25 / 35
第二章 神殿の魔王、魔塔の賢者
(4)
しおりを挟む
五段の木製の棚に、丸く整形されたチーズがぎっしりと詰まった室内、天井には継ぎ接ぎされた様子が見える。
息を深く吸うと、チーズの芳醇な香りの中に、少しだけカビ臭さが残っている。
このまま熟成を進めれば、少なからずチーズに影響が出るかもしれないと、ロッテンは考えた。
「マーヤさん、たしかマーヤさんは火の魔法が使えるんだよね?」
娘2人が火の属性を授かったと話してくれた時、私と同じで家事に苦労しないだろうと言っていたのを思い返す。
「ああ、そうさ?それがどうかしたかしら?」
「サルエル、そしたらまず光の魔法でカビを取り除ける?」
「オーケー。多分、できると思う」
「多分ってなんだよ…まあ、いいか。マーヤさん、まだこの小屋カビ臭いから、一旦カビを取り除いた方がいいと思う」
「まだカビの臭いがするのかい?」
マーヤは気付かなかったと言う顔をして、鼻でスンと息をする。
「うん、ちょっと。ずっと同じ場所にいると慣れちゃって分からなくなるんだよね」
「そうみたいだねぇ、ワタシには何も感じないわ」
「だからね、サルエルにカビを除去してもらって、小屋をマーヤさんの火魔法で乾燥させよう。それで、綺麗になったらチーズを熟成させる…」
「乾燥はダメだ!」
突然、後方から男の声が響いた。
「アンタ?」
どうやらマーヤの夫らしい。
「チーズってのは適度な湿度がないと上手く熟成しない、ただ乾燥したカチカチの塊になっちまう、アンタ達がマーヤの言っていた助っ人かい?とても助けてくれそうには見えねぇな」
痩せこけてヒョロヒョロの体なのに、牛乳の入った重そうな筒を、簡単そうに抱えて歩いている。
「でも、カビは天敵だよ?どうすれば良いってのさ」
マーヤは旦那に向かって両手を広げて尋ねる。彼は諦めの表情のまま、黙々と作業を続けながらボソボソと返事をした。
「だから、待つしかないのさ。何もせず、このままが一番だ」
「大丈夫!オレに考えがあるんだよ!」
そこにロッテンが割って入った。
「一旦、乾燥させて、もう一度湿らせれば良いだろ?」
「そう簡単に行くかよ、坊主。それができりゃ苦労はしない」
「ダン!アンタはいつもそう、すーぐそうやって諦めちまってさぁ」
夫婦喧嘩の始まりそうな兆しを感じて、ロッテンは慌てて続けた。
「それができるんならやって良いんだね?」
「ああ、できるモンならなぁ」
旦那からの許可を得て、ロッテンは勢い付く。
「分かった!じゃあ、まずは熟成前のチーズを避難させよう」
別の作業をしている旦那を他所に、三人でチーズを屋外に退避させた。
「じゃあ、サルエル始めて」
「おー、分かった。ちょい眩しいから小屋直視しないでなー?」
一人、小屋に入って行くサルエルを見送る。
「ーーブライト・レイ!!」
詠唱が響いて、目を逸らしていても眩しい光が小屋を包んだ。
「入って良いよー」と、サルエルの間の抜けたような声に導かれ、小屋に入ると、心なしかカビ臭さが失せたように感じた。
「次はマーヤさんの番だよ、延焼させないように気をつけながらお願い」
「ああ、任せな!物心ついてからこの方、火加減だけは間違ったことは無いのさ!」
竈門に藁と枯れ木を敷き込んで、マーヤの魔法で着火する。
勢い良く燃え始めた火を操って、その熱を小屋中にマーヤは巡らせていった。
半日ばかりの根気のいる作業。
汗だくになりながらも、マーヤはそれを完遂した。
夕闇の中、三人は仕上げに、がらんとした棚をアルコールで拭きあげる。
黙々とこなすしかない単調な作業に、腕が疲れ、手が止まりかけた時。
「ほれ、貸せ」
ロッテンの布巾を、ダンが奪うように取り上げた。
「お母さん、私が変わるわ」
「貴方も少し休んで?」
「マリル、ダリア….アンタたちも手伝ってくれるのかい?」
商家の奉公から帰ってきた2人の娘も手伝って、作業は夜半過ぎに終わった。
カビ臭さももう感じない、ピカピカの棚や作業台が、蝋燭の明かりに照らされて気持ちが良い。
「後は、ありったけの鍋に水を入れて沸かす!そうしたら湿気が戻ってくれるはずだよ」
ロッテンの言葉に頷いて、マーヤと2人の娘がそれぞれ火魔法で室内を蒸気で満たした。
ダンが理想とする温度と湿度に小屋が落ち着いたのは、朝日が登り始めた頃だった。
フラフラになりながらも、皆んなでチーズを棚に戻し終える。
「やった!」
誰からともなく、達成感に声が漏れた。
「やれる事はやった、そろそろ助っ人の力とやらを見せてくれ」
「なんだい、アンタは!偉そうに…」
ダンの言葉に食ってかかるマーヤに、大丈夫と告げて、ロッテンは顎の汗を拭って息を整えた。
「さあ!仕上げだ」
息を深く吸うと、チーズの芳醇な香りの中に、少しだけカビ臭さが残っている。
このまま熟成を進めれば、少なからずチーズに影響が出るかもしれないと、ロッテンは考えた。
「マーヤさん、たしかマーヤさんは火の魔法が使えるんだよね?」
娘2人が火の属性を授かったと話してくれた時、私と同じで家事に苦労しないだろうと言っていたのを思い返す。
「ああ、そうさ?それがどうかしたかしら?」
「サルエル、そしたらまず光の魔法でカビを取り除ける?」
「オーケー。多分、できると思う」
「多分ってなんだよ…まあ、いいか。マーヤさん、まだこの小屋カビ臭いから、一旦カビを取り除いた方がいいと思う」
「まだカビの臭いがするのかい?」
マーヤは気付かなかったと言う顔をして、鼻でスンと息をする。
「うん、ちょっと。ずっと同じ場所にいると慣れちゃって分からなくなるんだよね」
「そうみたいだねぇ、ワタシには何も感じないわ」
「だからね、サルエルにカビを除去してもらって、小屋をマーヤさんの火魔法で乾燥させよう。それで、綺麗になったらチーズを熟成させる…」
「乾燥はダメだ!」
突然、後方から男の声が響いた。
「アンタ?」
どうやらマーヤの夫らしい。
「チーズってのは適度な湿度がないと上手く熟成しない、ただ乾燥したカチカチの塊になっちまう、アンタ達がマーヤの言っていた助っ人かい?とても助けてくれそうには見えねぇな」
