48 / 61
18.神様
④
しおりを挟む
「リオン? ……それにエルも……どうしてここに……?」
リオンとその後ろに控えたエルの存在に気が付いたオースティンが驚愕したように目を見張る。クレイドも声を失ったように蒼白な表情を向けてくる。
「ごめんね……、話を聞いちゃった」
リオンはすぐ二人の近くまで歩み寄ると、クレイドの顔を見あげた。
「クレイド……」
視線が合い、心臓の鼓動が速まる。一目姿を見ただけで、彼という存在に意識のすべてが向かってしまうほどに好きだ。
それなのに、どうして彼が自分の手を取ってくれないのだという醜い思いで胸がつぶれそうになる。身を裂くような悲しみと切なさ、絶望や喪失感で心が暗く染まっていく。
でも……それだけじゃない。
いつだって優しさの滲んだような不思議な色合いの灰色の瞳を見ていると、まるで太陽の光に照らされているように心が温かくなる。心が救われる。彼が触れるこの世界のすべてを愛しいと思う。
心が明るいものと暗いものに交互に揺さぶられ、今にも自分という殻が破けてしまいそうだ。苦しい。だけどここで膝をつくわけにはいかない。
愛する人の前では、まっすぐに立っていたい。
リオンは渾身の力で頬を引き上げ、震える口を開いた。
「あなたの神様はオースティンなんだね?」
リオンの言葉にクレイドが目を見開いた。
「それ、は……」
唇がわなわなと震えている。口を開きかけ、ぐっと閉じる。クレイドは泣きそうな顔で、こくん、と頷いた。
やはりそうだった。
「そうなんだね。……よく……わかったよ」
身体の力が一気に抜け、そしてへたり込みそうになる。涙が滲みだしてくる。
自分の愛は叶わない。受け取ってもらえない。
(だけど――)
初めて会ったときから、ずっとクレイドは優しくこの身を慈しんでくれた。そしてふっと思い出した。リオンがノルツブルクの王宮に来るかどうか躊躇していたとき、
『あなたが見ている世界がすべてではないのです。世界はもっと広く、深く、そして美しい。あなたにはそれを知る権利がある』
と言ってくれた。
あの言葉は、きっとクレイドがオースティンから貰ったものだったのだ。大事な言葉を、リオンのために差し出してくれた。
(ああ、そうか――。クレイドが昔受け取って救われた愛を、今度は僕が受け取っていたんだね)
あの言葉がリオンに決意をさせて、そして自分をこの場所まで連れて来てくれた。リオンに愛を教えてくれた。救ってくれた。
さっき聞いたエルの言葉が蘇る。
『だけどその愛はなくなるわけじゃないでしょう。どっかに少しは残るでしょう?』
――そのとおりだ。
誰かに捧げた愛はなくなることはない。何かの形でちゃんと残ってくれる。
リオンはクレイドに向かってほほ笑んだ。
「……僕、オースティンの番になるよ」
するっとその言葉が、リオンの口から出ていた。
エルが、オースティンが、息を呑んで固まっていた。クレイドが大きく目を見張り、信じられないものを見るような目でリオンを見ている。
(ああ、クレイド――)
クレイドがたまらなく好きだ。いままで彼を形作ってくれたすべてのことに感謝をしたいくらいに、今のクレイドを愛している。
自分の愛はそのままの形で受け入れてもらうことは出来なかったけど――叶わずとも、届かなくとも、そのままの形で保つことができなくても、小さな真心の愛をそっと世界のどこかに差し込むような、大地に小さな小さな種をまくような愛し方なら許してもらえるだろうか。
土の上に落とした一粒の種のように、もしかしたらいつか芽が出て――まわりまわってクレイドにそっと触れる愛になると……そう信じることが出来るなら、きっと自分はこれからも生きていける。
(もしかしたら、僕の愛の形はこういうものなのかもしれない……)
そのためにも自分はこの初恋を、初めての愛を、すべてここに置いていこう。そしてまっさらになった心で、オースティンの番になろう。この愛が何かの種になって、いつかどこかで芽を出すように――。
リオンは首から下げていた十字架を外し、茫然としているクレイドに差し出した。
「……これ、今まで貸してくれてありがとう。もう僕にはいらないから返すね」
クレイドが反射のように大きな掌を出してくる。そこへそっと乗せた。
「クレイド、今までありがとう」
リオンは微笑み、そして踵を返した。
回廊を離れ、王宮の奥の薬草園へとリオンの足は自然に向かっていた。ゆっくりと歩き出した歩調はいつしか、何かに急き立てられるようにどんどん早くなっていく。
