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オーエング編 1
しおりを挟むオーエングは名門貴族アールモート家の跡取りだ。
同時期に領地も身分も近いファンボルト家に三男のエンデが生まれた事により、彼はエンデと尽く比べられる運命になった。
パブリックスクール時代は、成績でも人望でもスポーツでも全てにおいて適わない。
彼に勝てることといえば、オーエングは長男ゆえに爵位を引き継げることぐらいだった。それは、彼の実力とは関係ない事で。オーエング自身も情けないことだと自覚していたが、彼の矜持をもたせるのはそれぐらいしかない。
エンデ自身の性質に関わらず、印象は最悪だった。
もしかしたら何かきっかけさえあれば、事態は好転したのかもしれない。
しかし、エンデはそんなオーエングを全く気にせず。どんなに理不尽な嫌味を言ったところでかわすし、オーエングにさえ公平な態度を取る。
それが歯牙にもかけられていないようで、なんという偽善者然とした態度だとオーエングは捻じ曲げて受け取る。
妬み、僻み、嫉み。
オーエングのエンデに対する態度は、益々ねじくれていった。
スクールを卒業してからは、おおっぴらに比べられることは無くなると思っていたが、やはり狭い社交界。評判は変わらない。爵位がないといえどエンデの評判は上々だった。軽んじられる話題になるのは娘を持ち爵位を狙う者達の間ぐらいだ。
事業に成功し羽振りが良くなると、その態度も段々と改められる。
小耳に挟む噂は上場で、順風満帆な話題ばかりだった。
どうやっても、やはり比べられている……。
エンデの評判が高まれば高まるほど、疑心暗鬼になりオーエングは臍をかんだ。
そんな鬱屈を社交で埋めようとしても、それ自体が原因なのに埋められるはずもなく。
時折夜会で出会うエンデに、半ば八つ当たりぎみな態度をとる。
そんなある日、オーエングはふとした気まぐれで町を気の赴くまま散歩した。
自分の馬車は帰してしまったので、辻馬車に乗って屋敷まで帰ろうと待合所に並ぶ。
その後に来た婦人。身なりや仕草からして裕福な貴族の侍女だろうか。休日に買い物にきたといった風情だった。
オーエングは気晴らしの後で気分が良く、その女性に紳士的に馬車の順番を譲ろうとする。
すると、奥ゆかしい丁寧な言葉とともに辞退された。彼女の顔をついまじまじと彼は見つめる。さほど目を引く美人ではないけれど、その優しげな顔と雰囲気で可憐な人だった。
初めは戸惑ったように目線を合わせなかったが、彼がなお馬車を譲ろうとすると彼女が顔を上げる。
美しい夢見るような瞳。
――まっすぐ見つめられると、息がつまった。
瞳に映る、自分の姿。
まるで、初めて人に自分自身を見つけてもらったような高揚感にオーエングは包まれる。
この感覚は、一体なんだろう。
そう思っているうちに、彼女は花売りから花を買ったのだろう……小さな花束を持っていた。その中からオーエングの瞳の色と服装にあった花をお礼にと、差し出した。胸元のポケットを飾るのに、丁度いい量でセンスもいい。
彼のために見立てられた、コサージュ。
普段なら貧弱だと一笑に付すほどのそれを、オーエングは受け取り躊躇いなく胸に挿す。
馬車に乗る彼女に手を貸すと、添えられた手が手袋越しでも熱く感じた。
「ありがとうございます」
彼女に嘘偽りのない感謝の笑顔でそう言われて、次の馬車の御者に声を掛けられるまでオーエングは呆然と立ち尽くしていた。
貴族の世界は何か衝撃的なことが起こらない限り、一年が十年のように……同じ話題を繰り返す。
どんな場所に行っても、エンデに及ばない自分。それを何度も思い起こさせる。
それには遠く及ばないまっすぐな瞳が心地よいと、気がついた時には。彼女の乗せた馬車はもう見えなくなっていた。
花が枯れるまでオーエングの上機嫌は続く。
たった一度の邂逅。
オーエングは彼女に恋をした。
しかし何処の誰かも分からない女性だ。
何度か会った場所に足を運んでみたが、会えるはずもなく。
道端の花売りの子供から彼は顔を覚えられ、不本意にも常連とみなされていた。
手がかりは殆どなく、彼女の服装や態度から言って、どこか上流な家に仕えている上級使用人のようだった。
そんな身分の違う女に会ってどうするのだろう。オーエングは次期伯爵だ。未来はないし、会ったとしても精々愛人として囲うぐらいが関の山だ。
――彼女を愛人? そんな事は出来ない。
あんな純粋な存在を汚したくない。
自分にそんな、心があるとは驚くし、それほど大事な出会いだった。
しかし、会いたい気持ちは抑えられずに。彼女が侍女だとしたら会う事もあるだろうと、様々な家の夜会に積極的にオーエングは出席した。
その甲斐があってか彼女に二度目の出会いを果たす。
しかしそれは皮肉にも、エンデの兄の招待で開かれたファンボルト家の夜会。
……メイドとしてだった。
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