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20.愛
③
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「リオン様!!」
開かれた扉から飛び込んできたのはクレイドだった。
床に伏せているリオンとその上に跨っているオースティンを見て、クレイドはさっと顔色を変えた。
「オースティン! あなたは一体何を――!」
恐ろしい形相に変わったクレイドが駆け寄ってきたかと思うと、次の瞬間にオースティンを殴り飛ばした。獣人の力で殴られたオースティンは軽々と吹っ飛び、勢いよく床に倒れ伏す。
「リオン様、大丈夫ですか!?」
振り返ったクレイドは、床に這いつくばったリオンを助け起こしてくれた。
「……クレイド……」
(本物だ。目の前にクレイドがいる)
リオンは目の前の大きな体にしがみついた。迷うことなくクレイドがぎゅっと抱き返してくれる。
「リオン様、大丈夫ですから」
クレイドの優しい声を聞きながら、リオンは大きく息を吸い込んだ。
(ああ、この声、この匂い。クレイドだ)
ずっと求めていた存在に包まれ、安堵のあまり力が抜けてしまった。
クレイドはリオンを抱きながら、低い声で吐き捨てるように言う。
「オースティン、見損ないましたよ。リオン様が嫌がっているのに床に押さえつけてまで番になろうとするとは! こんなことならもう黙っていられません。あなたにリオン様を任せることは出来ない!」
(え……あれ……?)
そのときになってリオンはようやく冷静さが戻ってきた。
顔を上げてオースティンを見ると、彼は床に座り込んだまま、殴られた左頬を押さえてじっとクレイドを見ている。
オースティンはしばらく黙っていたが、大きなため息をついて頭を振った。
「違うよ、誤解だ」
「……誤解?」
クレイドが怪訝そうな声を出す。
「そう。寝台の横のランプが倒れてガラスが割れたから、リオンが怪我をしないように押さえていただけ」
「え?」
クレイドははっとした顔で床を見た。そして割れているランプと散らばったガラス片を見て状況を理解したのか、言葉を失ったように茫然としている。
リオンもまた自分の行動を思い出し、蒼白になった。
「あ……僕がパニックになって暴れたからだ」
今になって思い出してみると、暴れるリオンに対して、オースティンは『落ち着いて』とか『危ない』と声を掛けてくれていたように思う。オースティンは行為を続けようとしたわけではなく、リオンが傷つかないようにしてくれていたのだ。
「誤解は解けたようだね」
オースティンはリオンとクレイドの顔つきを見て、やれやれと大きなため息をついた。
オースティンの頬は腫れ、口元には血が滲んでいる。オースティンは口元の怪我を触って確かめて「いたた」と顔を顰めた。
「あーあ。初夜が台無し。護衛には勘違いされて殴られるし、花嫁には嫌だって言われて逃げられるし」
「え……逃げられた?」
青ざめて固まっていたクレイドが、一拍置いて驚いたように声をあげた。
オースティンは大袈裟な仕草で肩を竦めてみせてから、疲れたように立ち上がり寝台にどさりと腰かける。そしてリオンに視線を向けた。
「リオンの答えはそうなんだよね?」
オースティンの口元には諦めたような笑みが浮かんでいたが、目には深い悲しみが宿っていた。最後の最後、土壇場になって逃げ出したのだから当然だ。
(オースティンを傷つけてしまった)
罪悪感に胸が詰まる。だけどもう、嘘をつくことも自分を偽ることもできないと思った。
自分の気持ちを正直に伝えることだけが、オースティンに差し出せる唯一の誠意だ。
「ごめんなさい、オースティン。あなたとは番になれない。僕は……クレイドを愛している。クレイドじゃないとダメなんだ」
「うん。そうだろうね」
オースティンは静かに頷いた。
「でもクレイドはどうなんだろう。クレイドにその気がなければ無理なんじゃないかな」
その通りだった。リオンはごくりと唾をのみ込み、クレイドの顔を見た。
クレイドは蒼白な顔で目を固く瞑っていた。眉を寄せ、まるで激痛に耐えるようにぐっと唇を結んでいる。
「クレイド……」
リオンの声にクレイドの唇が震えた。ゆっくりと瞼が開く。
現れた灰色の瞳には、覚悟を決めた強い意志が光っていた。
「俺も……リオン様を愛している……」
