死神は世界を回る ~異世界の裁判官~

アンジェロ岩井

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第二部『共存と憎悪の狭間で』

その時助手たちは

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「……いい加減にしろッ!」

 ドガはいつまでも啜り泣きながら酒を飲んでいるレイチェルに対して業を煮やし、彼女が飲んでいた酒瓶を強引に取り上げた。
 レイチェルはこの一年間、最愛の主人が死んでからというものの、酒浸りの日々を送っていた。

 金そのものには不自由がない。魔界からはコクランの死後、そして魔族による人界での騒動が一年間一度も引き起こされていないにも関わらず魔界執行官助手としての給料が贈られている。その上魔王から見舞金が渡されることが大きかった。
 その金で近所の街から酒を買うだけの虚しい日々だった。

「いいのよッ! 私は早く死んで楽になりたいのッ!」

 レイチェルは勢いのまま自らの思いを吐露していく。口調はいつものような敬語口調ではない。
 錯乱した状態のまま取り上げられた酒瓶に向かって必死に手を伸ばしていく。

 その姿を見たドガは黙ってレイチェルの頬へと平手打ちを喰らわせたのである。

「いい加減にしろッ! そんなことをして旦那が喜ぶとでも思ってンのかよ!?」

「思っているよッ!」

 レイチェルはヒステリックに叫んだ。その反論には理性など一つの欠片も感じられなかった。今の彼女にとって酒浸りとなり、コクランの後を追うということは何よりも重要なことだったのだ。
 大昔の時代に奴隷が主人の死後に無理やりさせられようとしていたことをレイチェルは自発的に行おうとしていたのである。

「このバカッ!」

 ドガはもう一度平手打ちを喰らわせる。それでもレイチェルは怯むことなく、酒を求め続けていた。
 その時だ。事務所の扉を叩く音が聞こえてきた。

 扉を開けると、そこには鎮痛な顔を浮かべた一人の農夫の姿があった。
 麦わら帽子に裾の切れた紺色のズボンにヨレヨレのシャツ、そしてそれが外れないために安っぽいサスペンダーをかけているという典型的ともいえる服装をしていたので覚えている。

 年齢は髪が白髪になっていないこと、それでも顔にある程度皺が見えることから中年相当の年齢だと思われる。
 麦わら帽子の下からも萎れた表情が窺い知れた。

「旦那方でしたね?あのばけ……いいえ、あのお方の棺を村ン中に収められたのは?」

『化け物』と言い直したのは不愉快だったが、指摘していたら話が進まないだろう。ドガは我慢して問い掛けた。

「その通りです。で、それが何か?」

「実はね、死んだあのお方が生き返ったんですよ」

 その言葉を聞いたレイチェルが喰い入るように農夫に向かって問い掛けた。

「その話は本当ですか!?」

「ほ、本当だども。オラァ確かに見たよ。あの人が生き返る様をな」

 真剣な表情で農夫の言葉が嘘だとは思えなかった。

「よしッ! 今すぐに向かいますッ! ご主人様は……コクラン様は生き返られたんだッ!私はまたあのお方に仕えられる……」

 レイチェルはすっかりと興奮してしまったらしい。大きく声を張り上げながら農夫の男に詰め寄っていた。
 普段ならばレイチェルを窘める立場のドガもこの時ばかりは同様に農夫に対して険しい表情で確認を行なっていた。

「あんた、揶揄ってるんじゃないよな?」

「揶揄ってるも何も、あたしゃ本当のことを言ったまでのことだけですよ」

「確かなんだろうな?」

 レイチェルほどではないが、コクランに対する思いが強いドガは農夫の胸ぐらを強く掴み上げながら問い掛ける。

 それでも返答は同じだ。ドガは農夫を地面の上に向かって乱暴な手付きで放り投げ、レイチェルに向かって叫ぶ。

「レイチェルッ! 鞄を用意しろッ! オレとお前の二つ分だッ!」

「はいッ! すぐに用意させていただきますッ!」

 レイチェルは慌てて自身の部屋へと戻っていく。部屋の中にある弓矢を用意するつもりだった。
 一年振りに触る弓矢だった。鏃を研いだり、弓の弦を引いたりしなくてはならない。

 だが、それは道中でも出来ることだ。レイチェルは鞄の中に必要なものを詰め込んでいく。

 旅支度を終えると、もう片方の鞄をドガに渡し、農夫を共にして村にまで向かっていく。そこはかつて自分たちでコクランを埋めた村であった。
 と、同時に現在は妖霊国の中にある外部の人間が足を踏み入れることができぬ魔境であった。

 こうして農夫が今ここに報告に来ることができたのも奇跡に近かった。
 なぜ彼が出ることができたのかが分からなかったが、それでも自分たちにとっての朗報を聞くことができたというのは大きかった。

