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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』
城、そして解放
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「確かに、あいつらは気に入りませんが、それでも殺そうとはしませんよ」
「ふざけないでッ! あなたは殺そうとしたんでしょッ! 」
「例え憎い人がいても滅多に殺そうとは思わないでしょう?それと同じですよ」
「あなたは化け物じゃない。化け物が人間のようなことをするの?」
「こうしてあなたと同様に喋れているのがその証拠でしょう?知性や理性といった類を持ち合わせていることはあなたや陛下に対して一定の礼節を保って接しているということが何よりの証拠になるでしょう?」
ハーリヒ二世は見れば裁判においてはコクランの方が自分の娘よりも数倍も上手であるということを悟った。そのことを証明するかのように王女は徐々にコクランの主張に押されつつあった。
そもそも感情的に喚き散らす王女と利己的に、そして冷静に自身の主張を喋っているコクランとでは天と地ほどの差があった。
大きな差があるためか、議論を続けているうちに王女からは雄弁さというものが失っていった。コクランはそれを見て勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
結果として尋問はコクランの勝利に終わった。実のところコクランは『王の耳』たちから依頼を受けて彼らを殺すように命令を受けていたのだが、コクランはそれを見事に隠し通し、自らの無罪を勝ち取ったのであった。唖然とする王女とは勝ち誇ったような笑みを浮かべているコクランであった。
無罪を勝ち取った後、コクランはハーリヒ二世によって城から出ることを許されたが、当然ながらそれだけでは納得がいかなかった。
コクランは玉座の上で全身を震わせているハーリヒ二世に向かって、自らが無実の罪を被せられたことに対して補償を行う義務があると述べた。
ハーリヒ二世はその言葉を聞いて青ざめた。国庫にコクランが望むような金があるかと問われれば答えはノーだ。
それでもコクランは頑なに保証を要求してきた。困惑するハーリヒ二世に対してコクランはハッキリとした口調で言った。
「じゃあ、レイチェルというメイドを私に身請けさせてください。それで手を打ちましょう」
コクランの要求はハーリヒ二世からすれば助け舟であった。すぐに私服へと着替え、数少ない荷物の入ったトランクを両手に抱えたレイチェルを呼び寄せ、コクランへと押し付けた。
コクランはこうしてレイチェルを伴ってリーデルバウム王国を後にしたのであった。
コクランは事務所へと戻るべく、魔界への道を進めていた。この時気になっていたのは自身についてくるレイチェルのことだった。
王女との一件もあり、ついレイチェルを身請けしてしまったまではいいが、どこか適当な街でレイチェルを逃がそうとしても彼女は街から離れ、いつの間にか自分の背後にくっ付いていたのだ。
また、どこかの野原で野宿をしている時、まだ彼女が眠っている時にこっそりとその場から抜け出し、一人で魔界へと向かおうとしていた。しかしいつの間にか、彼女が背後からくっついてきたというのには驚いた。
これにはコクランも呆れたような顔を浮かべて、
「あのなぁ、わざわざオレなんかについて来なくてもいいんだぜ」
と、やんわりと窘めた。
「いいえ、私、コクラン様にお仕えすると決めましたので! 」
既にレイチェルは『執行官様』という呼び方から『コクラン様』というより一層の親しみを込めた呼び方に変わっていた。
「いや、オレなんかに付いて行っても両親が困るだけだぞ」
忠誠心を露わにして引っ付いてくるレイチェルに対しコクランは窘めるように言った。
「その点については心配ございません! 両親は既に新しい跡取りを迎えて家を繁栄させていますから」
やはり貧乏といっても貴族だ。抜け目がない。コクランは思わず失笑してしまった。そんな笑みを見てしまったせいか、レイチェルは両頬を含まらせて不機嫌そうにコクランに迫っていった。
「私、矢でご主人様を助けられることはあの時に証明させていただきましたよッ! 」
レイチェルは例の一件を取り上げ、コクランを萎縮させていた。そしてどこかの街に寄った時に購入した弓と矢を携えながら自慢気な口調で叫んだ。
あの一件に関してはコクランも反論できず、乾いたような笑みを浮かべるしかできなかった。
魔界執行官の事務所にまだ戻ろうとしていた時のことだ。途中にあるセルブロという街でそれは起きた。
セルブロは小規模の山沿いの街であり、そこに住む者の大半は猟師である。鉄砲を持ち、弓矢を携えて鹿や猪を狩るというのが街の動ける男たちの仕事だった。
残りの老人や女性、子どもはそういった猟師たちを少しでも助けるため家事をしたり、獲物の保存に必要な塩漬けを作るなどの裏方の仕事を行うという役割を担っていた。
猟師は単独でやるものだとばかり思われがちなのだが、実際山は深く、その上山の中に棲まう獲物たちは全て俊敏であり、人間たちを翻弄していた。