どこに向かっているのだろう。自分はどこへ向かえばいいのだろう。足は確かに動いているのに、なんだか身体が透明になったかのような感覚だった。心もない、身体もない、そんな存在になって真っ青な空へと駆けのぼっていくような……。
「リオン!」
すぐ後ろで名前を呼ばれはっとした。同時にぐっと腕を掴まれ引き留められる。
驚いて振り返るとオースティンがいた。息を切らし、真剣な顔でリオンの顔を見ている。
「さっきのこと……本当か?」
「え……」
「僕の番になるって」
頭が真っ白で何を言われたかわからなかった。しばらく考え、こくんと頷いた。
「……うん、僕はオースティンの番になります」
「リオン……」
オースティンはまじまじとリオンの顔を見ていたが、苦しそうに顔を歪めた。そっと手を伸ばし、リオンを抱き寄せる。
「リオン……必ず……君を幸せにする……」
オースティンの優しい腕に包まれていても、身体の感覚は遠かった。まるで自分が身体の輪郭を失って、煙のように揺らいでいるかのようだ。
「僕が君を大事にするから……」
「……オースティン」
オースティンの指がリオンの頬に掛かる。そっと顔を持ち上げられる。
真剣な目で見つめながら、オースティンの顔が近づいてくる。そっと唇に優しいキスが落ちた。
(あ――)
その瞬間、なぜかぽろっと涙が零れた。
(これは何の涙なのかな……)
自分でもわからなかった。
リオンとその後ろに控えたエルの存在に気が付いたオースティンが驚愕したように目を見張る。クレイドも声を失ったように蒼白な表情を向けてくる。
「ごめんね……、話を聞いちゃった」
リオンはすぐ二人の近くまで歩み寄ると、クレイドの顔を見あげた。
「クレイド……」
視線が合い、心臓の鼓動が速まる。一目姿を見ただけで、彼という存在に意識のすべてが向かってしまうほどに好きだ。
それなのに、どうして彼が自分の手を取ってくれないのだという醜い思いで胸がつぶれそうになる。身を裂くような悲しみと切なさ、絶望や喪失感で心が暗く染まっていく。
でも……それだけじゃない。
いつだって優しさの滲んだような不思議な色合いの灰色の瞳を見ていると、まるで太陽の光に照らされているように心が温かくなる。心が救われる。彼が触れるこの世界のすべてを愛しいと思う。
心が明るいものと暗いものに交互に揺さぶられ、今にも自分という殻が破けてしまいそうだ。苦しい。だけどここで膝をつくわけにはいかない。
愛する人の前では、まっすぐに立っていたい。
リオンは渾身の力で頬を引き上げ、震える口を開いた。
「あなたの神様はオースティンなんだね?」
リオンの言葉にクレイドが目を見開いた。
「それ、は……」
唇がわなわなと震えている。口を開きかけ、ぐっと閉じる。クレイドは泣きそうな顔で、こくん、と頷いた。
やはりそうだった。
「そうなんだね。……よく……わかったよ」
身体の力が一気に抜け、そしてへたり込みそうになる。涙が滲みだしてくる。
自分の愛は叶わない。受け取ってもらえない。
(だけど――)
初めて会ったときから、ずっとクレイドは優しくこの身を慈しんでくれた。そしてふっと思い出した。リオンがノルツブルクの王宮に来るかどうか躊躇していたとき、
『あなたが見ている世界がすべてではないのです。世界はもっと広く、深く、そして美しい。あなたにはそれを知る権利がある』
と言ってくれた。
あの言葉は、きっとクレイドがオースティンから貰ったものだったのだ。大事な言葉を、リオンのために差し出してくれた。
(ああ、そうか――。クレイドが昔受け取って救われた愛を、今度は僕が受け取っていたんだね)
あの言葉がリオンに決意をさせて、そして自分をこの場所まで連れて来てくれた。リオンに愛を教えてくれた。救ってくれた。
さっき聞いたエルの言葉が蘇る。
『だけどその愛はなくなるわけじゃないでしょう。どっかに少しは残るでしょう?』
――そのとおりだ。
誰かに捧げた愛はなくなることはない。何かの形でちゃんと残ってくれる。
リオンはクレイドに向かってほほ笑んだ。
「……僕、オースティンの番になるよ」
するっとその言葉が、リオンの口から出ていた。
エルが、オースティンが、息を呑んで固まっていた。クレイドが大きく目を見張り、信じられないものを見るような目でリオンを見ている。
(ああ、クレイド――)
