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第一部『人界の秩序と魔界の理屈』

第二の武器

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「おいッ! いるんだろッ! 出てこいッ! 」

 ラルフはコクランが身を潜めている応接室に推理小説に登場する探偵に追い詰められ、後がなくなっているような愚かな犯罪者のように剣を振り回しながら怒鳴り込んできた。扉を蹴破って現れた。

 彼は目的のために戦っている戦士だ。だが、コクランの目から見れば今の彼は悪人のように見えた。
 ラルフはチャールズに影響を受け、人間によって迫害を受ける魔族たちが自由に暮らせる国をいいや、コミューンを作り上げようという崇高な志を持った人物であるのに、自身の命を狙っているだけというだけで自分の中では悪人にしか思えない。

 そう考えればラルフは主観的な悪人でしかない。いやそもそもラルフは『人間』ではないので『悪人』と評するのは間違いかもしれないが、便宜上そう呼んだ方がいいだろう。

 そんなくだらないことを考えていると、顔から湯気を出しているようなラルフがコクランが潜んでいる長椅子のすぐ側にまで現れた。
 ラルフの魔法は鉄を使う強力な魔法である。日本刀だろうと銃だろうとあの強力な盾の前にはすぐに弾かれてしまう。

 そのため不意打ちで倒すしかないのだ。不意打ちで一気に刀を突き刺し、その命を奪う。簡単なことだ。コクランは心を落ち着かせていた。
 後はラルフがちょうどいい場所に立てばいいだけなのだ。

 そう考えていると、ちょうど自身のすぐ側にまでラルフの足音が聞こえてきた。今だ。
 コクランは長椅子から飛び上がり、刀を勢いよく突き立てた。

 コクランが知っている例の時代劇ならばここでラルフは刀を喰らって死んでしまうところだろう。
 だが、現実とドラマは違う。ラルフは刃が突き刺さろうとしている間一髪のところで刀を避け、背後に下がっていた。

 コクランは腰に下げていた拳銃を抜いた。そしてすぐに引き金を引いた。
 しかし不意打ちというのは最初の一撃を避けられれば不意打ちは意味をなさない。ラルフはあっさりと銃弾を交わしてコクランの懐へと潜り込んだ。

 それから鉄の魔法を込めた拳で殴り飛ばした。コクランは地面の上に殴り飛ばされてしまった。鉄の魔法を纏った拳はまるでメリケンサックのようだった。

 強烈な力で腹部を勢いよく殴られればやはり辛いものがある。コクランの口から血が地面の上に注がれていく。赤い水たまりが地面の上に作られていく。

 コクランが自身の体の弱さに嫌悪感を感じながら口に拭っていた時だ。

「おれの勝ちだな」

 と、ラルフは真下に作られた血溜まりを見ながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
 それから後に拳を振り上げてコクランの頭をそのまま潰そうと考えていた。

 幸いなことにラルフの体そのものは鉄に覆われていない。コクランにとってはそこが狙いところだった。コクランは迷うことなくラルフの股間部分を蹴り上げ、悶絶している隙を利用して、コクランはラルフの前から素早く立ち去っていく。

 不意打ちが狙われた以上はもう一度不意打ちを狙うしかない。無敵ともいえる鉄の壁を破る手段としてはそれしかない。
 自身の乏しい想像力ではそれしか対策法が思い付かない。
 コクランが苦笑していると、背後から足音が聞こえてきた。ラルフが自分を追い掛けてくる音だ。

 コクランはその場から逃れることはできた。しかし今の混乱した自分の頭ではあの鎧を破壊できるような対策は思い付きそうになかった。
 あの鎧を破壊できるような凄まじい魔法でも思い付けば話は別なのだが、生憎とそんな風に現実は上手くできていない。

 いくら苦しくてもいきなり助けの手が天の上から降ってくるということはあり得ない。コクランは自分が住む世界はそこまで都合良く作られていない気がした。

 コクランが苦笑していると、自身の足が家の外に出てしまったことに気が付いた。
 夢中になって逃げている間にどうやら外に出てしまったらしい。

 もう一度だ。今度は扉の前で待つことにした。またしても時代劇に登場する侍の心境を味わうことになった。
 扉を開けて出てきた瞬間に日本刀で串刺しにしてしまうのが一番だ。

 だが、コクランの目論見は最悪の形で裏切られてしまう羽目になった。
 というのもコクランの前に見知らぬエルフの男性が現れたからだ。

「おい、貴様、ここで何をしようとしている?」

「何って?これだよッ! 」

 コクランは勢いよく日本刀をそのエルフの男性へと突き出していく。
 しかしコクランの握った日本刀が突いたのは空だけだ。どこか虚しい気持ちに陥ってしまう。コクランは続けて日本刀を振ってエルフの男を斬ろうとしたものの、簡単に避けられてしまう。

