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第二部『共存と憎悪の狭間で』

現と夢幻の狭間で

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「オレが死んだらどうなるんだ?」

 コクランは二人が眠っていることをいいことに檻の中に壁に向かって一人虚しく問い掛けていた。
 当然答えは返ってこない。巨大な土色の壁があるばかりだ。

「答えてくれ、オレは今度死んだらどこに行くんだ?」

 コクランはもう一度壁に向かって問い掛けた。しかし虚しいこだまが聞こえてくるばかりだ。これ以上意味のない一人問答を続けていては二人が起きてしまうだろう。

 コクランは壁に問い掛けるのをやめ、藁の下に潜りながら転がりながら懐かしい記憶のことを思い返していた。

 東京都葛飾区にある小菅という土地に聳え立つ東京都拘置所。そこに自分の姿はあった。
 押し入った強盗の一件によって死刑判決を受けてここに居たのだ。上告に関しては自ら取り下げ、罪を償うため部屋の中に居た。

「なぁ、オレは地獄に堕ちるのか?」

 前世のコクランは面会に訪れた黒い服を着た男に向かって問い掛けた。
 だが、黒い服の男は答えなかった。ただ前世のコクランに向かってニコニコと笑っているばかりである。

「なぁ、本当に地獄はあるのか?」

 今度の問いにも答えなかった。先ほどと同様にニコニコ笑っているばかりである。
 男が何も答えないことで不安を覚える前世のコクランに対し、安心させるように優しい声で言った。

「地獄は確かにあります。そして今あなたは地獄に落ちております」

「それはどういうことで?」

「……あなたは今、今里さんを殺したことを悔いておられる。そして苦しんでいる。地獄に堕ちるというのはそういうことではないでしょうか?」

 コクランの前世だった男は答えなかった。何も言わずに視線を下に向けていた。

「確かに意味が分からないでしょう。私だって本来ならば神の存在を伝え、死後にあるという世界を存在を信じなければならない身……このようなことを言うのは得策ではないかもしれません。ですが、それを踏まえた上で言います」

 教誨に訪れたという男は両目を見開いた。しかしその目は先ほどと同様に優しく笑っていた。

「あなたは今地獄にいる。そしてそこから這い上がれるかはあなた次第です」

「おれ次第?」

「人は変われるという言葉をご存知でしょう?努力なさい。そして罪を悔いるのです。そうすればあなたは今の苦しみから必ず解放される。神があなたをお救いくださるのですよ」

 男はもう一度優しく微笑んだ。コクランはそこまでのことを思い返し、慌てて辺りの様子を見渡していく。そこは確かに檻の中だった。ただし現代的な設備は何もない。中世のヨーロッパ時代の前衛的な施設を思い起こさせるような粗末な牢屋だ。

 日当たりといい、設備といい東京拘置所とは比較にならないほどかもしれない。
 コクランは思い出の世界から帰還すると、また寝息を立てて眠り始めていった。

 今度は夢を見なかった。翌日泥のような深い眠りからコクランは目を覚ました。
 未だに夢から醒めないような感覚だったが、不思議なことに体は五体満足で動かせた。

 昨晩の奇跡をパンを齧りながら二人に話すと、二人は目を大きく開き、信じられないと言わんばかりの顔でコクランを見つめていた。

「まさか、コクラン様がここまで回復なさるなんて……」

「あぁ、奇跡としか思えない」

 復活したことに対して驚きを隠しきれない二人を他所にコクランは夢中になってスープを啜り、パンを齧っていた。
 そんな姿を見て安堵するのと同時に不安さえ覚えていた。
 もしかすれば今見せているのは空元気にしか過ぎず、無理やり暴れた後はすぐにでも死んでしまうのではないだろうか。

 そんな不安だ。だが、コクランは二人の不安を他所に元気そうな様子を見せながら脱獄の計画を練っていった。
 牢屋の端に集まり、看守をどのように誘き寄せるのかを説明していく。

「まず、看守に檻を開けさせるのには並大抵の理由ではだめだ。それこそ慌てて開けさせるような理由でなくてはならん」

「たとえば?」

「そうだな……おれが死んだという話なら我を忘れるだろうさ」

 二人はまたしても顔を見合わせた。そしてお互いの顔をしげしげと見つめていた。

「フッ、まぁ納得するのは厳しいだろうよ。おれだってお前らと同じ立場なら戸惑うだろうさ」

 と、コクランは前置きを行った上で真剣な顔を浮かべて訴えていく。

「だがな、今回の計画はこうでなくちゃあだめなんだッ! いいか、おれたちはやるんだッ!やらなくちゃあならないんだよッ! 魔族の平和のためにもな」

『魔族の平和』という言葉が二人の胸に押し掛かった。

 だが、コクランについてきた以上は『魔族の平和』を実現するために尽力していかなくてはならないだろう。
 二人はコクランの理想を助けるために決意を固めていった。

 計画の決行時は次に看守が食事を運んで来た時である。レイチェルが見張りを担当し、その前にドガがコクランの体の上に覆い被って泣き叫ぶことで信憑性を高めるというのが芝居の大まかな筋書きとなっていた。