クレイドがたまらなく好きだ。いままで彼を形作ってくれたすべてのことに感謝をしたいくらいに、今のクレイドを愛している。
自分の愛はそのままの形で受け入れてもらうことは出来なかったけど――叶わずとも、届かなくとも、そのままの形で保つことができなくても、小さな真心の愛をそっと世界のどこかに差し込むような、大地に小さな小さな種をまくような愛し方なら許してもらえるだろうか。
土の上に落とした一粒の種のように、もしかしたらいつか芽が出て――まわりまわってクレイドにそっと触れる愛になると……そう信じることが出来るなら、きっと自分はこれからも生きていける。
(もしかしたら、僕の愛の形はこういうものなのかもしれない……)
そのためにも自分はこの初恋を、初めての愛を、すべてここに置いていこう。そしてまっさらになった心で、オースティンの番になろう。この愛が何かの種になって、いつかどこかで芽を出すように――。
リオンは首から下げていた十字架を外し、茫然としているクレイドに差し出した。
「……これ、今まで貸してくれてありがとう。もう僕にはいらないから返すね」
クレイドが反射のように大きな掌を出してくる。そこへそっと乗せた。
「クレイド、今までありがとう」
リオンは微笑み、そして踵を返した。
回廊を離れ、王宮の奥の薬草園へとリオンの足は自然に向かっていた。ゆっくりと歩き出した歩調はいつしか、何かに急き立てられるようにどんどん早くなっていく。
どこに向かっているのだろう。自分はどこへ向かえばいいのだろう。足は確かに動いているのに、なんだか身体が透明になったかのような感覚だった。心もない、身体もない、そんな存在になって真っ青な空へと駆けのぼっていくような……。
「リオン!」
すぐ後ろで名前を呼ばれはっとした。同時にぐっと腕を掴まれ引き留められる。
驚いて振り返るとオースティンがいた。息を切らし、真剣な顔でリオンの顔を見ている。
「さっきのこと……本当か?」
「え……」
「僕の番になるって」
頭が真っ白で何を言われたかわからなかった。しばらく考え、こくんと頷いた。
「……うん、僕はオースティンの番になります」
「リオン……」
オースティンはまじまじとリオンの顔を見ていたが、苦しそうに顔を歪めた。そっと手を伸ばし、リオンを抱き寄せる。
「リオン……必ず……君を幸せにする……」
オースティンの優しい腕に包まれていても、身体の感覚は遠かった。まるで自分が身体の輪郭を失って、煙のように揺らいでいるかのようだ。
「僕が君を大事にするから……」
「……オースティン」
オースティンの指がリオンの頬に掛かる。そっと顔を持ち上げられる。
真剣な目で見つめながら、オースティンの顔が近づいてくる。そっと唇に優しいキスが落ちた。
(あ――)
その瞬間、なぜかぽろっと涙が零れた。
(これは何の涙なのかな……)
自分でもわからなかった。
54
あなたにおすすめの小説
恋は終わると愛になる ~富豪オレ様アルファは素直無欲なオメガに惹かれ、恋をし、愛を知る~
大波小波
BL
神森 哲哉(かみもり てつや)は、整った顔立ちと筋肉質の体格に恵まれたアルファ青年だ。
富豪の家に生まれたが、事故で両親をいっぺんに亡くしてしまう。
遺産目当てに群がってきた親類たちに嫌気がさした哲哉は、人間不信に陥った。
ある日、哲哉は人身売買の闇サイトから、18歳のオメガ少年・白石 玲衣(しらいし れい)を買う。
玲衣は、小柄な体に細い手足。幼さの残る可憐な面立ちに、白い肌を持つ美しい少年だ。
だが彼は、ギャンブルで作った借金返済のため、実の父に売りに出された不幸な子でもあった。
描画のモデルにし、気が向けばベッドを共にする。
そんな新しい玩具のつもりで玲衣を買った、哲哉。
しかし彼は美的センスに優れており、これまでの少年たちとは違う魅力を発揮する。
この小さな少年に対して、哲哉は好意を抱き始めた。
玲衣もまた、自分を大切に扱ってくれる哲哉に、心を開いていく。
春風のように君を包もう ~氷のアルファと健気なオメガ 二人の間に春風が吹いた~
大波小波
BL
竜造寺 貴士(りゅうぞうじ たかし)は、名家の嫡男であるアルファ男性だ。
優秀な彼は、竜造寺グループのブライダルジュエリーを扱う企業を任されている。
申し分のないルックスと、品の良い立ち居振る舞いは彼を紳士に見せている。
