幻影の艦隊

竹本田重朗

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第4話 MI作戦は中止した

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山本長官は苦悩した。



「ミッドウェー島作戦は中止する。この状況での続行は到底できない。幻影艦隊とはなんだ」



「それが分かれば苦労しません。少なくとも、敵でないことは間違いありません。南雲機動部隊に迫りくる米艦載機に対して猛烈な対空砲火を浴びせました。海域から離脱するまで同行しましたが、こちらからの連絡は基本的に事務的な回答に止まり、素性を明かすことは欠片も見られず」



「それで招かざるお客様が来るわけです」



「腹を割って話すしかあるまい。こういう時に変に取り繕う方がよくない」



 ミッドウェー海戦の結果は日本海軍の勝利に終わる。



 空母機動部隊の決戦は当初こそ米海軍有利に動いた。両軍ともに識別不能な艦隊が突然に出現すると流れは一変する。米海軍は先手を取った上に日本空母は無防備に等しかった。急降下爆撃を以て沈める時に謎の艦隊は暴風の如き対空砲火を開く。その対空砲弾は機体周辺で炸裂した。その大口径機関砲弾が防弾板を容易く切り裂く。米軍機の頑丈自慢も敢無く砕かれた。



 敵空母からの攻撃を完封したことに驚きどころでない。第一機動部隊の二航戦を指揮する山口多聞は即座に反撃を指示した。九七式艦上攻撃機と九九式艦上爆撃機を飛ばす。敵空母は近場にいると踏んで索敵と攻撃を兼任させた。さらに、回収と再攻撃を効率化するために母艦を前進させる。この決断が確固たる勝利を手繰り寄せた。



 空母飛龍の攻撃隊は敵空母1隻を大破させる。混沌極めた状況から速やかに反撃に転じて空母1隻を大破させたことは称賛すべきだ。その後は南雲司令の退避優先の判断から不発に終わるも十分と言える。



「後詰めの潜水艦は大破した空母を討ちましたが、2隻も護衛艦もろともに沈めており、いかにイ号が精強と雖も誇張が過ぎます」



「しかし、水偵は写真を持参した。水偵乗りが誤ることもあるまいて」



「事実ですよ。我らの同胞が討ちました。ヴァルター機関を唸らせてね」



「どうやって!?」



「普通に通していただきましたが…」



 ミッドウェー海戦の結果を受けて攻略作戦に移行するはずが山本長官は中止を決めた。米軍がこちらの作戦計画を把握している。狡猾な待ち伏せを敷いていたことに加え、南雲機動部隊は退避を終えて再攻撃は翌日を見込み、ミッドウェー島の攻撃も不徹底に終わった。色々と不足が否めない。仮にミッドウェー攻略作戦を実施しても大損害を被るだけだ。最後はハワイから逆上陸を受けて叩き出される。骨折り損のくたびれ儲けが呈された。



 ミッドウェー作戦に中止を命じても敵空母追撃の手は緩めない。ミッドウェー島監視任務に就くイ168に連合艦隊直々の「敵空母追撃」を与えた。ベテランの艦長はドンピシャで手負いの空母を捕捉する。手負いの空母に狙いを絞り必殺の雷撃を敢行した。しかし、潜水艦の単独攻撃にしては戦果が多すぎる。水偵が写真も付けて報告した内容は「空母1隻転覆、他2隻大傾斜」ときた。多量の魚雷を発射できると考えられないが当該海域にいたのはイ168のみ。



「さてさて、お招きいただきありがとうございます」



「貴様が幻影艦隊の…」



「単なる使者に過ぎません。私自体に艦隊を動かす権威は皆無です」



「わかった。非礼をお詫びする」



「いえいえ、乗り込んできた側が言うことはありません。それよりもミッドウェー作戦を中止したことは英断です。暗号が解読されている中で上陸作戦を決行しても叩き出されだけでした」



「なるほど、嫌な奴が来たもの」



「何なりと。幻影の艦隊は歴史の矯正を生業としています。神の仕事を代理した」



 この場に座る誰でもない声が聞こえた。いざ振り返ってみると声の主であろう青年将校が立っている。海軍の若手士官と一括りにするには随分と生意気だ。海軍の若手士官は概して生意気かもしれない。さすがに連合艦隊司令長官を前にして真っ向から否定する程の傑物はいなかった。