痩せこけてヒョロヒョロの体なのに、牛乳の入った重そうな筒を、簡単そうに抱えて歩いている。
「でも、カビは天敵だよ?どうすれば良いってのさ」
マーヤは旦那に向かって両手を広げて尋ねる。彼は諦めの表情のまま、黙々と作業を続けながらボソボソと返事をした。
「だから、待つしかないのさ。何もせず、このままが一番だ」
「大丈夫!オレに考えがあるんだよ!」
そこにロッテンが割って入った。
「一旦、乾燥させて、もう一度湿らせれば良いだろ?」
「そう簡単に行くかよ、坊主。それができりゃ苦労はしない」
「ダン!アンタはいつもそう、すーぐそうやって諦めちまってさぁ」
夫婦喧嘩の始まりそうな兆しを感じて、ロッテンは慌てて続けた。
「それができるんならやって良いんだね?」
「ああ、できるモンならなぁ」
旦那からの許可を得て、ロッテンは勢い付く。
「分かった!じゃあ、まずは熟成前のチーズを避難させよう」
別の作業をしている旦那を他所に、三人でチーズを屋外に退避させた。
「じゃあ、サルエル始めて」
「おー、分かった。ちょい眩しいから小屋直視しないでなー?」
一人、小屋に入って行くサルエルを見送る。
「ーーブライト・レイ!!」
詠唱が響いて、目を逸らしていても眩しい光が小屋を包んだ。
「入って良いよー」と、サルエルの間の抜けたような声に導かれ、小屋に入ると、心なしかカビ臭さが失せたように感じた。
「次はマーヤさんの番だよ、延焼させないように気をつけながらお願い」
「ああ、任せな!物心ついてからこの方、火加減だけは間違ったことは無いのさ!」
竈門に藁と枯れ木を敷き込んで、マーヤの魔法で着火する。
勢い良く燃え始めた火を操って、その熱を小屋中にマーヤは巡らせていった。
半日ばかりの根気のいる作業。
汗だくになりながらも、マーヤはそれを完遂した。
夕闇の中、三人は仕上げに、がらんとした棚をアルコールで拭きあげる。
黙々とこなすしかない単調な作業に、腕が疲れ、手が止まりかけた時。
「ほれ、貸せ」
ロッテンの布巾を、ダンが奪うように取り上げた。
「お母さん、私が変わるわ」
「貴方も少し休んで?」
「マリル、ダリア….アンタたちも手伝ってくれるのかい?」
商家の奉公から帰ってきた2人の娘も手伝って、作業は夜半過ぎに終わった。
カビ臭さももう感じない、ピカピカの棚や作業台が、蝋燭の明かりに照らされて気持ちが良い。
「後は、ありったけの鍋に水を入れて沸かす!そうしたら湿気が戻ってくれるはずだよ」
ロッテンの言葉に頷いて、マーヤと2人の娘がそれぞれ火魔法で室内を蒸気で満たした。
ダンが理想とする温度と湿度に小屋が落ち着いたのは、朝日が登り始めた頃だった。
フラフラになりながらも、皆んなでチーズを棚に戻し終える。
「やった!」
誰からともなく、達成感に声が漏れた。
「やれる事はやった、そろそろ助っ人の力とやらを見せてくれ」
「なんだい、アンタは!偉そうに…」
ダンの言葉に食ってかかるマーヤに、大丈夫と告げて、ロッテンは顎の汗を拭って息を整えた。
「さあ!仕上げだ」
0
あなたにおすすめの小説
辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた
平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。
それから幾千年。
現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。
そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。
ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。
だが彼自身はまだ知らない。
自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。
竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。
これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。
帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!
雪奈 水無月
ファンタジー
帝国の第二王子として生まれたノルは15才を迎えた時、この世界では必ず『ギフト授与式』を教会で受けなくてはいけない。
ギフトは神からの祝福で様々な能力を与えてくれる。
観衆や皇帝の父、母、兄が見守る中…
ノルは祝福を受けるのだが…手にしたのはハズレと言われているギフト…【建築】だった。
それを見た皇帝は激怒してノルを国外追放処分してしまう。
帝国から南西の最果ての森林地帯をノルは仲間と共に開拓していく…
さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福無双。〜メシ作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜
幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。
転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。
- 週間最高ランキング:総合297位
- ゲス要素があります。
- この話はフィクションです。
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。
敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。
この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。
「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」
無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる