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第四章『王女2人』
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悠介が死にものぐるいと言わんばかりの勢いで小柳の元へと向かっていった時のこと。それまで沈黙を貫いていたはずの女性型アンドロイドがようやく口を開く。
「どういうつもりだ? 我が社との締結では勝手な行動は禁止。王女を単独でそれぞれの国に連れて行くことも禁止したはずだぞ」
合成された女性の声。機械音声をそのまま電子頭脳の中に組み込み喋らせているのだろう。流暢な日本語だった。発音や文法の違和感は感じられない。
が、小柳としてはそんなことはどうでもいいらしい。大袈裟に肩を竦める真似をしてから、
「フッ、何を寝ぼけたことを……言ったでしょう!我が国こそがあの優れた兵器を手に入れる……そのためには手段など選んではいられない、と!」
と、キッパリと言い放つ。そこに後ろめたさや罪悪感というものは感じられない。
「我々を最初からはめるつもりだったか? 或いは魔が差したか……そんなことはどうでもいい。もはや貴様は我々の敵だ」
女性型アンドロイドは機械。当然ながら憤りのようなものは感じられない。それでも状況を打破しないといけないと感じたのは事実。勢いをつけて悠介よりも先に小柳の元へと向かって行こうとした時のこと。
小柳がフェイスヘルメットの下でゲラゲラと下品な笑い声を立てて、
「おっと!それ以上近付かないで! もし、それ以上、近付いてみなさい。シーレ殿下の首を掻き切ってあげますからね!!」
異星から来たというシーレ並びにデ・レマの捕縛方法は生け捕りのみ。そうプログラムされていたこともあってか、女性型アンドロイドはその場に押し止まってしまう。
このままシーレが殺されるようなことがあれば命令に背いてしまうことになる。
ここは小柳に譲歩するよりも他に方法はあるまい。
悠介も女性型アンドロイドと同じ考えを胸に持ったらしい。彼の心境を吐露するとすれば涙を呑んでの無念の足止めということになるのだろうか。
拳を握る様やフェイスヘルメットを被ったまま視線を下へと向けている様子を見るに悔しいという感情が全身から発せられている。が、女性型アンドロイドは何も感じなかったし、仮に感じたところで自分にはどうしようもできない。
だが、今の自分にはどうしようもあるまい。ただ惨めに見ていることしかできない。木偶の坊のように。
とはいえこれで行動することができないのは悠介も同じ。小柳の一人勝ちさえ許さなければもう一度チャンスは巡ってくる。
それでも振り出しに戻るわけということになるわけであって、特段有利になるわけではないが、状況を踏まえれば今よりもマシになるだろう。
そう判断したのか、女性型アンドロイドは悠介の元へと移動したかと思うと、小声で協力を持ちかけた。
「ユースケ・オオツ。だったな? キミに提案がある。一緒に小柳の手からシーレ王女を取り戻さないか?」
「お前は何を言ってるんだ?」
悠介は怪訝な表情を浮かべながら問い掛ける。その声の中には動揺や怒りよりも困惑の色の方が強かった。当然であろう。
同じ状況に陥っているとはいえ悠介にとって彼女は敵。これまでの戦いや言動がそう証明していた。人間であれば戸惑いや猜疑心など様々な感情が複雑に絡み、少なくともピザの注文を行うかのような気軽さで提案を持ち掛けることはしないはずだ。
事実悠介は困惑していた。シーレを救出した後に必ず彼女は敵に回るだろう。間違いなくそう言い切れる。
だが、今彼女を味方に回せばこれ程頼りになる存在はいない。寄らば大樹の陰という諺があるように頼りになる存在であるのは違いない。それに悠介からしても彼女の存在無くしてシーレの救出を行える方法が思い付かないのでなんとも言えない。
悠介の中で感情が交錯しつつあったが、シーレの救出という感情が一番強く浮かんでいたということもあってか、悠介は首肯せざるを得なかった。