しかし、冷静を過ぎた観察眼と、感情を表に出さない冷めた心に、社交界では『氷の貴公子』と呼ばれていた。
そんな貴士は、ある日父に見合いの席に座らされる。
相手は、九曜貴金属の子息・九曜 悠希(くよう ゆうき)だ。
しかしこの悠希、聞けば兄の代わりにここに来たと言う。
元々の見合い相手である兄は、貴士を恐れて恋人と駆け落ちしたのだ。
プライドを傷つけられた貴士だったが、その弟・悠希はこの縁談に乗り気だ。
傾きかけた御家を救うために、貴士との見合いを決意したためだった。
無邪気で無鉄砲な悠希を試す気もあり、貴士は彼を屋敷へ連れ帰る……。
発情期アルファ貴族にオメガの導きをどうぞ
小池 月
BL
もし発情期がアルファにくるのなら⁉オメガはアルファの発情を抑えるための存在だったら――?
――貧困国であった砂漠の国アドレアはアルファが誕生するようになり、アルファの功績で豊かな国になった。アドレアに生まれるアルファには獣の発情期があり、番のオメガがいないと発狂する――
☆発情期が来るアルファ貴族×アルファ貴族によってオメガにされた貧困青年☆
二十歳のウルイ・ハンクはアドレアの地方オアシス都市に住む貧困の民。何とか生活をつなぐ日々に、ウルイは疲れ切っていた。
そんなある日、貴族アルファである二十二歳のライ・ドラールがオアシスの視察に来る。
ウルイはライがアルファであると知らずに親しくなる。金持ちそうなのに気さくなライとの時間は、ウルイの心を優しく癒した。徐々に二人の距離が近くなる中、発情促進剤を使われたライは、ウルイを強制的に番のオメガにしてしまう。そして、ライの発情期を共に過ごす。
発情期が明けると、ウルイは自分がオメガになったことを知る。到底受け入れられない現実に混乱するウルイだが、ライの発情期を抑えられるのは自分しかいないため、義務感でライの傍にいることを決めるがーー。
誰もが憧れる貴族アルファの番オメガ。それに選ばれれば、本当に幸せになれるのか??
少し変わったオメガバースファンタジーBLです(*^^*) 第13回BL大賞エントリー作品
ぜひぜひ応援お願いします✨
10月は1日1回8時更新、11月から日に2回更新していきます!!
僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた
いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲
捨てられたΩの末路は悲惨だ。
Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。
僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。
いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。
こじらせΩのふつうの婚活
深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。
彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。
しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。
裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。
無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました
芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)
すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない
和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。
お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。
===================
美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。
オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる