ、ずっとこんな喋り方だぜ」
「それでよく童殿上が務まるものよ。まあ、よい。童。今宵の我の夜伽はお主にしよう。陰陽寮の魔除けの儀がうっとおしくて敵わん」
「なんだ、お前、仲間が欲しいのか?」
「ああ、寂しくてな。我の無聊を慰めよ」
「しょーがねーなー」

 少年が部屋の中に入ると、そこにはこれといった特徴のない平凡な容姿の若者がいた。若者は奥まったところにある寝台へ少年をいざなうと、いきなり押し倒した。

「童、抵抗しないな。慣れているのか?」
「いや、人間とこういうことをするのは初めてだ───優しくしてくれ」
「ああ、よいぞ。我だけを見ていろ」

 若者は、尊大な物言いの割に、ひどく優しい手つきで少年を惚ろかせていった。

「あ♡ ……そこ♡ ……変♡」
「ここか?」

 今は後孔に差し入れた指を探るように動かす。何度も何度も香油を足して少年のそこを丹念に解していく。くいっと指を曲げると、少年の背がびくりと跳ねた。

「あっ♡ ……う♡ ……ああっ! だめっ♡♡ そこ変になるっ♡♡♡」
「よい声で啼くな? もっとおかしくなれ」
「いい声だなんて……初めて言わ♡ ……あっ♡ もうだめ♡ ……ちょうだい♡ これ♡ ちょうだい♡」

 少年は、若者のイチモツに触れ、懇願する。

「とんだ『初めて』じゃな」
「うく……あっ♡ だって♡ ……きもちいい♡ これで中こすったら♡ ……ああ──♡」
「出さずに達したか。このド淫乱」

 若者は、少年の後孔から指を抜くと、いきり立つ自分のモノを入り口にあてがい、ゆっくりと少年を暴いていく。

「う♡ ……ああ♡ んん──ーー♡」
「キツいか?」
「ん♡ 圧迫感が……♡ すご♡」
「ゆっくり息を吐け」

 若者は、少年を抱きしめると、落ち着けるように頭を撫ぜる。

「ん♡ もう♡……だいじょうぶ♡ うごいて♡♡」

 若者は、最初はゆっくりと、徐々に速度を増して少年に腰を打ち付ける。

「あっ♡ あっ♡ ……奥♡ ……オク♡ いいっ♡」
「はあ。最初からこれとは。将来さきが楽しみじゃ。童、これから毎日ここに通わぬか」
「うぶ♡ ……あ♡ ……通う♡ 通うからぁ♡ ……もっと♡ もっと♡ ちょうだい♡」
「そうか、受け取れ。孕むがいい」

 若者は、少年の奥にその熱をぶつける。この後、朝まで何度も何度もその行為は続いた。

 ◇◇◇◇◇

「第五皇子、そこな童をこちらに引き渡してください」

 陰陽寮の衛士はこの日、一つの情報を得て、武装した近衛兵を引き連れて第五皇子の元を訪ねた。一つの情報とは、すなわち、第五皇子は鵺と同衾している。というものだった。

「なぜじゃ」
「そこな童の正体をご存じか」
「ああ。『鵺』であろう。知っておるぞ」
「知っていて、何故? 怪異と交わうなど。これは帝にあだなす仕儀にて、捕縛されても致し方ないことですぞ」
「帝にあだなす気持ちはなかったが。まあよい。捕縛するなら勝手にすればよい」

(童、童。お前、元の姿に戻り、隙をついて逃げよ)
(え?お前はどーすんだよ)
(遅かれ早かれ我は捕縛され、どこぞに遠流おんるされる身よ)
(そんな……オレの正体『鵺』じゃないぜ? 鳥ちゃんだぜ? 正体見せればこいつらだって……)
(よいのじゃ。行け。お前、証拠隠滅で殺されるぞ)

 若者───第五皇子は少年を背に、かばうように部屋の入り口へ向かい、廊下に少年を出す。
 少年はすかさずトラツグミの姿に戻り、空高く舞い上がる。

「あ、待て! 『鵺』? あれは『鵺』か? 鳥なのでは?」

 近衛兵は戸惑う、『鵺』と聞いていたが、ずいぶんと様子が違う。
 第五皇子は眩しいものを見るように鳥が去っていった空を見つめていた。

「あれは、『鵺』の仮の姿ですよね。第五皇子、ご同行ください」

 陰陽寮の衛士はあくまで『鵺』として処理をしたいようである。
 第五皇子は静かに目を閉じた。

 ◇◇◇◇◇

 第五皇子は、平凡な容姿に非凡な頭脳。そして、血筋のよい皇子だった。
 皇位継承権こそは低かったが、賢く、血筋が良かったため、東宮を擁立する一派からは常々狙われていた。
 第五皇子は、帝位には興味がなく、出来たら、日がな一日、本でも読んで暮らせたらなどと、いったって欲のない願望を持っていた。

「全く。ろくでもない」

 今、第五皇子は海に繋がる川で、護送に使われる小さな船に乗っていた。
 そこへ、どこかで見たような鳥が降り立った。

(おい、お前、どこに行くんだよ。どこにも行くなよ)
(どこにも行くなは無理じゃな)
(やだよ、オレ、お前の番だと思ってるのに)
(はは。そうか。では、お前ついて参れ。これからどんな未来があるかわからぬが、共にいられる限り共に居よう)
(やった。オレもう一人じゃないな。仲間を探して鳴かなくていいな)
(ああ、そうじゃな。もう『鵺』と間違われないぞ)

 海の近くの小さな庵には、平凡だが何処か雅な青年と、喋り出したら止まらないかわいい青年が肩を寄せ合って住んでいたという。
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みんなの感想(1件)

木野葉ゆる
2020.04.14 木野葉ゆる

くぴおさん、くぴおさん、どうしてこんなに素敵な人を書けるのですか?
第五皇子、好み過ぎるんですが!!
そして、トラツグミの少年も可愛くて、愛おしいです!!
♡喘ぎもお話しにマッチしてて、本当に良きです!!
とっても面白い後宮BLをありがとうございます
(๑>◡<๑)

橘 咲帆
2020.04.15 橘 咲帆

ゆるさん

ありがとうございます!
平凡(中身非凡)は、私も好きでして。
今回は短編なので、非凡エピソードかなくて雰囲気だけで恐縮です(≧∇≦)
感想を頂けてテンション上がっております!
非凡エピソードを考えついたら、またこの二人を書くかも知れません。

とても励みになりました!
ありがとうございました(〃▽〃)

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