「では、奴を挟み撃ちにしよう。ユースケ、キミがあの男を引きつけておいてくれ。その間に私が移動して背後からシーレを解放する」
「ざけんな。その後であんたがシーレを攫うつもりだろ? そんなことを許してたまるもんか」
「じゃあ、逆にしよう」
なんでもないことだと言わんばかりに悠介の要求を飲んだ様子から鑑みるに彼女の持つ性能であれば悠介の手からあっさりとシーレを奪い取れると判断したというのが大きい。スリが剥き出しになっている財布をすり取るかのように。
そうでもなければ協力を仰げないという不利な立場に置かれていることを踏まえても、常に合理的な判断を下すアンドロイドが悠介の要求をあっさりと呑むはずがない。
女性型アンドロイドは小柳の元へと向かっていく。全ては小柳を油断させて気を逸せる。ただ、それだけのために。
小柳が女性型アンドロイドにばかり視線を向けて悠介には関心を示さないように示さなければならない。そうでなければ物陰に身を隠して機会を窺う悠介の姿などとうの昔に見つけ出すに違いないであろうから。
女性型アンドロイドは遮蔽物を利用して背後へと回り込む悠介の姿を視線ではなく、内蔵されているサーモグラフィーの動きで確認しつつ小柳の気を引き続き逸らしていく。
元より感情のないアンドロイド。嘘を語りながら何事もないように臨むことは得意だった。
「小柳さん、交渉に入りましょう。条件として成功報酬の『交換』はいかがでしょうか? 我が社はメトロポリス社が保有するパワードスーツの所有権を要求し、小柳さんは円盤と両殿下の御身を本国へとお連れなさるということで」
「流石は優秀なアンドロイド。懸命な判断です。ですが、まだ我々としては条件が呑めません」
「と、仰りますと?」
「そうですね。条件を追加していただけないでしょうか? 例えばパワードスーツの所有権を入手するに至って相応の金銭を支払っていただけるとか」
小柳がそう言って提示した金額は莫大な額であった。とはいっても天文学的数字ではなく、社長並びに会長の3ヶ月分程度の役員報酬に匹敵する金額というどこか現実的な金額。一般人であれば目も眩むような大金と評されるであろうが、会社全体から見れば端金でしかない。
小柳が金銭報酬を狙った目的は金額そのものではなく、会社に恥をかかせるということに目標があるのではないだろうか。
会社が欲しがっていたものを全て手に入れた上で金銭までせしめたという名誉欲が彼を突き動かしたに違いない。
彼女は電子頭脳を使って、早くもそう分析を行う。もし、この交渉の場に臨んでいたのが人間であれば悔しげな表情の一つでも浮かべたに違いない。眉間に深く皺を寄せ、両眉を吊り上げて小柳を親の仇を睨むかのように睨んでいただろう。
だが、彼女はあくまでもアンドロイド。感情などあるはずがない。
取り引きの場で代表が取り引き相手に行うかのように、小柳へ向かって深々と頭を下げて、
「畏まりました。代表にはそのようにお伝えしたいと思います。前向きに検討させていただいた後に色良い返事が期待できるように努力させていただきたいと思います」
と、日本企業らしいお断りとも承服とも取れるような曖昧な返事を行なう。しかし小柳は女性型アンドロイドのそういった言動に不満があったらしい。
どこかトゲのある口調で言葉を返した。
「今回の交渉をそんな長いものだと見積もられては困ります。一度持ち帰ってという風に処理できないのはあなたもご存知のはず……まさか、この後に及んで金が惜しいという算段でもないでしょう?」
小柳はシーレの首元にビームソードを突き立てながら問い掛ける。シーレの命は照明が反射して怪しげな色で発光する光身の刃に握られている。素粒子状で構成され強力な熱を帯びた刃物であれば普通の刃では斬ることができないものも斬ることが可能だろう。
ビームソードで守っていたとしても構造上、装甲で覆うことが難しい部分であれば容易に刃をねじ込むことも可能だろう。
シーレの首元からシーレの首と胴体を泣き別れにすることは簡単なことなのだ。江戸時代の首切り役人が刀で罪人の首を処刑場で打つかのように。
