【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ

文字の大きさ
23 / 61
10.小さな芽生え

しおりを挟む
 目が覚めると、目の前に裸のクレイドがいた。
「えっ……!?」
 がばりと起き上がってから昨日の夜のことを思い出す。

 そうだった。獣化して狼の姿になったクレイドが窓から入ってきて、そして話をして……体力が付きて眠り込んだクレイドを見守っていたつもりが、いつのまにか一緒に眠ってしまったようだ。

 昨日の夜とは違いクレイドは人間の姿に戻っている。体力も回復したということだろう。
 床で寝てしまったので身体はぎしぎしと痛んだが、発情期特有の重くだるい感覚は去っていた。どうやら発情期も無事に終わったらしい。

 ほっと安堵の息をつき、眠り続けるクレイドの方へと視線をやった。

(綺麗だな……)

 褐色の肌は滑らかで、朝の光を弾くように瑞々しい。顔の彫りも深く、目や鼻、唇などのパーツが慎重に配置したような端正な顔立ちは、息をしていなければ、石の彫刻だと言われても頷いてしまいそうだ。そしてそこからつながる太い首に逞しい肩、張り詰めた腕の筋肉……。
 そこまで不躾に眺めてしまってから、はっと我に返った。

(こんなにじろじろと見るなんて……変態じゃないんだから!)

 リオンはおかしな気分を振り払うように慌てて立ち上がった。寝室から掛け布を持ってきてクレイドの身体の上にかけると、自分は椅子に引っ掛けてあった外出用のガウンを素肌に引っ掛ける。
 火照った頬を冷まそうとテラスに出た。

 外はまだ暗い朝靄の中に沈んでいた。
 空気はひやりとして冷たい。それがとても心地よい。大きく息を吸い込み、吐き出す。

 その間にも空は刻々と色を変えていった。漆黒の闇は紺色へ、そして薄紫へと和らいでいく。その美しさにぼうっと眺めていたリオンだったが、「あ」と小さく声をあげた。

 深い霧を押しのけるようにして地平線から陽が昇り始めていた。

 幾筋もの光の束になって差し込む朝日が、雲を、地平線までひろがる青々とした麦畑を、その手前側の城壁と赤い屋根がひしめく街並みを、次々と浮き上がらせていく。

 その神々しい光景を、リオンは瞬きを忘れて見つめた。
 まるでまばゆい朝日に照らされ、自分の身体がまっさらになって生まれ変わっていくかのようだった。
 どれほどのあいだ、目の前の光景に見惚れていたのだろう。

「リオン様」

 その声に振り返ると窓のところにクレイドが立っていた。腰のところに掛け布を巻いただけの姿にリオンは思わずどきりとしてしまった。

「身体は大丈夫ですか?」
「えっ、あっ、大丈夫……。ク、クレイドは……?」
「ええ、こちらもすっかり」
「良かった……」
 クレイドはそのままテラスに出てきて、リオンの隣に並んだ。
「美しい朝日だ」
「……うん、そうだね」

 風景を見つめるクレイドの顔を、リオンはそっと盗み見た。
 桃色から群青色へと変わっていく空を背景に、クレイドの瞳は差し込む白い光を浴びて七色に輝くようだった。
 なんて綺麗なのだろう。まるで奇跡だ。

 クレイドという存在も、空も、日の光に照らされたすべてのものが信じられないくらいに美しく見える。

「――ねえクレイド、前に僕に言ったよね。初めて会った時、この国に来るかどうか迷っている僕に『あなたが今見ている世界がすべてではない』って。『世界はもっと広くて美しい』って。『あなたにはそれを知る権利がある』って」

 話し始めたリオンと向かい合うように、クレイドが身体ごとこちらに向いてくれた。そんな生真面目な優しさに胸が温かくなってくる。

「本当だった。クレイドの言うとおりだったよ。この世界は美しいものがたくさんあった。クレイド、たくさん綺麗なものを教えてくれてありがとう」

 クレイドが目を見開き、そして目を細めて笑った。

「私が教えたのではないですよ。あなたの中にもともとあったものだ」
「え……?」

(僕の中にあったもの……? どういうこと……?)

 その瞬間、ふっと訪れたものがあった。まるで光を浴びるかのように、一つの確信が心と身体の隅々までにすうっと行き渡ってゆく。

 ――ああ、僕は生きていける。

 ただそう思った。
 このオメガという肉体できっと自分は生きていける。これから何度泣くことがあっても、自分はこの身体で生を全うする。この場所から繋がる道を、逸れずに歩いて行ける。

 そしてこの先の道は、この人の隣で生きていきたい。
 誰よりも真っすぐで優しい人の隣で、いつまでもこんなふうになんでもない話をして、美しいものを美しいねと話し合い、笑い合いたい。

 ゆっくりと、昨日の夜に掴み損ねた気持ちが再び蘇ってきた。
 小さな花が胸の中でつぎつぎと咲いていくようなこの気持ち。ただただ心が震えて、切なく胸が締め付けられるような感覚。

(僕、クレイドが好きだ――) 

 心の中で呟いた途端に、思いは確かな輪郭を持って心の中に浮かび上がってきた。

(僕はクレイドが好き。好きだ。好き……)
 心の中で繰り返していくうちに、気持ちが心に根を張り、ぐんぐんと育っていくようだった。嬉しかった。身体に馴染んでいくこの言葉が誇らしい。ようやく自分の足場が定まっていくような心地がする。

 リオンはおおきな呼吸をひとつして、口を開いた。
「クレイド、お願いがあるんだ。オースティンを呼んでくれる?」
 

◇◆◇


 リオンの部屋の衣装室にあるで何とか身支度を整えると、クレイドはオースティンを呼びに部屋の外へ出て行った。その間にリオンも全身をさっと濡れた布で拭い、適当な洋服を引っ張り出して着こむ。