 時たま魔界から運び出されたという『はぐれ魔物』と遭遇することはあった。
 だが、コクランに会いたいという思いが道を遮る『はぐれ魔物』を打ち倒していったのである。

 現在この世界において『はぐれ魔物』と旅とは「切っても離せぬ」ような関係であり、事実三人は旅をする中で何度も『はぐれ魔物』に相対することになっていた。
 例の大蜘蛛の他に巨大な姿をした人喰い蟻やアメーバなどが襲い掛かってきたのである。その度にドガは爪や牙を振り上げ、レイチェルは矢をつがえなければならなかった。

 無論旅において困ることは『はぐれ魔物』ばかりではなかった。旅の道中妖霊国による影響もあって、魔族に対する人間たちの差別的な感情はいつにも増して深くなっていた。

「うちの宿屋は魔族なんて泊めないよ。分かったら帰んな」

「勘弁してくれよ。うちの飯屋は近所の常連さんで成り立ってる店なんだよ。魔族に食わす飯なんてないね」

 呆気に取られる二人に対して農夫はさも当然と言わんばかりの顔を浮かべていた。
 そんな時には少し後に『はぐれ魔物』の前に農夫を置き去りにしてわざと危機に陥らせることで溜飲を下げていたのである。

 二人の影響もあってすっかりと怯える農夫を他所に二人は快進撃を続けていた。
『はぐれ魔物』や偏見による妨害なども大きかったが、中でも一番の脅威は自然だった。
 とりわけ建物のないところで雨に降られてしまえばなるべく広い葉を持つ木の下に隠れるより他に対処法がなかった。

 スペースの問題からやむを得ずに三人で肩を並べてはいたものの、よくある恋愛劇や小説のように三人の中で特別な感情が湧き上がることはなかった。
 だが、敢えて例外を挙げるのならば一度だけ雨の中に三人で集まった話をしていた。

 それは退屈紛れ、そして寒さを誤魔化すために話したくなったという心理が働いたに違いない。
 いずれにしろこれまで特別なことをしてこなかったこのパーティーにおいては例外的な状況であったといってもいいだろう。

「そういえば、この道中でも色々とあったのにあんたはどうやって事務所にまで来れたんだい?」

 ドガの疑問は当然のものだった。農夫が転移魔法のようなものを扱えないのは見れば分かる。
 そうなると問題は行きの道中である。通常ならば旅をする時、村の強い人物に護衛を依頼する。
 ただ今回の場合は農夫に護衛の人物は付いていなかった。それに加えて農夫が強い魔法を使えるわけでもない。

「本当にどうやって来たんですか?」

 この問い掛けは最初に尋ねてきた時から抱いていた疑問である。

「実はな。わしにも分からんのだ」

 農夫はある日村の中でいつものように農作業へ出掛けようとしていると、天からの声を聞いたのだそうだ。
 すると、気が付けば執行官事務所の前にいたのだそうだ。
 戸惑う農夫に対してどこからか光がやってきて言った。

「あなたはここにいる人たちにコクランが無事であるということを伝えなさい。そうすればあなたの役割は終わりです」

「こ、コクランってあの?」

「そうです。三日前にあなたたちの村に現れたあの魔族の男のことです。私からは何も指示を出しません。ただ生きているということだけを伝えればいいのです。さぁ、急いで!」

 農夫は謎の声に急かされたということもあり、その後に息を切らしながら扉を叩いて声の指示通りに自身が体験したことをそのまま伝えたのである。
 最初に確認を取ったのは万が一のためであったらしい。

「なるほど、そんな事情があったんだな」

「しかし気になるのはその声とやらですね。いったい何が目的だったのか」

 レイチェルの言葉を聞いたドガは首を捻っていた。確かに声の主の目的がわからない以上は警戒しておくべきだろう。

 もしかすれば妖霊大帝の命令を受けた妖霊国の魔法使いがドガたちを誘き出すために一計をめぐらせたのかもしれない。

 難しい顔を浮かべて二人が農夫のことについて考え込んでいた時だ。農夫の寝息が聞こえてきた。

 中年とはいえ壮年に近いので寝る時間も必然的に早くなってしまうのだろう。
 それを見たドガがレイチェルに向かって問い掛けた。

「オレたちも寝るか?」

「えぇ、おやすみなさい」

 レイチェルはそのまま毛布の中で寝息を立てていく。
 もちろん二人との間には何もない。お互いに眠っていただけだ。

 こうした道中で起こる騒動を経て、ようやく村の中に入ることができたのである。
 相変わらずの素朴な村である。森の中に聳える小さな村である。

「おーい。みんなー、ただいまー」

 農夫の男は手を強く振って帰還を仲間たちに告げた。

「おぉ、ジョーンズさんだッ!」

「帰ってきたのけ? ジョーンズさん?」

「心配掛けて済まなかったなぁ~」

 農夫の男もといジョーンズは頭を下げながら謝罪の言葉を叫んでいく。

「ご主人様ッ!」

 レイチェルはジョーンズを無視し、村の中にいるコクランの姿を探しに向かった。

 ドガはそんなレイチェルの後を追って村の中へと戻っていった。
 きっとここにコクランが居るに決まっているのだ。なんとしてでも見つけ出さなくてはならない。
 そんな思いを抱えながらドガは村の中を見て回ることにした。
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