 あとは上手くいくことを願うばかりである。しばらくの間、悶々ときた思いで過ごしていた時のことだ。
 コツコツと足音が聞こえてきた。どうやら看守が現れたらしい。

 見張り役を行っていたレイチェルの言葉を聞き、すぐにコクランは部屋の隅で倒れているふりを行った。それからドガは体の上に覆い被さって泣くような真似をしていた。

 後はレイチェルも檻を掴んで嘆いているような真似をすればいいだけだ。
 看守役のオークは檻の中の異常事態に気が付いたらしい。運んでいた食事を横に置き、檻の中を覗き込んでいった。

「どうした?何があった?」

「ご、ご主人様が……」

 レイチェルは両目を両手で覆いながら泣き真似をしながら部屋の隅で倒れているコクランを震えた指で指していく。

「まさか……亡くなったのか!?」

 レイチェルはその問い掛けには答えなかった。ただ黙って泣くばかりだった。
 レイチェルの泣く姿を見てオークはそれが真実だと確信したらしい。慌てて檻を開き、牢屋の隅、藁のベッドの上で眠っているコクランのもとへと向かっていった。

 生死を確かめるためにコクランの体を触ろうとした時だ。突然倒れていたはずのコクランが起き上がり、自身の首を絞めあげていったのだ。

 首を絞めあげられたことによってオークは意識を失ってしまった。
 そのまま牢屋の中に倒れ込んだのが見えた。これでいい。コクランたちはすぐに立ち上がり、鍵を回収していった。

「よし、お前たちは外に出ろ」

 コクランの指示に従い、二人は先に外へ出て行った。コクランは最後に出ると、そのまま檻の中に看守のオークを閉じ込めた。

 しばらくオークの看守は外に出ることができまい。三人はほくそ笑むとそのまま牢屋を後にした。

 いずれ看守が戻ってこないことを知った仲間たちが探しにくるだろうが、今はそんなことは関係ない。
 すぐにでもヴィンセントの元へと駆け出さなければならないのだ。ヴィンセントを討ち取らなければこの戦いは終わらないからだ。

 そのためには武器が自身の手のうちになければならない。そうでなければヴィンセントに対抗することは不可能だろう。
 コクランたちは取り上げられた武器を回収するため廊下の分かれ道などを利用し、巧みに身を隠しながらヴィンセントの元にまで進んでいく。

 順調に一階にまでは上がっていけた。この階でヴィンセントの居場所を探っていこう。ヴィンセントさえ討ち取ればあとは烏合の衆。統率など持ち合わせてはいない。ゆくゆくは内部分裂によって崩壊していくことになるだろう。

 その第一段階としてコクランたちは巡回の兵士を闇の奥に引き摺り込み、相手の武器を奪いかけると、そのまま剣を壁に突き刺して問い掛けたのだった。

「おれたちの武器はどこにあるんだ!?言えッ! 」

 コクランの剣幕を前にしていかに強い意志を持った兵士たちであったとしても怯えてしまったらしい。

「城の中央会議室だ」

「中央会議室だと!?それはどこだ!?」

 兵士は廊下の先を突き刺していく。
「それだけじゃあわからねぇんだよッ! 具体的な場所を言えッ! 」

「この城の二階だよ……」

 コクランはそれだけを聞き取ると、兵士の頭に強い一撃を喰らわせてその意識を奪い取ったのだった。
 兵士は悲鳴を上げて地面の上へと倒れ込んだのだった。

「行こう。城の二階だ」

 コクランの言葉に従い、二人は二階に向かっていく。
 二階には一階以上の兵士たちの姿が見えた。全員が忙しなそうに動いており、息つく暇もなさそうだった。

「旦那、あいつらをどうする?」

「決まってンだろ。上手く掻い潜っていくしかないさ」

「でも、あまり上手い作戦とは言えませんね」

 背後でレイチェルが毒を吐いた。

「だが、それをやるのがオレたちさ。行こうぜ。あんまり相手を傷付けないでことを運んでやるのさ」

 コクランはニヤリと笑ってみせた。












 あとがき
 本日は多忙のため投稿が遅くなってしまい、誠に申し訳ございません。
 もう一話はお約束通り本日中に投稿させていただきます。
 読んでいただいている皆様方には謝罪してもしきれません。本当に申し訳ありません。
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