そして仮に頑丈な装甲であったとしても同じ場所へと執拗に攻撃を繰り返し続けていればすぐにダメージが蓄積されて機能に問題が発生してしまう。そこを突かれて倒されるようなことになれば装甲から血が吹きこぼれて真下に赤色の血溜まりが広がっていく。赤いペンキをバケツごと地面にぶち撒けたのように。
想像するだけで眉を顰めてしまうような光景であり、普通の人間であれば躊躇うことは言うまでもない。
しかし小柳であれば良心の呵責もなくやり遂げてしまうに違いない。アンドロイドがなんの感情もなく引き取り手のない小動物を処分するように。
女性型アンドロイドはやむを得ず、携帯端末を懐から取り出して代表へと連絡を入れていく。エア電話という形にしなかったのはいざという時に小柳から不審に思われるということを避けたかったからだ。
女性型アンドロイドは携帯端末の向こうにいる青い髪の代表に向かって小声で話を合わせるように指示を出す。それから小柳が口を出すよりも先にスピーカ音を押す。ちゃんと話していることを証明しているとでも言わんばかりに。
スピーカーから会話を聴かせながら小柳には自分と代表がいかにも建設的な話し合いを行なっているように見せかて自身を油断させつつ、裏では悠介が回り込むのを待っていた。
そして声高に青髪の男と小柳が提示した金銭の話に差し掛かっていった時のこと。
それまで勝ち誇っていたような表情を浮かべていた小柳が急に浮遊感を覚えて地面の上へと覆い被さっていく。
何が起こったのかと咄嗟に背後を振り返る。すると、そこには『モーリアン』のパワードスーツに身を包んだシーレを自身の元へと引き寄せる悠介の姿が見えた。
慌てて正面を向くと、そこには携帯端末を切り、何も言わずにこちらをジッと見つめる女性型アンドロイドの姿。
それを見て小柳は自身が謀られたことに気が付いた。2人は初めから協力してシーレを取り戻そうと考えていたらしい。
小柳は乾いた笑いをこぼした後に、今度はビームソードを手に背後から近付こうとしていた悠介へ向けて振り上げていく。
が、悠介の姿はどこにもない。虚しく空を切る音だけが聞こえた。慌てて辺りを探すと、女性型アンドロイドと戦闘を繰り広げている姿が見受けられた。
自身を嵌めた同盟軍は呆気なく崩壊し、すぐに敵と味方に別れたようだ。第二次世界大戦後、ナチスと日本という共通の敵を失ってすぐに瓦解したアメリカとソ連のように。
歴史は繰り返すのか、と、小柳は苦笑しつつも背後にまだいるであろうシーレへ向かってビームソードを振り上げていった。
今のシーレといえばガラ空きであった。得意の武器である弓さえ持ち合わせていない。いや、仮に持ち合わせていたところでアーチェリーのような精巧な武器ではない和弓如きに何ができるというのか。
パワードスーツの基本装備としてビームソードこそ所有しているものの、長い間、未開の惑星で過ごしていた彼女にそんな文明的な道具など扱えるはずがない。
先ほど、あの女性型アンドロイドと過酷な戦いを繰り返していたのは偶然に過ぎない。『火事場の馬鹿力』、『窮鼠猫を噛む』といった諺があるが、人間というのは窮地に陥れば実力に伴わない力を出したりするものだ。
小柳は内心でシーレや彼女の星の言葉を嘲笑いつつ、ビームソードとアームを武器に襲い掛かっていく。突然、奥底から湧き上がってきた自分は文明人なのだという尊大な心を胸に秘めながら。
文明人という意識に心を支配された小柳はビームソードを振り上げ、最初の一撃でシーレの纏っている『モーリアン』の装甲を粉々に砕いて戦闘不能に追い込む予定であった。
仮に『モーリアン』を破壊できずとも蛸の足を模した触手に絡めてしまえばシーレはもう身動きが取れない。いくら手足をジタバタと動かして自由を得ようとしてもその度に鋼鉄のアームが体を締め付けていく。大昔に拘束用として用いられていた麻縄が暴れる罪人の体をキツく締め上げて動きを封じたように。
そこを捕縛して再度、拘束を行う。縛り上げてしまえばもうこんな場所に用はない。