それ以外にも猟の最中に熊や狼、それに魔物といった凶悪な生き物に襲われることも多い。それ故にお互いがお互いを助け合あう必要がある。
こうした事情もあり、彼らの団結心は非常に高いものへと仕上がっていた。街そのものは猟師たちの団結心によって保たれているといってもいい。
一方で団結心の高さというのはしばしば自分たち以外の外部の人間を寄せ付けないという一種の排外主義へと結び付いてしまう。
この街はまさしく余所者を寄せ付けないそんな保守的な思考に基づいた村であったのだ。人間でさえ寄せ付けないのだから亜種族など足を踏み入れた瞬間にどうなってしまうのかは想像に易かった。
コクランは街に足を踏み入れた瞬間に村人たちから標的に定められてしまい、石を投げ付けられ、「出ていけ!」という言葉を浴びせられた。
理不尽な声に抗議したのはレイチェルであった。
「やめてくださいッ! ご主人様があなたたちに何をしたというんですか!?」
レイチェルは必死な形相で訴え掛けていた。
「うるさいッ!お前は人間のくせに化け物に肩入れするというのか!?」
入り口に集まった老人の一人がレイチェルに向かって石を投げつけた。レイチェルは飛んでくる石に対して思わず身構えていたが、その石はコクランによって掌の中に受け止められてたので、レイチェルに被弾することはなかった。
コクランは投げた石が受け止められたことによって顔を青くする老人たちを一睨みした後にその石を思いっきり地面の下へと投げ捨てた。
苛立ち紛れに放り投げたこともあり、勢いが付けられた石は舗装された地面の上に投げ付けられてしまい、舗装された石の道路の一部に傷が入っていた。
コクランはそれを気に留めることもなく、石を投げた老人の元へと向かって行った。
てっきり危害を加えられるのかと思われたのだが、コクランの取った行動は予想外のものだった。
コクランは老人の前で頭を下げ、詫びの言葉を述べたのだった。
「申し訳ありません。我々が平穏な村に入ったことによってあなた方の生活を乱してしまったようです。我々は何もしません。ただ物資を売ってほしいだけのです。物資を売ってさえもらえれば我々はすぐにでもこの街を後にしましょう」
老人はコクランから感じられる気迫と長々とした語りにすっかりと萎縮させられてしまったらしい。
老人が弱々しく首を縦に動かそうとした時のことだ。
「騙されるな爺ちゃんッ! 」
と、どこからか声が聞こえてきた。老人やコクランが声のした方向を振り向くと、そこには鉄砲や弓矢を携えた若者たちがいた。どうやら何かしらの伝手で騒動を聞き付けて猟から戻ってきたらしい。
若者たちは敵意を剥き出しにした目でコクランとレイチェルを睨んでいた。
「ふざけないでッ! あなたは殺そうとしたんでしょッ! 」
「例え憎い人がいても滅多に殺そうとは思わないでしょう?それと同じですよ」
「あなたは化け物じゃない。化け物が人間のようなことをするの?」
「こうしてあなたと同様に喋れているのがその証拠でしょう?知性や理性といった類を持ち合わせていることはあなたや陛下に対して一定の礼節を保って接しているということが何よりの証拠になるでしょう?」
ハーリヒ二世は見れば裁判においてはコクランの方が自分の娘よりも数倍も上手であるということを悟った。そのことを証明するかのように王女は徐々にコクランの主張に押されつつあった。
そもそも感情的に喚き散らす王女と利己的に、そして冷静に自身の主張を喋っているコクランとでは天と地ほどの差があった。
大きな差があるためか、議論を続けているうちに王女からは雄弁さというものが失っていった。コクランはそれを見て勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
結果として尋問はコクランの勝利に終わった。実のところコクランは『王の耳』たちから依頼を受けて彼らを殺すように命令を受けていたのだが、コクランはそれを見事に隠し通し、自らの無罪を勝ち取ったのであった。唖然とする王女とは勝ち誇ったような笑みを浮かべているコクランであった。
無罪を勝ち取った後、コクランはハーリヒ二世によって城から出ることを許されたが、当然ながらそれだけでは納得がいかなかった。
コクランは玉座の上で全身を震わせているハーリヒ二世に向かって、自らが無実の罪を被せられたことに対して補償を行う義務があると述べた。
ハーリヒ二世はその言葉を聞いて青ざめた。国庫にコクランが望むような金があるかと問われれば答えはノーだ。
それでもコクランは頑なに保証を要求してきた。困惑するハーリヒ二世に対してコクランはハッキリとした口調で言った。
「じゃあ、レイチェルというメイドを私に身請けさせてください。それで手を打ちましょう」
コクランの要求はハーリヒ二世からすれば助け舟であった。すぐに私服へと着替え、数少ない荷物の入ったトランクを両手に抱えたレイチェルを呼び寄せ、コクランへと押し付けた。
コクランはこうしてレイチェルを伴ってリーデルバウム王国を後にしたのであった。
コクランは事務所へと戻るべく、魔界への道を進めていた。この時気になっていたのは自身についてくるレイチェルのことだった。