リオンを見つめ、噛み締めるようにクレイドが言った。
信じられなかった。クレイドが自分を愛していると言ってくれるなんて。
驚愕に目を見開くリオンを見てから、クレイドはそっと身体を離した。
そして立ち上がるとオースティンの方へと歩いていく。
「申し訳……ありませんでした……」
オースティンの足元に片膝をついて跪いたクレイドは、そう言って頭を下げた。
「それは殴ったことについて謝っている? それとも僕からリオンを奪おうとしていることについて?」
オースティンの鋭い言葉に、クレイドは身体をぴくりと震わせた。絞り出すような声で答える。
「どちらについても、です」
「ふうん、そう」
オースティンは小さく息を吐き、そして言った。
「申し開きがあるなら聞いてあげるけど」
クレイドはしばらく黙り込んでいたが、小さく「はい」と頷き、訥々と話し始めた。
「俺は……自分自身のことを……ずっと許せずに生きてきました。人間でも獣人でもなく、生まれることで母親を殺したような汚らわしい身の上だ。幸せになる資格などないと……諦めていました。……でもオースティンと出会って……あなたは俺に明るい世界を見せてくれた。本当に嬉しかったんです。そのときに俺は、あなたに懸命に尽くすことこそ俺の生きる意味なのだと悟りました。だけど――」
クレイドがゆっくり顔を上げ、視線をリオンに向けた。
「この人に……リオン様に出会ってしまった。リオン様は……小さな手のひらで躊躇なく俺に触れてくれた。いつも温かい笑顔を向けてくれた。こんなどうしようもない男に……『恩人』だと……『神様』だと言ってくれたんです。そのとき俺は、この人の腕の中でもう一度生まれ直したような気がした。まるで自分が祝福の中で生まれてきたかのような気持ちがして……俺は……リオン様のことが愛しいと思ってしまった」
あのときのことだ――とリオンにはすぐ分かった。
クレイドと街に行って、大雨に降られて小さな村の宿に泊まった夜のこと……。
もしかして、クレイドはあのときから自分のことを好きでいてくれたのだろうか。
驚愕の思いで見つめていると、クレイドはふいに瞳を翳らせ唇を噛んだ。床に視線を落とし、喘ぐような呼吸をしてから苦しそうに続ける。
「だけどリオン様はブルーメで、王であるオースティンと番になるべきなのは理解していました。だからリオン様への気持ちは諦めようと……気持ちを殺そうとした。でもリオン様は何度もまっすぐに気持ちを差し出してくれて……伽藍洞な私の中身に、懸命に真心と愛を注いでくれた。俺はリオン様を愛してしまった。どうしても諦められないんです……オースティンに背くことになっても……どうしても手放すことは出来ない……申し訳ありません……」
話し終わったクレイドは、もう一度深く頭を下げた。
「そうか……それが君たちの答えなんだね」
オースティンが小さな声で呟いた。寂しげな、でもどこか吹っ切れたような声だった。
(オースティン……?)
リオンははっとして顔を上げる。オースティンは寝台に腰かけたままで部屋の奥に視線を向けていた。
開かれた扉から飛び込んできたのはクレイドだった。
床に伏せているリオンとその上に跨っているオースティンを見て、クレイドはさっと顔色を変えた。
「オースティン! あなたは一体何を――!」
恐ろしい形相に変わったクレイドが駆け寄ってきたかと思うと、次の瞬間にオースティンを殴り飛ばした。獣人の力で殴られたオースティンは軽々と吹っ飛び、勢いよく床に倒れ伏す。
「リオン様、大丈夫ですか!?」
振り返ったクレイドは、床に這いつくばったリオンを助け起こしてくれた。
「……クレイド……」
(本物だ。目の前にクレイドがいる)
リオンは目の前の大きな体にしがみついた。迷うことなくクレイドがぎゅっと抱き返してくれる。
「リオン様、大丈夫ですから」
クレイドの優しい声を聞きながら、リオンは大きく息を吸い込んだ。
(ああ、この声、この匂い。クレイドだ)
ずっと求めていた存在に包まれ、安堵のあまり力が抜けてしまった。
クレイドはリオンを抱きながら、低い声で吐き捨てるように言う。
「オースティン、見損ないましたよ。リオン様が嫌がっているのに床に押さえつけてまで番になろうとするとは! こんなことならもう黙っていられません。あなたにリオン様を任せることは出来ない!」
(え……あれ……?)