先ほどの事例を省みるに交渉なども不要。すぐにこの会場を抜け出して空港や港へ逃げるのが一番の手と言うべきではないだろうか。
が、シーレは小柳が予想していたより何倍も上手であった。初手の太刀を見抜いて、体を捻り、刃を返しただけでは終わらなかった。2手、3手と繰り出されるアームを次々とビームソードで弾き落とす姿は見ていて爽快である。
反面、焦りを感じたのは小柳の方である。初手の一撃というのは最初に当たらなければ意味がない。不意打ちも同じだ。防がれてしまえば後は堂々と戦うか、逃げるかの2択でしかない。ここに来て『逃げる』などという選択肢はプライドが許さないし、何より背中を向けたところで彼女がビームソードを槍のように放り投げてしまえばお終いだ。
不本意ながら小柳は自らの腕とパワードスーツの技量のみでシーレを相手にすることになった。
初めこそ自身の実力並びに文明の誇る利器に疑いはないと信じてやまなかった。が、徐々に押されていけば嫌でも認識を改めざるを得ない。
剣の技量で負けるのは屈辱であったが、それ以上に人類の文明の進歩の象徴であるパワードスーツが未開の惑星の住民が着こなし、自身を圧倒させているという事実が彼を余計に苛立たせた。文明人である自分が負けるはずがない。アームを次々と繰り出していくものの、ビームソードで弾かれてしまっては意味がない。
テニスラケットでテニスボールを打つように弾かれてしまってはせっかくのアームも形無しというべきではないだろうか。
結果としてはシーレの剣を前にして壁へと弾かれてしまうという情けない結果に終わってしまった。
壁から這い出しながら再度、シーレへと向かおうとしたものの、今度は逆にシーレから首元にビームソードを突き立てられてしまった。
「降参してください」
シーレのどこか下手な日本語を聞いて小柳は察した。ここで抵抗すればシーレは容赦なく自身の首を跳ね落とすだろう。戦国時代の合戦において武将たちに躊躇いを持たないように。
地球のそれも日本に産まれ、安穏な環境で育ってきた悠介であれば滅多に命を奪うような真似はしないだろう。
しかし相手は地球とは異なる惑星であり、常に命を狙われるような環境で幼い頃から過ごしてきた王女。刺客に同情などしない。
どうやら小柳は降伏するより他に手段が見当たらないらしい。シーレの判断に任されて殺されるよりかは開かれた文明によって経営されている警察の手によって裁かれる方がマシだと判断したというのが大きい。
小柳はシーレに両手の手首を掴まれ、拘束されながら会場の端へ引っ張られていく。
シーレに引きずられて移動している間も女性アンドロイドと悠介とが熾烈な争いを繰り広げている様が見えた。これでは口封じに殺すこともできまい。
フェイスヘルメットの下で小柳は微笑を浮かべた。口元の端を緩めてピエロが浮かべるようなわざとらしい笑みを浮かび上げていく。彼の心境からすればすこぶる満足であった。
目的こそ達せられなかったものの、生き残ることはできた。少なくとも文明的とも呼ばれる場所で判決を受けるのだから仕方があるまい。
シーレに連れ去られ、待ち構えていた公安の男に手錠を掛けられる最中にあっても彼は笑顔を崩していない。
少なくとも自分1人が罪を被れば会社は助かる。なにせ、自身とソード&サンダル社との関係を結び付けられるものなど何一つ存在していないのだから。
小柳は特等席で悠介と女性型アンドロイドとの戦いを眺めながら愉悦感に浸っていた。安全圏から眺める争いほど至福の時はないというが、これ程までとは思わなかった。
「どういうつもりだ? 我が社との締結では勝手な行動は禁止。王女を単独でそれぞれの国に連れて行くことも禁止したはずだぞ」
合成された女性の声。機械音声をそのまま電子頭脳の中に組み込み喋らせているのだろう。流暢な日本語だった。発音や文法の違和感は感じられない。
が、小柳としてはそんなことはどうでもいいらしい。大袈裟に肩を竦める真似をしてから、