王女との一件もあり、ついレイチェルを身請けしてしまったまではいいが、どこか適当な街でレイチェルを逃がそうとしても彼女は街から離れ、いつの間にか自分の背後にくっ付いていたのだ。
また、どこかの野原で野宿をしている時、まだ彼女が眠っている時にこっそりとその場から抜け出し、一人で魔界へと向かおうとしていた。しかしいつの間にか、彼女が背後からくっついてきたというのには驚いた。
これにはコクランも呆れたような顔を浮かべて、
「あのなぁ、わざわざオレなんかについて来なくてもいいんだぜ」
と、やんわりと窘めた。
「いいえ、私、コクラン様にお仕えすると決めましたので! 」
既にレイチェルは『執行官様』という呼び方から『コクラン様』というより一層の親しみを込めた呼び方に変わっていた。
「いや、オレなんかに付いて行っても両親が困るだけだぞ」
忠誠心を露わにして引っ付いてくるレイチェルに対しコクランは窘めるように言った。
「その点については心配ございません! 両親は既に新しい跡取りを迎えて家を繁栄させていますから」
やはり貧乏といっても貴族だ。抜け目がない。コクランは思わず失笑してしまった。そんな笑みを見てしまったせいか、レイチェルは両頬を含まらせて不機嫌そうにコクランに迫っていった。
「私、矢でご主人様を助けられることはあの時に証明させていただきましたよッ! 」
レイチェルは例の一件を取り上げ、コクランを萎縮させていた。そしてどこかの街に寄った時に購入した弓と矢を携えながら自慢気な口調で叫んだ。
あの一件に関してはコクランも反論できず、乾いたような笑みを浮かべるしかできなかった。
魔界執行官の事務所にまだ戻ろうとしていた時のことだ。途中にあるセルブロという街でそれは起きた。
セルブロは小規模の山沿いの街であり、そこに住む者の大半は猟師である。鉄砲を持ち、弓矢を携えて鹿や猪を狩るというのが街の動ける男たちの仕事だった。
残りの老人や女性、子どもはそういった猟師たちを少しでも助けるため家事をしたり、獲物の保存に必要な塩漬けを作るなどの裏方の仕事を行うという役割を担っていた。
猟師は単独でやるものだとばかり思われがちなのだが、実際山は深く、その上山の中に棲まう獲物たちは全て俊敏であり、人間たちを翻弄していた。
それ以外にも猟の最中に熊や狼、それに魔物といった凶悪な生き物に襲われることも多い。それ故にお互いがお互いを助け合あう必要がある。
こうした事情もあり、彼らの団結心は非常に高いものへと仕上がっていた。街そのものは猟師たちの団結心によって保たれているといってもいい。
一方で団結心の高さというのはしばしば自分たち以外の外部の人間を寄せ付けないという一種の排外主義へと結び付いてしまう。
この街はまさしく余所者を寄せ付けないそんな保守的な思考に基づいた村であったのだ。人間でさえ寄せ付けないのだから亜種族など足を踏み入れた瞬間にどうなってしまうのかは想像に易かった。
コクランは街に足を踏み入れた瞬間に村人たちから標的に定められてしまい、石を投げ付けられ、「出ていけ!」という言葉を浴びせられた。
理不尽な声に抗議したのはレイチェルであった。
「やめてくださいッ! ご主人様があなたたちに何をしたというんですか!?」
レイチェルは必死な形相で訴え掛けていた。
「うるさいッ!お前は人間のくせに化け物に肩入れするというのか!?」
入り口に集まった老人の一人がレイチェルに向かって石を投げつけた。レイチェルは飛んでくる石に対して思わず身構えていたが、その石はコクランによって掌の中に受け止められてたので、レイチェルに被弾することはなかった。
コクランは投げた石が受け止められたことによって顔を青くする老人たちを一睨みした後にその石を思いっきり地面の下へと投げ捨てた。
苛立ち紛れに放り投げたこともあり、勢いが付けられた石は舗装された地面の上に投げ付けられてしまい、舗装された石の道路の一部に傷が入っていた。
コクランはそれを気に留めることもなく、石を投げた老人の元へと向かって行った。
てっきり危害を加えられるのかと思われたのだが、コクランの取った行動は予想外のものだった。
コクランは老人の前で頭を下げ、詫びの言葉を述べたのだった。
「申し訳ありません。我々が平穏な村に入ったことによってあなた方の生活を乱してしまったようです。我々は何もしません。ただ物資を売ってほしいだけのです。物資を売ってさえもらえれば我々はすぐにでもこの街を後にしましょう」
老人はコクランから感じられる気迫と長々とした語りにすっかりと萎縮させられてしまったらしい。
老人が弱々しく首を縦に動かそうとした時のことだ。
「騙されるな爺ちゃんッ! 」
と、どこからか声が聞こえてきた。老人やコクランが声のした方向を振り向くと、そこには鉄砲や弓矢を携えた若者たちがいた。どうやら何かしらの伝手で騒動を聞き付けて猟から戻ってきたらしい。
若者たちは敵意を剥き出しにした目でコクランとレイチェルを睨んでいた。
応援ありがとうございます!
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