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第4編皇帝陛下と楊玉環
第1章史思明の予言
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ある日、李林甫は牢獄を訪れていた。
その牢獄は他と隔絶された地下に存在し、その存在は王族を除いては知る者が居ない。
李林甫は悠基に登用されて以来、その場所を密かに探っており、ついに先日、発見するに至ったのである。
「おう。友よ。よく参られた。」
李林甫が牢獄の前に入ると、牢獄の中の男が李林甫に声をかけた。
男の名は史思明。
悠基の先代の皇帝の時に、閻王の復活を企てたとして逮捕された男である。
李林甫は湧き上がる興奮をなんとか抑えて冷静に言った。
「驚きました。完全に黙秘し、誰が何を問いかけても答えないと聞いていましたから。」
すると史思明は静かに答えた。
「普通は人間と話しなどしない。だが今日は友が来た。友を無視する事は出来ん。」
李林甫は怪訝な様子で言った。
「友ですか? 私はあなたと面識はありませんが。」
史思明は言った。
「そうだな。今のところは面識はない。だがいずれ出来る。閻王様の復活は近いからな。」
李林甫は史思明の独特の雰囲気に呑まれてはならないと自分に言い聞かせた。
そして努めて冷静に言った。
「復活が近いのですか?」
すると史思明は笑みを浮かべて言った。
「ああ。凄く近い。本来ならもう復活していなければならないほどにな。だが、武照の奴にしてやられた。あの女のせいで復活は大きく遠のいた。」
武照とは、悠基の母であり先代の皇帝の名である。
もっとも、間男を作って色欲にふけり、激しい宮廷闘争を繰り返した彼女の治世の評判は決して良いものではない。
そこで李林甫は問いかけた。
「先代の皇帝陛下がその様な大仕事を成し遂げられたのですか?」
史思明は李林甫の問いに冷たい目で答えた。
「ああ。あの女は恐ろしい女だった。」
そして再び明るい表情に変わると言った。
「その点、娘は素晴らしい。彼女こそ、人間の世の最後の皇帝に相応しい人物だ。恐らく彼女の代で閻王は復活し、怪異の支配する世の中が誕生するだろう。」
李林甫は興味本位で史思明に会いに来たものの、悠基を裏切る意図はなく、悠基を崇拝している事に変わりはない。
そのため史思明の言い分は李林甫にとって受け入れ難いものであり、李林甫は強い言葉で反論した。
「お言葉ですが、その様な言い分は納得がいきません。陛下の治世は素晴らしいものですし、この先に訪れるのはこの国の全盛期と見て間違いないでしょう。」
それに対して史思明は言った。
「全盛期か。確かにそうだな。だが大抵の国家は全盛期の後に滅びが訪れるものだ。この国もしかり。この国には貴族、王族、皇帝と官僚機構、封魔教、軍といった様々な勢力がおりそれぞれが均衡を保っている。だからこそ、その内部がどれだけ腐敗し、民を苦しめようが国自体が滅びる事はない。だがあの娘は優秀すぎた。民を救い、腐敗を憎むせいで、既に、貴族、封魔教、軍を解体し、自己の支配下に入れてしまった。残るは王族のみだが、李弘の小僧は本質的な野心が薄い。いずれ娘に敗れるであろう。そしてそれは皇帝と官僚機構による独裁を意味する。滅びの始まりだ。」
その言葉に李林甫は感心した様子で言った。
「たしかに陛下の改革にはそういう危険な側面が存するかもしれません。ですが陛下は恐ろしく目と鼻が利き、頭が良くて器も広い。陛下による独裁なら大きな問題は生じないと思います。」
すると史思明は再び嬉しそうに言った。
「そうだな。それがあの娘の素晴らしい所だ。武照の奴は、きっとあの娘を自分と同じ様に育てるつもりだった。だが、あの娘の才能と執念は武照の想像を遥に凌駕しており、武照は結局、あの娘を未完成のまま皇帝にしてしまった。」
李林甫は言った。
「未完成ですか?」
史思明は言った。
「ああ。未完成だ。今は良い。淡い恋心と皇帝である事への責任感の均衡が取れており、皇帝でありながら人間味を失わないという絶妙な状態だ。それが、武照の差し金か、自身の心かは分からないが李憲が娘から一定の距離を取っている事が幸いしている。だがな、あの二人は本質的には思いあっているのだ。いずれかならず思いが通じ合う日が来る。その時、娘は皇帝としての自分を許容できるのか? 本当に欲しいものを手に入れたというのに貪欲に良き治世を求める事が出来るのか? 幸せに溺れて冷静な観察眼を失いはしないのか? 私はそこに閻王の復活の可能性を見出している。」
李林甫は呆れた様子で言った。
「説得力の無い話しですね。たかが恋だ。その程度で陛下は崩れたりはしません。むしろ子が生まれればいよいよ治世は安定します。」
史思明は言った。
「友よ。あなたはそういう人だ。あなたが求めるのは刺激である。あなたにとっては全ての出来事が自分の生を実感する手段の一つに過ぎない。だからこそ、恋などは響かない。武照もそうだった。奴の求める者は自己の信念。そのためであれば愛する者など平気で切り捨てた。だがな。あの娘は違うのだ。あの娘はな、皇帝になりきれなかった。彼女が求めているものは愛だ。それも不特定多数人ではなく、自分が心から愛する唯一の人からの愛だ。皇帝は結局その男を守るための手段に過ぎない。だから」
そこまで言った所で李林甫は強い口調で遮った。
「やめろ。知らないくせに知ったような口をきくな」
すると史思明は笑みを浮かべた。
「それはすまない。友にとって娘は生活に刺激を与えてくれる重要な存在だからな。だからこそ崇拝しているわけだ。まあ、老人のたわごとだと思って頭の片隅においておいてくれ。きっと私と話したことは閻王の復活の一助となるはずだ。」
李林甫は史思明の言葉に驚いた様子で言った。
「それは私が閻王を復活させると仰っているのですか?」
すると史思明は言った。
「それは言えない。すまないな。それを言ったら友の命は無いだろう。」
その後、李林甫が何を問いかけても史思明は答えなかった。
(どうしていきなり静かになったんだ?)
李林甫は不思議に思いながらも階段を登り、外に出た。
その瞬間だった。
背中に激しい悪寒が走った。
李林甫は自らが死の淵に立っている事を感じていた。
「どなたでしょうか?」
李林甫は背中の悪寒に対し、努めて冷静に声をかけた。
すると背中越しからは聞きなれた高く、可愛らしい声が聞こえてきた。
「お前の主だ。そのまま振り返るなよ。一歩でも動いたら殺すぞ。」
李林甫はその言葉を聞いて満面の笑みを浮かべて言った。
「陛下でしたか。これは失礼しました。この様な所にどの様な御用でいらっしゃったのですか。」
しかし、悠基は李林甫の質問には答えずに言った。
「お前はあの監獄で何を聞いた。」
李林甫は嘘をいう事は出来ないと思った。
悠基の目は欺けず、欺いた事が分かれば容赦なく殺されることは容易に想像が出来た。
そこで冷静に言った。
「すみません。ちょっとした火遊びのつもりでした。たしかに史思明に話を聞きましたが、閻王の復活が近い、友よ良く来たという二点ばかりで話の要領を得ませんでした。」
すると悠基は考え込むような様子で言った。
「そうか。お前にそこまで話したのか。だが罠の可能性も有るな。」
そして刀を下ろすと、李林甫の正面に歩き言った。
「今の所は許してやる。だが二度とこのような事はするなよ。その時は容赦しないからな。」
「はい。肝に銘じておきます。」
李林甫は反省した様子でそう答えた。