「フッ、何を寝ぼけたことを……言ったでしょう!我が国こそがあの優れた兵器を手に入れる……そのためには手段など選んではいられない、と!」
と、キッパリと言い放つ。そこに後ろめたさや罪悪感というものは感じられない。
「我々を最初からはめるつもりだったか? 或いは魔が差したか……そんなことはどうでもいい。もはや貴様は我々の敵だ」
女性型アンドロイドは機械。当然ながら憤りのようなものは感じられない。それでも状況を打破しないといけないと感じたのは事実。勢いをつけて悠介よりも先に小柳の元へと向かって行こうとした時のこと。
小柳がフェイスヘルメットの下でゲラゲラと下品な笑い声を立てて、
「おっと!それ以上近付かないで! もし、それ以上、近付いてみなさい。シーレ殿下の首を掻き切ってあげますからね!!」
異星から来たというシーレ並びにデ・レマの捕縛方法は生け捕りのみ。そうプログラムされていたこともあってか、女性型アンドロイドはその場に押し止まってしまう。
このままシーレが殺されるようなことがあれば命令に背いてしまうことになる。
ここは小柳に譲歩するよりも他に方法はあるまい。
悠介も女性型アンドロイドと同じ考えを胸に持ったらしい。彼の心境を吐露するとすれば涙を呑んでの無念の足止めということになるのだろうか。
拳を握る様やフェイスヘルメットを被ったまま視線を下へと向けている様子を見るに悔しいという感情が全身から発せられている。が、女性型アンドロイドは何も感じなかったし、仮に感じたところで自分にはどうしようもできない。
だが、今の自分にはどうしようもあるまい。ただ惨めに見ていることしかできない。木偶の坊のように。
とはいえこれで行動することができないのは悠介も同じ。小柳の一人勝ちさえ許さなければもう一度チャンスは巡ってくる。
それでも振り出しに戻るわけということになるわけであって、特段有利になるわけではないが、状況を踏まえれば今よりもマシになるだろう。
そう判断したのか、女性型アンドロイドは悠介の元へと移動したかと思うと、小声で協力を持ちかけた。
「ユースケ・オオツ。だったな? キミに提案がある。一緒に小柳の手からシーレ王女を取り戻さないか?」
「お前は何を言ってるんだ?」
悠介は怪訝な表情を浮かべながら問い掛ける。その声の中には動揺や怒りよりも困惑の色の方が強かった。当然であろう。
同じ状況に陥っているとはいえ悠介にとって彼女は敵。これまでの戦いや言動がそう証明していた。人間であれば戸惑いや猜疑心など様々な感情が複雑に絡み、少なくともピザの注文を行うかのような気軽さで提案を持ち掛けることはしないはずだ。
事実悠介は困惑していた。シーレを救出した後に必ず彼女は敵に回るだろう。間違いなくそう言い切れる。
だが、今彼女を味方に回せばこれ程頼りになる存在はいない。寄らば大樹の陰という諺があるように頼りになる存在であるのは違いない。それに悠介からしても彼女の存在無くしてシーレの救出を行える方法が思い付かないのでなんとも言えない。
悠介の中で感情が交錯しつつあったが、シーレの救出という感情が一番強く浮かんでいたということもあってか、悠介は首肯せざるを得なかった。
「では、奴を挟み撃ちにしよう。ユースケ、キミがあの男を引きつけておいてくれ。その間に私が移動して背後からシーレを解放する」
「ざけんな。その後であんたがシーレを攫うつもりだろ? そんなことを許してたまるもんか」
「じゃあ、逆にしよう」
なんでもないことだと言わんばかりに悠介の要求を飲んだ様子から鑑みるに彼女の持つ性能であれば悠介の手からあっさりとシーレを奪い取れると判断したというのが大きい。スリが剥き出しになっている財布をすり取るかのように。
そうでもなければ協力を仰げないという不利な立場に置かれていることを踏まえても、常に合理的な判断を下すアンドロイドが悠介の要求をあっさりと呑むはずがない。
女性型アンドロイドは小柳の元へと向かっていく。全ては小柳を油断させて気を逸せる。ただ、それだけのために。