「あれ……」
 ふと寝台の枕もとの小箱に、クレイドから借りた十字架が入っているのに気が付いた。

 十字架は夜に寝るときに外し、必ずこの小箱の中にいれるようにしていた。それが小箱に入っているということは、発情期で意識が朦朧としていた中でも、リオンは自分で首から外してそこに置いたらしい。

 リオンは十字架を手に取り、いつもの通りに胸元に掛け、服の中にしまいかけてふと手を止めた。

「うん……よし」

 しばらく思案してから、服の外に出すことにした。朝の光の中で鈍く光る十字架が自分の胸元で揺れている。リオンは微笑んだ。
 
 テーブルの上に置かれた水を飲んで人心地ついたころ、クレイドがオースティンを伴って戻ってきた。

「リオン……!」
 オースティンは憔悴して思い詰めたような顔をしていた。目の下にうっすらクマも出来ている。昨日は寝ていないのかもしれない。

「ごめん、リオン、何と言っていいのかわからないけど、僕は本当に――」

 堰を切ったように謝罪の言葉を口にしようとするオースティンを手で留め、リオンは口を開いた。

「オースティン、待ってください。僕はあなたに言いたいことがあるんです」
「言いたいこと?」

 オースティンは眉を寄せてその言葉を繰り返すと、押し黙った。
 その顔が彼らしくないほどに陰鬱で少し驚いたが、まずは謝ることが先決だとリオンは勢いよく頭を下げた。

「昨日は失礼な態度をとってしまってすみませんでした! オースティンは僕のことを心配してくれたのに……。ごめんなさい!」

 言い終えて顔を上げると、オースティンは驚いたような顔をしていた。クレイドはただ黙ってリオンの顔を見ている。
 リオンはぎゅっと拳を握り、緊張しながらも話を続けた。

「それであの……オースティンにあれだけ酷いことを言っておいて、今さらこんなことをお願いするのも厚かましいとは思うんだけど……僕がここで生きるのを許して欲しいんです」

「……え? どういうこと?」

 どうやらオースティンはリオンがこんなことを言い出すとは思っていなかったらしい。うまく言葉の意味を呑み込めていない様子だ。

「……僕がこの国に来たのは、行くところがなかったからです。育った村では生きていけなくなって、ここに逃げてきた。そんな消極的な理由でここに来たけど、この国の人たちは本当に良くしてくれて――」

 初めてだった。母親以外の人に、ひとりの人として扱ってもらえたこと。

「本当に、本当に嬉しかった。僕、今までずっと自分が嫌いだったから。自分がオメガだということが嫌だったし、発情期も嫌で嫌で仕方なかったんです。こんな身体捨てたいって、何度も思ったこともあるけど」

 リオンはクレイドの顔を見た。心配そうに見つめる灰色の瞳に(大丈夫だよ)と笑いかけた。

『あなたは汚くない』とリオンに触れてくれたクレイド。『美しい』とリオンを肯定してくれたクレイド。
 美しいのはクレイドの心だ。自分はそんな美しいクレイドに見合う人間になりたい。 
 
「でも……今は違う。自分の身体を捨てたいなんて思わない。上手く言えないけど……オメガっていうことを言い訳にして、楽な方向に流されたくないとも思うんです。どうしようもないことはあるけど、きちんと自分で考えて自分で選びたい。自分の足で立てる人間になりたいから。――だからお願いします。僕をこの国の人間にしてください」

 もう一度深く頭を下げた。ゆっくりと顔をあげると、オースティンは今まで見たことのない顔をしていた。
 酷く真剣で、そして同時にどこか痛みをこらえるように少しだけ歪んだ表情。琥珀色の瞳が潤み、日の光を弾いている。

「――リオン、わかったよ」
 オースティンは噛み締めるように言った。
「君の気持ちはわかった。君をこのノルツブルクの民として受け入れよう」 

 話しながらオースティンはリオンの近くまで来ると、恭しく跪いた。そしてリオンの手の甲に唇を落としたのだ。

「――えっ」

 そして驚愕するリオンに、オースティンは小さな声で呟く。

「汝こそ我……」

 ほのかの温かい唇の感触を、リオンはただ動けずに感じていた。
 何が起きたのか理解できなかった。
 なぜ国王たるオースティンがリオンの前に跪き、自分の手の甲にキスしたのか。

(え……な、なんで……)
 驚きと混乱の中で、リオンは助けを求めるようにクレイドの方を見た。

 クレイドもまた、痛みを堪えるような顔でリオンたちのことを見つめていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟第10回BL小説大賞(2022年)奨励賞。2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞での応援ありがとうございました! 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖
BL
 完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。  ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。  長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。  相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。  だがそんなことはノアには関係ない。  これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。  一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。  

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 Xアカウント(@wawawa_o_o_)

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

あまく、とろけて、開くオメガ

藍沢真啓/庚あき
BL
オメガの市居憂璃は同じオメガの実母に売られた。 北関東圏を支配するアルファの男、玉之浦椿に。 ガリガリに痩せた子は売れないと、男の眼で商品として価値があがるように教育される。 出会ってから三年。その流れゆく時間の中で、男の態度が商品と管理する関係とは違うと感じるようになる憂璃。 優しく、大切に扱ってくれるのは、自分が商品だから。 勘違いしてはいけないと律する憂璃の前に、自分を売った母が現れ── はぴまり~薄幸オメガは溺愛アルファ~等のオメガバースシリーズと同じ世界線。 秘密のあるスパダリ若頭アルファ×不憫アルビノオメガの両片想いラブ。

処理中です...