【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ

文字の大きさ
6 / 61
3.出立

しおりを挟む
「あの……これは、何?」
 案内された村の広場。リオンは目の前に広がる光景を茫然と見た。

 黄金で彩られた若草色の豪華な馬車と大きな二台の荷馬車、周りを行き交うたくさんの護衛。その後ろには正装の騎馬隊。これらはすべて、リオンを運ぶための用意だというのだ。

  突然やってきた騎士団の隊長であるクレイドに、「ともに我が国の王宮に行きましょう」と言われてから一週間。

 わずかな持ち物をまとめて、家の中を隅々まで磨き上げ、薬草園の薬草の種を取り分けたり株を分けたりしている間に、村の周辺ににたくさんの馬や人が集まってきていることには気が付いていた。だがリオンはろくに家の外に出ないので、その準備がこれほど大掛かりなものだとはちっとも知らなかったのだ。

「僕をクレイドたちの国まで連れて行くだけだよね? どうしてこんなに大袈裟なの……」
「ブルーメの方をお連れするのですから、これくらいは当たり前です。それに今から国境を越えていくのですから、万が一のことに備えなくてはなりません」

 クレイドはさも当然とばかりに言うのだが、リオンは開いた口を閉じることが出来なかった。
 こんな豪華な馬車も隊列も見たことがない。しかもこの人の多さと騒がしさと言ったら……。

 この数日間でクレイドとはすっかり打ち解けて話すことが出来るようになっていたが、クレイド以外の人間はまだ少し怖かった。そわそわとして落ちつかない気分だ。

「クレイド隊長、少々よろしいですか」
 横から護衛兵が声を掛けてきた。クレイドが「どうした?」と答える。

「最終のルートの確認をしたいのですが――」
「ああ、わかった。リオン様、少しここでお待ちいただけますか?」
「……うん、わかったよ」

 クレイドは騎士たちと話しながら離れていく。リオンはその後姿を眺めた。今日のクレイドは立ち襟の隊服に胸当てを付け、腰元には大ぶりの長剣を携えている。もちろん今はフードやマントなどは被らず、耳と尻尾が出た状態だ。

 リオンはそれとなく周囲を行き交う騎士たちを観察してみたが、クレイド以外に獣人らしき人間はひとりも見つけることは出来なかった。きっとノルツブルクでも、獣人という存在は稀なのだろう。

 しばらくすると、クレイドが人を伴って戻ってきた。
「リオン様。これからリオン様につく従者のエルです」
 クレイドの斜め後ろには、黒髪黒目の真面目そうな青年が立っている。

「これからは私に変わって、このエルがリオン様のおそばに付きますので」 
「えっ」

 いきなり予想してもいなかったことを言われ、リオンは驚いてクレイドを見た。
「クレイドは僕と一緒にいてくれないの?」
「……というと?」

 クレイドが驚いたように目を瞬いた。その表情を見た瞬間、自分が随分甘えたことを言ってしまったのだと自覚した。

「あ……ち、違うんです……! クレイドは一緒に馬車に乗らないのかなって」
「ああ、そういうことですね。ええ、私は馬車の後ろに付いて警護いたしますので。リオン様の身の回りのお世話はこのエルが務めます」
「えっ、でも……」
 リオンは戸惑いながら、クレイドの顔を見あげた。

 ここ数日ずっとクレイドがそばに付いていてくれたので、急に離れるのが不安で仕方がなかった。
 だがクレイドは騎士団の隊長という立場だ。仕事の邪魔をしてはいけない。
 リオンは不安な気持ちを振り切るようにクレイドに笑顔を向けた。

「――うん、そうだよね。わかった」
「リオン様」
 クレイドは一瞬だけ何か言いたげな顔をしたが、結局は小さく頷いた。そしてエルに「頼むぞ」と声を掛けると離れていく。

「それでは参りましょうか」
 エルが切れ長の目でリオンを見ながら言った。

 エルは人形のように端正な顔をつきをした青年だった。感情のこもらない黒い瞳が、遠慮なくリオンの上から下までを一巡する。

(僕と同じくらいの年? それよりは少し年上かな? うっ……なんかちょっと怖いけど……)

 観察してくるような視線に一瞬怯んだが、リオンは背筋を伸ばして笑顔を作った。これからお世話になるのだから挨拶はきちんとしなくては。初対面が肝心だ。

「あの、エルさん……でしたよね? 僕はリオンと言います。これからどうぞよろしくお願いしま――」
「リオン様」

 低く鋭い声がリオンの言葉を遮った。はっとしてエルの顔を見ると、冷めた視線とぶつかる。

「私は従者です。『エル』と呼び捨てになさって下さい」
「え?」
「それと敬語も不要です」
 それだけを言うと、エルはさっと踵を返した。

「何をぐずぐずしておられるのですか。こちらにおいでください」
「……はい」

 リオンは肩を落とし、さっさと歩き出したエルの後を追った。
 エルはこちらを振り返りもせず、背中に拒絶の意思を漂わせながら早足で歩いていく。どうやら初対面から嫌われてしまったようだ。
 悲しい気持ちと同時に、ふっと諦めの気持ちがやってくる。

(……それも当然だよね)

