死神は世界を回る ~異世界の裁判官~

アンジェロ岩井

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第二部『共存と憎悪の狭間で』

コクラン・ネロス復活の時

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 かつて神の御子は自分よりも罪が深い一般の人々を助けるため、その罪を一身に背負って十字架に掛けられた。
 神の御子は言った。

「悲しむな。人の子らよ。私は三日後に復活する」

 そしてものの見事に神の御子は復活を遂げた。以後気高い精神は一千年以上の時間にも渡って引き継がれていき、その教えは人々にも引き継がれていくことになった。

 遠く中国の地で孔子の教えが受け継がれたように、遠くインドの地で仏陀の教えが受け継がれたように人々は神の御子がもたらす教えを引き継ぎ、それ以前の人々にはなかった救いという概念を与えたることになった。

 こうした話を聞かされたのは拘置所を訪れた牧師の言葉だった。

「……私の罪は許されるのでしょうか?」

 死刑囚となった青年は牧師に向かって震える声で問い掛けた。既に何度も尋ねたことだった。

 しかしそれでも尋ねてしまった。青年はそれ程までに自身が犯してしまった罪の重さに耐え切れずにいたのだ。
 牧師はそんな青年の肩を優しく叩きながら言った。

「勿論です。主は仰いました。『お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がその御子の名においてあなた方を赦しましょう』と」

「じゃ、じゃあ!」

 青年の表情が明るくなっていった。

「えぇ、あなたの罪も許されることでしょう。犯したことはもう取り返しがつきません。ですが、人は何度でもやり直すことができます」

 青年はそこで目を覚ました。恐る恐る両目を開いていく。そこに広がっているのは暗闇ばかりだった。
 自身が大の字になって寝転んでいる場所はタイルのようにごつごつとした感触があった。

 動こうにも少し首を動かしただけで首から血が溢れ、タイルの上に血液が溢れてしまうので迂闊に動くこともできない。
 そしてやる気も起きてこない。何もする気が起きない。今のコクランにはただぼんやりと過ごすことしかできなくなっていた。

 いつまでも暗い闇の中を見つめていたが変化は起きない。時間は壊れているかのようだ。腹も減らない。常に満腹の状態にある。
 コクランは大の字になって寝転びながら自身がこの場所に来ることになった理由を思い返していく。

 あの時は魔族たちの反乱を鎮圧するためバルボディ宮殿へと向かい、そこで反乱の首謀者であるヴィンセントに喉を掻き切られてしまって自身は死んでしまったのだ。

 溶解魔法で溶かされた方が些かマシであったかもしれない。コクランが苦笑しようとすると、また喉の傷口からヒューヒューと風が注がれる音が聞こえてきた。

 恐らく自虐ネタで吹き、首の傷も忘れて首に負担が生じたのだろう。これではいけない。

 コクランは苦笑し、またぼんやりと闇を見上げる作業へと戻っていく。

 特にやることもないのでどこまでも続く暗闇を見上げることくらいしかやることがないのだ。それで飽きというものがやってこないのだから不思議なものである。

 すっかりとこの世界に染まってしまったな、とコクランが自嘲していた時だ。突然真っ暗闇を塗り潰さんばかりの光が生じていったのである。

「こ、この光はなんだ?」

「私です」

 コクランは自分に向かって問い掛けてくる声のことなど知らないはずだった。
 男とも女とも取れるような声など知らなくて当たり前のはずだ。

 だが、不思議なことにコクランはその声の主のことを知っていた。
 二度の人生において一度も聞いたことがないはずだったのに、なんとなく頭の中から適切な言葉が思い浮かんでくるのである。

 だからだろう。自然と光に対する返答が口から出ていた。

「あぁ、あんたか」

「えぇ、コクラン・ネロス。いいえ、蕗谷清次郎ふきやせいじろう。お前は今から一年前、二度目の死を迎えました」

「……そうか、もう一年も経ったのか」

 コクランは感慨深いものを感じていた。どうやら自身は死んだ後から一年間もこの暗闇の中で眠っていたらしい。
 あまりにも情けないように思えた。だが、それでいて少しも退屈だと思わなかったのは不思議だった。蝉が土の中で羽化を待つ間に何も感じないのと同じ理由からくるものなのだろうか。

「えぇ、そのようなものです」

 コクランの頭の中を読んだのか、例の光は即座に答えた。

「早いものだね。もう一年になるのか」

「えぇ、妖霊大帝に首を掻き切られてね」

 聞き慣れない単語にコクランは思わず両眉を顰めた。

「あの男……ヴィンセントの別称です。『妖霊国』と呼ばれるコミューンの頭目であり、新たに皇帝へと就任したヴィンセントのことをそう呼んでいるのです」

「……あいつ相当持ち上げられてるみたいだな」

 コクランは苦笑した。ヴィンセントと初めて出会った時、彼はひたすらに純粋な青年のように見えた。

 しかし今の彼は押しも押されぬ妖霊国の頭目であり、妖霊大帝などと呼ばれている。その上で人界に住まう魔族たちの神と化している。

 昔からある言葉で『人は変われる』というものがあったが、それは魔族にも当て嵌まるようだ。

「誤解してもらったら困るので言っておきますが、ヴィンセントは権力に狂ってなどおりません。むしろ彼は自らが頂点となることで積極的に魔族の保護へと乗り出そうとしているようです」

