53 / 60
第十三章 過去
7
しおりを挟む
眩しい光に包まれた後、ハヅキくんは病院の一室で目が覚めたらしい。
目の前には、お腹の大きなお母さんが気持ちよさそうにベットで眠っていた。繋がれた点滴は痛々しかったけれど、寝顔が幸せそうだったと、思い出しながら優しく微笑んだ。
声がなかなか出てこなくて、ようやく震える声で「お母さん」と一言発することが出来ると、寝ていたお母さんがゆっくり目を覚ましたそうだ。
「病室には誰もいなくて、まだ明るい時間だし、親父は仕事なんだろうと思った。多分、俺のことは見えていなかったと思う。だけど、話せたんだよ。なんか、お腹の中にいる俺と寝ぼけて勘違いでもしたんじゃないかな。大事そうにお腹に向かって、俺が話したことに、全部、答えてくれた」
ハヅキくんの足取りがゆっくりになるから、自然とみんなもゆっくりと高見公園までの階段を進む。
「どうしてお母さんは病気なんだ、とか。俺を産むことで病気が悪化するかもしれないんだぞ、とか。俺なんか産まなくてもいいから病気治せ、とか。お母さんに生きてほしいから伝えにきたのに、それ全部に首を振るんだ。俺のためじゃないって。自分のために俺のことを産むんだって。だから、俺はなんも心配いらないって。お父さんと仲良くしてねって……」
グッと握られた拳が震えている。きっと、泣くのを必死に我慢しているのかもしれない。
「親父がしっかりしてないからイライラするんだよ。なんであんなやつと結婚したんだよって聞いたら、お母さんのことを、一番愛してくれたからだって。だから、俺のことも必ず愛してくれる。俺のお父さんは世界一優しくて、強くて、頼り甲斐があるんだって、お母さんが保証するからって、言われた……」
消えそうになっていく声に不安になる。キカくんとアオイくんも心配そうに振り返ってハヅキくんのことを見守っている。
泣いていると思っていたハヅキくんが顔を上げると、その顔は泣いてなんかいなくて、歯を見せてニカっと笑った。
「俺の親父は寂しがりやらしい。絶対にひとりぼっちにすんなってさ。俺を守ってくれるのは親父だから、親父を守ってあげられるのは、俺の役目だって。ずっと、俺が親父からお母さんのこと奪ったんじゃないかなって、俺が産まれなければよかったんじゃないかなって、思ったりしていたんだ。お母さんは、ずっと俺と親父のこと見守っていてくれるって言ってた。俺が生まれたことで、お母さんが生きた証になるんだって。だから、俺、これからは生まれてきてよかったって思うことにする!」
晴れやかなハヅキくんの笑顔に、キカくんもアオイくんも、あたしも笑顔になった。
自分のことよりも大切な人のことを思う優しい人。ハヅキくんのお母さんは、やっぱり素敵な人なんだと思った。
ハヅキくんを産んで、しっかりと抱き止めたその夜、病状が悪化したお母さんは、次の日には帰らぬ人となったって、ハヅキくんは寂しそうに呟いた。
きっと、ブランコでハヅキくんが泣いていたのは、それを知っていたからだったのかもしれない。
病室に立った時に、懐かしい匂いがしたって、ハヅキくんが言っていた。
きっと、生まれた時に感じたお母さんの温もりを知っていたから、それを、思い出したんじゃないかな。
あたしがこの町の冬の寒さも、春の暖かさもなにも感じなかったのは、それを知らないからだと思った。ハズキくんには、お母さんとの思い出が、生まれた時にちゃんと感じられていたんだ。
それを思うと、キカくんは少しでも冬の寒さを感じていたのかもしれない。それなのに、半袖短パンであの大雪の中を歩いていたのかと思うと、考えただけで身震いしてしまう。どんなに寒いのかは経験がないから分からないけれど。
ようやくたどり着いた高見公園。
枝垂れ桜の木の下に、また、あの男の子が立っていた。
目の前には、お腹の大きなお母さんが気持ちよさそうにベットで眠っていた。繋がれた点滴は痛々しかったけれど、寝顔が幸せそうだったと、思い出しながら優しく微笑んだ。
声がなかなか出てこなくて、ようやく震える声で「お母さん」と一言発することが出来ると、寝ていたお母さんがゆっくり目を覚ましたそうだ。
「病室には誰もいなくて、まだ明るい時間だし、親父は仕事なんだろうと思った。多分、俺のことは見えていなかったと思う。だけど、話せたんだよ。なんか、お腹の中にいる俺と寝ぼけて勘違いでもしたんじゃないかな。大事そうにお腹に向かって、俺が話したことに、全部、答えてくれた」
ハヅキくんの足取りがゆっくりになるから、自然とみんなもゆっくりと高見公園までの階段を進む。
「どうしてお母さんは病気なんだ、とか。俺を産むことで病気が悪化するかもしれないんだぞ、とか。俺なんか産まなくてもいいから病気治せ、とか。お母さんに生きてほしいから伝えにきたのに、それ全部に首を振るんだ。俺のためじゃないって。自分のために俺のことを産むんだって。だから、俺はなんも心配いらないって。お父さんと仲良くしてねって……」
グッと握られた拳が震えている。きっと、泣くのを必死に我慢しているのかもしれない。
「親父がしっかりしてないからイライラするんだよ。なんであんなやつと結婚したんだよって聞いたら、お母さんのことを、一番愛してくれたからだって。だから、俺のことも必ず愛してくれる。俺のお父さんは世界一優しくて、強くて、頼り甲斐があるんだって、お母さんが保証するからって、言われた……」
消えそうになっていく声に不安になる。キカくんとアオイくんも心配そうに振り返ってハヅキくんのことを見守っている。
泣いていると思っていたハヅキくんが顔を上げると、その顔は泣いてなんかいなくて、歯を見せてニカっと笑った。