そのときになってリオンはようやく冷静さが戻ってきた。
顔を上げてオースティンを見ると、彼は床に座り込んだまま、殴られた左頬を押さえてじっとクレイドを見ている。
オースティンはしばらく黙っていたが、大きなため息をついて頭を振った。
「違うよ、誤解だ」
「……誤解?」
クレイドが怪訝そうな声を出す。
「そう。寝台の横のランプが倒れてガラスが割れたから、リオンが怪我をしないように押さえていただけ」
「え?」
クレイドははっとした顔で床を見た。そして割れているランプと散らばったガラス片を見て状況を理解したのか、言葉を失ったように茫然としている。
リオンもまた自分の行動を思い出し、蒼白になった。
「あ……僕がパニックになって暴れたからだ」
今になって思い出してみると、暴れるリオンに対して、オースティンは『落ち着いて』とか『危ない』と声を掛けてくれていたように思う。オースティンは行為を続けようとしたわけではなく、リオンが傷つかないようにしてくれていたのだ。
「誤解は解けたようだね」
オースティンはリオンとクレイドの顔つきを見て、やれやれと大きなため息をついた。
オースティンの頬は腫れ、口元には血が滲んでいる。オースティンは口元の怪我を触って確かめて「いたた」と顔を顰めた。
「あーあ。初夜が台無し。護衛には勘違いされて殴られるし、花嫁には嫌だって言われて逃げられるし」
「え……逃げられた?」
青ざめて固まっていたクレイドが、一拍置いて驚いたように声をあげた。
オースティンは大袈裟な仕草で肩を竦めてみせてから、疲れたように立ち上がり寝台にどさりと腰かける。そしてリオンに視線を向けた。
「リオンの答えはそうなんだよね?」
オースティンの口元には諦めたような笑みが浮かんでいたが、目には深い悲しみが宿っていた。最後の最後、土壇場になって逃げ出したのだから当然だ。
(オースティンを傷つけてしまった)
罪悪感に胸が詰まる。だけどもう、嘘をつくことも自分を偽ることもできないと思った。
自分の気持ちを正直に伝えることだけが、オースティンに差し出せる唯一の誠意だ。
「ごめんなさい、オースティン。あなたとは番になれない。僕は……クレイドを愛している。クレイドじゃないとダメなんだ」
「うん。そうだろうね」
オースティンは静かに頷いた。
「でもクレイドはどうなんだろう。クレイドにその気がなければ無理なんじゃないかな」
その通りだった。リオンはごくりと唾をのみ込み、クレイドの顔を見た。
クレイドは蒼白な顔で目を固く瞑っていた。眉を寄せ、まるで激痛に耐えるようにぐっと唇を結んでいる。
「クレイド……」
リオンの声にクレイドの唇が震えた。ゆっくりと瞼が開く。
現れた灰色の瞳には、覚悟を決めた強い意志が光っていた。
「俺も……リオン様を愛している……」
リオンを見つめ、噛み締めるようにクレイドが言った。
信じられなかった。クレイドが自分を愛していると言ってくれるなんて。
驚愕に目を見開くリオンを見てから、クレイドはそっと身体を離した。
そして立ち上がるとオースティンの方へと歩いていく。
「申し訳……ありませんでした……」
オースティンの足元に片膝をついて跪いたクレイドは、そう言って頭を下げた。
「それは殴ったことについて謝っている? それとも僕からリオンを奪おうとしていることについて?」
オースティンの鋭い言葉に、クレイドは身体をぴくりと震わせた。絞り出すような声で答える。
「どちらについても、です」
「ふうん、そう」
オースティンは小さく息を吐き、そして言った。
「申し開きがあるなら聞いてあげるけど」
クレイドはしばらく黙り込んでいたが、小さく「はい」と頷き、訥々と話し始めた。
「俺は……自分自身のことを……ずっと許せずに生きてきました。人間でも獣人でもなく、生まれることで母親を殺したような汚らわしい身の上だ。幸せになる資格などないと……諦めていました。……でもオースティンと出会って……あなたは俺に明るい世界を見せてくれた。本当に嬉しかったんです。そのときに俺は、あなたに懸命に尽くすことこそ俺の生きる意味なのだと悟りました。だけど――」
クレイドがゆっくり顔を上げ、視線をリオンに向けた。
「この人に……リオン様に出会ってしまった。リオン様は……小さな手のひらで躊躇なく俺に触れてくれた。いつも温かい笑顔を向けてくれた。こんなどうしようもない男に……『恩人』だと……『神様』だと言ってくれたんです。そのとき俺は、この人の腕の中でもう一度生まれ直したような気がした。まるで自分が祝福の中で生まれてきたかのような気持ちがして……俺は……リオン様のことが愛しいと思ってしまった」
あのときのことだ――とリオンにはすぐ分かった。
クレイドと街に行って、大雨に降られて小さな村の宿に泊まった夜のこと……。
もしかして、クレイドはあのときから自分のことを好きでいてくれたのだろうか。
驚愕の思いで見つめていると、クレイドはふいに瞳を翳らせ唇を噛んだ。床に視線を落とし、喘ぐような呼吸をしてから苦しそうに続ける。
「だけどリオン様はブルーメで、王であるオースティンと番になるべきなのは理解していました。だからリオン様への気持ちは諦めようと……気持ちを殺そうとした。でもリオン様は何度もまっすぐに気持ちを差し出してくれて……伽藍洞な私の中身に、懸命に真心と愛を注いでくれた。俺はリオン様を愛してしまった。どうしても諦められないんです……オースティンに背くことになっても……どうしても手放すことは出来ない……申し訳ありません……」
話し終わったクレイドは、もう一度深く頭を下げた。
「そうか……それが君たちの答えなんだね」
オースティンが小さな声で呟いた。寂しげな、でもどこか吹っ切れたような声だった。
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