しかし、その内心は悠基が自分の凶行を容易に見透かし、自分の事を平然と殺そうとしたことに対する歓びと興奮で胸が一杯なのだった。
その牢獄は他と隔絶された地下に存在し、その存在は王族を除いては知る者が居ない。
李林甫は悠基に登用されて以来、その場所を密かに探っており、ついに先日、発見するに至ったのである。
「おう。友よ。よく参られた。」
李林甫が牢獄の前に入ると、牢獄の中の男が李林甫に声をかけた。
男の名は史思明。
悠基の先代の皇帝の時に、閻王の復活を企てたとして逮捕された男である。
李林甫は湧き上がる興奮をなんとか抑えて冷静に言った。
「驚きました。完全に黙秘し、誰が何を問いかけても答えないと聞いていましたから。」
すると史思明は静かに答えた。
「普通は人間と話しなどしない。だが今日は友が来た。友を無視する事は出来ん。」
李林甫は怪訝な様子で言った。
「友ですか? 私はあなたと面識はありませんが。」
史思明は言った。
「そうだな。今のところは面識はない。だがいずれ出来る。閻王様の復活は近いからな。」
李林甫は史思明の独特の雰囲気に呑まれてはならないと自分に言い聞かせた。
そして努めて冷静に言った。
「復活が近いのですか?」
すると史思明は笑みを浮かべて言った。
「ああ。凄く近い。本来ならもう復活していなければならないほどにな。だが、武照の奴にしてやられた。あの女のせいで復活は大きく遠のいた。」
武照とは、悠基の母であり先代の皇帝の名である。
もっとも、間男を作って色欲にふけり、激しい宮廷闘争を繰り返した彼女の治世の評判は決して良いものではない。
そこで李林甫は問いかけた。
「先代の皇帝陛下がその様な大仕事を成し遂げられたのですか?」
史思明は李林甫の問いに冷たい目で答えた。
「ああ。あの女は恐ろしい女だった。」
そして再び明るい表情に変わると言った。
「その点、娘は素晴らしい。彼女こそ、人間の世の最後の皇帝に相応しい人物だ。恐らく彼女の代で閻王は復活し、怪異の支配する世の中が誕生するだろう。」
李林甫は興味本位で史思明に会いに来たものの、悠基を裏切る意図はなく、悠基を崇拝している事に変わりはない。
そのため史思明の言い分は李林甫にとって受け入れ難いものであり、李林甫は強い言葉で反論した。
「お言葉ですが、その様な言い分は納得がいきません。陛下の治世は素晴らしいものですし、この先に訪れるのはこの国の全盛期と見て間違いないでしょう。」
それに対して史思明は言った。
「全盛期か。確かにそうだな。だが大抵の国家は全盛期の後に滅びが訪れるものだ。この国もしかり。この国には貴族、王族、皇帝と官僚機構、封魔教、軍といった様々な勢力がおりそれぞれが均衡を保っている。だからこそ、その内部がどれだけ腐敗し、民を苦しめようが国自体が滅びる事はない。だがあの娘は優秀すぎた。民を救い、腐敗を憎むせいで、既に、貴族、封魔教、軍を解体し、自己の支配下に入れてしまった。残るは王族のみだが、李弘の小僧は本質的な野心が薄い。いずれ娘に敗れるであろう。そしてそれは皇帝と官僚機構による独裁を意味する。滅びの始まりだ。」
その言葉に李林甫は感心した様子で言った。
「たしかに陛下の改革にはそういう危険な側面が存するかもしれません。ですが陛下は恐ろしく目と鼻が利き、頭が良くて器も広い。陛下による独裁なら大きな問題は生じないと思います。」
すると史思明は再び嬉しそうに言った。
「そうだな。それがあの娘の素晴らしい所だ。武照の奴は、きっとあの娘を自分と同じ様に育てるつもりだった。だが、あの娘の才能と執念は武照の想像を遥に凌駕しており、武照は結局、あの娘を未完成のまま皇帝にしてしまった。」
李林甫は言った。
「未完成ですか?」
史思明は言った。