 自分はどこの馬の骨かもわからぬ人間で、しかもオメガだ。クレイドは『我が国ではブルーメは高貴で崇められる存在です』と言ってくれたが、やはり皆がそのように考えてくれるわけではないのだろう。

 のろのろと歩いていると、エルがふいに足を止めて振り返った。

「リオン様。もうすぐ出発しますので、お別れなどありましたら、どうぞ今のうちに」
「お別れ、ですか」
「ええ。ここからノルツブルクまでは馬車で十日以上の距離です。気軽には帰れませんよ。国境も二つ超えていきますので」
「わかりました……」

 この村の中に親しく付き合っている人などいなかったが、それでもリオン親子がこの村の人々の世話になったことは事実だ。最後に一言声をかけるべきだろう。

 リオンは周囲を見回し、こちらを遠巻きに見ていた村長の方へ足を向けた。
「あの……」

 声を掛けると、立派な顎髭を蓄えた村長は、リオンを憎しみを込めた目で睨みつけてきた。

「まだ何か用なのか? さっさと去れ、役立たずの疫病神。汚らしいオメガめが。あれほどお前たち親子を助けてやったというのに、恩を仇で返しやがって」

 吐き捨てるように村長に言われ、リオンは唇を噛み締めた。

 確かに村の人々にとって自分の存在は厄介者だ。しかも、ジルの父親である村長にとってリオンは因縁の相手だ。

 自業自得だとはいえ、一週間前の騒動でジルは軽い怪我を負ったとも聞いている。クレイドが「心配はありません。慰謝料として、治療代の何倍ものお金を置いてきましたので」とは言っていたが、息子を大事にしている村長にとっては到底許せないことなのだろう。

 だけど……最後のときなのだ。もうこの村に戻ることができないことは理解しているし、最後の別れくらいはしたかった。だけどそれを口にすることさえも自分には許されていないらしい。
 リオンはただ黙って深く頭を下げ、急いで踵を返した。

「リオン様、お別れはもうよろしいのですか?」

 馬車まで戻ると、待ち構えていたエルに驚いたように聞かれ、リオンは苦々しい思いを抱えながらも頷いた。

「はい、もう大丈夫です」
「……そうですか。それでは中へ」

 先にエルが馬車に乗り込み、その後にエルの手を借りながらリオンが乗り込んだ。

 馬車の中は、外見同様に豪奢だった。ふかふかの織物が敷かれた長椅子、蔓のような装飾の施されたガラス窓、赤と緑の鮮やかな色の模様が描かれた天井。
 エルは馬車の中の調度を整えてくれて、リオンは一番豪華な装飾がされた長椅子に座らされた。なんだか豪華すぎて、逆に居たたまれなくなってくる。

(駄目だ……僕はノルツブルクでやっていくって決めたんだから。慣れないと)

 リオンは座り直し、エルに向かって頭を下げた。
「……あの、エルさん。これからよろしくお願いします。ノルツブルクのことは何もわからないので、いろいろ教えていただけると助かります」

 なるべく心を込めて丁寧に言ってみたのだが、こちらを振り向いたエルは不機嫌そうに眉を寄せただけだった。

「私のような従者に頭を下げるなど……あなたは本当にブルーメ様ですか」
「え……?」

 呆れたように言われ、リオンは目を瞬いた。
 何故だかはわからないが、またエルの気分を害することを言ってしまったようだ。

(やっぱり……僕って駄目だな……) 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟第10回BL小説大賞(2022年)奨励賞。2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞での応援ありがとうございました! 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

【完結】末っ子オメガ

鉾田 ほこ
BL
「晴にいさま、大好き」 アルファばかりのエリート一家の四人兄弟の末っ子に生まれた 亜季。 思春期の第二性検査を受けるまで、誰もがアルファだと信じて疑っていなかったが、結果は「オメガ」だった。確かに他の息子たちに比べて、身体も小さく、性格もおっとりしていた末っ子オメガ。親戚を含めてアルファばかりで、オメガがいないゆえに扱いがわからない。 だが、はじめは家族の誰一人として末っ子がオメガであることを疎むことなく可愛がっていた。 ある日、転機が訪れる── 末っ子オメガに発情期(ヒート)が訪れ、事故が起こってしまう。それを理由に亜季はひとり家族と離れて暮らすことになった。 そして末っ子は──男娼になって……長男 晴臣と再会する。 すれ違いオメガバース。

策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖
BL
 完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。  ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。  長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。  相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。  だがそんなことはノアには関係ない。  これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。  一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。  

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 Xアカウント(@wawawa_o_o_)

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

あまく、とろけて、開くオメガ

藍沢真啓/庚あき
BL
オメガの市居憂璃は同じオメガの実母に売られた。 北関東圏を支配するアルファの男、玉之浦椿に。 ガリガリに痩せた子は売れないと、男の眼で商品として価値があがるように教育される。 出会ってから三年。その流れゆく時間の中で、男の態度が商品と管理する関係とは違うと感じるようになる憂璃。 優しく、大切に扱ってくれるのは、自分が商品だから。 勘違いしてはいけないと律する憂璃の前に、自分を売った母が現れ── はぴまり~薄幸オメガは溺愛アルファ~等のオメガバースシリーズと同じ世界線。 秘密のあるスパダリ若頭アルファ×不憫アルビノオメガの両片想いラブ。

処理中です...