 それどころか、エルフの男は腰に下げていた剣を抜いてコクランへと斬りかかっていく。
 幸いにもコクランはすぐにその場から離れたのでエルフの男の剣がコクランに直撃することはなかった。

 コクランすぐに建物を離れていく。同時に扉が開き、ラルフの姿が見えた。
 ラルフは剣を構えている。コクランはそんなラルフに対して日本刀を向けていた。

 この状況で戦えば勝つのは間違いなくラルフの方だ。それは鋼鉄の魔法が証明している。
 この魔法を攻略するには不意打ち以外は考えられない。直接戦えば負けるのはコクランなのだ。

 どうすればあの厄介な魔法を攻略することができるのだろうか。コクランが頭を悩ませていた時だ。
 妙案が思い浮かんだ。それはラルフの魔法を封じ、かつ自身の勝率を飛躍させるものだった。

「なぁ、ラルフ……同じ魔族と見込んで、一つ頼みがある」

 コクランは『一つ』という単語を強調するように人差し指を掲げながら言った。

「頼みだと?」

「あぁ、決闘だ。決闘でおれと決着を付けてもらいたい」

「面白い。だが、お前はおれの魔法に勝てるのか?」

 ラルフは挑発するように言った。だが、コクランはそれを聞いても動じる様子は見せない。むしろ予想通りだと言わんばかりの顔でラルフを見つめていた。
 コクランはクックと笑いながら決闘の詳細を説明していく。

「勘違いするな。決闘は魔法なしでやるんだ。お互いの剣の腕だけで白黒はっきり付けてやろうじゃあねぇか」

「ふざけるなッ! 」

 激昂したのはアンドリューだった。アンドリューは剣を突き付けながらコクランに向かって声を上げていく。

「魔法なしで戦えだと!?同志ラルフに死ねと言っているようなものではないか!?」

「……生憎だがね、おれは死ねだなんて一言も言ってないよ。ただお互いの剣の腕だけで戦おうと言いたいんだ」

「愚問だな、おれがそんなバカな提案に付き合ってなんの得があるというだ?」

 ラルフの言葉は正論だった。実際にラルフがコクランの提案に従ったとしてもなんのメリットも生じない。それどころか、自身の強みを放棄して戦う羽目になるのだからデメリットしか生じない。

 無論、そんな反論が飛んでくることもコクランは頭の中で予想できていた。
 それ故に反論に対する反論もすんなりと出てきていた。

「得ならあるぜ。それは名誉だ」

「名誉だと?」

「その通り、魔法なしで魔界執行官を葬ったという名誉がお前に与えられることになるなぁ」

「……それはいいな。お前を魔法なしで殺すことができれば同志たちへのいい激励になるぜ」

「だろ?それにおれはたった今刀……いいや、この剣に触れたばかりなんだ。そんな相手ならば容易に斬れるだろ?」

 あまり剣に触れていなかったという一言がラルフの背中を押したらしい。
 ラルフは剣を鞘から抜き、刀を構えたコクランと対峙していく。

「同志ラルフッ! 」

 嫌な予感がしたのか、アンドリューは慌てて止めに入った。
 だが、そんなアンドリューを押し除け、ラルフは剣を振り回しながらラルフの元へと向かっていく。

 まず、剣と刀とが互いに大きく振り払われ、宙の上で大きな音を立ててかち合っていく。
 続いて第二撃、これに関しても互いに逆袈裟掛けに剣を振るおうとしたので左上で互いの刃が激突した。

 続いて第三撃、これは互いに袈裟掛けかれ斬りかかっていった。お互いに左腰から右腰に掛けて大きく剣と刀を振るっていたせいで、右腰のあたりで刀と剣とがぶつかり合った。
 続いて二合三合と互いに剣と刀がかち合い、火花を立て、金属と金属とがぶつかり合う時に生じる激しい音が聞こえてきた。

 ラルフは斬り合いの最中に確信した。コクランという男は大嘘吐きだ、と。

 恐らく、どこかで剣の鍛錬を行っていたのだろう。
 そうでなければこんなにも上手く剣を操って戦えるはずがない。

 だが、そんなことはもうどうでもよかった。ラルフは密かに笑っていた。相手が大嘘吐きであったとしてもこんな素晴らしい相手と剣を打ち合うことができたという事実がラルフを大きく喜ばせていた。

 この時間が終わってほしくない。ラルフは自らの剣を振るいながら心の中で密かに願っていた。
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