小柳が女性型アンドロイドにばかり視線を向けて悠介には関心を示さないように示さなければならない。そうでなければ物陰に身を隠して機会を窺う悠介の姿などとうの昔に見つけ出すに違いないであろうから。
女性型アンドロイドは遮蔽物を利用して背後へと回り込む悠介の姿を視線ではなく、内蔵されているサーモグラフィーの動きで確認しつつ小柳の気を引き続き逸らしていく。
元より感情のないアンドロイド。嘘を語りながら何事もないように臨むことは得意だった。
「小柳さん、交渉に入りましょう。条件として成功報酬の『交換』はいかがでしょうか? 我が社はメトロポリス社が保有するパワードスーツの所有権を要求し、小柳さんは円盤と両殿下の御身を本国へとお連れなさるということで」
「流石は優秀なアンドロイド。懸命な判断です。ですが、まだ我々としては条件が呑めません」
「と、仰りますと?」
「そうですね。条件を追加していただけないでしょうか? 例えばパワードスーツの所有権を入手するに至って相応の金銭を支払っていただけるとか」
小柳がそう言って提示した金額は莫大な額であった。とはいっても天文学的数字ではなく、社長並びに会長の3ヶ月分程度の役員報酬に匹敵する金額というどこか現実的な金額。一般人であれば目も眩むような大金と評されるであろうが、会社全体から見れば端金でしかない。
小柳が金銭報酬を狙った目的は金額そのものではなく、会社に恥をかかせるということに目標があるのではないだろうか。
会社が欲しがっていたものを全て手に入れた上で金銭までせしめたという名誉欲が彼を突き動かしたに違いない。
彼女は電子頭脳を使って、早くもそう分析を行う。もし、この交渉の場に臨んでいたのが人間であれば悔しげな表情の一つでも浮かべたに違いない。眉間に深く皺を寄せ、両眉を吊り上げて小柳を親の仇を睨むかのように睨んでいただろう。
だが、彼女はあくまでもアンドロイド。感情などあるはずがない。
取り引きの場で代表が取り引き相手に行うかのように、小柳へ向かって深々と頭を下げて、
「畏まりました。代表にはそのようにお伝えしたいと思います。前向きに検討させていただいた後に色良い返事が期待できるように努力させていただきたいと思います」
と、日本企業らしいお断りとも承服とも取れるような曖昧な返事を行なう。しかし小柳は女性型アンドロイドのそういった言動に不満があったらしい。
どこかトゲのある口調で言葉を返した。
「今回の交渉をそんな長いものだと見積もられては困ります。一度持ち帰ってという風に処理できないのはあなたもご存知のはず……まさか、この後に及んで金が惜しいという算段でもないでしょう?」
小柳はシーレの首元にビームソードを突き立てながら問い掛ける。シーレの命は照明が反射して怪しげな色で発光する光身の刃に握られている。素粒子状で構成され強力な熱を帯びた刃物であれば普通の刃では斬ることができないものも斬ることが可能だろう。
ビームソードで守っていたとしても構造上、装甲で覆うことが難しい部分であれば容易に刃をねじ込むことも可能だろう。
シーレの首元からシーレの首と胴体を泣き別れにすることは簡単なことなのだ。江戸時代の首切り役人が刀で罪人の首を処刑場で打つかのように。
そして仮に頑丈な装甲であったとしても同じ場所へと執拗に攻撃を繰り返し続けていればすぐにダメージが蓄積されて機能に問題が発生してしまう。そこを突かれて倒されるようなことになれば装甲から血が吹きこぼれて真下に赤色の血溜まりが広がっていく。赤いペンキをバケツごと地面にぶち撒けたのように。
想像するだけで眉を顰めてしまうような光景であり、普通の人間であれば躊躇うことは言うまでもない。
しかし小柳であれば良心の呵責もなくやり遂げてしまうに違いない。アンドロイドがなんの感情もなく引き取り手のない小動物を処分するように。
女性型アンドロイドはやむを得ず、携帯端末を懐から取り出して代表へと連絡を入れていく。エア電話という形にしなかったのはいざという時に小柳から不審に思われるということを避けたかったからだ。
