【完結】糸と会う〜異世界転移したら獣人に溺愛された俺のお話

匠野ワカ

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53.金の繭

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 立ちすくむ俺の目の前で、ちらちらと金粉が舞っている。

 俺は妖精さんだろうかと目を瞬いた。なんだろう。体の前で広げている手のひらがくすぐったい。



 隣ではルルルフさんが、しきりに手のひらを握るようにジェスチャーをしている。


 次第に目が慣れてきたのか、よくよく見れば、金色の糸がふよふよと俺の手のひらをくすぐっているのが分かった。
 金色の糸は、少し透けながら発光している。
 それはクモの糸ほどの細さをした繊細な糸だった。



 しばらくの間、俺は固まったまま手のひらを凝視していた。
 なんとか金色の糸の先を目で追うと、巨木につながっているのが分かった。

 視界いっぱいの巨木の枝葉から無数の金の糸が伸び、風にそよいではふわふわと揺れているのだ。



 そのあまりに現実感のない美しい光景に、俺は言葉を失った。
 そして、ようやくルルルフさんの指示を思い出し、やんわりと金色の糸を握りしめた。



『ユーキにとっては、はじめましてだね。私の庭に、ようこそ』


 頭に響く甘い声。
 
 思わずルルルフさんの顔を見ると、ルルルフさんはにこにこと笑っている。


 俺は、木が喋ったことに驚けばいいのか、神さまと喋ったことに驚けばいいのか、美しい光景に驚けばいいのか、もう驚きのインフレーションが止まらない。
 金色の糸は、そんな俺を宥めるように、そよそよとあちこちを撫でていく。



『それにしても。ルルルフ、君にしては珍しく、性急だったねぇ』
「すみません……」



 殊勝にうな垂れるルルルフさんに、神さまは、ふむとひとつ相槌を打った。それから俺に話しかけた。


『この山全体が私自身なんだよ。だから、どうしても全部が伝わってくるんだ。いいことなのかどうなのか分からないけどね。……ユーキ。私は、ユーキの毎日が穏やかであることを願っているよ』



 アキュース神さまはそういうと、優しく笑うように葉を揺すった。さわさわと優しい音色が広がる。



『ンッツオーニョのことは、許してあげて欲しいと思うけれど。それだって、無理するようなことではないからね。ユーキは、自身の幸せだけを願っていなくては』

『いえ。許すも何も。俺は、親切にしてもらってばかりで』

『では、何がユーキの足を掴んで離さないのかな。感じるんだ。君の半分は、まだ冷たい海の中にいる。それが、私は悲しい』


 金色の糸が、俺のほほを撫でていく。


『分からなくて。自分でも。何なのかずっと分からないんです』

『もしかしたら苦しさのあまり忘れてしまったのかもしれないね。……私はかつて伴侶から、渡来人はみんな家族みたいなものだから助けてあげてと頼まれているんだよ。私はユーキのことも助けたい。だから、覗いても、いいだろうか』



 俺が頷くのを見届けると、アキュース神さまはその金色の糸で、俺の頭を、ほほを、おでこを、背中を、俺のすべてを、撫でては包んでいった。



 無数の金色の糸に包まれていく。
 そうして。

 金色に輝く繭が残されたのだった。





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