あの夏の影

秋野小窓

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線香花火

1:正二郎side

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 夕食後。三角にカットされたスイカに齧りつく。

「それ、いっくんが持ってきてくれたのよ。先週末の、看病のお礼だって」
「育海が?」
「明日帰っちゃうみたい。連絡してあげたら?」

 避けたはずの種が、奥歯でガリっと不快な音を立てる。
 あの日見た、育海の涙。打ち上げ花火を見上げたときの、苦しそうな横顔。
 気づかなかった。気づかないまま、何度育海を傷つけただろう。

「花火の残りもらっていい?」
「いいわよ。火、気をつけてね」

 育海に会いたい。会って、確かめたい。

 電話をかけてから、手持ち花火の余りを持って隣を訪ねる。
 庭先の駐車スペースには、2台とも車がなかった。サンダルを履きながら育海が出てくる。

「仕事行ってるの?」
「うん。どっちも夜勤。ほい」

 バケツを受け取り、外の水道で水を汲む。物置から、キャンプで使うような小さな折り畳み椅子を出してくれた。

「花火やるのなんて久しぶり」
「少しだけどね。兄貴たちが使った残りだから」
「てー君来てたんだ?」

 兄の名は啓一郎。幼い育海には『けい君』が言いにくかったのだろう。今でも舌足らずな呼び方のまま定着してしまった。

「一昨日ね」
「俺がじいちゃんち行ってたときだ」

 兄夫婦と姪、甥が泊まりに来た夜、庭で花火をやった。父が孫可愛さに買ってきたパックは十分すぎる量で、大人も混ざって消費したが追いつかなかった。
 それも子どもが喜ぶ派手な花火ばかり先になくなって、残ったのはオーソドックスな手持ち花火と線香花火だけ。

「ごめんね、こんなのしかなくて」
「え、そう?十分じゃね?」

 ガマの穂のような、地味な花火を手に取ってロウソクにかざす。

「うおっ!ついた!」

 音を立てて勢いよく吹き出す火花。屈託のない笑顔ではしゃぐ。

 俺がいつも見てきた育海だ。

「正くん、やんないの?」
「ああ、うん。育が好きなだけやっていいよ」

 花火が弾ける間だけ、明るく照らされる顔。
 目に焼き付けるように。
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