女性型アンドロイドは携帯端末の向こうにいる青い髪の代表に向かって小声で話を合わせるように指示を出す。それから小柳が口を出すよりも先にスピーカ音を押す。ちゃんと話していることを証明しているとでも言わんばかりに。
スピーカーから会話を聴かせながら小柳には自分と代表がいかにも建設的な話し合いを行なっているように見せかて自身を油断させつつ、裏では悠介が回り込むのを待っていた。
そして声高に青髪の男と小柳が提示した金銭の話に差し掛かっていった時のこと。
それまで勝ち誇っていたような表情を浮かべていた小柳が急に浮遊感を覚えて地面の上へと覆い被さっていく。
何が起こったのかと咄嗟に背後を振り返る。すると、そこには『モーリアン』のパワードスーツに身を包んだシーレを自身の元へと引き寄せる悠介の姿が見えた。
慌てて正面を向くと、そこには携帯端末を切り、何も言わずにこちらをジッと見つめる女性型アンドロイドの姿。
それを見て小柳は自身が謀られたことに気が付いた。2人は初めから協力してシーレを取り戻そうと考えていたらしい。
小柳は乾いた笑いをこぼした後に、今度はビームソードを手に背後から近付こうとしていた悠介へ向けて振り上げていく。
が、悠介の姿はどこにもない。虚しく空を切る音だけが聞こえた。慌てて辺りを探すと、女性型アンドロイドと戦闘を繰り広げている姿が見受けられた。
自身を嵌めた同盟軍は呆気なく崩壊し、すぐに敵と味方に別れたようだ。第二次世界大戦後、ナチスと日本という共通の敵を失ってすぐに瓦解したアメリカとソ連のように。
歴史は繰り返すのか、と、小柳は苦笑しつつも背後にまだいるであろうシーレへ向かってビームソードを振り上げていった。
今のシーレといえばガラ空きであった。得意の武器である弓さえ持ち合わせていない。いや、仮に持ち合わせていたところでアーチェリーのような精巧な武器ではない和弓如きに何ができるというのか。
パワードスーツの基本装備としてビームソードこそ所有しているものの、長い間、未開の惑星で過ごしていた彼女にそんな文明的な道具など扱えるはずがない。
先ほど、あの女性型アンドロイドと過酷な戦いを繰り返していたのは偶然に過ぎない。『火事場の馬鹿力』、『窮鼠猫を噛む』といった諺があるが、人間というのは窮地に陥れば実力に伴わない力を出したりするものだ。
小柳は内心でシーレや彼女の星の言葉を嘲笑いつつ、ビームソードとアームを武器に襲い掛かっていく。突然、奥底から湧き上がってきた自分は文明人なのだという尊大な心を胸に秘めながら。
文明人という意識に心を支配された小柳はビームソードを振り上げ、最初の一撃でシーレの纏っている『モーリアン』の装甲を粉々に砕いて戦闘不能に追い込む予定であった。
仮に『モーリアン』を破壊できずとも蛸の足を模した触手に絡めてしまえばシーレはもう身動きが取れない。いくら手足をジタバタと動かして自由を得ようとしてもその度に鋼鉄のアームが体を締め付けていく。大昔に拘束用として用いられていた麻縄が暴れる罪人の体をキツく締め上げて動きを封じたように。
そこを捕縛して再度、拘束を行う。縛り上げてしまえばもうこんな場所に用はない。
先ほどの事例を省みるに交渉なども不要。すぐにこの会場を抜け出して空港や港へ逃げるのが一番の手と言うべきではないだろうか。
が、シーレは小柳が予想していたより何倍も上手であった。初手の太刀を見抜いて、体を捻り、刃を返しただけでは終わらなかった。2手、3手と繰り出されるアームを次々とビームソードで弾き落とす姿は見ていて爽快である。
反面、焦りを感じたのは小柳の方である。初手の一撃というのは最初に当たらなければ意味がない。不意打ちも同じだ。防がれてしまえば後は堂々と戦うか、逃げるかの2択でしかない。ここに来て『逃げる』などという選択肢はプライドが許さないし、何より背中を向けたところで彼女がビームソードを槍のように放り投げてしまえばお終いだ。
不本意ながら小柳は自らの腕とパワードスーツの技量のみでシーレを相手にすることになった。
