幻影の艦隊

竹本田重朗

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第3話 手負いの空母を討て

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~ミッドウェー島沖合~



 イ168潜水艦はミッドウェー島監視任務に充当された。



「ミッドウェー島砲撃は一時中止。手負いの敵空母を雷撃せよ…」



「やりましょう。我々は島を砲撃するために来たのではありませぬ」



「よし。現場へ急行する」



 ミッドウェー島を夜間砲撃することで敵軍に錯乱を招致し航空機の動きを監視しよう。今日も砲撃のために移動していると連合艦隊から大命が下った。ミッドウェーの空母機動部隊決戦は双方に被害が出たが決定打に欠ける。いわゆる、痛み分けの格好だ。ミッドウェー島攻略作戦は中止される。しかし、手負いの敵空母をみすみす逃してはならなかった。連合艦隊はミッドウェー島近海に展開した潜水艦による撃沈を試みる。ちなみにだが幻影艦隊に関しては一切触れていなかった。イ168の乗組員は知る由もない。幻の友軍艦隊が第一機動部隊を救った。



「敵空母1隻が大破して炎上中。これに駆逐艦が放水作業を行っている。空母2隻は限りなく無傷で巡洋艦と駆逐艦が護衛した。なかなか、難しい任務ですが、この命に代えて」



「それはならない。一点集中だ」



「潜水艦の本業は大物食らい。手負いならば造作もありません。酸素魚雷の餌食としてやります」



「ともかく、現場に急行する。燃料は後で補給できる」



「はい」



 日米機動部隊の大決戦が終幕する。翌日の早朝から両軍の捜索活動が行われた。第一機動部隊は幻影艦隊の助力を得てようやく立て直す。スプルーアンス艦隊は大破した手負いを守りながら安全圏への退避を急いでいた。ミッドウェー島の航空隊はB-17爆撃機を擁する。いつでも第一機動部隊を攻撃できる準備を整えた。連合艦隊も渾身一滴の大反撃と挺身艦隊を組織すると別の戦いが勃発しよう。



 筑摩を発進した零式水上偵察機は敵艦隊を発見した。あまり遠くまで退避できていない。それもそのはず、二航戦が怒りの大反撃を仕掛けた先は空母ヨークタウンだった。彼女は飛龍所属の艦爆隊から急降下爆撃を集中的に被る。250kg爆弾を多数被弾して飛行甲板は完全に剥がれた。ボイラー室まで達した1発が大火災を発生させると動力も喪失する。フレッチャー少将が重巡に移乗したことを確認次第に駆逐艦は放水を開始した。



 スプルーアンスは集団で守るよう命じる。本来は駆逐隊を付けて分離させるが正体不明の敵艦隊の存在がこびり付いた。再び空襲を被ればエンタープライズが真っ先に狙われる。手負いの空母を守るために退避が進まないことを承知して空母保全に走った。ニミッツ司令の方針を忠実に守る格好だが被発見は避けられない。



「大艦隊です」



「大所帯じゃ遠方からでも聞こえる」



「潜望鏡…」



「いや、聴音手の勘を頼りに接近する。敵艦隊は急ぎたくても急げん」



「この凪では潜望鏡を出した途端にドカンって」



「そうだ」



 敵艦隊が移動して位置がズレる可能性は十分にあった。艦長と副長らは額を突き合せて海図と睨めっこ。敵艦隊が退避先に移動しそうな海域へ急行する。ものの見事にドンピシャだ。運が良いのか悪いのか。海上は不気味に落ち着き払う凪の状態だ。聴音手は容易に聞き分けられる。この中を雷撃に潜望鏡を上げれば直ぐに発見される危険も呈された。まだ遠方に位置していると考え音を頼りに微速で接近を試みる。



「あ、新たな音です。数は大量にいます。それも水中です」



「なっ! 敵の潜水艦か!」



「いや、敵の潜水艦が黙っているはずがない。それに大量とあればおかしい。群狼戦術を採用した話も聞かない」



「自然現象ですか?」



(イ168は手負いの空母を撃つべし。我らが道を切り開かん。幻影艦隊は海上にも海中にも存在する)



「なんだ、誰が入り込んで」



(それでは、お頼み申す)



「何を言っている…」



 聴音手の鍛え抜かれた聴覚が自艦と敵艦隊とは別個の音を感知した。それは近距離と言うべき強さである。そんな反応が多数と報告したが到底信じられなかった。米海軍が潜水艦を駆るためのカウンターを用意している。あまりにも手際が良すぎる。まさか、ドイツ海軍Uボートの群狼戦術を採用しているとも思えなかった。