 会議室の扉は陸戦隊出身の屈強な兵士が固めている。許可を得ない限りは入室出来ないはずだ。仮に扉が開閉された場合は相応の軋み音を出すが一切の音を生じさせない。潜水艦にもできない無音で入室してきた者は自らを使者と称した。確かに今日は幻影艦隊の者が来ると聞いているがアポイントメントは欲しい。



「君たちの目的はなんだ」



「日本を救い世界を正すため。そのために同胞が海軍と陸軍、政治、経済に浸透した」



「日本を救う?」



「このままでは日本は滅びずとも没落する。欧米諸国に呑まれて傀儡と変わった。国民は堕落して文化的侵略より和の国家は静かに消える。日本は大亜細亜の盟主と君臨する以前に身なりを正さなければならない」



「負けると言いたいんだな」



「必ず負ける。このままで米国に勝てるはずがない。あのような醜態を見せておいて理解できないのですか?」



「手厳しいな」



 山本長官は死線を掻い潜ってきた。怪異を目の当たりにしても冷静に対話を試みる。敵でなく味方に準ずる以上は話し合いが第一だが探りは怠らなかった。彼が語るは幻影艦隊の意思らしい。日本の没落を回避して世界を正すと言った。世界を正すことは気に留めない。このままでは日本が没落すると言われてはムッとした。



 しかし、先のミッドウェー海戦を鑑みると理解できないこともなかろう。現場は疲弊するまでもなく緩み切った。連戦と連勝は気の緩みを招致して「勝って兜の緒を締めよ」を忘れた結果としてあわや大敗を喫するところ。幻影艦隊に助けられたことは重大事案と受け止めた。



「米国の国力を前にズルズルと消耗を強いられた末に窮乏は目に見えた。本土は爆撃と砲撃に晒されて何も残らない。日本が根絶された上に欧米が建設されるのです。それをどうぞどうぞと認めますか?」



「認めんな」



「そうでしょう。しかし、現に負けようとしていた。山本長官の作戦がね」



「ミッドウェー作戦はダメか。ならば長官の椅子を降りなければなるまい」



「子供じみたことを仰います」



「それでだ。これからどうするつもりだ。弾薬は? 燃料は? 人員は? 母港は?」



 作戦の是非はどうでもよいと劣後に追いやる。彼らの目的がハッキリしても母港や燃料、弾薬、人員など疑問点はいくらでも湧いて出てきた。この世界の人間にとって得体の知れない連中である。軍事面から技術力を把握して上手いこと扱えないか模索した。



「お答えいたしかねます。ただ一つ申し上げるならば、あなた方を圧迫することはございませんので、どうかご安心いただければ」



「それで安心できようか。無礼者めが」



「そうですか? ミッドウェーの大敗から救ったことは認められませんと。あのまま行けば赤城と加賀、飛龍、蒼龍は漏れなく沈んでいました。南雲司令を攻めるばかりもいただけず、海軍ひいては軍全体の緩みといがみ、何かと問題があって自ら負けようとしていた。それでも無礼と言いますか?」



「こいつは叩き切った方がよろしいので?」



「やめないか。連合艦隊も知らぬことを知っている。ミッドウェーの恩もあるんだ」



「長官の変人参謀はよきプライドを抱いています。そのプライドが命取りになる…」



「わかった。よく、わかった」



 ストップと言わんばかり、指の欠けた片手は黒島参謀を抑制し、もう片手はヒラヒラと舞う。相手は随分と挑戦的だが目線は自分達を超えて日本全国を見透かしているようだ。山本五十六という軍人は伊達と酔狂だけで大将と連合艦隊司令長官に収まった男でない。



「腹を括るとしよう。君たちも退室しなさい。この件は私が責任を一身に背負う」



「素晴らしい。海軍は山本五十六連合艦隊司令長官を窓口としましょう。陸軍や政府はまた別個ですが…」



 ニヒルな笑顔は憎たらしかった。



続く
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