初めこそ自身の実力並びに文明の誇る利器に疑いはないと信じてやまなかった。が、徐々に押されていけば嫌でも認識を改めざるを得ない。
剣の技量で負けるのは屈辱であったが、それ以上に人類の文明の進歩の象徴であるパワードスーツが未開の惑星の住民が着こなし、自身を圧倒させているという事実が彼を余計に苛立たせた。文明人である自分が負けるはずがない。アームを次々と繰り出していくものの、ビームソードで弾かれてしまっては意味がない。
テニスラケットでテニスボールを打つように弾かれてしまってはせっかくのアームも形無しというべきではないだろうか。
結果としてはシーレの剣を前にして壁へと弾かれてしまうという情けない結果に終わってしまった。
壁から這い出しながら再度、シーレへと向かおうとしたものの、今度は逆にシーレから首元にビームソードを突き立てられてしまった。
「降参してください」
シーレのどこか下手な日本語を聞いて小柳は察した。ここで抵抗すればシーレは容赦なく自身の首を跳ね落とすだろう。戦国時代の合戦において武将たちに躊躇いを持たないように。
地球のそれも日本に産まれ、安穏な環境で育ってきた悠介であれば滅多に命を奪うような真似はしないだろう。
しかし相手は地球とは異なる惑星であり、常に命を狙われるような環境で幼い頃から過ごしてきた王女。刺客に同情などしない。
どうやら小柳は降伏するより他に手段が見当たらないらしい。シーレの判断に任されて殺されるよりかは開かれた文明によって経営されている警察の手によって裁かれる方がマシだと判断したというのが大きい。
小柳はシーレに両手の手首を掴まれ、拘束されながら会場の端へ引っ張られていく。
シーレに引きずられて移動している間も女性アンドロイドと悠介とが熾烈な争いを繰り広げている様が見えた。これでは口封じに殺すこともできまい。
フェイスヘルメットの下で小柳は微笑を浮かべた。口元の端を緩めてピエロが浮かべるようなわざとらしい笑みを浮かび上げていく。彼の心境からすればすこぶる満足であった。
目的こそ達せられなかったものの、生き残ることはできた。少なくとも文明的とも呼ばれる場所で判決を受けるのだから仕方があるまい。
シーレに連れ去られ、待ち構えていた公安の男に手錠を掛けられる最中にあっても彼は笑顔を崩していない。
少なくとも自分1人が罪を被れば会社は助かる。なにせ、自身とソード&サンダル社との関係を結び付けられるものなど何一つ存在していないのだから。
小柳は特等席で悠介と女性型アンドロイドとの戦いを眺めながら愉悦感に浸っていた。安全圏から眺める争いほど至福の時はないというが、これ程までとは思わなかった。
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ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
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彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
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【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
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オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
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※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
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