「……そうか、なら魔族は安泰だ。オレのことはもう放っておいてくれないか?」

 コクランの言葉は本音から出たものだった。確かに突然命を奪われるようになったことは悔しかったが、死というのは誰にでも等しく訪れるものだ。
 それが遅いか早いかの違いでしかない。
 コクランは光に向かってそう語った。

「その通りです。ですが、あなたにはもう一度生き返ってもらわなくてはなりません」

「それは何故だ?」

「妖霊大帝……ヴィンセント・オドホムルゲンを葬り去るためです」

 コクランの顔色が変わった。それから両目を見開いて光を睨んだ。

「冗談だろ? オレは生き返るつもりはないし、ヴィンセントを倒すつもりもない。ヴィンセントは魔族にとって救いの主にも等しい存在だ」

 コクランは自身の言葉が間違っているなどとは思いもしなかった。
 むしろ光に対して正論を言うてやったとすら思っていた。
 だが、光は繰り返し言った。

「コクラン・ネロス。あなたは今一度蘇り、その手で妖霊大帝を葬るのです」

「嫌だッ!」

 コクランは声を張り上げ、明確な拒絶の意思を示してみせた。その結果怒りを買うことになって地獄へ堕ちることになったとしても構わなかった。

 だが、光は同じ言葉を繰り返すばかりだった。いくら断っても同じ言葉で生き返りを勧めてくるばかりだった。

「ここで来たのならばいっそあんたを怒鳴り付けてやりたいよ」

 コクランは苦笑しながら言った。

「もう一度だけ言います。もう一度蘇り、妖霊大帝を倒しなさい」

「……なぁ、なんでそこまでオレを蘇らせようとしているんだ?」

 純粋な疑問だった。何度も何度も断っているというのにどうして自身に拘るのかを知りたかった。

「それはお前の罪を償うためです」

「オレの罪だと?」

「えぇ、人界に訪れた脅威を自身の命を懸けて止めることであなたの罪は初めて償われるのですよ」

「じゃあ、じゃあオレをなぜ一度あの世界に魔族として転生させたッ! そして、魔界執行官としての職を与えさせたッ! どうしてだ!?」

 コクランが激昂するのも無理はなかった。コクランは魔界執行官として同族を裁き、人間のために働くことこそが前世で犯した自身の罪を償うための唯一の方法だと信じていたからだ。

 だが、光の説明によればそれはコクラン自身に誤った解釈でしかなかったそうだ。

「魔界執行官としての職を与えたのはかつて犯した罪を両肩に背負ったあなたに人界という未知の場所で魔族の犯罪を裁くことでその罪のことを深く意識させるつもりだったんです」

 尤もな理屈である。コクランは怒りも忘れて光の言葉を受け入れていた。

「なるほど……じゃあ、あの百年間は全て最初の人生での罪を意識させるための行動だったんだな」

「えぇ、あなたはあの百年間で身勝手さ、愚かさ、そして愛を知ったでしょう」

 その言葉は間違いのように思えた。コクランがあの百年間で知ることができたのは『身勝手さ』と『愚かさ』の二点のみだ。
『愛』を知ったことなどなかった。

「いいえ、あなたは愛を見たはずです。
 思い出しませんか? 涙を流しながら助けを求めてきた魔族の姿を」

「……なるほど、あんたの言う『愛』とやらは人間にとっての愛ではなく、魔族の愛だったんだな」

 ならばますます『愛』を守るために妖霊大帝を守りたくなってしまう。
 妖霊大帝並びに『妖霊国』は人間によって虐げられた魔族たちの最後の砦なのだから。

 だが、光はそんな考えを許さなかった。
 先ほどよりも強い口調でコクランに命令を下していく。

「お前は生き返るのです。そして妖霊大帝を倒さねばなりません」

「教えてくれ、妖霊大帝を倒す理由はなんだ?」

「彼が人界と魔界のバランスを崩してしまうからです。彼の登場によって魔界と人界との均衡が崩れ、人界は妖霊国に支配されてしまいます」

「……なるほど、オレはそのために生き返らないといけないわけか」

 コクランは苦笑した。人界と魔界とのバランスを保つためだけに妖霊大帝を倒さなくてはならないのだ。

 もちろん、そこには自身の罪を償うという贖罪も含まれているのは分かるが、それでも虐げられている魔族を助けようとする立派な魔族を倒さねばならないことには変わらない。
 コクランは苦笑した。

「さぁ、蘇りなさい。コクラン・ネロスよ。あなたには人界を救う義務があるのですから」

 光が囁くように言った途端にコクランの体はゆっくりと宙の上へと上がっていった。

 光に包まれたその体はどこにでも昇っていけそうだった。気が付けば喉の傷は消え、体に付着していた汚れは消えていった。
 蘇る用意は完璧だということだった。
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