「ああ。未完成だ。今は良い。淡い恋心と皇帝である事への責任感の均衡が取れており、皇帝でありながら人間味を失わないという絶妙な状態だ。それが、武照の差し金か、自身の心かは分からないが李憲が娘から一定の距離を取っている事が幸いしている。だがな、あの二人は本質的には思いあっているのだ。いずれかならず思いが通じ合う日が来る。その時、娘は皇帝としての自分を許容できるのか? 本当に欲しいものを手に入れたというのに貪欲に良き治世を求める事が出来るのか? 幸せに溺れて冷静な観察眼を失いはしないのか? 私はそこに閻王の復活の可能性を見出している。」
李林甫は呆れた様子で言った。
「説得力の無い話しですね。たかが恋だ。その程度で陛下は崩れたりはしません。むしろ子が生まれればいよいよ治世は安定します。」
史思明は言った。
「友よ。あなたはそういう人だ。あなたが求めるのは刺激である。あなたにとっては全ての出来事が自分の生を実感する手段の一つに過ぎない。だからこそ、恋などは響かない。武照もそうだった。奴の求める者は自己の信念。そのためであれば愛する者など平気で切り捨てた。だがな。あの娘は違うのだ。あの娘はな、皇帝になりきれなかった。彼女が求めているものは愛だ。それも不特定多数人ではなく、自分が心から愛する唯一の人からの愛だ。皇帝は結局その男を守るための手段に過ぎない。だから」
そこまで言った所で李林甫は強い口調で遮った。
「やめろ。知らないくせに知ったような口をきくな」
すると史思明は笑みを浮かべた。
「それはすまない。友にとって娘は生活に刺激を与えてくれる重要な存在だからな。だからこそ崇拝しているわけだ。まあ、老人のたわごとだと思って頭の片隅においておいてくれ。きっと私と話したことは閻王の復活の一助となるはずだ。」
李林甫は史思明の言葉に驚いた様子で言った。
「それは私が閻王を復活させると仰っているのですか?」
すると史思明は言った。
「それは言えない。すまないな。それを言ったら友の命は無いだろう。」
その後、李林甫が何を問いかけても史思明は答えなかった。
(どうしていきなり静かになったんだ?)
李林甫は不思議に思いながらも階段を登り、外に出た。
その瞬間だった。
背中に激しい悪寒が走った。
李林甫は自らが死の淵に立っている事を感じていた。
「どなたでしょうか?」
李林甫は背中の悪寒に対し、努めて冷静に声をかけた。
すると背中越しからは聞きなれた高く、可愛らしい声が聞こえてきた。
「お前の主だ。そのまま振り返るなよ。一歩でも動いたら殺すぞ。」
李林甫はその言葉を聞いて満面の笑みを浮かべて言った。
「陛下でしたか。これは失礼しました。この様な所にどの様な御用でいらっしゃったのですか。」
しかし、悠基は李林甫の質問には答えずに言った。
「お前はあの監獄で何を聞いた。」
李林甫は嘘をいう事は出来ないと思った。
悠基の目は欺けず、欺いた事が分かれば容赦なく殺されることは容易に想像が出来た。
そこで冷静に言った。
「すみません。ちょっとした火遊びのつもりでした。たしかに史思明に話を聞きましたが、閻王の復活が近い、友よ良く来たという二点ばかりで話の要領を得ませんでした。」
すると悠基は考え込むような様子で言った。
「そうか。お前にそこまで話したのか。だが罠の可能性も有るな。」
そして刀を下ろすと、李林甫の正面に歩き言った。
「今の所は許してやる。だが二度とこのような事はするなよ。その時は容赦しないからな。」
「はい。肝に銘じておきます。」
李林甫は反省した様子でそう答えた。
しかし、その内心は悠基が自分の凶行を容易に見透かし、自分の事を平然と殺そうとしたことに対する歓びと興奮で胸が一杯なのだった。
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