 太平洋の自然現象を疑うが正体不明の通信が割り込んでくる。傍受のリスクを危惧するまでもなかった。各員の脳内に語り掛けてくるよう。テレパシーの以心伝心だ。何を言っているのか理解できない。イ168は当初より手負いの空母に狙いを絞り込んだ。敵艦隊は駆逐艦を二重に配置する厳重な警備を敷いている。とても突破口は見いだせなかった。謎の声は御膳立てすると言ってくる故に混乱は加速するが止まれない。



「うっ!」



「なんて爆音だ。ここまで聞こえてくるぞ」



(ヴァルター機関よ鳴り響け! これぞ超高速潜水艦! 幻影艦隊の呂千一型なり!)



「やるしかない。この雑音で探知はむしろ困難だぞ。一撃必中を叩き込む」



「いっちょ、やりますか」



 先まで落ち着き払った海を騒音が支配した。これでは自分も敵艦も聴音が不可能である。田辺艦長は絶好機と認識した。敵艦隊が慌てふためく隙を見て潜望鏡を上げる。彼我の距離を正確に把握した。艦長は即座に右舷からの雷撃を決める。大胆不敵にも警戒網へ突入を指示した。ソナー音もかき消される中で大回頭を決めて手負いの空母の横っ腹を窺う。



「敵さんの爆雷はえらい遠くと言いますか、なんか、滅茶苦茶に飛ばしています」



「あの声の主がかき乱している。爆発が爆雷なのか魚雷なのか将又は不明だ。この中で雷撃するなんてな」



「魚雷発射いつでもいけます」



「潜望鏡上げ」



「潜望鏡上げます」



 脳内時計が丁度良い時間を刺した。潜望鏡を上げる。つい先ほどから爆発音が連鎖した。敵駆逐艦が投下している爆雷が炸裂する音なのか、謎の潜水艦らしき反応が雷撃して直撃した音なのか、何もかもが分からない以上は目視で確認したい。田辺艦長が直々に覗き込む先に大傾斜を覚悟で逃げる敵空母が収まった。1200m程度の必中距離にある。



「発射はじめ! 第二射急げ!」



 日本海軍の潜水艦は魚雷発射時の音を無音に変えた。



 艦首魚雷発射管より2発が発射される。



「用意、射て!」



 もう2発が放たれた。



 本来は扇状に発射して命中の確率を底上げする。敵空母を必中距離に収めた。今回は例外的に射界を被せるように設定する。潜水艦乗りは常に冷静沈着を心がけた。非常識的な超常現象が発生しようと己の職務を全うする。雷撃を終えると最大限の静粛を維持しながら潜航した。魚雷発射を逆探知して爆雷攻撃を受けるかもしれない。



 艦内は海中と真反対に静粛を保った。全員が命中を祈っている。酸素魚雷は世界最強の魚雷だ。53cm酸素魚雷に込められた炸薬は一発で致命傷を与える。当たり所が悪ければ一撃轟沈もあり得た。味方の空母を傷つけた敵空母を補足した以上は必ず撃沈する。



 成果は実った。



「命中確実! 4発は行きましたが、どうも、変な音も聞こえまして」



「急速潜航から退避を急ぐ。どうせこの喧騒だから感知できない」



「戦果確認は水偵に任せましょう。我々は逃げに限る」



 敵艦との距離と炸裂までの時間を計算して命中確実を知る。酸素魚雷が4発も直撃した。米海軍の正規空母は堅牢でダメージコントロールに優れる。米国の技術を圧倒する破壊を受けては沈むだけだ。



 しかし、爆雷攻撃や魚雷直撃など爆発音が連続する中で奇妙な音も聞き取れた。田辺艦長は戦果を詳細に確認したい。グッとこらえてイ168と部下の安全を優先した。大喧騒を急速潜航しても察知されないと急速に離脱を図る。被雷して暫くは動けないはずだ。友軍艦隊が水偵を再度も派遣して確認してくれる。潜水艦乗りは自分たちの手柄を知れる機会が数か月と言うことが当たり前なのだ。



「それにしても幻影艦隊とはなんでしょう」



「これより幻影艦隊に触れてはならない。我々は何も聞いていないのだ」



「誰も何も聞いていない。その通りです」



 イ168は静かに消えていく。



続く
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