「俺の親父は寂しがりやらしい。絶対にひとりぼっちにすんなってさ。俺を守ってくれるのは親父だから、親父を守ってあげられるのは、俺の役目だって。ずっと、俺が親父からお母さんのこと奪ったんじゃないかなって、俺が産まれなければよかったんじゃないかなって、思ったりしていたんだ。お母さんは、ずっと俺と親父のこと見守っていてくれるって言ってた。俺が生まれたことで、お母さんが生きた証になるんだって。だから、俺、これからは生まれてきてよかったって思うことにする!」
晴れやかなハヅキくんの笑顔に、キカくんもアオイくんも、あたしも笑顔になった。
自分のことよりも大切な人のことを思う優しい人。ハヅキくんのお母さんは、やっぱり素敵な人なんだと思った。
ハヅキくんを産んで、しっかりと抱き止めたその夜、病状が悪化したお母さんは、次の日には帰らぬ人となったって、ハヅキくんは寂しそうに呟いた。
きっと、ブランコでハヅキくんが泣いていたのは、それを知っていたからだったのかもしれない。
病室に立った時に、懐かしい匂いがしたって、ハヅキくんが言っていた。
きっと、生まれた時に感じたお母さんの温もりを知っていたから、それを、思い出したんじゃないかな。
あたしがこの町の冬の寒さも、春の暖かさもなにも感じなかったのは、それを知らないからだと思った。ハズキくんには、お母さんとの思い出が、生まれた時にちゃんと感じられていたんだ。
それを思うと、キカくんは少しでも冬の寒さを感じていたのかもしれない。それなのに、半袖短パンであの大雪の中を歩いていたのかと思うと、考えただけで身震いしてしまう。どんなに寒いのかは経験がないから分からないけれど。
ようやくたどり着いた高見公園。
枝垂れ桜の木の下に、また、あの男の子が立っていた。
2
あなたにおすすめの小説
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
(also @ なろう)
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
【もふもふ手芸部】あみぐるみ作ってみる、だけのはずが勇者ってなんなの!?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
網浜ナオは勉強もスポーツも中の下で無難にこなす平凡な少年だ。今年はいよいよ最高学年になったのだが過去5年間で100点を取ったことも運動会で1等を取ったこともない。もちろん習字や美術で賞をもらったこともなかった。
しかしそんなナオでも一つだけ特技を持っていた。それは編み物、それもあみぐるみを作らせたらおそらく学校で一番、もちろん家庭科の先生よりもうまく作れることだった。友達がいないわけではないが、人に合わせるのが苦手なナオにとっては一人でできる趣味としてもいい気晴らしになっていた。
そんなナオがあみぐるみのメイキング動画を動画サイトへ投稿したり動画配信を始めたりしているうちに奇妙な場所へ迷い込んだ夢を見る。それは現実とは思えないが夢と言うには不思議な感覚で、沢山のぬいぐるみが暮らす『もふもふの国』という場所だった。
そのもふもふの国で、元同級生の丸川亜矢と出会いもふもふの国が滅亡の危機にあると聞かされる。実はその国の王女だと言う亜美の願いにより、もふもふの国を救うべく、ナオは立ち上がった。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
未来スコープ ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―
米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」
平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。
それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。
恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題──
彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。
未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。
誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。
夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。
この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。
感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。
読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。
かつて聖女は悪女と呼ばれていた
朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」
この聖女、悪女よりもタチが悪い!?
悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!!
聖女が華麗にざまぁします♪
※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨
※ 悪女視点と聖女視点があります。
※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる